迷宮突破 ♯.16
何がともあれまずは第五階層をクリアすることが第一。
転送ポータルを使い階段の中腹までやって来た俺たちは早足で階段を駆け下りていった。
「この階層は第四階層と似た感じだな」
階層の入り口から遠くを見ながら言った。
素材の回収を主にした第二、第三階層とは違い第四階層は迷宮に登場するモンスターとの戦闘に重きが置かれているように感じた。けれど、俺たちは第四階層を自力で突破したのはコボルドが現れる小部屋を見つけるまで、そこから次の階層に続く階段まではムラマサに案内されて道を探る必要すらなく到達できてしまった。
リタとハルがログアウトした後に俺とマオの二人は第四階層を探索することにしたのだが、元々出口までの道が判明していることからそれまで通っていない道を選んで探索するという穴埋め作業のような探索をしただけ。
本格的なモンスターとの戦闘が待っているであろう探索は今回が初めてと言ってしまってもいいだろう。本来ならば時間をかけて迷宮探索の勝手を掴み最低限の安全マージンを確保すべきなのだが、今回ばかりはそうもいかない。
最速でこの階層をクリアして俺たちを待つフーカたちの元に辿り着かなければならないのだ。
「先に言っておくけどこの下の階層に待っているのはフーカたちだけじゃない。この迷宮で初めて戦うことになるレイドボスモンスターがいるはずだ。回復薬の類は出来るだけ温存したいけど、ヤバくなったら迷わずに使ってくれ。最悪の場合、フーカたちの元に辿りつく前に離脱することも考えておいてくれ」
助けたいと思いながらも俺たちがイベントからリタイアしなければならなく事態だけは避けられるようにとハルが言った。
こう言ってしまえば冷たいように聞こえるかもしれないが、前準備も無くボスモンスターと戦うことになったのはフーカたちの落ち度だ。それはフーカ達も理解しているからこそこちらが連絡をするまでは一言も助けれくれと言わなかったのだ。
「大丈夫。私達ならやれる」
「そうだよ。任せておいて。ボスモンスターなんてこの新しくなったハンマーでガツンと殴ってやるんだから」
「ありがとう。頼りにしてる」
話をしていても無駄に時間だけを消費してしまう。
マップを表示させたまま俺たちは第五階層の中に足を踏み入れていった。
相も変わらず壁には絶えず燃え続けている松明が等間隔で置かれ周囲を照らしてくれている。そのおかげで足元をすくわれることはないが、視界が開けている半面、徘徊するモンスターからも俺たちの姿が丸見えになってしまっていた。
とりあえず近い道から進み、通りで見つけた扉は片っ端から開けていくことにした。
開けた扉の先に道が続いるのならその道をマップにその先が表示されるまで進み、行き止まりと解ったらすぐに引き返した。
道中見つけた宝箱はその材質が木製だろうがなんだろうが今回はスル―。コボルドとの強制戦闘のようなことになったら目も当てられない。新たなアイテムが手に入るチャンスとフーカ達を天秤に掛けた時、俺たちが選んだのは言うまでも無くフーカ達だった。
マップの空欄を埋めるように進む俺たちは道中で何度かモンスターとの戦闘になった。
襲いかかってくるモンスターは洞窟や遺跡などに生息しているような姿をしたモンスターばかり。大型の蜘蛛や昨日戦ったダンジョン・エイプが大半を占めており、そこは強化を済ませたマオのハンマーが上手い具合に嵌ったようだった。この二種は壁の上や天井に張り付きプレイヤーが手の届き難い距離から攻撃を仕掛けることが最大の強みのようで、元々長さのあるハルの振るう斧や遠くから銃撃出来る俺は問題なく戦うことが出来たし、リタは攻撃の回数こそ少ないものの大剣が当たった時に叩きだすダメージ量は俺たちの中で群を抜いていた。
問題無く戦闘をくぐり抜けていった俺たちが下の階層に続く階段を見つけるのには大して時間は必要としなかった。
これにはハルが事前に得た情報が大きく役立った。
迷宮の構造はパーティごとにランダム精製されるというわけではなく固定のようだ。その為に自分でマッピングを済ませて先に進んだプレイヤーの一人が自分のマップをスクショで撮影し、その画像を掲示板にアップしたらしい。
迷路の答えを見ながら進むのはなんの面白みも無いと批判の声も上がったようだが、今回はそれを覚えていたハルのおかげで余計な回り道をする必要が無かった。
