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ep.03 『偏屈ドワーフと変わり者のエルフ②』



 突然の悲鳴と助けを求める声に驚き思わず足を止めてしまった自分の目の前をアイアン・ワームが通り過ぎる。

 ワーム種というだけあってそれなりの巨体を誇る件のモンスターはただ通り過ぎただけというのに凄まじい突風と撒き散らされる土がトラックが通過した時の水溜まりの水のように跳ね上がった。



「逃げる!? いや、また来るか!」



 蛇のように体を滑らして移動するアイアン・ワームの挙動を先読みするに、壁に激突する前に急旋回して再び向かってくるのだろう。



「おーーーいーーーー。そこの人! 頼む! 助けてくれ!」



 ぐんっと巻きを変えた時に慣性に従い大きく外側に振られる尻尾に掴まっているその人がまたしても叫んでいた。



「どーするの、ユート!」

「見殺しには出来ないか。頼む、リリィ」

「まっかせて!」



 フードの中から尋ねてきたリリィに迷わず応えると、リリィは即座にその瞳に真紅の光を宿した。リリィが使える防御手段である真紅の障壁を発動させる際に見られる特徴だ。

 瞬く間にアイアン・ワームの尻尾の先で多面的な光の球体が出現した。

 障壁によってその人物はアイアン・ワームの尻尾に捕まっていられなくなったのか、勢いをそのままに向きを変えたアイアン・ワームから振り飛ばされてしまう。

 ゴロゴロと地面を転がる真紅の障壁は壁に激突してその勢いが止まった。



「大丈夫だよな、あれ」

「た、たぶん…」



 若干心配になって、俺達は壁際にある真紅の障壁に注目していた。



「危ないっ!」



 リリィに促され、大きく横に飛びアイアン・ワームの体当たりを回避する。

 すれ違うアイアン・ワームを一瞥して、再び視線を真紅の障壁へと向けた。

 すると、視線の先で多面体をした真紅の障壁はバラバラと崩れていった。



「あれは、ドワーフって奴か。確かこのゲームだと【魔人族まびとぞく】に分類されていたはず」



 真紅の障壁の中から現れたのは三頭身から四頭身くらいの体格をした男。灰色の髪と灰色の髭。使用感が色濃く出てる厚手の革手袋を付け、黒い革製のエプロンを身につけている。



「ぶっは、ゴホっ、ゴホッ。あー、死ぬかと思った」



 ゼイゼイと肩で息をするドワーフの男は息も絶え絶えに溜め込んでいた空気を吐き出していた。



「よし、生きているなら大丈夫だ」



 そう言って俺はアイアン・ワームと向き合う。

 邪魔なものがなくなってスッキリしたのか、アイアン・ワームが自身の尻尾を数回強く地面に叩き付けた。

 その度に大地が揺れる。

 立っていられないほどではないが、その行動は威嚇行為としては十分な意味を持っている。もし、相対している俺が明らかにアイアン・ワームよりも弱いならば、それを目の当たりにしただけで逃げ出してしまいたくなるほどに。



