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ep.07 『幽冥の騎士⑥』



 死人兵の出現という異変が収まり活気の戻ってきた町を後にしてから次に訪れたのは過去の戦場跡。風化してもな刀剣や槍、誰かが身に纏っていたであろう鎧の一部が砂を被っていたり雑草に覆われていたりしながらも残っている。

 一時は観光地として賑わっていたこともあるのか古びた看板が何もない広場に立て掛けられていた。



「ここ…なのかい?」

「はい」

「にしては何もないように見えるけど」



 俺達の水先案内人はキリエ。彼女が示したとおりの場所を目指して来たのだ。そこに問題の原因があると信じて。



「確か、バアトってやつが奪っていた宝石はもう一つあるんだよな」

「そうです。そしてこれまでのことを鑑みればそれぞれが何らかの異変を引き起こす化生となっている可能性が高いはずです」

「ロード・ライカンスロープ、フォール・メガロドン、そして影狼、か」



 対峙したモンスターの姿を思い出しながらそれぞれの名称を呟く。先の二体と影狼はどこか別格のように感じられたことからも、ここにいるであろうモンスターがそれと同等かもしれないと不安が過ぎっていたのだ。

 それでも途中で辞める選択肢はない。だからこそこの場に立っているし、こうして次のモンスターの出現を待ち構えているのだった。



「んー、ここの異変はあれ、かな?」



 そう言いながら上を見上げたムラマサの視線の先には枯れた木の枝や朽ちた槍の先に止まっている無数の鳥。啼くのでも、飛ぶのでもなく、ただ止まりじっとこちらを見つめている。

 


「なに、あれ。気味が悪い」



 眉間に皺を寄せて小さく呟くキリエ。

 ふと生温かい風が吹いた。

 葉っぱのない木々が揺れて独特な音が鳴り響く。

 時を同じくして微動だにしなかった無数の鳥が一斉に羽ばたいた。

 雨に濡れているかのように黒く妖しく煌めく羽が舞う。

 視界を埋め尽くす程の羽が地面に落ちた途端に崩れ去る。そうして乾いた土色をしていた地面が舞う羽と同様、黒く染め上げられていく。

 辺り一面とまではいかないが程よく広範囲の色が変わったその瞬間、ある意味で俺達にとって待ち望んでいた存在が現れた。



「なんか…想像していたのとは違う」



 自分の口から出た一言にムラマサが苦笑を浮かべて頷いていた。

 意味ありげに無数の鳥が配置されていたこともあり出現するモンスターもそうなのだろうと思っていた。だというのに目の前の存在は違っていた。

 一番に受ける印象は巨人。筋骨隆々な体に赤黒い肌、そこに浮かぶ白い紋様。腰まで伸びた髪は炎のように轟々と燃え盛っているかのよう。頭部には巨大な二本の角。背中にある巨大な翼だけが唯一鳥の意匠を残していた。



【イフリート】



 ゲームをする人ならば一度は目にしたことがあるであろう名前がその巨人の頭上に浮かんでいた。



「グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」



 大地を揺らすほどの咆吼が迸る。

 刹那、巨人――イフリートの手首、足首、髪、そして腰巻き、翼が激しく燃え上がる。そうしたことでようやく変色した地面の意味を理解した。

 イフリートの体から舞い散った火花が黒い地面の表面に青く揺らめく炎が広がった。



「来るぞ」



 素早く戦闘体勢を取ったムラマサが叫ぶ。

 イフリートが巨木のような腕で地面を叩き、その反動を利用して高く跳躍してみせる。強く大地が揺れたときに炎が一際大きく揺れて炎が舞い上がった。

 眼前に迫る炎の向こう、高く飛び上がったイフリートが乱暴にその拳を此方に向けて叩きつけてきた。



「うわっ」

「キリエ、しばらくは回避に専念してくれ。ユート、オレ達は迎撃に――」

「任せろ」



 銃形態のガンブレイズで行う射撃は炎に遮られることなくイフリートに命中した。しかし、与えられるダメージはごく僅か。全く影響を受けた様子を見せず勢いよく腕を振り抜いたのだ。

