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ep.03 『幽冥の騎士②』



 目の前を白銀の剣閃が通り過ぎる。

 身を反らし後退しながら避け続けているも絶え間ない攻撃に反撃のタイミングを逃し続けてた。



「なんでっ!?」

「どうしていきなりこんなことになっているのですかっ?」



 突然始まった戦闘にメイアとキリエが戸惑いの声を上げて、ネリーとカッツは固まってしまっている。唯一冷静さを保っているのは戦っている当事者である俺とムラマサだけ。

 互いに硬く口を結んだまま視線が交差する。しかし互いに攻防は止まらない。体幹ぶれずに手首を返して刀を振るうムラマサに対してできることはただ避けることのみ。

 ヒュンヒュンと風を切る音がする。

 揺れる前髪が微かに刀身に触れる。

 刀を振り抜いた一瞬、ようやく反撃のチャンスが訪れた。



「ハアッ」

「あまいよ」



 強く地面を蹴り一足で大きく前に出る。突進の勢いを乗せた振り下ろしの一撃をムラマサは俺と同じように体を反らして回避してみせた。



「だとしても――」



 攻撃が空を切ったとはいえバランスを崩すことはない。ムラマサが左右に刀を振るうように、俺は剣形態のガンブレイズを上から下へ、下から上へと間を置かずに剣を振るう。

 俺が数回攻撃を仕掛けて、ムラマサがその全てを避けきった後に生まれた僅かな空白。それを狙ったようにムラマサが俺の足下を狙って刀で攻撃を仕掛けてきた。



「ここだ」

「させないっ」



 咄嗟に動きを止めそうになる体を意思の力で強引に後ろに動かした。尻餅をつくように倒れ込んで回避した俺に待っているのは的確な追撃。身構えるよりも安全な距離を作り出す方が良いと直感した俺は空いている左手で地面を強く押して転がるように更なる後退を試みる。

