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迷宮突破 ♯.15

 迷宮攻略三日目。


 昨日、マオと二人で迷宮に挑んだ時に手に入れた鉄のインゴットをその前にリタが作っていた別のインゴットと一緒に炉に入れ溶かした。


 火の入れられた炉を真剣な目で見つめているのは鍛冶を行う俺一人だけではない。


 その強化を行うハンマーの持ち主であるマオが俺よりも真剣な眼差しを炉に向けている。


「そろそろかな。マオ、ハンマーを貸してくれ」

「はい」


 手渡されたハンマーは今まで扱った全ての武器よりも重かった。


 おもちゃのピコピコハンマーと同じくらいの大きさしかないというのに全てが金属で出来ているというだけでここまで自重があるとは思いもしなかった。


「えっと、手順は……」


 予め読み込んでおいた鍛冶の手順を思い起こす。


 ハンマーの強化は剣の強化とはかなり勝手が違っているようだ。剣は打ち直したりしない限り溶かしたインゴットを刀身に塗り、叩き、研磨するという三つの手順だけで済む。それに対しハンマーは溶かしたインゴットを幾層にも重ねて塗りそれを研磨するという二つの行程の繰り返しで出来あがる。


 今回は持ち手の部分を延長することが目的となるので俺はハンマーに元々あった持ち手を溶断し、新たに長い柄の部分を作ることにした。


 溶かしたインゴットを棒状になるように型に流し込んでいく。


 一瞬で冷え固まったそれを型から外して持った時に違和感を感じないですむように研磨してく。


「長さはこんな感じていいか?」


 出来あがった棒をマオに手渡し、確認を促した。


「これに鎚の部分が付くんだよね」

「ああ。それで鎚の大きさはあのままでよかったんだよな?」

「うん」


 棒の先端に鎚が付いた状態をイメージしながらマオは数回振り回してみる。


「どうだ?」

「いい感じ。この長さでお願いするね」

「了解」


 再び俺の手に渡った棒の先端に溶かしたインゴットの残りを着けた。これが鎚の部分と柄の部分を付ける接着剤の代わりだ。


 重心がずれないように細心の注意を払いながら鎚の部分を接着する。


 接着剤代わりのインゴットが冷え固まったのを見計らい机の上に置いておいた金ヤスリを手に取った。はみ出したインゴットを削るようにゴリゴリとヤスリをかけていく。


「よし、出来た。塗装はどうする?」


 完成したハンマーは未だ素材の鉄の色が前面に押し出されている。


 当初マオが使っていた時のハンマーは鮮やかな金色をしていた。最初の頃からその色だったのか、それともマオが自分で塗装したものなのか知らないが、出来あがったこのハンマーを塗装するのなら専用の塗料が必要なはずだ。


「うーん、今度自分でするからいいや」

「そうか? でもこのままってのは格好がつかないだろ」


 持ち手の部分は全部鉄の色だが鎚の部分は所々金色が剥げて斑模様になっている。使い続けた歴戦の武具と呼ぶには全体が綺麗過ぎて、ただ塗装が剥げた状態の未完成な武器のようにしか見えない。


「そうだねー。ならいっそのこと全部の塗装を取っちゃおうか」


 剥離剤はこの工房に予め用意されていなかったのだが、アクセサリ生産が主なプレイスタイルのマオは常にそれを携帯しているようでそれを使い手慣れた様子でハンマーの塗装を剥がしていった。


