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ep.02 『幽冥の騎士①』



 朽ちた鎧にひび割れた剣。防御力も攻撃も持っては無さそうな装備を纏ったモンスター【死人兵(しびとへい)】が跡形もなく消える。

 破れた天幕が垂れ下がる店の軒先にはかつての面影など微塵もなく、ただ寂れているだけ。

 けれど今のこの町はある意味で活気に溢れている。

 多種多様な武器を携えた大勢のプレイヤーが集まり、自分勝手に街の中というフィールドで襲い来る死人兵と戦闘を繰り広げているのだった。

 どれだけ倒しても倒してもどこからともなく現れる死人兵というモンスター。この状況を異常だという人もいればわざわざモンスターを探さずとも経験値を稼ぎ放題であることを喜ぶ人もいる。その違いはただ一つ。自ら解放クエストを受けているかどうか。



「それにしても一向に新着状況には変化なしってのもなあ」



 困惑したというように小さく独り言ちる。

 手元に呼び出したコンソールに映し出されているクエスト画面にある『街の襲撃者を倒せ』という一文。この文が示す襲撃者というのが死人兵であるというのなら既に何百、何千、あるいは何万と倒していることだろう。無論自らの手だけではない、そしてこのクエストを受けたプレイヤーだけでもない。けれど状況が何一つ好転していないのだからそれが誤りであることは間違いない。だが、それをどうすればいいのか。その答えは未だに闇の中。



「うわああああっっっっ」



 戦闘の終わりの束の間の静寂を破って突然聞こえて来た悲鳴。



「なにっ!? なんなのっっ!?」



 上着のフードの中から顔を覗かせたリリィがぴょこんと耳を動かしながら辺りを見回している。



「リリィにも聞こえたというのなら、気のせいじゃないみたいだな」

「うんっうんっ」

「声がした方は――あっちだ」



 記憶の中にある声を頼りに走り出す。

 いくつもの無人の建物を通り過ぎて角を曲がり辿り着いたのはかつては様々な花々が植えられていたであろう大きな花壇に囲まれた小さな空き地。枯れ果てた草花の残骸すら残っていないそこに近付くにつれて強くなるツンッと鼻をつく嫌な臭い。この街に来てからというもの嫌になるほどに嗅いだことがあるそれは間違いようのない死人兵から漂う臭いだ。



「見てっ、ユート、あそこ」

「わかってる」



 同じ方向を見ているリリィが声を荒げて告げた。見えてきたのは二体もの死人兵。そしてその奥に覗く小さな体。



「子供がいるよっ」

「見えているさ」

「うわっ、危ないっ!!」

「リリィ。護れ!」

「まっかせて」



 ふにゃあっとリリィが一鳴きするとその両目が輝いた。次の瞬間、死人兵の向こうにいる子供を覆うように出現したルビーのように輝く真紅の障壁。小さな多面体がいくつも合わさって展開されたそれは半円状に隙間無く形成され、振り下ろされた死人兵のひび割れた剣を跳ね返した。



「うわあああ」



 真紅の障壁は見えているはずなのに、それよりも死人兵に襲われる恐怖が勝っているのか子供は頭を抱えて蹲り悲鳴を上げ続けていた。



「ナイス、リリィ。もう暫くそのまま維持してくれ」

「わかったよっ」



 幾度となく繰り返し真紅の障壁に攻撃を仕掛けている死人兵を背後から斬り付ける。朽ちた鎧はガンブレイズの刃を阻むほどの硬度はなく、大した抵抗を感じることなくその背に一筋の大きな切り傷が刻まれた。



「もう一体!」



 バランスを崩したように真紅の障壁に覆い被さるように倒れる死人兵を一瞥して残る一体に向かって強く地面を踏み締めた蹴りを放つ。ガゴンッと一際大きな音が響き渡り、蹴り飛ばされた死人兵の背中にくっきりとした足跡が残っている。

 真紅の障壁に手を付いて起き上がった死人兵が不出来な操り人形のような動きでひび割れた剣を振り上げた。

 俺が立つ位置は子供を護る真紅の障壁の反対側。ここで回避したとして何かが巻き添えになることはないだろう。いくらひび割れた剣といえど俺と死人兵ではその体格には差がありすぎる。斬れない剣だとしてもそれそのものは鈍器としては十分過ぎる。ガンブレイズを使い防御することはそれなりのリスクを伴うと判断して軽くバックステップをして死人兵の攻撃を回避した。



「次は左から」



 蹴り飛ばした死人兵が起き上がり攻撃をしかけてくる。一度目の攻撃に対する回避直後で動きを止めてしまっていたとしてもそれだけで行動不能になるわけじゃない。現実では到底出来ないような挙動だとしてもここならば自分のパラメータ次第で多少強引な動きは可能となる。