 ごろごろと転がりながら突き出される刀の攻撃を避け続けた。

 とはいえここは広大な郊外ではない。広さに限りのある屋内であり、ボロボロになりながらも置かれているテーブルや長椅子は行動を阻害する障害物でしかない。

 俺がモンスターのようであったのならば。それすらも破壊しながら自在に動き回れたことだろう。けれどそれが出来ないからこそ、俺は瞬く間に追い詰められてしまった。



「ここまでのようだね」

「どうかな」



 壁際に追い込まれた俺にムラマサは穏やかに声を掛けてきた。

 俺は余裕があるように笑う。そうすることで状況は変わらねどまだ対等であるように振えるからだ。

 睨み合うだけの時間が流れる。

 生まれた一瞬の隙を突いてガンブレイズを変形させた。



「まだ手は残されている。そうだろ――」



 銃形態となったガンブレイズの銃口から二発の弾丸が放たれる。

 しかしムラマサはそれすらも承知のことであったかのように簡単にそれを回避、防御してみせた。



「どうかな」

「流石だよ」



 ようやく、長いようで短い戦闘が終わりを告げた。

 互いに武器を収めて纏っていた張りつめた空気も何処かへ霧散していく。



「んー、腕が鈍っていないようで安心したよ」



 刀を鞘に戻しながら何でも無いように告げるムラマサに俺は苦笑で返した。



「あの――」

「なんだい?」

「ふたりは戦っていた、のですよね?」

「んー、見ての通りさ」



 ムラマサが手を差し伸ばして俺がそれを掴む。



「さて、詳しい事情の説明は後々するとしてだ。ユウ、いや、今はユートだったね。悪いけどオレ達に手を貸してくれるかい?」



 立ち上がった俺の目を真っ直ぐ見て問い掛けてくる。

 俺が断ることなど微塵も考えていない表情を浮かべて微笑んでいるムラマサに微笑い返す。



「俺は何をすれば良い?」

「んー、今は――」

「この状況の元凶の一つを取り除きます」

「キリエ?」



 俺とムラマサの間にキリエが真剣な面持ちで割って入って来た。



「なあ、状況の元凶ってのはどのことを言ってるんだ?」

「とりあえずはこの町に溢れかえっている死人兵を生み出しているヤツを、かな」

「なるほど」



 先程の戦いなど無かったかのように平然と話す俺達に蚊帳の外になっていた子供達とメイアは違う意味でポカンとした表情を浮かべていた。



「最初の死人兵を生み出したのはバアトという男です」



 悲痛な面持ちでそう口火を切ったキリエ。ギュッと自らの手を握り締めて告げる。



「バアトは個人の思惑から王国を墜としました。それも僅か独りで」

「始めにバアトは少数の死人兵を生み出したのさ。だけど、それは今この町に溢れているものと同等でしかなかった。だからこそこの状況を生み出している存在は別の何かだということが分かる。ただし、それがバアトの手の者であることは確かだろうけどね」

「そ、そんなやつがこの町に潜んでいるというのですか」



 驚愕、そして恐怖したメイアが顔を青ざめさせながら近くの長椅子の上に倒れ込んだ。



「間違い無いでしょう。ですが――」



 メイアを安心させるためにとキリエは膝を付き視線を合わせてそっとその手を包み込む。

 例え薄汚れてボロボロになったとしてもその気質は変わらない。キリエは高貴で芯のある声で語りかける。



「わたし達には彼女がいます。そして彼も――」



 ゆっくりと顔を上げて俺を見る。その目には先程のムラマサと同じように俺が断るとは微塵も思っていないように見えた。



「何処に居るんだ。その、死人兵を生み出しているってやつは」

「ユート」

「ムラマサ達はそれが分かっているからこそこの町に来たんよな? まさか何の当てもなく来たってわけじゃないだろう」

「ふっ、勿論さ」



 慣れた様子で手元にコンソールを呼びだして町の簡易マップを表示する。次いで表示領域を拡大させて自分を中心にした付近だけではなく町の全体を映し出した。



「此処が今、オレ達がいる場所さ」



 マップにある建物の一つを指差して言う。



「そしてここがオレ達が例の存在がいると予測している場所」



 そう断言して指を差したのはこことは反対側に位置する町外れの建造物。元は学校か病院か何かだったのだろう。他の建物に比べて何倍も大きな所だった。



「ついでにこれがこの町にある地下水路のマップさ」

「凄いな。ここまで町全体に張り巡らされているとは」

「この地図があるからこそ、わたしたちはここに来ることも、あそこに向かうことも出来るのです」



 キリエもまたそう断言した。



「というわけです。メイアはネリーとカッツと共に安全な場所で隠れていてください。おそらくこの通路の先の方はまだ死人兵の手が及んではいないはずですから」

「わかりました。ふたりとも生きましょう」

「はい」

「はーい」



 キリエの言葉に素直に従う三人は手を繋ぎ地下水路に続く道を歩き始めた。



「それじゃあオレ達も移動しよう」

「ああ」

「正直、あまり時間は残されていないからね」

「ん? どういう意味だ、それ」

「子供達が先に逃げたから言うけどさ、この王国を襲っているのは死人兵だけじゃない。とはいえまずはこの町を襲っている死人兵が先だ」

「いや、説明してくれよ」

「んー、もう少し秘密さ」



 建物を出た俺達の目の前に広がっていた光景は数多の死人兵が彷徨く様子。居たはずの他のプレイヤーが消え、同時に他のNPC達も姿を消している。



「何だ……これ」

「クエストが順調に進んでいる証拠さ」

「クエストだって? でも俺が受けていたヤツには――」



 ムラマサの言っている意味が分からないというように俺は自分のコンソールで現時点受注しているクエストの詳細画面を見た。するとそこにあったものは全てが一変していた。死人兵の排除という内容から死人兵を生み出しているものの討伐へと。