「行くぞ」



 自分を鼓舞するように呟き、一気に駆け出した。

 アイアン・ワームの向こう側ではドワーフの男が何か言っているように見えるが、生憎とアイアン・ワームの移動音によって掻き消されてしまっていた。

 大口を開けて迫ってくるアイアン・ワーム。

 どうにか迎撃しようとしてガンブレイズの銃口を向けて引き金を引く。

 しかし、放たれた弾丸はアイアン・ワームの鋼鉄の鱗に阻まれて大した意味を成さない。



「だったらこれだ」



 迫ってくるアイアン・ワームの迫力に負けじと冷静にその正面に立つ。

 飛び込んでくるのは無数の尖った歯が覗くアイアン・ワームの開かれた口。

 簡単に自分をも呑み込んでしまいそうなそここそが現状唯一のウィークポイントとなり得るのだ。



「〈琰砲カノン!〉」



 すかさず射撃アーツを発動させた。

 正確にアイアン・ワームの喉を穿つ高威力の弾丸が放たれる。

 狙い通りに命中した一撃を受けたアイアン・ワームが悲鳴を上げて大きくのけ反った。



「倒し切るまではいかないか。けど良いダメージは出せた。それを続けられれば」

「ねえ、ユート」

「何だ?」

「なんか、走ってきてるんだけど……」

「えっ?」



 このまま押し切るつもりで前のめりになる俺を静止するようにリリィが告げる。



「おーーーーーーーーーーい」



 それは見紛うはずもない。例のドワーフの男だ。



「待って、ちょっと、待ってくれーーーー」



 半ば強制的にドワーフ男の接近を待たされている間にアイアン・ワームが体勢を整えて、蛇のようにとぐろを巻き、此方を警戒して身構えていた。

 これでは攻勢に出るのは無謀だと、俺も一旦呼吸を整えた。



「俺に何か用か?」



 自分が有利になりかけた戦闘に水を差された形になったことで若干不機嫌になりながらも駆け込んできたドワーフ男に問いかけた。



「す、すまないが、待って欲しいんだ」

「どーして?」



 俺の代わりにリリィが顔を出して聞き返した。



「あ、あの、モンスターにおれの知り合いが飲み込まれたんだ」

「えっ!?」

「だから倒すのは待って欲しい。おれが必ず先に助け出すから」



 キッとアイアン・ワームを睨みつけてドワーフ男が言った。



「蛇みたいに丸呑みにしたのなら可能性はあるかもしれないけどさ、見た限りアイアン・ワームは喉も腹も膨らんでないみたいだけど」

「いや、アイツはかなりヒョロッこいからよ……」

「うーん」



 今ひとつドワーフ男の言うことが信じられずにアイアン・ワームを観察して思案する。

 先に言った通り、アイアン・ワームの外見には何かを呑み込んだような印象はない。しかし目の前にいるドワーフの男の様子には嘘をついているようにも見えなかった。



「どーするの? ユート」

「わかった。とりあえず、えっと……」

「ガダンだ」

「俺はユート、コイツがリリィ。それで、まずはガダンの言うことを信じることにする。あのアイアン・ワームにガダンの知り合いが呑み込まれていると仮定して動くからさ」

「いいのか?」

「ああ。俺達も手を貸すよ」

「すまない。助かる」



 真剣な面持ちで頭を下げるガダンを前に俺は再びアイアン・ワームを注意深く見た。

 どこだ?

 元より何か呑み込んでいるのだとすれば、その影響は必ず現れているはず。

 ガダンが捕まっていた尻尾付近かもしれないとそこを注視しても残念ながらそれらしきものは見付られなかった。



「ガダンは素手で戦うのか?」

「おれの武器も呑み込まれたままだ」



 さも当たり前のことを言うように平然と告げるガダンに俺は僅かに疑念を抱いいてしまう。



「だが、安心しろ。おれの最大の武器はこの自慢の肉体よ」



 ニカッと笑い、力瘤を作ってみせるガダン。

 確かにアイアン・ワームの尻尾に捕まっていられるのだから力は強いのだろう。だがそれと頼りに出来るかは別の話だ。



「来るよっ。ユート!」



 思わずぼーっとしてしまっていた俺をリリィが呼んだ。



「ありがとう。助かった」

「どういたしまして」



 ぐんっと首を伸ばして噛みつこうとしてくるアイアン・ワームの攻撃を避けて軽い感じでリリィにお礼を言った。



「そうらっ、捕まえたぞいっ」



 攻撃を回避した俺とは別に待ち構えていたガダンがアイアン・ワームの胴体に組み付く。



「おおおおっっ!!!!」



 両腕で締め上げるガダン。その腕から逃れようともがくアイアン・ワームの噛みつきがギリギリ届かない位置に立つガダンが大きく叫ぶ。



「今だっ!」



 アイアン・ワームの動きを止めたガダンが俺を呼んだ。



「どこでもいいっ。こやつの腹を掻っ切れ!」



 俺がガダンの前で使ったガンブレイズの形態は銃形態だけ。それなのにガダンは俺に斬撃を繰り出す手段があることを確信しているかの物言いだった。



「なにをしている? 早くしてくれ。そう長くは持たんぞ」

「わかっているさ」



 腹を括りガンブレイズを剣形態へと変えた。



「〈光刃セイヴァー〉」



 躊躇わずに斬撃アーツを放った。

 硬い鋼鉄の鱗に普通の攻撃は通らないだろうと考えての攻撃だ。

 そしてそれは思惑通りにアイアン・ワームの横っ腹を切り裂き血の代わりに無数の鱗を撒き散らせた。



「良くやった」

「あ、ああ」

「後はおれの出番だ」



 そう言ってガダンが〈光刃〉によって出来た傷跡に両腕を突っ込んだ。悲鳴を上げて身を捩るアイアン・ワームなど構わないと言うように何度も何度も強引に傷口を開いていく。



「ガダン! 下がるんだ!」



 アイアン・ワームの鱗が震えて独特な音が鳴り響く。初めて目にする挙動に咄嗟にその名を呼んでいた。



「だがっ」

「これ以上はガダンが危ないぞ」

「だとしても。これはおれの役目なんだ」

「くそっ。頑固な奴だな」



 強引にアイアン・ワームから引き離そうとガダンの肩を掴む。

 しかし屈強な身体をしたガダンはびくともしなかった。



「だめ。また来るよ」

「おいっ、逃げるぞ」

「待ってくれ、この先、もう少しなんだ」



 必死になって手を伸ばすガダン。その表情は真剣そのもの。

 たとえ牙が届かない場所なら立っていようとも確実な安全性などありはしない。現に攻撃手段を変えたアイアン・ワームが俺達にその魔の手を伸ばしているのは間違いないのだから。



「もう、間に合わないよ」

「リリィ、障壁を! ダメージを減らせればそれでいい。だから」

「りょーかい」



 俺達全員を包む真紅の障壁が出現した。

 アイアン・ワームの鱗が無数の礫となって俺達を打ち付ける。



「うわあああ」

「大丈夫。リリィは腕の中に」

「うん」



 程なくして障壁が砕けた。

 降り注ぐ鋼鉄の鱗の礫がリリィを守るように身を丸めた俺の背を傷つける。

 自身のHPゲージがみるみる削られた。



「ぐっ」

「ユート!?」

「大丈夫。このくらい。直ぐに回復できるさ」



 ストレージから回復ポーションを取り出して一気に飲み干した。



「ガダンは……問題なさそうだな」



 降り注ぐ鱗など意にも関せずガダンはその手を伸ばし続けている。



「だいじよーぶ?」

「ああ。ダメージは思ったほどじゃないよ。ただ……」



 ガダンの目的は果たせていない。必死に伸ばした手は何も掴めていないままだ。



「このままアイアン・ワームを倒していいのか?」

『問題無い』



 一人自問自答していた俺にリリィともガダンのものとも違う声が聞こえてきた。






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