 (から)の左手を地面について強引に体の位置をずらしてみせた。

 それまで俺がいた場所に死人兵のひび割れた剣が突き刺さる。

 二体の死人兵の攻撃は避けた。

 そして二体の死人兵の立つ位置は並んでいる。



「今!」



 素早く立ち上がり構えを取る。



「<光刃(セイヴァー)>!」



 慣れた感じで斬撃アーツを発動させる。

 ガンブレイズの刀身に光が宿り、斬り付けた軌跡が流星を描く。

 横一文字に描かれた剣閃が二体の死人兵を纏めて葬った。



「リリィ、もう十分だ。障壁を解いてくれ」

「ほーい」



 真紅の障壁が霧散していく。

 怯えきった様子の子供が吹く風に撫でられてビクッと体を震わせた。



「どうするのさ」

「あー、この街で初めて見つけた人だから話を聞きたいんだけど……」

「無理じゃない?」

「とりあえず声を掛けてみてから決めるさ」



 真紅の障壁の発現を止めたことでリリィの瞳は元の色合いに戻る。

 俺の肩に手を置いて身を乗り出したリリィを伴って俺は子供の元へとゆっくり歩いていった。



「あー、その、なんだ。無事か?」



 どう声を掛けるべきか。しどろもどろになりつつも出来うる限り優しい声色で話しかけた。

 聞こえて来た俺の声に一瞬怯えたように見えた子供だったが、漂っていた死人兵の臭いが消えたことに気付いたのだろう。恐る恐るといった感じではあるものの顔を上げて此方の顔を見た。



「――誰?」



 警戒心を滲ませて訊ねて来た。



「俺はユート。こいつは妖精猫のリリィだ」

「さっきの化け物は? どこにいったの?」

「俺が倒した」

「たお…した?」

「そうだ。だからとりあえずは安全だ」



 尤も現在のこの街ではいつ再び死人兵が出現するかわからないが。



「はっ、くすり!?」

「薬?」

「そうだよ。どこにいったの? ぼくが持っていたはずなんだ」

「いや、そう言われても。お前に話しかけた時には何も持ってなかったような気がするけど」

「あれじゃないの? ほら。あそこ」



 そう言ってリリィが示した場所。それは乾いた土が敷き詰められている花壇の一部だけ色が濃くなっている所だった。



「えっ、そんな。うそだ……」



 目の前の子供が死人兵に襲われていた時とは違う別の絶望を浮かべて力なく膝から崩れ落ちた。



「えっと、どうすんのさ。これ」

「どうするって言われてもな」



 子供に気を使ったのかリリィが小声で問い掛けてくる。



「ちょっといいか?」



 子供の正面でしゃがみ話しかける。



「なに?」

「薬ってことは誰が病人がいるのか?」

「…ちがう」

「なら怪我人か?」



 こくりと子供が頷いた。



「そうか。だったらこれは使えるか?」



 自身のストレージからHP用とMP用の回復ポーションをそれぞれ一つずつ取り出して見せる。



「えっ!?]

「どうだ? お前が持っていた物と同じやつはあるか?」

「こっち」



 そう言って指差したのはHP回復用のポーション。



「そうか。だったらこれをやる。だから教えてくれ。お前はそれをどこに持って行こうとしていたんだ? そして、俺達を連れて行ってくれないか」

「わかった」

「そうと決まればさっさと行くぞ。先陣はお前だ」

「うん」



 俺の手からポーションを受け取った子供はそれを大事そうに抱えて駆け出した。とはいえ子供の足の速さはたかが知れている。俺は少しだけ小走りになってそれを追いかけた。

 子供のと出会った花壇跡のある空き地を離れ街の外れへと向かって行く。

 これでも過去はまだ賑わっていたのだろう。戸を閉ざし閉店したばかりと思わしき建物がいくつか、それに大勢の人が暮らしていたと思わしき民家が建ち並んでいた。



「こんなとこに人がいるのかな?」

「さあ。けどさ、真っ直ぐ向かっているんだから迷ってはいないと思うぞ」



 いよいよ道の幅が狭くなってきた。

 建物の影に隠れて日は差さず、どこか埃っぽい。それでも人が居れば僅かな温かみが感じられたはずだ。けれど今はそれが無い。ただそれだけのことで言い表せないもの悲しさを感じとっていた。