 全体が光沢のない銀色の地の色が露出した状態になり手を止めると、マオはハンマーを背中に担いでみせた。


「どう似合ってる?」


 柄が長くなったハンマーは背中に担いだことで傍から見たら槍を背負っているかのようにも見える。


「似合ってるよ。マオ」


 拠点のドアを開けて入って来たリタが満面の笑みで言った。


「リタ? 早かったじゃないか」

「昨日は先に帰っちゃったからさ、二人はどうしてたのかなって気になって」


 フレンド登録してあるからリタは俺たちがログインしてきていることはすぐに分かったのだろう。


 今日の集合時間は何も決めていなかったのだから俺とマオが二人してログインしているということは二人で何かをしていると考えたとしてもおかしくはない。


「それにしても、なんでマオは武器を強化する事にしたの?」


 昨日のままのハンマーでも十分に戦えていた。それを知るからこそ見た目からして全く別の武器のように変えたことに疑問を抱いたようだ。


「なんていうか、あのままの形じゃ戦いに向かないと思ったんだ」


 かなり近付かなければ攻撃を当てることが出来ないのだから、どれだけ威力があっても離れた場所から攻撃を仕掛けてくる相手に対しては意味がない。離れた場所から攻撃を仕掛けてくるダンジョン・エイプのような相手や一撃で大きなダメージを与えることのできないコボルドのような相手との戦闘ではある程度の距離をとれるような武器を持つことはこちらに幾許かの有利な状況を作り出せるのと同じだ。


 倒されても数時間のデスペナルティを受けるだけで済む通常のプレイなら元の形のハンマーでも十分だが、一度の死がそのままリタイアに繋がっているとなるとできうる限りの対策はするべきだろう。


「スキルは変わってないのか?」


 柄が長くなったことでマオの戦い方が変わってしまうことは予想していたが、武器に対応しているスキルも変わってしまったのかどうかは実際に確かめてみるまでは分からない。


 イベント期間中は新たなスキルを入手する事が出来なくなっていること自体は百も承知で、それでも強化に踏み切ったのは一種の賭けだった。


「大丈夫。というか対応するスキルが一つ増えたみたい」

「そうなの?」

「習得可能一覧に≪棒術≫っていうのが増えてる」


 柄を長くしたことでマオの武器はハンマー以外の一面を獲得したようだ。スキルがなくても通常攻撃としては使えるが、スキルがあれば技を使うことができ攻撃のパターンが増える。


 俺の施した強化は大成功だったと言ってもいいだろう。


「イベントが終わったら習得してみる」


 再びハンマーを手に持って、満足そうな表情で見つめるマオが呟いた。強くなるために見えた道筋にマオは確かな手応えを感じているようだ。


 鍛冶を終えた俺はじんわりと額に滲む汗を拭い、炉の火を消して近くの椅子に腰を下ろした。


「ハル君、遅いね」

「今、なにしてるんだろう」

「そうだな。一回、ハルに連絡してみるか」


 昨日別れてから今に至るまでハルから連絡は来ていない。


 集合時間を決めていないのだから未だここに来ていないこと自体に文句を言うつもりはないが、迷宮に挑む制限時間を万遍なく使うためにはそれなりの時間に集まる必要がある。夜に挑むのなら俺たちは一度ここでログアウトして休憩を挟む必要だって出てくるのだ。


「みんな! 力を貸してくれっ」


 少なくとも集合時間くらいは決める必要がある。フレンド一覧を表示させてそこにあるハルの名前をタップして通信を入れようとしたその瞬間、拠点のドアが勢いよく開かれた。


 ハルがこれまでに無い焦り様を見せている。


「どうしたの?」


 切羽詰まった様子のハルは昨日コボルドと戦った時よりも追い詰められているようだ。


「今日になってようやくフーカ達と連絡が取れたんだけど、なんか様子が変なんだ」

「変って、具体的に何があったんだ?」

「分からない。詳しい事情を聴く前に通信が切れたんだけど、なんか追い詰められているような感じだったんだ」

「とりあえず落ち着け」


 心配する気持ちは分かるが、何がどう大変なのか分からなければ俺たちは何もすることが出来ない。事情を知る為にも、もう一度連絡を取った方がいいだろうと今度は俺がフーカにフレンド通信をしてみることにした。