「オレ達だけが異なるフィールドに送られたようなものだろう。だとしても目の前の死人兵を無視して移動するわけにはいかないさ。そうだろう」

「ああ。そうだなっ」



 銃形態のガンブレイズの銃口に閃光が迸る。

 彷徨いていた死人兵の内の一体が微塵も抵抗すること無く倒れ、消失した。



「キリエはオレ達の後ろに」

「はい」

「一気に駆け抜けるぞ」

「おう!」



 刀を抜きムラマサが先陣を切った。その後ろを追いかけるキリエとその後ろを護衛するように俺も走る。

 倒れ消滅していく何体もの死人兵。

 けれどその数が減る様子は見られない。

 倒した傍から新たな個体が現れているのだ。



「大通りを突っ切るぞ」



 道の左右には閑散とした建物が並んでいる。

 ふらふらとした動きで徘徊している死人兵。

 行く道に立ち塞がる死人兵を倒しながらひたすらに目的地を目指した。



「んー、そろそろみたいだね」

「分かるのですか?」

「なんとなくだけどね。それに――」

「死人兵の数も減ってきている、か」

「そういうことさ」



 閑散としてきた大通りを抜けると見えてきたのは他よりも何倍も大きな建物。先程予測した通りそこは元病院の廃墟という様相を呈していた。



「そう言えばだけどさ、ユート。君はホラーは平気だったよね」

「まあね。ムラマサはどうだ?」

「オレも平気な方だと思うよ。ただ……」

「あー。キリエが苦手だと」

「そそそそそんなことっ」

「無理する必要はないさ。それに、ここは今は廃墟のようだけどさ。本来は普通に動いている病院のはずだからね」

「ですよねっ」

「入り口が開かれたままのようだ」

「だったら――」

「ああ」

「このまま突っ込む!」



 ムラマサを先頭においたまま俺達は廃病院の中へと突入した。

 今回は戦場となることを想定されているからなのか。一階は思っていたよりも広々としている。ただし漂っている臭いは病院特有の消毒液の臭いではなく腐臭。本来は清潔に保たれているはずの屋内もまた薄汚れ様々な物が散乱としていた。



「で、そいつはどこに居るんだ?」

「んー、病院内のどこかだということは分かっているんだけどね」

「それ以外は分からないってことか」

「残念ながら」



 肩を竦めたムラマサが広々とした一階の中心に立つ。

 当たりをぐるりと見回すと先に続く二つの通路が目に入った。



「どこかの部屋に潜んでいるってことか?」

「んー、それはどうかな。バアトから死人兵を生み出す権能を渡されていたとしてもそれがどんなヤツなのかまでは分からないからね。分かっているのはあくまでも権能を渡された存在がいて、それがこの王国を脅かしているってことだけなのさ」

「すいません。わたしも詳しい位置まではわかりません。ただ、この近くに居る、ということはわかるのですが」

「大まかな場所が間違っていないのならそれでも十分さ。後はオレやユートの出番と言うことだからね。そうだろ」

「まあな」



 クエストを進める際に手助けをしてくれるNPCがキリエならばクエストそのものを進めるのはあくまでもプレイヤー自身。今回俺はカッツを助けたことを切っ掛けにムラマサのクエストと合流したようなものだとすれば、本来の道程を歩んでいるのはムラマサなのだろう。



「二つの通路を分担して向かっても良いと言えば良いんだけど」

「いや、それは止めておこう。少々遠回りになったとしてもオレ達は離れない方が良さそうだ」

「わかった。だったらどっちに進む? 右か、正面か」

「キリエ。君がより気になるのはどっちだい?」

「え!?」

「どっちを選んでも問題無いのだから気軽に選んでくれればいいさ」

「それでしたら――」



 とキリエが示したのは右側の通路。

 目的地が存在している以上、正解の道、というものはある。しかし現時点でそれがどちらなのか判別する手段は持っていない。

 キリエの選択を受け入れて右側の通路を進んでいくことにした。

 電灯も燭台の火もなく薄暗い通路の壁には作者不明の絵画が等間隔で飾られている。

 道中扉が開けられたまま放置されていた部屋もあったがその中はベッドや椅子、テーブルや何かの機具などが転がっているだけだったこともあり一瞥して通り過ぎるだけに止めた。



