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ep.06 『危険な古代のロマン⑥』



 寄生虫ならぬ、寄生竜。それが溶岩竜がおかしくなった原因だというローズ。この場でことの真相を確かめることはできないが、その言葉に嘘は無いと直感することはできた。

 正解に近しいであろう異変の原因の手掛かりを獲得して俺達は再び火山の内部を進み、飛び去ってしまった溶岩竜を探して歩く。

 マグマの炎に照らされて明るい道なりを進むこと数分。火山の外周から山頂付近に続く一際大きな道を見つけることが出来た。火山の道程は入り組んでいるように見えてその実は一本道。最初から定まられた道順を進んでいるのだとこの時になって初めて実感するのだった。



「この先にいるのか」

「うむ」



 ハルが徐に呟いた。

 見つめる先は裸電球を直接見た時のような眩い光が覗く通路の入り口。それが自分達が近付くごとに徐々にではあるが曇っていっているように見える。



「どうやら、間違いなさそうじゃな」



 すうっとした流し目で道の先を見つめるローズが答える。

 歩みを止めないローズとハルの後に続き俺は無言で歩き続けた。

 カツカツカツと歩を進める三名の足音が木霊する。外に続く入り口が近付くにつれて内部に充満していた熱気がほんの僅かに弱くなった気がした。



「いた!」



 声を潜めながら叫ぶという珍しい特技を披露したハルが指差した先には一度目の邂逅の時と同じ、一つの岩山に擬態した溶岩竜がいた。最初の時と違うのはその表面が何故か焦げたように黒ずんでいることだろうか。



「どうする?」

「無論、こちらから仕掛けるさ」

「ふふっ、意気が良いな。だがの、無策に飛び込んだとしても先程の二の舞になるだけではないのかの」

「それはっ、そうだけどさ」



 溶岩竜がいる広場に続く入り口の傍で身を潜めながら小声で話すハルが戦斧を強く握ったまま立ち上がり、悔しそうに視線を外す。



「俺達の攻撃は溶岩竜には大したダメージにはならない」



 小さく事実を確かめるように呟いた俺にリリィを含めた三人の視線が集まる。



「でも、だからこそ、寄生竜だけに効く攻撃を探すことが出来るかもしれない」

「何!?」

「さっきの戦闘で効果があったのは溶岩竜が使った最後の爆発。それはローズの言葉からも間違い無いと思う。ならそれに近い攻撃を俺達が繰り出すことが出来れば」

「いや、出来ればって簡単に言うけどさ。おれが使っている<爆斧>も同じ爆発を生み出す攻撃なんだぞ。それを受けても平然としているんだから、それ以上の威力となるとさ」

「わかってる。けどハルのアーツと溶岩竜の爆発とでは違うことがまだあるはずなんだ」



 モンスターの攻撃とプレイヤーの攻撃。その二つにある最も大きな違いは規模だろう。同じ爆発だとしてもハルのそれは精々数メートルくらいの規模にしかならない。それに比べて溶岩竜のそれは全身をも巻き込む爆発で、爆炎だけでもハルのアーツの何倍もの威力と広がりがある。



「表面をなぞる爆発ならハルのアーツでも十分な威力があったはずだ。でもそれじゃあ届いていなかった。だとすれば、必要なのは熱……なのか?」



 二つの爆発には特性の違いがある。ハルのアーツはあくまでも斬撃をぶつけた地点を吹き飛ばすもの。それに比べて溶岩竜のそれは文字通りの爆発。内側から外側へ炎や爆風を伴って衝撃が放たれる、いわば普通の爆発なのだ。衝撃波の波形を思い描くとすれば円形になるのだろう。それは即ち自身にもある程度の影響があるということ。



