ep.01 『偏屈ドワーフと変わり者のエルフ⓪』
「≪錬成≫」
剣形態のガンブレイズを覆うように光の魔法陣が出現する。一定の大きさにまで広がった魔法陣は徐々に縮小していき、ガンブレイズの全体に淡い光となって宿った。
光の色は金色。
夜空に浮かぶ月のような輝きを放つ刀身から無数の微細な何かがポロポロと剥がれ落ちた。
「こんなトコかな」
いまひとつ納得言っていない口振りで呟く。≪錬成≫に使える手持ちの素材はこれで尽きた。しかし、使った素材に対してガンブレイズの強化はあまり芳しくない結果だ。
腕を組み考え込んでいるとチリンと鈴の音のようなものが聞こえてきた。それと同時に僅かに開かれる部屋のドア。しかし人の影らしきものは見られない。
「ねえ、終わったの?」
それもそうだろう。俺に声を掛けてきたのは妖精猫のリリィ。あまりにも退屈だったのか、欠伸をしながらゆっくりと歩いてくる。
先程の鈴の音はリリィの背中にある小さな羽が揺れて擦れた時に稀に聞こえてくる音だ。
「一応、かな。どっちにしても素材はもう無いから今日はこれで終わりだ」
「素材っていうと…えっと、なんだっけ。【ま…何とか石】ってやつだよね」
「なんとか石じゃなくて【魔鉱石】な」
「あれ? 昔からユートが使っていたのそんな名前だっけ?」
ぴょんと近くの作業机に飛び乗ったリリィが可愛らしく小首を傾げて訊ねてきた。
「≪鍛冶≫とか≪細工≫とかをしていた時は色んな素材を使ってたんだけどさ。どうやら≪錬成≫に使える素材は決まっているみたいなんだよ」
「それが【魔鉱石】ってやつなの?」
「いや、他にも【魔石】とか【清石】とかがあるらしい。でも【魔鉱石】の方が一般的みたいだな」
記憶の中にある≪錬成≫スキルの使い方をレクチャーしてくれている攻略サイトを思い出しながら答える。
魔鉱石以外の二つの素材は使い方がある程度決まってしまうとのことだった。魔石は文字通りに魔法を使う武器に適しているとされていて、他の素材と同時に使用することで状態異常に対する耐性を高める清石は武器よりも防具の方が適しているとされていた。
この時には言わなかったが各種魔法属性に適した素材もある。例えるならば火の魔法属性ならば【炎石】のように。
「でもさでもさ、ユートは結構溜め込んでいたんじゃないの? その魔鉱石ってやつをさ」
「あ、う、まあ、それはそうなんだけど」
「なのに全部使ったのに満足しなかったのはどうして?」
純粋な疑問としてリリィの口から出た言葉に俺は返答を詰まらせてしまった。
実際に俺が溜め込んでいた魔鉱石はかなりの量があった。覚えている限りでは百は超えていたはず。なのにどういうわけかちゃんと錬成の効果が発揮された数があまりにも少なかったのだ。
元々錬成による武器防具の強化は試行回数に制限が無い代わりに成否が完全ランダム、それに加えて強化値までもがランダム。加えて素材を消費して行うというある意味でのエンドコンテンツのようなものになっている。
自分で≪錬成≫のスキルを習得していないプレイヤーも町にいる錬成師と呼ばれているNPCに素材を持ち込んで行って貰うのだ。
レベル、ランクの低いプレイヤーは専用武器を≪鍛冶≫や≪細工≫などといったスキルを用いて武器そのものを強くしていくことが普通で、防具もまたより強いものへと変えていくことが常とされていた。しかしそれらの強化には多少の形状の変化が起こる時があることがあった。防具の変更などはより顕著にそれが現れる。これらの変化は強くしていく過程でプレイヤー自身にとって最も使いやすい形状や長さを獲得していくという瞑目があるが、高ランクのプレイヤーにとっては単なる弊害でしか無い。そこで追加されたのが俺が今行っている≪錬成≫よる強化だった。≪錬成≫は純粋に武器や防具の能力値を底上げするものであり、形は変えないまま特異な能力を加えていくこともできる方法だった。
現段階では上限のない強化とされているが、それは単に上場値が無くなるまで強化し尽くした人が居ないというだけ。
自分でも意外に思えるが、どんなに廃プレイをしているプレイヤーであってもレベルアップによるパラメータの上昇値がそれまでの自分の行動如何によるものというシステムである以上は案外武器防具にもそれが適応されているのではないかと噂されていた。
「はあ、俺の≪錬成≫のスキルレベルが低いのかなあ」
正直に言ってまだ≪錬成≫のスキルはスキルレベルが最大値ではない。しかし残念なことに一つのスキルを最大値にしようと思うのならば他のスキルは無視してそれだけのためにレベルアップ時に獲得できるスキルポイントを消費し続けなければならない。
スキルの最大レベルは【50】。加えて新たなスキルを習得するときに消費するスキルポイントは【1】。つまりレベル1だった初心者のプレイヤーのレベルが52になってようやく一つのスキルがレベル最大値になるという計算だ。
無論それまでには他にもスキルポイントを獲得する機会はあるし、そもそも最初期に与えられているスキルポイントというものもある。けれど潤滑にゲームをプレイするためにはいくつかのスキルを習得しておく必要があるし、それをしないのは所謂縛りプレイをしている人くらいのものだった。
現在の俺は多少スキルポイントを余らせてはいるがそれを全て≪錬成≫に振ったとしても高が知れているという状態だった。
「となると純粋に試行回数を増やすしかないんだろうけどさ」
瞬く間に消費された魔鉱石を思えば溜め息が出てしまう。
「ユート?」
リリィが大きな溜め息を吐いた俺を見上げてくる。
「いや、何でも無い。使った物はまた集めれば良いだけさ」
例え空元気と言われても現状それしか解決策は思い当たらない。
専用武器の形状も防具もいまのまま変えるつもりが無い俺ができる自己強化の方法はそれだけなのだ。
「良し。外に行くかリリィ!」
「うん。いいよ」
出しっぱなしの道具をストレージに仕舞って俺は一時的に借りていた工房のドアを開ける。するとドアに掛けられていた『使用中』の札が『空室』へと変化した。
廊下を歩き一階に続く階段を下りる。
ここは各町にあるプレイヤーが集まる施設『ギルド会館』。
無数のプレイヤーが行き交うこの建物は今や戦闘職のプレイヤーだけじゃない。生産職やただこの世界を観光に来ているだけのプレイヤーまでもが活用する総合案内所のような役割をしていた。