ep.09 『幽冥の騎士⑧』
「光は…我の手の中に……」
玉虫色をした宝石から閃光が迸る。
バアトの手中にある玉虫色の宝石が実体を失い、一種のエネルギー体となってその体に吸い込まれていく。ほんの一瞬だけ目を眩ませるほどの閃光が収まると、続けてそれまでとは違う神々しい輝きがその身を包み込んだ。
閃光が収まり、徐々のその全貌を露わにしていくバアトにはそれまで備わっていなかったものがあった。
王冠のように頭部を包み込む翼。マントのようにバアトの背中で風に靡く翼。大きく広げられバアトの体を大地から浮かせている翼。腰蓑のように備わる翼。それらは全てが純白で、どこか神聖な雰囲気を醸し出している。
「来るっ!」
いち早くその挙動の変化に気付いたムラマサが叫ぶ。
バアトはムラマサのことなどお構いなしとでも言うかのようにその手に掴む大剣を勢いよく振り抜いた。
突風が巻き起こり、俺達を一斉に後ろに吹き飛ばす。
大剣がなぞった場所には一筋の亀裂が入り、俺達は風を受けてダメージを負ってしまっていた。
「二人とも、回復をするんだ」
再びムラマサの指示が飛ぶ。
受けたダメージはそれほど深刻に考えるものではない、そう思っていた俺はその指示を受け入れるか一瞬躊躇してしまった。そのせいで追撃が逃れ得ぬものになるとは知らずに。
素直に回復ポーションを使用したムラマサとキリエには見向きもしないで躊躇した俺へと向かってバアトがその翼をはためかせた。
地面の上をスライドするかの如くスムーズな動きで接近してくるそのスピードは驚くほどに速い。加えて軽々と振り上げた大剣はこちらの全身を遮る影を生み出していた。
「くっそ」
舌打ちをしながらどうにかその射線から外れようと動く。
先程のように大剣を振っただけで突風を巻き起こすだろうし、その突風にも攻撃力が備わっていることだろう。それでも大剣の直撃を受けるよりはマシだろうと考えたのだ。
鼻先すれすれで回避することは悪手。大袈裟だとしてもかなりの余裕を保って回避する必要がある。
不格好になりながらも前方に飛び込んだ。
バアトとすれ違い、それまで自分が立っていた場所にバアトの大剣が振り下ろさせるのが見えた。
予想通りとでも言えばいいのか。地面には蜘蛛の巣状の亀裂とクレーターが生まれていた。
「危なっ。一撃死はしないと良いんだけどな」
最初から全ての攻撃を回避しきれるとは思っていない。戦闘の間に一度や二度ならば確実に攻撃を受けることもあるだろうと予測しているのだ。
それでも、だからといって、無意味にダメージを受けるつもりはない。避けられる攻撃は全て避けきってみせるという気概すらある。
「せやっ」
直ぐさまに身を起こし、攻撃の後に生じた隙を狙い斬り掛かる。
バアトが携えている武器はその手の大剣のみ。攻撃手段は別に持っているのかも知れないが目に見える武器はそれだけ。
ならば警戒を向けるのはそれを掴んでいる右手。武器を持たない左の方はまだ防御が薄いはず。
「<鬼術・氷舞>」
攻撃を仕掛ける俺からバアトの注意を引き付ける目的でムラマサが氷の刃を飛ばしてきた。
バアトは大剣を振り上げ迫る氷の刃を全て一刀のもとに斬り捨てた。
「だけど!」
確実に左側に隙が出来た。
強く地面を踏み締めてガンブレイズを振り抜く。
前のめりに体重を乗せた一撃は正確にバアトの左腕を捉えている。
「甘い」
こちらを一瞥することもなく言い捨てるとバアトは素早く左腕を構えた。
即時展開されたのは光の盾。
何かの魔法陣のように一つの紋様が実体を得てガンブレイズの刃を受け止めたのだ。
「……反転」
さらにバアトが告げる。
すると光の盾に更なる光が収束し、打ち合っているガンブレイズもろとも俺を吹き飛ばした。
放たれたのは波動。衝撃そのものとでもいうべきか。
地面を転がりながらも視線を外さずに見続けたバアトは平然とした様子で光の盾を消していた。
「――くっ、届かないだと!?」
最初に抱いたのは困惑、そしてどうすれば攻撃が通るのか必死に思考を巡らせた。
単純に威力不足ならばアーツを発動させればいい。寧ろこれまでのロード・ライカンスロープ、フォール・メガロドン、そしてイフリートとの戦闘ではそれが有効だったのは明らかだ。けれどバアトがそれまでと同じであると言えるのだろうか。バアトはそれらを喚び出した張本人だというのに。
「<円環なる聖域>」
突然自分達を包む光の柱が出現した。
