ep.05 『危険な古代のロマン⑤』
攻撃を受ける瞬間には眼を開いたままにすることすら困難だ。大抵は恐怖に目を瞑るだろうし、自分では恐怖を感じていないと思っていても体が反応してしまうこともある。いわゆる反射というやつだ。例え現実に影響を及ぼさない仮想空間であったとしてもそれは変わらないだろう。
だから、というわけではないが、この時の自分が目を瞑らずに迫る爆炎を直視していたことには我ながら驚きを隠せない。
「う、っわああああっっっ」
それでも迫る爆炎に俺は悲鳴を堪えることができなかった。
視界を追い尽くすほどの真紅。そして全身を襲う強烈な熱波と猛烈な風の圧力。それらに襲われながらも思い出したように隣を見る。そこに居るハルも自分と同じ方角に向かって走っている姿があった。
(間に合わない――ここまでかっ)
声に出すことすら叶わずにそれは襲いかかる。
何百分の一程に軽減されている痛みと衝撃に心身共に身構える俺を嘲笑うかの如く、それはいつまで経っても襲いかかってこなかった。
その代わりとでもいうべきか、俺とハル、二人を囲むようにルビーのような輝きと色合いを持つバリヤが出現していたのだ。バリヤは爆炎によるダメージどころか、それが自然に持つ熱や風さえも完璧に防いでしまっている。
「な、なにが――」
戸惑いの言葉を漏らすハルは思わずといった様子でその場に立ち尽くしている。俺は言葉を失したまま爆炎の向こう側に目を凝らしてみた。
炎の奥、微かに姿を覗かせた溶岩竜は健在。しかし、全身から爆炎を吹き出したことが何らかの切っ掛けとなったのか、その巨体に対しては小型の翼を広げ大きな音を立てて羽ばたき始めたのだ。
「さて。これまでのようじゃの」
自分の後ろ。爆炎を逃れ辿り着こうと必至に走った先にいる人物、ローズの声がした。
振り返り障壁の向こう側にいるローズを見ると、その表情は先程とは違いまるで感情らしいものは何一つ読み取ることが出来なくなっていた。
「溶岩竜は去るようじゃ。となれば、其方らはこれ以上戦う必要はないということだの」
灰色の空に飛び去っていく溶岩竜を見送ったローズに向けられた視線は冷たい。その視線に射竦められるようにハルがヘルムの向こうで目を伏せたのが窺えた。
「ユート、だいじょうぶ?」
「ああ。ありがとう。俺は無事だよ。でも、勝てなかった」
ローズの手を離れ自分の元へとやってきたリリィが心配そうに俺を見上げてくる。
「溶岩竜は何処に飛んで行ったんだ?」
「それを知ってどうするつもりじゃ」
「戦う。今度こそ、俺達は勝ってみせる」
「ふむ。勝つ……とな」
二人を包んでいた障壁がすうっと静かに消滅した。
当たり前のように答えた俺に冷たいローズの視線が突き刺さる。
「それはあの溶岩竜を殺す――ということか?」
「それは――」
「違うのかえ? 戦いにおいて勝つということは相手を倒すこと。そうであろう」
かくも冷酷な物言いであるようにも思えるが、モンスターとの戦闘において至極当然なことを言っているに過ぎない。思わず口籠る俺を見かねてか、ハルがローズに声を掛けていた。
「ローズの口振りだとさ、溶岩竜を倒して欲しくないように聞こえるのだけど?」
「む? そうかの――あ、いや、そうかもしれんの」
「どういう意味だ?」
「我はあれをそれなりに知っておるからの。出来れば死んで欲しくないと思っているのかもしれん」
「それならさ、なんで溶岩竜は――」
「なんじゃ?」
淡々と答えるローズに俺は先程の戦いを経て感じた違和感を吐露していた。
「あの溶岩竜からは意思……みたいなものを感じなかった。なんというか、本能のまま暴れている、みたいな感じがして」