「こっち」



 突然曲がって開きっぱなしのドアを抜けて建物の中へと入っていく。そのまま裏門を抜けて別の路地へと出た。

 裏の路地を走り行き着いたのは入り口のドアが壊され開けっぱなしの一際大きな建物。元は何だったのだろうか。過去の面影は何一つ残っていない。



「この先だよ」



 そう言って進む子供は建物の廊下を抜けて地下へと続く階段を駆け下りて行く。

 建物の地下にあるものといえば文字通りの地下室。そう思っていた俺は階段を降りていった先に広がっていた光景に若干の驚きを感じていた。



「これは、地下水道か」



 果てが闇に包まれた地下水道。入り口の傍に置かれた松明を手に取り備え付けの火打ち石を使い火を灯す。足下と行く先を仄かに照らしながら早足で進む。



「こっちだよ。付いてきて」



 複雑に入り組んだ地下水道を迷うことなく歩く子供がとある梯子を登り、塞がれた木の扉を勢いよく開けた。

 一瞬、扉の向こうが騒がしくなった。聞こえて来たのは数人の子供の声。



「ぼくだ。くすりをもってきたんだ」



 はっきりとそう告げて子供は扉の向こうへと消えた。

 少しだけ時間をおいて扉を押し開ける。扉の向こうへと出た時、俺を見た人は誰も居ない。それどろこかここに大人は一人として見受けられなかった。



「あそこか」



 子供達が集まっている場所へと近付いて行く。

 そこに横たわっていたのは一人の少女。年の頃でいうと十代半ばだろうか。赤い血の滲む修道服を纏った少女が血の気のない青白い肌で苦痛に歪めた表情を浮かべていた。



「ねえ、シスター。飲んでよ。じゃないと……なおらないよ」



 子供達のうちの一人が声を震わせながら言った。よくよく見れば今にも泣き出しそうな子共や目に涙を浮かべている子供がいた。



「大丈夫。それは振りかければ使えるよ」

「え?」

「早く」



 いきなり声を掛けられて戸惑いながらもHP回復用のポーションを持っている子供がその中身を勢いよく少女へと振りかけた。

 すると即座にポーションはその効果を発揮した。少女の体が仄かに光を帯びて受けた傷を癒やしていく。程なくして少女の呼吸は落ち着きを取り戻し、静かな寝息を立て始めた。



「これで大丈夫だと思うぞ。適当な毛布か何かを掛けてあげたらどうだ」



 そう言った俺の言葉に促され別の子供が部屋の奥から一枚の毛布を抱えてきた。それを少女へと掛けると次に視線を集めたのは言わずもがな。

 突然現れたこの人は一体誰なのだろう。そんな疑念が込められた眼差しが俺に向けられていた。



「とりあえず、どうしてここに子供だけで隠れているのか教えてくれないか? それに、どうしてその人が傷を追ったのかもな」



 回復ポーションを譲った子供に告げる。すると子供は神妙な面持ちで頷き、



「ぼくの名前はカッツ」

「あたしはネリー」



 数人の子供を代表するかのように一人の少女が前に出た。他の子供に比べて年齢が上のようでここのリーダーをやっているようだ。

 最初に俺と出会ったカッツという少年とネリーという少女。他の子供達も同様にお世辞にも綺麗とはいえない服を着ていた。



「俺はユート。そしてコイツが」

「リリィだよ」

「その人は?」

「メイアさん。あたしたちをここまで連れてきてくれた人」

「でもその時に……」



 がっくりと肩を落として俯くカッツ。ネリーはそんなカッツを慰めるように「でも…」と続ける。



「もう大丈夫」

「そうだよね。ありがとう。ユートのおかげで助かったよ」

「と、いっても状況は変わってないけどね-」



 感謝の意を述べるカッツに水を差すようにリリィが軽く言ってのけた。



「あの――」



 不意に子供達が集まっている方から声がした。



「メイアとか言ったか。怪我は良いのか?」

「お陰様で。助かりました。私からもお礼を言わせてください」

「構わないさ。あれで見捨てるのは寝覚めが悪いからな。それよりもだ。どうして子供達とこんな場所に隠れているんだ? 他の大人達は何処に行った?」

「分かりません。わたしはただ、この街に残っていたこの子達を見つけてこの教会に匿うことしか出来ないのですから。でも、もう少しすればわたしの仲間が駆け付けてくれるはずです」

「仲間? それよりも先にアイツらが来たみたいだが」



 微かに漂う嫌な臭い。鋭く睨み付けた先は開かれたままの扉の向こう。自然と腰のガンブレイズへと手が伸びる。

 複数人の子供達。彼らを護りながら戦えるだろうかと考えたその時、聞こえて来たのはほんの微かな剣戟の音。



「無事ですかっ?」



 扉を抜けて駆け込んできたのは見慣れない女性。薄汚れてボロボロになったドレスに身を包み心の底から子供達の身を案じる女性は不思議なことにその手には何も持ってはいない。だとすれば先程の音を立てたのは誰か。その答えは意外なほどあっさりと提示された。



「キリエ、先に行くなと言っていただろう」

「ムラマサさん。すいません。ですが居ても立ってもいられず――」

「まあいいさ。それよりもここで落ち合う事になっていた人はいたのですか?」

「はい。そちらに――ただ、わたしの知らない人もいるみたいですが――」

「何?」



 一瞬にしてムラマサは剣呑な表情を浮かべる。

 手は腰の刀に伸び、一触即発の空気を漂わせ始めていた。



「キリエ、下がっていてくれ。ここはオレが――」



 戦意を漲らせて見つめる先。そこに居た俺を見てムラマサは一瞬怪訝そうな表情を浮かべた後、



「せやあっ」



 といきなり襲いかかって来たのだった。




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