♯.5 『サンド・スコーピオン』
鉱石を採取する場所に俺が選んだのは町の北側のエリア。
既に行ったことのある西側の草原と南側の森エリアではどちらも木が多く、鉱石の類が採れるような場所は見当たらなかった。探せばあるのかも知れないが、それよりも最初からありそうな場所に向かった方がいいと考えた俺はまだ行ったことの無い東側と北側を天秤に掛け、結局北側のエリアに向かうことを決めた。
最初に訪れた町の中心を通る十字路の端にある門を抜けて行くことが出来るエリアの中で北側を選んだ理由は単純に他よりも寒そうな気がしたから。寒い土地ならば木々が茂っているというよりはもう少し閑散としているだろうという理由なき思い込みがあったからだ。
「よし、行くか」
ピッケルを担ぎ、門をくぐり町の外に出た先に広がっている景色は俺の予想通り、緑の多かった西や南のエリアとは違っていた。この景色の色を一言で表すのならば茶色だろうか。目に付くのは土が剥き出しになっている地面から突出した岩々ばかり。
西側を草原エリア、南側を森のエリアと呼ぶのなら、ここはさしずめ岩山エリアだろうか。壁の近くから離れ歩き進めれば山に入ることができる岩山のエリアでなら俺の目的はすぐに達成できるはずだ。
「それにしても、雑魚モンスターの姿すら見当たらないとは。どうなってるんだ?」
道中に障害物が少ないこのエリアならばは少し高所に登るだけで割と簡単に遠くまで見通すことができる。それはこの岩山のエリアでも同じで、他の例に漏れずちょっとした岩や盛り上がった丘に登るだけで遠くまで見通すことができた。
しかし、妙なことに俺が見渡した限り、この岩山のエリア付近では先の二つのエリアで見られたモンスターと戦っている他のプレイヤーの姿すら確認できなかった。いや、それどころかエリアの随所にいるはずの非戦闘状態の雑魚モンスターの姿までも見つけることができなかったのだ。
「何でなんだ?」
疑問を声に出しても返ってくる言葉などありはしない。せめて事前にリタか鍛冶師NPCにでもこの岩山エリアの実態を聞いておけば良かったと今更ながら後悔してしまいそうになる。
「いいや。これはチャンスなんだ。誰も居ないなか散策なんて中々出来るもんじゃないんだ」
そう思うことにしようと決めて自分に言い聞かす。この際モンスターがいないのならば行けるとこまで行ってしまえばいいのだと。幸い鉱石が採れそうな場所、いわゆる採掘ポイントは岩山エリアのあちらこちらで見受けられる。その中でここから一番近い採掘ポイントに当たりを付けると俺は岩山エリアに到着して直ぐに片付けていたピッケルをストレージから取り出した。
「ま、ものは試しだ」
当たりをつけた採掘ポイントに近付いてみるとどの辺から鉱石が採れるのか視認することができた。これはピッケルを持って近づいて初めて気付いたことなのだからおそらくはピッケルを持って採掘しようと行動に移すことでシステム的なアシストが働いていると思って間違いないはず。
ならば次にすることは単純。
「よっと」
勢いをつけてピッケルを振り降ろした。
カーンっと甲高い音を立て、何か分からない細かな石の欠片と砂の粒を撒き散らしながら跳ね返ったピッケルが当たった岩の下には幾つかの鉱石の塊が落ちている。
地面に落ちてるままではただの石ころに見えるが、手に取ってアイテム名を確認することでそれらの中に使い道のある鉱石が含まれているのが解かった。
それでも大抵は使い道のない『石ころ』でしかなく、俺が探している鉱石はその中の一部。それでも見つかったことに関しては喜ぶべきなのだろう。
「おお。一回で二個も『鉄鉱石』が採れた」
一回の採掘で入手できた『鉄鉱石』の数は二つ。もしかすると手に入らないかも知れないと考えていた俺は予想していたよりも多く手に入った結果に思わず顔を綻ばせた。拾い上げた『鉄鉱石』から順にストレージに入れていくと、足元には『石ころ』がたくさん残る。
岩山に限らず、それこそ路肩でも探せばどこでも見つけられるアイテムの代名詞である『石ころ』は今のところ有益な利用方法が判明していないらしく、コンソールに表示されたアイテムの説明文にも何も価値の無い石としか書かれていない。せめて何か使い方がないものかと考えてみても、思いつくのはせいぜい投擲の玉にするくらい。けれど、実際に使ったとしても威力が低すぎて使い物にならない気がする。
念のためにとストレージに『石ころ』を十個納めたことで十分だと思った俺は残りの『石ころ』を岩山の陰に投げ捨てて同じ採掘ポイントに目掛けてもう一度ピッケルを振り上げた。
