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ep.04 『危険な古代のロマン④』



 一瞬にして充満する高温にまで熱された白煙が全身を襲う。

 口や鼻から吸い込まれる空気はそれまでとは比べものにならないくらいに熱く気管を焦がす。漂い始めたのはツンッと鼻をつく異質な匂い。程なくして煙が薄くなり初めて開けた視界の先にある光景は僅か数秒前とは違うものになってしまっていた。



「無事か? ユート」

「あ、ああ。ダメージは無いから大丈夫だとは思うけど……」



 聞こえて来たハルの声に応えてから瞬時に辺りを見渡してみる。未だに残る白煙のなか目を凝らして探したのは友の姿ではなく対峙している溶岩竜。全身を岩で覆われているかのような甲殻を持ち、山の如き巨体を誇るそれが放った高熱の息吹(ブレス)が火山の地面を溶かしたのだ。



「見えた。あそこだ!」



 咄嗟にガンブレイズを銃形態に変えて弾丸を放つ。目標はたった今見つけた溶岩竜だ。ガンっという轟音と同時に弾けた閃光がその正確な位置をハルに知らせる。



「わかった。おらぁ、<爆斧>!」



 すかさずにハルが戦斧を振り上げた。刀身にアーツの光が宿り次の瞬間には小規模な爆発が頭上で巻き起こった。

 白煙の中に迸る紅い爆炎が周囲を明るく照らす。爆発によって晴れた白煙から覗く溶岩竜の灰色の岩肌。眼下には溶岩竜の息吹によって出来た特徴的で真新しい一本道の窪み。地形を破壊するほどの攻撃を平然と繰り出してくる溶岩竜を前に、背中に嫌な汗が流れるみたいだ。



「こちらの攻撃が効いてる気配がない」

「おおかた殻が固くて攻撃が届いていないのだろうさ」

「となると、まずはあの甲殻を壊す必要があるってことか」

「だろうな」



 瞬く間に消えていく爆炎の向こうに佇む無傷の溶岩竜が低い唸り声を上げながら感情の読めない瞳でこちらを見ている。



「甲殻を破壊するのに必殺の一撃を使うわけにはいかない……よね」

「ああ。それで確実に破壊出来るとは限らないからな」



 再びアーツを発動させて攻撃を繰り出し、生み出した爆風に乗って距離を取り後ろに下がる。

 揺れを起こすほどの思い足取りで動く溶岩竜がその顎を再び俺達へと向けられた。



「またかっ!?」



 一度息吹を使えばもう一度使われることは必至。その感覚が最初に放たれるまでとは違って短いことを覗けばまだ想像の範疇のように思える。けれどそれで脅威度が下がるかといえば話は別。暗闇で白熱電球に明かりが灯される瞬間のように、眩しく目を眩ませる閃光が溶岩竜の口の中に炎が宿る。



「ハル。避けて!」

「わかってる」



 即座に攻撃の手を止めてハルと俺は互いに溶岩竜の両サイドへ回り込んだ。

 俺達がいなくなった地点に溶岩竜の息吹が放たれる。一直線に抜けていった初撃とは違い、今度は一点に集中して放たれた息吹が地面に深い穴を作り出していた。

 轟々と立ち込める白煙と砂埃、そして火の粉。キラキラと煌めく炎の残滓が風に乗り天高く舞い上がっていく。



「隙が出来た。<琰砲(カノン)>!!」



 息吹を放った反動で微かに仰け反った溶岩竜はほんの僅かな時間だけ体を硬直させる。自身が放つ息吹の威力が高いからこその反動ともいえるこの僅かな隙を狙い、俺が使う射撃特化のアーツを発動させた。

 ガンブレイズの銃口から、それこそ溶岩竜の息吹のように放たれる光線が溶岩竜を捉える。



「おれも行くぞ。<大爆斧>!」



 より威力の高いアーツを発動させて攻撃を仕掛けるハル。

 左右からそれぞれ異なる強撃を叩き込まれ溶岩竜は悲鳴にも似た叫声を上げた。



「効いてる!?」

「だったら、もう一度――って、危なっ」



 一瞬だけ喜びかけたハルと追撃を試みようとした自分を息吹の反動から回復した溶岩竜の尻尾が襲う。岩石のような甲殻に覆われ、いくつもの丸太を束ねたかのように太い溶岩竜の尾が迫る様は否応なく恐怖を駆り立ててくる。



「くそっ」



 攻撃を中断して倒れ込むように尾を避ける。



「ぬおおおおっっっっ」



 ハルは戦斧を盾のようにしてそれを受け止めようと試みるも圧倒的な質量の差は覆すことなど出来やしない。

 必至に堪えてみせようとするも遂にその足は地面を離れ、勢いよく壁際へと吹き飛ばされてしまっていた。



「ぐあっ」



 ズサッと地面に倒れ込むハルのHPゲージはこの一撃で半分近く減らされてしまっていた。



「失敗していたとしても防御していたのに、レベルもランクも高いハルですらあれだけのダメージがあるとすれば、拙いな。俺だとあれすら耐えられないかもしれないってことか」