 呼び出し音が数回鳴った後に繋がった。


「フーカ。何かあったのか?」

『ユウさん?』

「ハルから聞いた。どうした? なにか問題が起きたのか」

『えっと、ユウさん達はどこまで進んでる?』

「今は第五階層までだな」

『お願い。あたし達に力を貸して欲しいの』


 ハルの言うようにこの時のフーカの声は普段のそれとは違っているような気がする。


 通信越しに聞こえてくる声はまるで電波が悪い電話のように聴き取り辛いものだった。息を切らし話すフーカは常に移動をしているのか、それとも何かとの戦闘の最中なのか、どちらにしても悠長に話をしている時間はないのかもしれない。


『今、六階にいるから、助けて――』

「おいっ! フーカ? どうしたんだ?」


 不意に通信が途切れた。


 現在の階層だけ言われても迷宮は絶妙に入り組んでいる構造をしている。広い階層のどこにいるかまで教えてもらわなければ助けに行くことなど出来はしない。


「今、第六階層って言った?」


 ハル達にも聞こえるように設定を変えて話をしていたためにリタの耳にもフーカとの会話が聞こえていたはずだ。オレとフーカの会話の中に出た第六階層という単語が気になったらしい。


「なにが気になるの?」

「昨日の夜に掲示板に書き込まれたことがあるの。それは第六階層にはボスモンスターがいるっていうこと」


 重い口調で告げるリタの言葉は俺が予想していたうちの一つだった。


 迷宮にはボスがいる。他のゲームでは当たり前なことのだからこのゲームでも例に漏れることはないだろう。それが第六階層にいるというのは初耳だが、それだけであそこまで深刻な顔をするものだろうか。


「そこに書かれてたのはこのイベントのボスモンスターとの戦闘はレイド戦になるってこと」

「レイド?」

「複数のパーティで同時にボスと戦うことをレイドって言うのよ」


 いくつものゲームで経験しているのだからその言葉自体は知っていた。


 このゲームではパーティの最大人数が限られているためにレイド戦がある場合はどのような形になるのかと気になったこともある。通常の戦闘では複数のパーティが同一のモンスターと戦うと共闘ペナルティが発生する。具体的には対峙しているモンスターのパラメータの驚異的な上昇に一定時間プレイヤー側がスキル使用不可になるということだった。


 レイドではその制約が外されるということだろうか。


 思い起こすと昨日のコボルドとの戦闘はある種のレイドのようなものだったのかもしれない。ムラマサの参入はシステム側のパーティ人数の誤認ではなくもう一つ別のパーティが参加したと認識されたということなら納得ができる。


 レイド戦ではそういう設定になっているのなら俺たちがフーカ達の戦闘に後から参加しても共闘ペナルティが発生しない可能性は大きい。


「ひとまず第五階層を一気に駆け抜けましょう。皆、準備は出来てる?」


 フーカと面識があるかどうかも分からないリタは俺とハルが助けに行きたいと言うことに対してなんの疑問も感じていないようだ。


「出来てるよ」


 マオもまたリタと同じように助けに行くことに反対してるわけではなさそうだ。同じパーティを組んでいるとはいえ、俺とハルの事情に巻き込んだにもかかわらず嫌な顔一つ見せない二人の人柄の良さに感謝すべきだろう。


 こうなればマオのハンマーの強化が終わっていてよかったと考えるべきだ。


 迷宮の道中では少なからず戦闘になるはず、新たな形になったハンマーを慣らすにはその僅かな時間だけで十分なのだろうかと心配になってしまうが、マオはそれすら気にすすることはないという風にハンマーを背負い直して尋ねてきた。


「ユウは?」

「大丈夫だ。いつでも行ける」


 武器を強化したマオと修復した俺の武器は万全の状態に戻っている。


 ここで残る二人の分も修理したいところだが、その時間はない。一日目の消耗度を考えると二日経ったとはしても武器として使用するにはまだ問題はないはず。防具だって今のところ使えなくなったというわけではないのだから。


 問題は消費した回復アイテムだが、それは昨日渡したポーションが残っているのだから大丈夫だと思うことにした。


「皆、ありがとう」


 この中で一番フーカを助けに行きたいと考えているのは間違いなくハルだろう。


 その思いに応えるべく俺は全力を尽くすだけだ。



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