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ep.04 『幽冥の騎士③』



「ひとつ。伺っても宜しいですか?」

「何?」

「先程、貴女達は剣を交えたのではありませんでしたか?」



 心底分からないというよりは、ふと抱いた疑問なのだろう。キリエはどこからともなく取り出した杖を握りしめながら訊ねていた。

 ムラマサが普段と変わらぬ様子で答えている間もずっとその視線は鋭く周囲の状況を見極めようと忙しなく動きが回っている。



「んー、確かに戦ったね」

「では、何故。何故このようにお二人は息がぴったりなんでしょう」

「それは、多分、一言で言えば、慣れだね」

「…慣れ」



 ムラマサの言葉を噛み締めるように反芻したキリエは視線を自分よりも前に出て戦っている人物へと向けられた。



「んー、ユートとオレは何度も何度も死線をくぐり抜けてきた仲間なのさ。まあ今回会ったのは久々だったけどね。だからこそ今の実力を知りたかった。それはユートも同じだろう。だから戦ってみた、というわけさ」

「でも、その割には熱の入った戦闘だったように思えますが」

「そうでもないさ。オレもユートもアーツまでは使わなかっただろう」

「…そういえば」

「試したのは純粋な技術。正直にいえば、力の強い弱いなんて所詮数値の上でしかないのだからね」

「……どういう意味ですか?」

「んー、強い武器を持っていても使い熟せなければ意味が無いってことですよ」



 突如ガシャンっと大きな音が轟いた。

 地面にバラバラになって散らばったボーン・ドッグの体。しかしどれだけ待ってもそれが消えることは無く、地面に残り続けていた。



「成る程。こいつは倒しても消えないのか」



 ボーン・ドッグの欠片を一瞥して呟くムラマサ。直ぐに目線を上げて襲い来る死人兵へと刀の切っ先を向けた。



「それならこっちはどうかな?」



 強く踏み込み正面の死人兵を一体、横薙ぎに切り払った。

 一刀のもと上半身と下半身が別離する死人兵。ボーン・ドッグとは違い死人兵は全身を細かな塵へと変えた。



「うん。思った通り死人兵なら倒せるみたいだね」

「いや、まだだ。本体が来るぞ」

「分かっているとも。油断などしてはいないさ」



 二体のボーン・ドッグがその身を物言わぬ骨片へと変え、死人兵も塵へとなった。だとすれば当然残っているのはロード・ライカンスロープ。

 重力に反して浮かび上がった黒い影。

 身の丈以上もある巨大な鎌。襤褸切れのようなローブを纏い幽霊のように襲いかかるそれを俺は銃形態へと変えたガンブレイズで迎撃するのだった。

 ゆらりゆらり揺れながら接近してくるそれに撃ち出した弾丸はあまり効果を発揮しない。まるで闇に吸い込まれるように消失する弾丸を見てもなお引き金を引く指を止めることはなかった。



「動きを止めることすら出来ないのか」

「それならば、オレが斬る」



 死人兵を葬ったようにロード・ライカンスロープを横薙ぎするムラマサ。けれど死人兵と違うのはその切っ先がローブの表面を撫でるだけで終わってしまうこと。



「んー、これは単純に防御力が高い、というのとは違う感じがするね」



 困ったと苦笑して即座にロード・ライカンスロープの前から退くムラマサと入れ替わるように前に出た。



「<光刃(セイヴァー)>」



 下から上へ。斬り上げの軌跡を描く光の刃がロード・ライカンスロープへと飛んでいく。

 先程までの攻撃が殆ど効いていなかったからこその油断か、ロード・ライカンスロープは俺が放った一撃をまともに受けたのだ。

 バンッと炸裂音にも似た轟音が響き渡る。

 それと同時に光が弾けるエフェクトを撒き散らしながらロード・ライカンスロープが大きく体を仰け反らせて後退したのだった。



「やはりアーツならそれなりに効くみたいだな」

「いいね。それならオレも――<鬼術(きじゅつ)氷舞(こおりまい)>」



 俺が使ったアーツが威力を上げた斬撃を放つものだったのに対して、ムラマサが放ったのは氷の斬撃。それも複数の斬撃を一瞬にして放つというもの。加えてその威力は氷の斬撃一つ一つが俺が使う<光刃>となんら遜色ないものとなっていた。

