ep.04 『偏屈ドワーフと変わり者のエルフ③』
「問題無い」と突如聴こえてきた声の主を視線だけで探す。しかしその声の主の姿は何処にもなかった。
「この声を信じるべきか……」
またしても自問自答する。
残念なことにこの問いには誰の声も返ってはこなかった。
「やるしか…ないかっ!」
選択を迫られるも自分が答えを出すよりも早く事態が動く。
ガダンの手が傷口に突っ込まれているままでアイアン・ワームがその体を壁や地面に叩き付け始めたのだ。
その目的がガダンを振り払うためだったとしてもアイアン・ワーム程の巨体だ。自然とその挙動が自分達に対する攻撃となり得る。
寧ろガダンによってダメージを受け続けているからだろう。それまでに無いほどランダムに暴れ回っている。
「リリィ。危なくなったら防御してくれよ」
「それって、わたしたち? それともーー」
「ふふっ。両方かな」
「うんっ! わかったよ。任せて」
フードのなかから顔を覗かせたリリィが自信たっぷりに応えた。
「これで良いんだよな」
壁に体を擦り付けながら進むアイアン・ワームに狙いを定めてタイミングを測る。
身を屈め、その都度適度に方向を修正しつつ一瞬の好機を見極めるべく息を殺してアイアン・ワームを見た。
「危ないっ!」
あらかじめ頼んであった通り、リリィが俺にアイアン・ワームが激突するその刹那に真紅の障壁を出現させた。
「ぼーっとしてないで!」
「わかってるさ。〈光刃〉!」
普通の攻撃では大したダメージにならないことは身に染みて理解している。だからこそ躊躇わずにアーツを使用したのだ。
拡張された斬撃が壁伝いに動くアイアン・ワームに縦一閃の傷を刻みつけた。
「これならガダンには当たらないはず」
横一閃に斬ったのではガダンまでも傷付けていたかもしれないと選んだ攻撃は正確にアイアン・ワームならダメージを与えていた。ただし致命傷にはなり得ないくらいのダメージしか与えられなかったみたいだが。
アイアン・ワームは大きくよろめきその軌道を歪めていた。そのせいか何かを掴んで堪えていたガダンは大きく振られてしまう。
「拙いっ…」
悲鳴を上げずに歯を食いしばり耐えているガダンだったが遂に蛇行を続けるアイアン・ワームから振り落とされてしまう。
「リリィ!」
「だめっ。間に合わないよっ」
「くっ」
そもそのリリィが使うのは防御術であって落下から助かるような代物ではない。
このままでは硬い地面に叩き付けられて大ダメージを負ってしまう。そう想像して思わず駆け出した時だった。不意に緑色をした閃光が迸り一瞬だけ視界の全てを遮ったのは。
「な、なに!? 何なのさ!」
戸惑うリリィが何事かと声を荒らげてフードから身を乗り出した。
僅かに感じたそよかぜ。
次いで感じる圧倒的な存在感。
それはガダンを包み込むように成長した地中深く伸びていた木々の根だった。
「これは……」
「全く。無茶し過ぎですよ。師匠」
「お、おう。すまん。助かったぞ、ラムセイ」
土埃の中、木々の根の影から姿を現したのは短い木製の杖を握った背の高い男。
髪は月のように金色で、肌は透き通るほど白い。纏っているのは法衣のようなもので、金属製のものは何一つ身に付けていない。アクセサリーである指輪やピアスまでもが綺麗に細工が施された木製の物ばかり。
切れ長の目。
長く尖った耳。
作り物のように整った顔。
そのどれもがエルフを現した特徴だ。
「それで、狙っていた物は手に入ったのですか?」
「おう。この通りだ」
俺やリリィのことなど忘れて二人だけに通じる話をしているみたいだ。
ガダンがアイアン・ワームの体液に塗れた手を開く。
ちらっと見えたそこには小さな何かの結晶のようなものがあった。
「さて。すいません。師匠が迷惑を掛けませんでしたか? いえ、恐らく、いいえ、確実に迷惑を掛けたはずです。私からも謝ります。申し訳ありませんでした」
「お、おい」
「どうせ、師匠のことですから、それを手に入れるまでは倒すのを躊躇させるような事を言ったのでしょう。全く。何度も何度も言いましたよね、無茶はしない。余所様に迷惑を掛けるような事はしないで下さいと」
「いや、それはわかっているんだがな。これはそうそう手に入るものじゃ……それにだな」
「言い訳は結構」
「うぐっ」
大人に怒られる子供みたいだ。見た目だけはガダンが大人でラムセイと呼ばれたエルフが子供、あるいは成人して間もない家族といった感じなのだが、実際は逆の役割になっているみたいだ。
などとぼんやり二人のやり取りを見ていると、リリィが、
「ちょっと! それどこじゃないでしょう!」
最も忘れてはならず、この場にあり続ける脅威であるアイアン・ワームが自らを無視されたことに怒ったのか、坑道内を震わせるほどの叫びを上げた。
「そうでしたね。師匠が迷惑を掛けたお詫びに私もお手伝いしましょう。師匠も目的の物を手に入れたのですから力を貸して貰いますよ」
「ん、おれはいいけどよ、そっちは」
「俺とリリィだけじゃ厳しそうですから。お願いします」
「お、おう。任せとけ。ラムセイ」
「はいはい。全く自分の武器くらい自分で持ってきて下さいよ」
「バカタレ。師匠の荷物持ちは弟子の仕事だろうが。おれだって昔は……」
「思い出話は後にして下さい。来ますよ」
あの細腕のどこにあれ程の力があるのかと驚くほどの巨大な鎚をラムセイが何処からともなく取り出して片手でガダンに手渡した。
「よっしゃあ。いっちょ素材に変えてやるか」
先陣を切るように前に出たガダンが何もない地面をその手の大鎚で打ちつけた。
地面が揺れる。
土が隆起して飛び出したそれが多くの鎚となってアイアン・ワームを叩き付けた。
「うそ。凄くない?」
「そうだな」
件の一撃を俺達風に言うとアーツになるのだろう。気になるのはそれを発動したような素振りがないこと。
「あれは師匠の固有技能みたいなものですから。その証拠に地面がガタガタになったままでしょう」
そう注釈を入れてきたラムセイは杖を持ったまま、弓を引く動作をした。
「そして、これが私の、エルフの、得意とする攻撃です」
魔法になるのだろう。
バチバチと弾ける稲妻によって形作られた弓に光の矢が装填される。
指を離して放たれた矢は弧を描くように打ち上がり、天井近くで弾けて無数の矢の雨をアイアン・ワームの頭上に降らせた。
「おおー」
花火を見ている観客のようにリリィが感嘆の声を出した。事実ラムセイの攻撃は威力もさることながら、その見た目も一級品だった。
みるみるHPゲージを減らすアイアン・ワームだが、完全に倒し切るまでには至らず、少なくとも同じ攻撃をまだ数回繰り返す必要がありそうだ。
「ただし、俺が参加しなければ、か」
地面を叩き付けてからはアイアン・ワームに接近したら攻撃を仕掛けているガダンにラムセイの矢は一つとして当たってはいない。
仲間には当たらない魔法の攻撃なのだとすれば、自分が前に出て攻撃に参加しても問題は無いはずだ。
「行くぞっ。〈光刃〉」
挨拶代わりのアーツを発動させて攻勢に移る。
自分以外にガダンとラムセイという二人を加えた事でアイアン・ワームとの戦闘はそれを開始した時に比べて拍子抜けするほどあっさりと終わりを告げたのだった。