「そうだよな。寄生竜なんだから内部に攻撃を届ける必要があるのは当然か」

「なるほど。つまりおれたちは溶岩竜を倒そうとするのではなく、その中にあるものを壊そうとしたほうがいいってことか」

「できるか?」

「ああ。ちょうど良いアーツがある。ユートはどうだ?」

「俺は難しいかも。俺のアーツはどっちも威力と射程を増大させる類のものでしかないからな。ただ倒すとなれば使えるだろうけどさ、俺が寄生竜を攻撃しようとすると溶岩竜を貫いて、という前提が必要となると思う。あまり溶岩竜を傷付けたくない今はそんな手段を取るわけには――」

「構わんぞ」

「え?」



 まるで自分の事のように平然とした態度ではっきりと言ってのけたローズに思わず素っ頓狂な声が出てしまった。



「元はと言えばあれが寄生竜などというものに呑まれたのが原因なのじゃ。それに溶岩竜は古代竜にして地竜の系譜の頂点の一つ。卓越した生命力と防御力が特性のようなものだ。多少傷ついたところで問題は無いわ」

「いや、その、寄生竜に届くほどの攻撃を受けるって多少の傷っていうわけにはならないと思うんだけど」

「其方、竜を舐めておるのではないか? 真の竜ならば人の常識で測れるとはゆめゆめ思わぬことだ」



 厳しく威厳に満ちた声と視線が俺を貫く。

 返す言葉無く固まっているとローズは態度を一変させて、俺の腕のなかからリリィを抱えた。



「して、この子は今度も我が預かっていれば良いのか?」

「あ、いや……」

「今度はわたしもユートと一緒に行くの!」

「ほう。ならば我も其方らと共に行くとするかのう」



 ローズの腕の中から逃れ自分の足で立ったリリィが告げた言葉に何故か嬉しそうに目を細めたローズが言った。



「安心するとよい。我は中々に強いぞ」

「いまさら、それは疑ってないけどさ。いいのか?」

「うん?」

「だって、ローズは俺達を手伝うつもりなんて無かっただろう」



 そう問い掛けた俺にローズは一瞬きょとんとした顔をすると直ぐさま破顔して淑やかに笑ってみせる。



「そうじゃな。最初はそのつもりだった。だが、今の其方らならば手を貸しても良いと思えたのじゃ」



 どうして、と聞くのは野暮なのだろう。

 ローズが見ているモノ。それは最初から変わらずにあの溶岩竜なのだから。



「あ、そうだ。ローズ、これを使えるか?」



 頃合いを見計らい今思い出したというような口振りでハルが自身のストレージから一つの武器を取り出した。



「ほう。これは『鉄扇』かの」

「ただの鉄扇じゃないぞ。超高温の炎にも耐えられる純度100パーセントの特殊な魔導鋼製の特別品だ」

「どうしてそんなものをハルが持っているんだ?」

「偶然と言えば偶然だな。それはダンジョンのドロップ品でさ、インゴット化して戦斧(これ)の強化にでも使おうかと思ってたんだけど、何か勿体ないような気がして。それで残していたってわけだ」