たった一度採掘をした程度で何も採れなくなるほどシビアな設定にはなっていないだろうと考えた俺の予想は当たり、この場所だけで計三回もの採掘が出来た。この三回の採掘で手に入れた鉱石の内訳は『鉄鉱石』が五つに『瑠璃原石』が一つ。それと不思議なことに名前が表示されていない鉱石が二つ。残りは何も役に立たない『石ころ』だった。
「これは…運がいい方なのか?」
比較対象が居ないのだから正確なことは分からないが、最初の採掘で目的の鉱石が三種類中二種類も手に入れることが出来たのは運が良かったのだろう。数にばらつきがあるもののそれは各アイテムの入手難度に差があるのだから当然だ。
採掘を終えてピッケルをストレージに戻した俺は次の採掘ポイントを探してキョロキョロと辺りを見渡した。
ここで獲得できる鉱石アイテムは他の採掘ポイントとの距離が近ければ近いほど同じ種類の物が採れやすくなっている。こういうのは採集することのあるゲームではよくある仕様なのだが、岩山エリアに入って比較的すぐに見つけられた採掘ポイントはこの一つしかなくて、仕方なく岩山エリアの奥に進むことになったのだった。
「はぁ、実際の山登りほど疲れないのはいいけど、これはこれで精神的にくるものがあるな」
人生初となるVRゲームでの登山の感想を呟きつつ俺は一つの分かれ道の前で立ち止まった。どうやらここで平坦な遊歩道を進むか、険しい獣道を進むのか決めなければならないようだ。
目的が鉱石の採集である俺は迷うことなく険しい獣道を選ぶ。
舗装されていない獣道を行く道すがら、岩肌が露出した岩壁を見つける度に目を凝らしてみたが、さっきみたいな採掘ポイントは見つけられなかった。
雑魚モンスターすら現れず、採掘ポイントも無い。このままでは一人で険しい獣道を行くなんとも物悲しいハイキングになってしまう。
「あん? なんだ?」
自身の周囲に漂い始める悲壮感を気力で振り払い険しい獣道を上りながら進んでいると、微かに金属が何かとぶつかる音が聞こえてきた。
変わり映えのしない景色に飽き飽きしていた俺は自然と音のする方へ引き寄せられた。
「だめっ。逃げてぇっ!」
一際大きな悲鳴のような女性の声がここまで届いた。それは誰に向けられた言葉なのか、何が起こっているのか、何も分からない現状を知るためにも俺は声のする方へと駆け出していた。
「あ、ああ……」
岩山エリアにあるちょっとだけ開かれた場所。
ここが現実の山ならば休憩所として使うことが出来るような場所で目にしたのは、絶望に打ち拉がれる一人の女性のプレイヤーとこの岩山エリアに入って初めて目にするモンスター。このモンスターは巨大なサソリ型で、たった今胸を尻尾の毒牙に貫かれ別のプレイヤーのHPが全損した瞬間だった。
HPを失ったプレイヤーが粉々に砕け、消えていく。それはプレイヤーがモンスターを倒したときの演出と同じ物で、この世界においてプレイヤーもモンスターも大差ないと言われているかのようだ。
「おいっ、ぼーっとしてる場合か! 避けろ!」
サソリ型のモンスターが鋭い毒針を備えた尻尾を傍で崩れ尻餅をついているプレイヤーに目掛けて突き出したのが見えた刹那、俺は思わず叫んでいた。だが、俺の声に反応したのはそのプレイヤーではなくサソリ型のモンスターで、咄嗟にその尻尾の矛先を俺に向けて来たのだ。
「うおっ」
伸縮自在なゴムのように伸びた尻尾は戦闘区域から離れていたことで軽々と回避できたが、空振りした尻尾は俺の直ぐ後ろの壁を大きく抉ってみせる。
岩をも砕く尻尾の一撃が生み出した衝撃と同時に発せられた轟音に混じり飛び散った岩が砕かれてできた小石が四方に飛び散った。
俺は咄嗟に顔を両腕で庇い、その腕の隙間から戦闘の中心地の様子を窺った。動物型以外のモンスターを初めて目にしたのに俺は虫のモンスターが発するその独特の気味の悪さを感じるよりも前に、意識を戦闘へと切り替える。
岩を抉るサソリの尻尾が戻るのと同時に再びあのプレイヤー目掛けて振り下ろされていた。
「こっちに来い!」
轟音の中でも俺の声が届いていたのかプレイヤーは必死に転がり回避した格好のままこちらを見た。
思えばリタを助けるためにレイジボアーと戦った時は自分一人でレイジボアーを引き受けるしかなかった。けれど今度は違う。引き続き戦う意思があのプレイヤーにあるのならば、俺は一人で戦う必要は無くなるはずだ。
「早く!」
どうにか攻撃を回避したプレイヤーが慌てて立ち上がり、俺のいる方へ駆け出す。
サソリのモンスターの動きは動物型のモンスターに比べると遅く、個体の特性なのか六本も足があるのにもかかわらず瞬時の方向転換が上手くないようだ。
時折バランスを崩しながらも合流を果たしたプレイヤーは申し訳なさそうな顔をして、
「ごめん…なさい。わたし、が巻き込んだの、よね」
「いいさ。俺はこういった状況に縁があるみたいだからな」
「本当に…ごめんなさい、ね。それで……君は……誰、なの?」