「階段か」



 進んだ道の先。瓦礫で閉ざされた区域の少し前にある階段の前で止まった。階段が続いているのは二つ。上か、下か。



「どっちに行く?」

「上、でしょうか」

「わかった」



 薄暗い階段を上っていく。

 本来二階にあたる踊り場は瓦礫で封鎖されていて俺達はこの階層を無視して三階へと向かう。

 カツカツカツと三人の足音が木霊する。

 三階から四階へと向かう上の階段は足場が崩れていて上ることが出来ない。

 仕方なく三階の通路に出た瞬間、俺の視界が紅く染まった。



「な、何ですか、これっ」



 驚くキリエを余所に冷静なムラマサが俺をチラリと見た。



「心配しないで。これはリリィが使う障壁防御だから」

「ほう。姿が変わっているからわからなかったが、その娘がリリィなんだね。やあ。ひさしぶりだね」

「油断しすぎだよ。ムラマサ」

「ははは。いや、ユートがいると思うとね」

「いいから。また来るよ」



 真紅の障壁に何かが激突した。

 一瞬、障壁の表面が波紋のように揺れた。けれど障壁自体に影響は何もない。



「あれがムラマサの言っていたやつか?」



 障壁に攻撃を仕掛けているのは骨だけの体をした大型犬のようなモンスター。頭上に浮かぶ名称は【ボーン・ドッグ】。白より灰色に近しい骨の体、眼球の無い虚ろな眼窩に宿る光はぼんやりと赤い。



「いいえ。違います」

「だったら此処に出てくる普通のモンスターってことか」

「みたいだね。リリィ。障壁を消してくれ。オレが直ぐに――」

「ちょっと待って。違うのもいるみたい」



 リリィが静止するともう一枚、真紅の障壁の上に真紅の障壁を発生させた。

 刹那パリンっとガラスが割れるような音が響いた。



「ヤツか?」

「そうですっ」



 新たに現れたモンスターは襤褸切れをローブのように纏い、手には巨大な鎌。ローブの中身は獣の顔をした人が居た。



「ワーウルフ? にしては何処か変な感じがするけど」

「んー、あれはワーウルフというモンスターじゃなくてライカンスロープだね。珍しいモンスターだけどそれと似た格好は獣人族のプレイヤーにもいたはずさ」

「いやいや、今回はモンスターなんだろ? それにライカンスロープがボーン・ドッグとか死人兵を使役できるなんて聞いたことないぞ」

「そこはほら。バアトから権能を受け取っているからじゃないから。その証拠にさ、ほら。あのライカンスロープの名前。【ロード・ライカンスロープ】ってなっているだろ」

「ロード、王ってか」

「使役しているものが配下なのだとすれば、まさにって感じだね」

「あのさー、いろいろ考えてるのは良いけどさー、障壁が割られそうなんだけど」

「えっ!? まじか」



 リリィの使う障壁はローズという赤竜から貰った能力だ。それ故にこの真紅の障壁だけは竜の力の何割かを有しているも同然なのだ。

 それを何度も攻撃を加えているとはいえ破壊することが出来るとは驚きだ。

 人知れず驚いている俺にムラマサが、



「ユート行くぞ。あのロード・ライカンスロープこそオレ達が倒しに来た死人兵を生み出す権能を持つ存在で間違い無いっ!」

「わかった」

「ついでにボーン・ドッグは何体でも喚び出すことも出来るみたいだね」

「あ、ほんとだ」



 ローブを纏うロード・ライカンスロープの足下に出来た影から飛び出してくるボーン・ドッグ。

 平然と一言つけ加えたムラマサが駆け出した。そして俺はリリィにキリエを護るように頼んでからその後を追い掛ける。

 次の瞬間、まるで戦闘の始まりを演出するかのように俺達とロード・ライカンスロープとボーン・ドッグを隔てていた真紅の障壁が砕け散った。




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