 息吹の直撃に耐えられないであろうことは想像が付いていた。けれどそれ以外の攻撃すら一撃死の危険を孕んでいるのだとすれば。

 声に出さずに抱いた危機感は自分の安直さを露呈させることに繋がっていた。



「ハッ、この」



 一回転して戻ってきた溶岩竜の尻尾が倒れ込んで避けた俺をまるでモグラ叩きのようにして追い込んでいく。

 起き上がって態勢を整える暇など与えられることなく、地面に倒れ込んだまま転がるように必至に振り下ろされる尻尾を避け続ける。



「こっち向けやぁ! <大爆斧>」



 一向に尻尾が当たらないことに苛立ちを感じているのか執拗に狙ってくる。その背後からハルが威力を高めた爆撃を放っていた。



「無事か! ユートぉ!」

「すまない。助かった」

「いいから、さっさっと起きろってんだ。大して効いてる感じがしない」



 余程俺に集中していたのかハルの一撃は違わず溶岩竜に命中していた。けれどその爆炎は溶岩竜を焼くことはなく風の中に消えて行った。

 爆炎を平然と受け流した溶岩竜が翼を広げる。

 突風が起り、残っていた火の粉は皆どこかへと飛んで行ってしまう。



「のわあっ」



 その時の風にハルは天高く吹き飛ばされてしまっていた。このまま何も手を講じなければ落下時のダメージでより危険な状態へと追い込まれたしまうかもしれない。だが、普通のプレイヤーは空を自由に飛び回る術を持たない。



「ハル!? 回復を、いや、間に合わない!」



 起き上がって距離を取った俺の視線の先でくるくると回転しながら高度を上げるハルの姿があった。

 表情が引き攣る。

 ハルが倒されてしまう可能性が高まったのだ。とはいえこちらから何か手を出せるような状況じゃない。寧ろ手を出す手段がない。下は岩が剥き出しの地面。落下の衝撃を和らげられるようなものなど何一つ見当たらない。

 無いことばかりで混乱しそうになるが、必至に冷静さを保とうと心懸けた。時間はそんなに残されていない。手持ちのアイテムで使えそうな物は思い当たらないならば、別の手段でどうにか衝撃を緩和できるようなものを作り出さなければならない。

 必至に思案する俺の視界の先でハルが何もないところに向かって戦斧を振り回している。



「ハルは何をしているんだ?」



 戦斧の先には光が灯っている。アーツを発動させているのは間違い無い。しかし先程のような爆発は一度として起きていない。



「爆発が起きていないというのに攻撃を止める素振りはない。だとすればハルには別の狙いがあるのか?」



 必至に思考を巡らせる。

 攻撃のためじゃないのにアーツを使い続けている理由。ハルのアーツの特性は爆発。



「もしかしたら――」



 暴れるように四肢を振るっている溶岩竜を無視して俺はガンブレイズで近くの岩を撃った。

 景観の一部である岩などは大抵破壊不能オブジェクトである場合が多い。しかし、溶岩竜の息吹による破壊に代表されるように、ここには壊せるものがあるはずだ。

 残る懸念はそれがプレイヤーの手でも可能なのかどうかだけ。しかしそれもこの一発によって払拭された。



「届けっ!」



 砕けた岩の欠片を一つ掴みハルに向かって投げた。

 がむしゃらに戦斧を振り回しているだけでないのならばこれで狙いは合っているはずなのだ。



「良し!」



 と、喜んだのは空中で爆発が起ったから。

 俺の投げた岩の欠片をハルが正確に戦斧で打ち付けたことによる爆発だ。

 巻き起こる爆風は僅かながらも落下の勢いを相殺している。加えて溶岩竜の真上になるように位置を変えたハルを見て俺は続けて何度も石を投げた。

 ドンッドンッドンっと繰り返し起る爆発。それによって器用にも落下をコントロールしているハルは遂に溶岩竜の傍まで近付いている。



「喰らえ! <大爆斧>!!」



 羽を広げた溶岩竜の背中に向かって戦斧を振り下ろす。

 引き起こされる大規模な爆発がアーツを放ったハルすら飲み込んでいく。



「自爆技じゃない、よな?」



 あまりにも大きな爆発に思わず口から出た言葉に、



「当たり前だろ」



 という声が返ってきた。

 声がした方をみるとハルが肩で息をしながら、どうにか着地して尻餅をついている姿があった。



「良かった無事だったんだな」

「そうでもないけどさ、ま、死ななかっただけでオッケーだろ」



 ストレージから回復アイテムを取り出し使うハル。

 余程効果の高い回復ポーションを使ったのか、見る見るうちに減っていたHPが回復して、瞬く間に全快していた。



「ん? おいおいおいおい、今度は何をしてくるつもりだよ」



 空になった瓶を投げ捨てて消滅するのを余所にハルはヘルムの奥で表情を歪ませていた。

 息吹を放ち、尻尾を振り回し、全身を使って暴れ回っていた溶岩竜の体の至る所から白煙が立ち込めているのだ。

 同時に聞こえてくるボコボコとした異音。



「まさかっ」

「え?」

「これは、ヤバいぞ。ユート。全力でここから離れろ!」



 言うや否や全速力で駆け出したハル。

 それを追って俺も走る。

 ローズとリリィがいる安全圏まであと少し、といった所で背後から鼓膜を破られそうなくらいの爆音が轟いた。

 そして、俺とハルはハルが使うアーツとは比べものにならない規模の爆炎に呑まれたのだった。




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