「それを我に使わせるのか?」

「何となくそうした方がいい気がしたんだ。だからさ、使ってみてくれないか?」

「ふむ」



 頷いてハルの手から鉄扇を受け取るローズ。ローズの手の中に鉄扇が収まったその瞬間、黒色の無地で金属の光沢だけが輝いていた表面に炎のような絵柄が浮かびあがってきた。



「ほらな。こういうおれの勘は当たるんだ」



 自慢げに笑うハルにローズもまたその口元を綻ばせた。



「リリィはこっちだ。危ないから出てくるなよ」

「わかってるって」



 俺は上着のフードを広げて屈む。ぴょんとリリィが飛び乗りその体をすっぽりとフードの中に沈めた。



「よしっ。準備はいいな。二人とも」

「ああ!」

「うむ」

「行くぞ!」



 ハルの号令を合図に俺達は飛び出した。

 先頭はハル。その後に俺が続き、最後がローズ。



「まずは挨拶代わりだっ。<穿孔爆斧(せんこうばくふ)>!」



 戦歩を振り下ろすのではなく突き出すようにして放たれた一撃が岩山に擬態して隠れていた溶岩竜の背を捉える。

 その攻撃が巻き起こした爆発は広範囲に広がるのではなく、前方に向かって伸びる指向性のある爆発だった。



「どうだ!」



 攻撃を放ったことで一歩下がったハルが叫ぶ。

 轟いた音は爆発特有のドンッという音ではなく、もっと甲高いパンッという炸裂音だった。



「それがさっき言っていたアーツか」

「ああ。硬いモンスターの内部を破壊する時とかに使うやつだ。問題があるとすれば外から見たのではあまり効果があるようには見えないってことかな」

「そうでも無さそうだぞ」

「おおっ」



 ハルのアーツが命中した溶岩竜の背中。そこから伸びる所謂背びれの一つから黙々とした黒い煙が立ち込めているのが見えた。



「油断するでない! まだあれはピンピンしておるのだぞ」



 ローズが叫ぶと同時に溶岩がその全貌をさらけ出した。

 それは先程相対していたのと同じ個体のはずなのに、どうしてだろうか、先程よりも正面に立つのが怖く感じる。



「躊躇うな。攻撃の手を緩めるでないわ」



 再びローズの檄が飛ぶ。



「わかってる! <穿孔爆斧>」



 ハルも再びアーツを放つ。今度は溶岩竜の横っ腹に目掛けて。再びパンッと甲高い音が響き、命中した場所から僅かな黒煙が立ちこめた。



「どうした? ユートも続け!」

「ああ、俺も行く! <琰砲(カノン)>!」



 寄生竜にまで攻撃を届けるのならば溶岩竜をも貫かねばらない。自分でそう言いながらも俺のアーツにはそれを実現させるだけの威力はない。精々その表面を僅かに砕くだけなのだ。けれどハルの戦斧では届かない場所に攻撃することが出来る。俺が狙ったのは溶岩竜の首。人間で言うと喉仏がありそうな場所。尤も竜には喉仏などあるようには見えないが。



「くそっ」

「止めるでない。続けるんじゃ!」

「あ、ああ。<琰砲>」



 一撃目の寸分違わぬ同じ地点を目掛けて放つ射撃アーツは狙い通りに命中した。

 僅かに欠けた甲殻の表面にうっすらとしたヒビが入る。



「言うだけのことはあるではないか。だが、前方不注意じゃ」



 より正確な攻撃をしようと集中していたからか、俺は溶岩竜の体当たりの反撃から逃れるタイミングを逃してしまった。僅か一拍としてもそれはこの戦場ならば致命的。それでも無傷で済んだのは俺の背後に立つローズが綺麗な所作で鉄扇を振るったからだ。



「すまない。助かった」

「構わん。それよりも、ほれ。好機じゃぞ」

「ああ。<琰砲>」



 ローズが鉄扇を振って出現させたのはルビーのような輝きを持った障壁。但しその形状は巨大な獣が大木に付けた傷跡に酷似している。爪痕と言えばそのままだが、鉄扇を振っただけで出現したとなるとそれは超常の力に起因しているのは間違いない。