 俺のアーツとムラマサのアーツの威力の差。それは俺とムラマサの間にあるレベル差、あるいはランクの差によるものなのだろう。

 氷の刃が当たり、弾けることでロード・ライカンスロープのローブの表面にはムラマサが放った氷の刃と同じ数だけの氷結ができていた。

 だがそれがロード・ライカンスロープの動きを阻害するまでには至らず、同時にはっきりとしたダメージを与えるほどでもなかった。



「攻撃が止まらない!?」



 悲鳴のように叫ぶキリエ。

 彼女より前に出ていた俺とムラマサにロード・ライカンスロープが振り上げた大鎌が迫る。



「回避、いや、間に合わない――」



 得物の大きさに比例せずロード・ライカンスロープの攻撃は速い。

 そしてそれはただ武器を振り回すという原始的で、シンプルな攻撃。

 俺やムラマサのようにアーツを伴ったものでもない。ただの通常攻撃。

 それがこれほどの威力を有しているのだから問題だ。

「<鬼術・氷壁牢(ひょうへきろう)>」



 刹那、自分達を包み込むように半透明なぶ厚い氷の壁が出現した。

 ガンッと大きな音を立ててロード・ライカンスロープの攻撃を弾き返す壁は次の瞬間には微細な氷の粒と化して風に舞い消えていく。



「一度だけ、大抵の攻撃ならば弾き返せる盾さ。難点なのはどんな攻撃でも一度だけということかな」

「誰に説明しているのさ」

「無論、ユートにさ」

「そうかよ」



 舞い散る氷の中を突き抜ける。

 既にローブにできていた氷は消え、溶けた水の染みすら無くなっている。

 出来たのは攻撃を弾き返した一瞬の間。



「<光刃(セイヴァー)>」



 同じアーツでも切り払い、突き、薙ぎ、振り下ろしと、剣を振るう軌跡を辿り具現化させることができるからこそ、今はそのたった一つのアーツに無数の使い方を選択することができる。

 故に、真っ直ぐ。

 故に、正確に。

 たった一点を貫く剣閃がロード・ライカンスロープを捉えた。



「貫けぇえ」



 流星が天高く昇り、消える。

 初めて、ロード・ライカンスロープのHPゲージがガクっと減った。



「よしっ」

「いや、まだだっ」



 明確なダメージを受けたことによりロード・ライカンスロープはその身を高く浮かび上がらせる。

 大鎌を持ち、広げた両手は纏っているローブもあってその身を歪な巨大な鳥のような形へと変え、地面に奇妙な形をした影を作り出した。

 途端に漂い出す腐臭。

 パキッパキッと転がっていた骨が砕ける。

 そして影から這い出るように二体の死人兵、そして二体のボーン・ドッグが出現した。



「届かない場所に逃げた、のか?」

「回復されると拙い。追撃を――」

「任せて」



 ガンブレイズを銃形態に変え、その照準を上空のロード・ライカンスロープに向ける。



「<琰砲(カノン)>」



 射撃アーツを使い攻撃を仕掛けるもその光は僅かにロード・ライカンスロープを焦がすだけに留まった。



「くそっ、ダメだ、距離があり過ぎる」

「だったらもう一度コイツらを始末すればいいさ。おそらくそれがロード・ライカンスロープが此方に直接攻撃を仕掛けてくる条件」



 素早く思考を切り替えるとムラマサと俺は再出現したばかりの死人兵とボーン・ドッグに攻撃を仕掛けた。

 一度倒した相手。それに思っていたほど強い相手でもない。外では多数が一度に襲いかかって来たから手間取った。だが、この現状では限られた数と対峙するだけ。ならば対処は容易い。上空で体力を回復される怖れがあるからこそできるだけ早く倒しきらなければならない。



