ep.08 『幽冥の騎士⑦』
イフリートの印象は単純な能力値の高い個体。
戦場の状況を一変させたこと。それそのものは強力なボスモンスターの類ならばやってのけることがあるだろう。事実、これまでにも幾度かそういう相手と戦ったことがある。
だからだろう。確かにイフリートの攻撃力は脅威で、防御力も高く感じられる。加えて動きも素早く、常に纏っている炎がこちらに攻撃を躊躇させる一因となっていた。
「炎は風で巻き上がる。けれど、風の勢いが強ければ炎は消える」
確かなことだというように呟きながらムラマサは風の斬撃を伴うアーツを発動させて攻撃を繰り返していた。
一度の攻撃ではイフリートが纏う炎は消えない。けれどそれが複数回にまで及べは炎の勢いは弱まり、いつしか炎は消える。そうして剥き出しになった本体を更なる風が傷付ける。この一連を繰り返すことでムラマサはイフリートのHPゲージを着実に減らし続けた。
「腕、尻尾、腕、体当たり、熱線――今っ」
イフリートの挙動を一つ一つ確実に見極めながら攻撃の機会を窺い動く。
基本的な攻撃は連なり隙は無く、回避に専念した方が安全だ。それらの挙動の中で唯一攻撃の後に大きな隙が生じるのが熱線を吐き出した後。爪を立てて両手で地面を掴み翼を大きく広げて反動に耐える。そうすることでようやく正確に対象を捉えることができるのだ。
正確な攻撃だからこそ回避するのはそう難しくはない。今回問題となるのは文字通り熱線が発している熱気。真夏の熱気なんか比べるまでもない、近付くだけで皮膚を焦がすほどの熱気を有していることだ。そのために紙一重に回避したのではダメージを回避することにはならない。かなり余裕を保って、それこそ放たれる熱線の何杯もの距離を保って回避する必要がある。
「ここっ。<光刃>」
イフリートの背後に回り横薙ぎの一撃を放つ。
翼と本体の狭間。体に纏われている炎が無い場所を的確に突いたその一撃がイフリートのHPゲージを削る。
攻撃方法こそ異なれど、俺とムラマサは違わずにイフリートのHPゲージを削り続けていた。
「ユート、もう少しだ」
「ああ。このまま攻撃を続けるぞ」
HPゲージの減少という目に見える成果があることで俺達は焦ることも、気圧されることも無く戦闘し続ける事が出来ていた。
「これで――」
「一気に決める。いくぞ――」
「「トドメっ」」
二人の声が重なる。
イフリートを挟み左右から繰り出される一撃は残り僅かなイフリートのHPゲージを削りきった。
一瞬の静寂と一瞬の停滞、そして次の瞬間に起こるのは爆発のようなイフリートの破裂。微細な光の粒となって弾けて消えたイフリートの残滓が漂うなかに浮かび上がる青色の宝石。
「よし。倒した」
「んー、想像していたよりも手応えを感じなかったかな」
「どういう意味だ?」
比較的自分達優位なまま戦闘を終えたというのにムラマサは神妙な面持ちで考え込む素振りを見せている。抜き身の刀を鞘に収めることすらしないで動かずにじっと身構えたまま。
それに倣い俺も警戒心を解かずに事の成り行きを見守り続けることにした。
二人の視線の中心は青色の宝石にある。そのために背後から無言で近付いてくるキリエに気付いたのは彼女が自分達の隣に並び更に一歩前に出た頃だった。
「キリエ?」
尋常ならざる様子のキリエを訝しみ声を掛けるムラマサ。しかしそんな声など届いていないと言わんばかりに歩みを止めない。
イフリートが消えたからだろうか。いつの間にか最初にいた無数の鳥がその時と同じように木々に止まり気味の悪い視線をこちらへと向けてきている。
刹那、無数の鳥が一斉に啼いた。カラスのようでありながら小鳥のよう、様々な種類の鳥の声が入り混じったかのような奇妙な声で。
一瞬何かに躊躇するようにして手を伸ばしたキリエが鳴き声に驚き動きを止めた。
期せずして生じた奇妙な間にまたしても一斉に飛び立った無数の鳥。舞い散るいくつもの漆黒の羽が風に舞い俺達の視界を遮る。
舞い踊る黒い羽。
雲の切れ間から覗く眩い太陽の光。
綺麗な白い光を背にしながら一際大きな鳥が羽ばたいた。
「ムラマサ。キリエを止めるんだ!」
「ああ。わかっている」
目にした巨大な鳥に感じた奇妙な感覚にムラマサと互いの顔を見合わせた。
すかさずにムラマサがキリエの肩を強く掴み引き寄せる。強引に体の向きを変えられたことでふとキリエの瞳にいつも通戻って来た戻ってきた。
「ムラマサさん?」
「キリエ、気を付けるんだ。あれは不用意に触れて良いものには思えないよ」
「え?」
キョトンとした顔でムラマサの視線を辿る。
キラキラと輝く青色の宝石は一見すると綺麗なもの。しかしこの時の自分達の目にはどういうわけかとても悍ましい何かであるように見えていたのだ。
「二人とも、下だっ」
気付けをするかの如くキリエの肩を叩いたムラマサと、叩かれた当人であるキリエに向かって叫ぶ。
俺の声に気付かされムラマサが一層強くキリエを抱き寄せると、キリエを抱きかかえたまま大きく後ろに跳んだ。
二人を追って後ろに下がり、俺達はその鳥と地面から飛び出してきた影の正体を見た。
「ここで来るのか」
息を呑みその姿を目の当たりにして無意識の内に呟いていた。
俺にとっては二度目。ムラマサとキリエにとっては三度目となる邂逅が訪れたのだ。
「ここまで追ってくるとはな。だが、一歩遅い」
重く威圧感が滲む口調と声でバアトが告げる。
ゆっくりと手を胸の前で開き、その上に浮かび上がるは四色の光。
後ろに控えるは金色の瞳を持つ巨大な狼――影狼。
突然、影狼の体が砕け散った。
残る黄色の宝石がその身から飛び出し、バアトの手にある四色の宝石が放つ光へと吸い込まれていく。
「ここに、全てが……揃った」
五つの光が混ざり合い、一つの巨大な玉虫色の輝きがその手の中に生まれた。