「ほう」
俺に対して冷たくなっていたローズの視線がほんの僅かに和らいだ。それに対してハルは俺とローズに怪訝な視線を向けている。溶岩竜が去りこの場ではもう戦闘にはならないと判断したらしくヘルムを外して額に滲んだ汗を拭う仕草をするハル。
「俺が知っている竜ってのは確かな知性を持っていた。だから、変な感じがするんだ。どうして溶岩竜は、あんな風なんだろうって。それが分かれば、もしかすると戦っても倒さなくても良くなるかも知れないだろ」
「確かに。このクエストに溶岩竜を討伐するっていうタスクはないけど」
ちらりとローズの顔を見るハルはまるで一つの答えをその口から引き出そうとしているかのよう。
「溶岩竜が意思をなくしているという証拠も、どうすればそれを取り戻せるのかとう方法も分からないんだぞ」
「うん。でも、それは俺達だから」
俺とハル二人の視線がローズに集まる。
「ローズなら何か知っているんじゃないの?」
「そうじゃな。確かなことは言えぬが、最後の爆発。あれを使った時に僅かながら溶岩竜の中に蠢いているものが弱まったように感じられた」
「蠢いているだって?」
「溶岩竜の中に巣くっているものとも言えるかもしれぬの」
「なあ、溶岩竜に何があったのか話してくれないか? 多分、それを理解しないと俺達はただ意味も無く溶岩竜と戦うしかなくなると思うからさ」
真剣な面持ちでローズに告げる。たとえ仮想世界の住人に対してだとしても真摯な思いは届くと俺は知っているのだから。
「ふむ。そうじゃの。それが良いのかもしれんの。とはいえ、我もそこまで詳しいわけじゃないことだけは承知していてくれるかえ」
「ああ」
「わかった」
ローズの前置きに俺とハルは頷いて答える。
「あの溶岩竜に異変が起きたのは今より少し前のこと。この辺りには珍しく嵐の夜のことじゃ。雷鳴轟き、風が唸る。飛礫のような雨が激しく地面を叩きつける――」
「あ、いや、嵐の描写はいらないから」
「む? そうかの。では、続きを話そうかの。あれは雨に紛れてやってきた」
「雨?」
「うむ。そして闇に紛れてじゃ。其方らも溶岩竜の姿を見たであろう。あの岩石を纏ったかのような表皮に滑りこむようにしてそれは溶岩竜の中へと侵入したのじゃ。そしてその瞬間に溶岩竜は意思を失った。意思をなくした溶岩竜は其方が言ったように唯の獣如く暴れ回った。そして暴れ周り疲れ果てた溶岩竜はこの火山へと飛び去った。我はそれを追ってきたというわけじゃ」
「なんかさ、寄生虫みたいだなそれって」
「確かにの。寄生虫とは言い得て妙だが的を射ている気はするの」
「あー、かなり端折るけどさ、要はその寄生虫をどうにかすればいいって事だろ」
ぽんっと簡単に言って退けたハルにローズがクスリと笑って、
「確かに。それができれば溶岩竜も攻撃を仕掛けてくることはなくなるだろうがの。して、どうやってじゃ?」
「えっと、さっきの爆発で一瞬弱まったんだよな。だったら、それを何回か繰り返せば」
「無理じゃな。いくら溶岩竜といえどあの爆発をそう何度も耐えられるものではないわ。それに仮に溶岩竜が耐えられたとして、それを引き出すために囮となる其方らが耐えられる保証はないであろう」
「うっ、確かに」
「それとも何じゃ。其方らには溶岩竜の中に潜む寄生虫をどうにかする手段があるというのか?」
ローズの問い掛けに俺とハルは互いの顔を見合わせる。
続けて告げられた言葉に俺は目を丸くして固まってしまった。
「それにのう。竜の中に寄生できる存在がいるとすれば、それは竜以外にはあり得ないのじゃからの」