「ユートは死人兵を、オレはボーン・ドッグを倒す」

「了解!」



 ゾンビゲームでゾンビを一撃で倒す方法など古今東西変わらない。そう、ヘッドショットだ。

 アーツを発動させるまでもなく的確に眉間を撃ち抜きさえすれば、死人兵は容易く塵へと変わる。



「はあっ」



 気合い一閃。

 ムラマサが刀を振るうとボーン・ドッグはその骨だけで形成された体をバラバラに崩壊させた。



「来るぞ」



 戦闘が始まってから二度目となるロード・ライカンスロープとの対峙が始まる。



「ん? どうやら回復の懸念は杞憂だったようだぞ」

「みたいだね。とはいえ、先程程度のダメージを受ける度に逃げてを繰り返されるのは厄介だ」

「だったらどうするのさ」

「残念ながらオレやユートが使うアーツはロード・ライカンスロープに対して効果抜群とはいえない。けれど――」

「ん?」

「はい」



 疑問府を浮かべる俺に対して覚悟を決めたように頷くキリエ。



「頼めるかい?」

「はい。<円環なる聖域>」



 杖を掲げ宣言する。

 するとキリエを中心にして俺達、そしてロード・ライカンスロープをも巻き込む巨大な魔法陣が地面に描かれた。



「<聖域の裁き>」



 十分に魔法陣が広がり、次に起こったのは天高く上る光の柱の出現。この光の柱そのものが攻撃魔法になっているようで光に呑まれたロード・ライカンスロープは声にならない悲鳴を上げてそのHPゲージを俺の攻撃以上に減らしていった。



「なるほど。彼女が特効持ちってことか」

「そういうことさ。けど、この魔法はリキャストタイムが殊の外長くてね。再発動するには時間が掛かるのさ」

「つまり?」

「リキャストタイムが終わるまではさっきのロード・ライカンスロープへの攻撃と死人兵共への攻撃を繰り返す必要があるってことさ」

「なるほど」



 目に見えて疲弊するキリエを一瞥し納得した。

 俺達プレイヤーでいうリキャストタイムは彼女たちで言うところの魔力の再充填、あるいは再構成となるのだろう。一度使用して減った魔力を回復させるためにも時間を要する事もあって、無策に乱発することはできないようになっているようだ。



「それに、どうやらオレが思っていたよりも事態は好転したみたいだ」



 そう微笑みながら言ったムラマサの見ている先、空中に浮かぶロード・ライカンスロープが纏っていたローブが光に呑まれ消失していた。

 剥き出しになっているのはその名の通り、獣の、狼の顔をした頭部。そして、



「何というか。めちゃくちゃだな。アイツ」

「んー、純粋に特殊なライカンスロープ種のモンスターだとばかり思っていたけど、どうやら合成獣(キメラ)種だったようだね」



 灰色の雲を腰蓑のように纏い、黒い靄を吐き出し続けて浮遊する下半身。

 上半身は血の気の全く無い灰色をした人間のようなもの。

 手首から先だけが白骨化して骸骨モンスター然としている。



「うわっ」



 思わず声を漏らす。

 全貌を露にしたロード・ライカンスロープが突如持っていた大鎌をその刃がある方から丸呑みし始めたのだ。

 ぐんぐん飲み込まれていく大鎌。

 その奇妙な光景を固唾を飲んで見守っている俺。



「ユート。今だ、攻撃して」

「あ、ああ。<琰砲(カノン)>」



 叫び送られたムラマサの指示を受けて即座に射撃アーツを発動させる。

 しかしその意味も甲斐も無く、撃ち出された光の弾丸はロード・ライカンスロープに当たることなく寸前で霧散してしまう。



「んー、どうやら変化中は無敵ってことみたいだね」

「それを分かってて攻撃しろって言ったのか?」

「攻撃が効いたらラッキーじゃないか」

「ラッキーって」

「まあいいさ。このタイミングでオレ達も回復をしておこう」



 これまでの戦闘でHPはともかくMPはそれなりに消費してしまっている。一度や二度のアーツの使用で枯渇するMP量ではないが、それでも時間が与えられているのならば万全を期しておくべきだ。

 ムラマサは自身のストレージから二種のポーションをそれぞれ二本ずつ取り出し、その半分をキリエに手渡していた。

 「助かります」と礼を述べてそれを受け取り使用したキリエを横目に俺も減っていたHPとMPを回復させた。



「そろそろ向こうの変化も終わりそうだね」

「ああ」

「にしても気味が悪い」



 嫌悪感を抱きそれを素直に口にしたキリエが言うようにロード・ライカンスロープは大鎌を飲み込んだことで全身をビクンビクンッと痙攣させている。

 そして自身の胸を掻き毟るかのように鋭く尖った骨の指を立てて両手を胸の中へとめり込ませていた。

 突然、ロード・ライカンスロープの瞳が妖しく光った。

 それと同時に引き抜いた両手。

 コールタールのようにドロッとした黒い血のようなものが舞い散る。

 この瞬間よりロード・ライカンスロープの手には一つの大鎌の代わりに黒く禍々しいフランベルジュが双剣として握られていた。




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