「やはり良い腕じゃ」

「褒めても何も出ないぞ」

「気にするでない。ただの事実じゃ。それに――」



 自分達から少し離れて戦斧を振るっているハルに視線を送る。そこにいるハルは常に動き回りながら違う場所を狙って攻撃を繰り出している。



「あやつもなかなか」

「まあ、がむしゃらに攻撃するしかなかったさっきとは違うわな」

「どういう意味じゃ?」

「調べて、いや、探しているのさ」

「?」

「寄生竜が潜んでいる場所をさ!」



 全身から黒煙を立ち込めている溶岩竜は煩わしいとでもいうように吠えた。それと同時に大口を開けて高音の熱線ブレスを放った。



「まったく、何処を狙っているのじゃ」



 呆れたように呟くローズはその直ぐ傍を通り抜けたブレスを避けもせずやり過ごした。



「ちょうど良い。頭も狙ってみたかったんだ。<穿孔爆斧>」



 パンッと破裂音が轟く。

 大きく頭を跳ね上げた溶岩竜がその口の端から、鼻から、顔を覆っている岩の甲殻の隙間から、いくつもの黒煙が上がる。



「頭はハズレか」



 一度距離を取ってハルは消費したMPを回復させるためにポーションを一つ使用した。それもそのはず、この時までハルは一度として通常攻撃を使わずに、全ての攻撃をMPを消費して使うアーツ攻撃にしているのだから。



「頭、背中、尻尾、翼、足、腕、胴体! 今まで狙ったのは全部ハズレ。だったら何処に隠れてるんだ」



 睨み付けるように溶岩竜を観察するハル。その様子を遠くから眺めながら俺は相も変わらず同じ場所を狙い続けていた。



「そろそろ砕けろってんだ! <琰砲>」



 若干辟易してくる気持ちを堪え変わらずに同じ場所を狙う。俺の苛立ちが込められた閃光が迸る。溶岩竜に命中したそれはひびを広げ、砕き、その欠片がパラパラと宙を舞った。



「よしっ。今なら。<琰砲>」



 砕けた甲殻の奥に剥き出しになる箇所を狙い続け様に射撃アーツを放つ。

 花火のように散る閃光が瞬くのと同時に溶岩竜のHPゲージがそれまでよりも大きく減少した。



「って、だめだな。ただの攻撃になってる」



 目的にそぐわない攻撃でダメージだけ与えても意味は無い。自分がどう攻撃すればいいのか悩み、一度手が止まってしまう。



「ここならどうだっ」



 だが奇しくも俺の攻撃によってダメージを受けた溶岩竜がその頭を下げていたことによりそれまで離れていた首にハルの攻撃が届く距離にまで近付いていた。



「<穿孔爆斧>!」



 本来ならば頭の方が狙いにくいはず。しかしブレスを放つときに頭を下げる竜が相手の場合はその限りではない。どちらかと言えば絶えず伸びている首のほうが細く狙いづらい場所になっていたのだ。

 だからこそハルは数少ないチャンスを的確にものにしたと言える。さらには、



「ん?」



 突き出した戦斧を通して返ってきた手応えに違和感を感じたのかハルは表情を歪めていた。そして轟いたパンっという音。けれどその音は微かに濁っているように聞こえた。



「まさか、ここなのか!?」



 驚き声を上げたハルが思わずといった顔をして俺の方を見た。



「間違い無い」



 短く肯定したローズの言葉を聞いて俺もその場所を凝視する。



「もう一度。<穿孔爆斧>」



 ハルの一撃を受けて以降全身を硬直させている溶岩竜の首の同じ地点を目掛けてハルが再び戦斧を突き出す。

 またしても鈍いパンッという音が轟く。そこで変化が起きた。俺の攻撃で出来た甲殻の破損から一際多い黒煙が立ち上がったのだ。



「ユート、狙え!」



 素早いハルの指示が飛ぶ。

 この時の俺は何を狙うのか等という疑問を口にするよりも速くガンブレイズを構えていた。



「<琰砲>!」



 狙うのは溶岩竜から立ち上がっている黒煙。その塊。

 真紅に輝く光線が真っ直ぐ、流れ星のように伸びていく。



『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』



 女性の悲鳴に似た金切り声が響く。

 それと同時に光線に貫かれた黒煙が拡散すると、次の瞬間には溶岩竜の体から出ている黒煙と合わさり別の姿を取り始めた。

 黒い影のような不定形ながらもどことなく竜の面影が残る姿。それこそが溶岩竜を狂わせた寄生竜の姿だった。




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