これではまた自分たちの力で階層をクリアしたと言えないのではないかと思いもしたが、緊急事態だと自分に言い聞かせてハルに道案内を任せることにしたのだ。
「この先ね」
仄かな光を放つ転送ポータルがあるにもかかわらず、下の階層に続く階段はこれまでよりも闇が深く見えた。それはこれから先の戦いを暗示しているのか、それともボスモンスターに挑むプレイヤーの未来を表しているのか、どちらにしても気味が悪いと感じるだけだった。
「確認するけど、回復薬はまだ残っているな?」
「ああ。ここに来るまでで使ったのは一本だけで済んだからな。MPも全快に近いから今直ぐにでも戦えるぞ」
「早く行こうよ。その人たちがここに挑んでどれだけの時間が経ったのか知らないけど、急いだ方がいいんだよね?」
念のためにポータルを使用可能にするために一度手を翳しておく。仄かな光が一瞬だけ強くなりまた元の状態へと戻る。
「行こう」
急ぎ足で階段を駆け降りた俺たちの前に所々が錆びた重い鉄の扉が立ち塞がった。
鍵が掛けられていないその扉はこちらからの侵入を防ぐものというよりは中にいる何かが外に出るのを塞いでいるという印象を持っていた。
「開けるよ?」
俺たちを代表してリタが鉄の扉に手を伸ばす。
パラパラと錆びの塊が地面に落ちながらも重い鉄の扉はゆっくりとその口を開けた。
「眩しいっ」
思わず手を目の前に翳してしまうほどの光が扉の奥から差し込んできた。
この分厚い鉄の扉は防音効果でも備わっていたのか、中から聞こえてくる戦闘音は扉が閉められている限り微塵も聞こえてくることはなかった。
「ハル、あそこ!」
マオがそう言って指差す先では一組のパーティが巨大なモンスターと戦っている。
「フーカ!」
階層の入り口からハルが叫ぶ。
しかしその声はモンスターが地面を駆け回るプレイヤーの一人を叩き潰さんとして拳を振り降ろし、その拳が地面を叩いた音で掻き消されてしまった。
「みんな、行くぞ!」
どこからどのように加勢するべきか、そんなことを考えている俺に真っ先に駆け出したハルの背中が言っているような気がした。
考えるより走れと。
駆け出した俺たちの前にいるのはこの階層で戦うことになるボスモンスター。その名は『トロル』ダンジョン・エイプのように長い腕を武器として振るっているがその迫力と威力は段違いだ。
俊敏に動けるようにと細身だったダンジョン・エイプに反してトロルは全身が筋肉の鎧に覆われているようだ。筋肉の鎧と言われ思い出すのは以前戦ったオーガだがトロルはオーガよりも体全体が大きく、鋭く尖った角や牙、それに武器の類は持っていない。完全に自分の肉体を武器として戦うタイプのモンスターのようだ。
「ユウはフーカ達に俺たちが来たことを知らせてくれ。リタはトロルの攻撃を防御して、マオは俺と一緒に攻撃だ」
素早く指示を送りハルは迷うことなくトロルに向かって走っていった。
俺の目に映るトロルのHPバーは三本。これはトロルがただのボスモンスターではないことを示していた。
フーカのパーティが繰り出す攻撃の隙間を狙ってハルとマオがトロルの片方の足に同時に攻撃を加えた。狙いはトロルの注意を引くことと、あわよくば体勢を崩し、合流のための時間を作り出すこと。
俺は緑の光を全身に宿らせて最も近い場所にいるライラの元へと駆け寄っていった。
「ライラ!」
「ユウくん? どうしてここにいるの?」
「詳しい説明は後。そっちの状況はどうなっているんだ?」
胸の前で杖を抱き驚いているライラに一瞬だけ視線を向ける。
多少防具が傷付いているものの外側から見て分かる程のダメージを負っている様子はないようだ。それならば何故フーカは俺たちに助けてくれと言ったのだろうか。
「まだ大丈夫、とは言い難いわね」
ライラは追い詰められているような表情を見せるが、俺が見る限りライラ自身に深刻な問題はなさそうだが。
「トロルと戦ってすぐにフーカちゃんが大きなダメージを受けたの」
「え?」
慌ててトロルと戦っているフーカを探した。
絶えず足を狙って攻撃を仕掛けているハルとマオ。二人にトロルの攻撃が来そうになる度に、背後から大剣を振るい攻撃を阻害していリタ。そしてその先で同じ格好をした二人の見知らぬプレイヤーがそれぞれの武器を使って攻撃を加えていく。遠くから見た限りでは確かなことは言えないが、あの二人の武器は槍と薙刀だろうか。