それはキリエが使うアーツ。俺が見た時にはその光に相手をも捉えその光を攻撃に転換させていた。しかし今は光が包んでいるのは俺達だけ。これは文字通り俺達を守護する光でしかない。
「無駄だ。宝石の加護を失った今、その力は脆弱で、壊すことなど容易い」
「そんなこと――」
「ふんっ」
はっきりと告げてバアトがムラマサを護っている光に大剣を打ち付けた。
刹那聞こえてくるのはガラスの破砕音。
キラキラと細かな欠片となって砕け散る光の柱とリンクしているのか、直接攻撃を受けていないはずのキリエが悲鳴を上げて膝から崩れ落ちた。
「それでも、一瞬だけでも、貴方の動きが止まった」
「だからどうした?」
「別に。全くの無意味じゃ無かったというだけさ」
不敵に微笑いバアトに肉薄するムラマサ。
「この距離でも先程の盾は使えるのかい?」
「ちいっ」
「<鬼術・氷旋華>」
ムラマサは刀を振ることでアーツを発動させるのではなく、その刀身を地面に突き立てて発動させる。
極寒の冷気を孕んだ竜巻が自らをも巻き込んで吹き荒れた。
「愚かな。自爆する気か」
「まさか。オレにそんな趣味はないさ」
徐々に勢いを増していく氷の竜巻の中心で告げる。
ピキッと足下から竜巻が凍り付いていく。
だが、実際に凍り付いているのはバアトの足下だけ。
「成る程な」
「このまま凍り付くといいさ」
「残念だが、それは叶わぬよ」
「何!?」
「破砕」
短いキーワードを口にすることで発動するそれはまるで俺達が使うアーツの如く。
バアトの膝まで広がっていた氷が一斉に砕け散った。
それと同時に吹き飛ばされるムラマサ。
生憎とバアトに大きなダメージは見られない。
ほぼ無傷なまま佇むバアトが大剣の切っ先をムラマサに向けた。
「<円環なる聖域>」
息も絶え絶えなキリエが告げる。
再び光の柱がムラマサを覆った。
「無駄なことを」
バアトがまるで雑草を払うかのように軽く大剣を横に振る。
再び砕けた光の柱。またしても何らかのダメージを受けたみたいにキリエが苦悶の声を漏らしガクッと膝から崩れ落ちる。
「俺のことを忘れるなよ」
敢えてそう叫びながら銃形態に変えたガンブレイズで連続した射撃を繰り出す。
今度はちらりとこちらを一瞥して左手を飛来する弾丸の着弾点に置いた。
ガンッガンッと断続的な音が響く。
一瞬にして展開された光の盾がガンブレイズから撃ち出された弾丸を受け止めていた。
「まだだっ」
再びガンブレイズを剣形態へと変えて、光の盾を避けてバアトの直ぐ傍にまで滑りこむ。
「小賢しいっ」
「<光刃>!」
盾の防御が間に合わないと判断したのか、バアトは大剣を使い迎撃しようと動く。だが、それよりも早く俺の放つ一撃がバアトを捉えた。
「ぬおっ」
この戦闘が始まってから初めてとなる明確なダメージ。それは偶然にもムラマサの攻撃、キリエの光の柱による防御、そして俺の射撃と剣撃。流れるように繰り出された一連の攻撃が功を奏した形となったのだった。
「このまま一気にダメージを与える!」
「吹き飛べ、破砕」
「うわっ」
「今度はオレの番だ」
その場で踏み止まり追撃を繰り出そうとした俺をバアトは氷を吹き飛ばしたものと同じ業で吹き飛ばしてきた。
俺とバアトの間に一定の距離が出来て、攻撃の波が収まったかと思った矢先、自分と擦れ違うようにしてムラマサが前に出た。
「<鬼術・氷乱舞>」
切迫しながら繰り出す連撃は常に冷気と氷の粒を伴っている。
斬り付けたその瞬間から凍り付かせていく攻撃がバアトを襲う。
「うおおおおおっっっっっっっ」
鬼気迫るムラマサの叫び声が木霊する。
高ランクのプレイヤーの能力と技術を余すこと無く発揮させた連撃は的確にバアトを穿つ。
再び吹き飛ばされるまで、むしろ吹き飛ばされたとしてももう一度といった気概で攻撃を続けるムラマサを前にバアトは自身の大剣を体の前で構え防御し続けた。
いつしか大剣の前に浮かぶ光の盾。
初めの頃こそダメージを与えられていた連続攻撃も今や微塵もダメージを与えることが出来なくなっていた。
それでも、と意を決したようにムラマサは攻撃を続けている。
一瞬ムラマサの視線が自分を見たように感じた。
ムラマサとバアトが繰り広げる凄まじい攻防にどう手を出していいか戸惑っていた俺はその視線に誘われるように走り出していた。
そして、攻防の合間に出来た一瞬の空白を狙い、
「<光刃>」
再び斬撃アーツを発動させた。