息を切らして話しているせいか、後半は何を言ったのか今ひとつ聴き取れなかった。それでもこのプレイヤーの質問の内容は想像できる。だからこそ俺はこのプレイヤーの問いに答えることができた。
「俺はユウ。手短に聞くぞ、いいか?」
「あ、え、ええ」
「あんたの名前は?」
「ツバキ」
「よし。ツバキ、一つ聞くぞ、あのモンスターは何だ? 巻き込んだっていうことは最初から戦闘状態だったって考えていいのか?」
ここまでモンスターと出会わなかったことと、巨大なサソリのモンスターの存在は何か関係があるのか。不意にそんな疑問が過ったが、それ以上に俺が聞きたいのは別のこと。どうすればこの状況を切り抜けられるのか。
「アレの名前は『サンド・スコーピオン』。この岩山エリアに生息するモンスターの一つ」
「違う、そうじゃなくて――」
聞きたかったのは名前ではなく、あのサソリ――サンド・スコーピオンがどの程度のモンスターなのかということだ。ただの雑魚モンスターなのか、それともレイジボアーのようにボスクラスのモンスターなのかどうか。しかしツバキはこれ以上サンド・スコーピオンについて知らないらしく口を瞑んでしまった。
「逃げることは出来るのか?」
「無理、だと思う」
俺は戦うという選択肢意外のものを投げかけてみた。それは同じ質問を繰り返すよりも実用性のある別の情報を聞き出した方がいいと思ったからだ。なによりもサンド・スコーピオンがどの程度の強さなのか俺が知らない以上、最低限グラス・ラビットクラスだろうと想定する。そうならばあと一人、もしくは二人の人員が必要で、この少人数で戦うことは避けたい相手のはず。
後ろ向きな考え方であることは認めるが、今の段階では不利な戦闘から逃走出来るのならそうするべき。事前準備もしないまま強敵と戦う必要などないのだ。
「そうなのか? 確かに攻撃は鋭いと思うけど、サンド・スコーピオン自体はそれほど速くないだろ」
サンド・スコーピオンの遅い挙動しか見ていない俺ははっきりと言い切るツバキの言葉に対して疑問が浮かんでしまう。
「でも、あの尻尾は動きが速いし、それに尻尾を伸ばせばここまで簡単に届くから」
「…みたいだな」
ツバキの言葉を証明するかのように、離れた所にいるサンド・スコーピオンがその場で回転を始めると徐々に尻尾が伸びていく。尻尾が伸び切ったその瞬間、サンド・スコーピオンが三対の足で力強く地面を踏みしめながら、全身を駒のようにして横回転攻撃を繰り出した。
範囲の広い回転攻撃だけでもやっかいなのに、回転に加えて尻尾の先にある針から滴る毒液が飛沫となって辺り一面に撒き散らされたのだ。
「当たっちゃだめよ」
「見りゃ分かる」
前方で回転攻撃を繰り出されてるために俺たちが回避出来る方向は後ろに限られているのだが、ここが岩山エリアの一画という立地のせいで後ろに下がれる距離もそう多く残されてはない。つまりは回避できる回数が限られているも同然だった。
「戦うしかない、か」
こうなれば腹を括るしかない。
大丈夫。突然の戦闘はこれが初めてではないのだから。
「まだ戦えるよな」
「問題…なくはない、けど、行けるわ」
「だったら一緒に戦うぞ」
一人で戦うのと二人で戦うのとでは勝手が違ってくる。たった一度、負けはしたもののハルと共に戦った時とそれから後に行った雑魚モンスターやレイジボアーとの戦闘では戦った感覚や立ち回りが違っているのだ。
それが個人と複数人とでの勝手の違いなのだとしたら、俺はまだ複数で行う戦闘に関して言えば初心者も初心者。多少レベルの上がった今でも初心者の枠から出ることができていない。
「ちょっと、待って」
「何だ?」
「共闘しても報酬が手に入るかどうか保証はないのよ? それでも」
「別にいいさ」
「そう。ありがとう。レアドロップを手に入れた時は恨みっこなしってことで」
「お互いにな」
簡単な確認を終える頃、サンド・スコーピオンは回転を止め、こちらに向かって別の攻撃準備に入り、隙を伺う獣ように身を屈めていた。
「先に聞いておきたいんだけど、ツバキの武器は――」
「これよ」
ツバキが構え見せてきたのは木製の杖。このツバキというプレイヤーは俺が初めて出会った魔法を使うスキルを持つプレイヤーだった。
「MPは残ってるのか?」
「十分とは言えないけど、この戦闘くらい乗り切ってみせるわ」
「そうか。頼もしいな。それじゃあ、行くぞ!」
このゲームの魔法がどのようなものなのか。魔法を使った戦闘を一度も間近で見たことの無い俺には想像もつかない。しかし、俺がそれを確かめる時間など与えられないまま、ツバキを狙ったサンド・スコーピオンの尻尾による強襲が否応なしに中断されていた戦闘の火蓋を切って落とした。
17/5/7 改稿