その中にフーカの姿は見つけられない。フーカはその性格上パーティメンバーが戦っているのに一人だけどこかに逃げだすとは思えない。
「あの柱の陰で休んでいるわ」
そう言われ目を凝らしてみると柱の陰に隠れるようにしてフーカが柱にもたれ掛って座っているのが見えた。
「ポーションは? 回復はしなかったのか?」
「もともと私達はそんなにポーションの数を揃えられなかったの。それに戦闘職ばっかりでアイテムを作り出すことも出来なくて……」
このライラの防具の傷はこの戦闘で出来たものではないということか。
後方からの攻撃がメインのライラですらこの様子なのだから前線で戦っているフーカが負った傷はこれの比ではないだろう。
「わかった。とりあえずフーカを回復させるから、ライラは俺たちのことを残りの二人にも知らせておいてくれるか?」
突然戦闘に参入してきた俺たちを向こうで戦っている二人のプレイヤーは警戒しているよう。トロルの挙動に注意を払うだけでも大変なのに俺たちにも気を払っているとなると集中力の消耗が輪をかけて早くなってしまうかもしれない。
「え、ええ。フーカのことお願いするね」
「任せろ」
そう言って俺は自身に再び緑色の光を宿らせた。
一直線に駆け出した俺の先には体を休めているフーカがいる。突然駆け出した俺を襲撃者だと思ったのかトロルと戦っている二人のプレイヤーが一瞬こちらを見たが次の瞬間には再び注意をトロルへと戻していた。
後ろの方で話しているライラはフレンド通信を使って離れた場所にいる二人に説明したらしい。
戦闘範囲に近付いていく俺をトロールが阻めばフーカの元に辿りつくことが遅れてしまう。現在のフーカがどのような状況に陥っているのかは本人に聞かなければどうしようもない。通信で尋ねることも考えたがポーションが枯渇して回復が間に合っていないのだとすればどの道合流して手渡さなければならない。
トロルが咆えると棍棒のような両腕を振り回して俺たち全員を狙う範囲攻撃を繰り出した。
それまで足下に拳を振り降ろす攻撃だけをひらすら繰り返していただけにこの攻撃は予想出来ていなかった。それでも皆が無事なのはトロルの腕と俺たちの間に分厚い氷壁が出現していたからに他ならない。
思い起こせばHPが残っているライラが何故フーカを助けに行かなかったのだろうとも思ったがその答えがこの魔法なのだ。消耗したMPは時間で回復していく。その速度はスキルや装備の効果で増減するが何もしなくても回復速度を速める方法が一つだけあった。それは文字通りなにもしないこと。じっと動かずに体を休ませることで回復速度は多少ながら上昇するというものだった。
回復したMPを即座に魔法に変えライラは俺たちを守った。
この期を逃さずに俺は真っ直ぐフーカのいる場所を目指した。
階層ひとつをくりぬいたかのような広い部屋はレイドボスモンスターと戦うために作られた場所のよう。一応これまで通って来た階層に比べると小さい作りになっているのだが、それでもたった一度の戦闘に使用するには十分過ぎる広さを持っている。
砕けた氷壁が欠片となって降り注ぐ中を俺は走る。
フーカの仲間の二人とハル達の手によってトロルのHPバーは今まさにその一本を消滅させようとしていた。
「みんな攻撃を止めろ!」
不意にハルの叫びが聞こえてきた。
突然の指示に戸惑いを見せるリタとマオはそれでも攻撃の手を止めている。フーカの仲間の二人はその声の真意を読み取れるはずも無く、トロルが見せた隙にそれぞれの持つ技を発動させて攻撃を繰り出していた。
一際大きな雄叫びがこの部屋に響き渡る。
一本目のHPバーが消失したトロルはそれまでとは違う一面を現した。鈍重な体をバネのように屈めると次の瞬間には天井高く跳躍してみせたのだ。
着地と同時に部屋全体を揺らす衝撃が俺たちを襲う。
立っていることさえ困難に思えるほどの揺れに俺たちは思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
「DEFブースト――」
未だ緑の光が消えていないにもかかわらず俺は反射的に新たな強化を発動させようとしていた。
当然この強化は発動すらしない。
どうにか揺れから復帰した俺の目前に振り回されたトロルの腕が迫ってきた。