 初撃を回避したときに取っていた距離のおかげで振った腕は届かない。無意味な行動のように思えたそれも突然自分を襲った側面からの衝撃で理解した。

 チリッっと防具の表面が焦げるような音と臭いがしたかと思った瞬間に俺は大きく吹き飛ばされてしまっていた。地面を転がりながら勢いを殺している最中に目にした地面を駆け巡る炎。

 イフリートを中心に渦を巻いて駆け巡る炎は次にムラマサとキリエを狙い広がっていく。



「<鬼術・氷壁牢(ひょうへきろう)>」



 すかさずムラマサがイフリートを閉じ込めるべくアーツを放った。

 しかし、氷と炎。二つの相性はまさに火を見るよりも明らか。本来ぶ厚い氷の壁を作り対象を閉じ込めるアーツのはずが、今や薄い氷の膜が張っているだけも同然。地面を駆け巡る炎が氷を溶かし砕いてしまう。



「んー、やはり駄目か」



 わかっていたことだというように平然と溢したムラマサがキリエから離れようと駆け出していく。そんなムラマサを追いかけるように炎が迸る。

 走り、駆けて、炎を回避し続けながらイフリートへと近付いていくムラマサ。

 持っている刀の刀身を柄から刃先まで指で撫でるとその跡を辿り緑色の光が伸びていく。



「だけど、オレが使えるのは氷だけじゃないのさ」



 ピッと刀身に付いていた冷気と滴を払うように振り、改めて刀を振り抜く。



「<鬼術・旋風(せんぷう)>」



 下から上へと振り上げた刀が発生させるは風。地面を駆け巡る炎のように空中に緑色をした風の渦が生じ、イフリートを直撃する。

 風を受けたイフリートが「グオオオ」と一鳴きしながらその場で硬直している前を急旋回して俺のもとへと駆け寄ってきた。



「無事かい?」

「ああ。このくらいは大丈夫さ」

「頼もしいね。正直、風は氷と違って威力が引くいんだ。だから――」

「分かっているさ。もう俺は油断しない」



 ガンブレイズを強く握り立ち上がる。

 既にイフリートを押さえ付けていた風は消え、動けなかった鬱憤を吐き出すかのようにイフリートが大きく吠えた。

 前屈みになって鋭い両手の爪を地面に突き立てる。バチバチと閃光が長い髪の表面を迸る。青く光る目と獣の口が大きく開かれた。



「拙いっ」



 合図するまでもなく二手に別れて駆け出した。

 俺達が居た場所を正確に貫く蒼白の熱線。

 それは俺が使う射撃アーツなどとは比べものにならない熱と破壊力を秘めた一撃で、大地を削り、大気を焦がし、空の彼方へと駆け抜けていった。



「うっわ」



 まともに受ければそれだけで終わりそうな一撃に顔を引き攣らせながらもそれを放ったイフリートを見た。強力な攻撃を放った後は多少の技後硬直が見られる。イフリートも同じならば今が攻撃するチャンスになる。そう思って接近していくとイフリートがニヤリと笑ったような気がした。



「誘われた!?」



 急ブレーキを掛けるよりも突っ込んだ方がマシだと俺は敢えてイフリートに向かって突っ込んで行った。



「それでも、<琰砲(カノン)>!」



 イフリートの追撃が繰り出されるよりも早く俺の放った射撃アーツが命中した。



「効いたか?」

「いや、浅い」



 俺の呟きに答えてムラマサが一歩前に出た。



「<鬼術・旋刃(せんじん)>」



 先程ムラマサが放ったアーツが竜巻を生み出し打ち付けたように、今使ったのは盾に回転する風の刃。与えるのは衝撃ではなく鋭い風の切断。

 射撃アーツを受けても平然としていたイフリートはムラマサの風のアーツすら平然とした様子で受け止めていた。

 ごうっと燃え上がるイフリートの全身の炎。吠えて同時に勢いを増して駆け巡る炎。二つの炎が辺り一面に広まっていく。

 瞬く間に気温が上がり、揺らめく陽炎が空に地上と同じ景色を映し出した。






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