ep.03 『危険な古代のロマン③』
螺旋階段を登るが如く火山の外側と内側を交互に通り過ぎて行く。
大概こういった山を登るエリアにおいて目的地は頂上になる場合が多い。今回も例に漏れずそうなるだろうと踏んでいたのだが、俺の隣と前を行く二人、ハルとローズは火山の中腹あたりで外側に出た地点で足を止めた。
視線の先には広大な空。そして、流れ出たマグマに照らされて紅く見える岩肌が見える。地面は灰色がかっており、僅かな亀裂から生えた草花は珍しいものばかり。
「この先のようだの」
口元に手を当てローズが告げる。その言葉を肯定するかのようにハルが深く頷いていた。
「どうした?」
「あ、いや、ハルも分かるんだと思ってさ」
「そりゃあ、《感知》のスキルを持っているからな。まぁ、俺の場合はモンスターの出現や隠れてるモンスターの発見に特化した《モンスター感知》だけどな」
「なるほど。結構便利そうだな」
「まぉな」
「で、何が居たって言うんだ?」
「それは多分おれよりも……」
「む? 我か? そうだな。確かにあれに関しては我の方が詳しいと思うが、今大事なのは其方らが探していた相手だと言うことじゃないのかの?」
「えっ、そうなのか?」
「ローズがそう言うなら間違いなさそうだ。この先におれたちが探していた古代竜って奴がいる」
はっきりと言い切ったハルに俺は思わず身を乗り出して先を覗き込んでいた。
「どこだ?」
見渡す限り竜を彷彿とさせる物体はない。だというのにこの二人は確信して疑う様子は微塵も感じられない。
「そこだ」
ゆっくりとハルが指をさす。指し示された先にあるのはただの灰色の岩壁。意味が分からず疑問府を浮かべて振り返ると最後尾に立つローズがカツンっと態と大きく音を立てた。
「ローズ?」
思わずその名を呼んで顔を見上げる。
「行くのか? 古代竜に見つかれば戦闘になることは避けられはせんだろう。それはただ見たいだけの其方らにとっては想定外なのではないのかのう?」
「そうかもしれないけどさ。ローズはさ、ここで引き返すつもりはないんだろう?」
「む? 確かにそうだの」
「なら、おれたちも付き合うさ。お前だってそうなんだろ? ユート」
「まあな。正直戦ってみたい気持ちはあるからさ」
「ユートらしい」
「そうか?」
「そうだよ」
思いがけずほのぼのと談笑し合う俺とハルにローズは一瞬ポカンとした顔をして怪訝そうな視線を向けると、そのままクスリと笑った。
「其方らは仲が良いのう」
「まあ、なんだかんだ付き合いが長いからね」
どこか自慢げにそう言ったハルを一瞥して俺は再び岩壁の辺りへと視線を向ける。注意深く観察するように目を凝らすも、景色は変わる気配すらない。
「さて、談笑するのもここまでのようだの」
ローズが口調をそのままに、張りつめた雰囲気を醸し出した。するとそれに呼応するかのように、微細な揺れが俺達を襲う。
「ここまでは来られないはずだけど……行くか?」
「ああ!」
自分達がいる場所から古代竜がいる向こう側へと駆け出そうとして急ブレーキを掛ける。
これまで静かに縮こまるようにして俺の頭にしがみついていたリリィを抱えるとそのままローズへと手渡す。
「これは何じゃ?」
「俺の大事な仲間なんだ。守ってくれないか?」
「ふむ。我は別に構わんがの。我も戦闘に参加しなくて良いのかの?」
「大丈夫。こう見えてもおれたちそれなりに強いからさ」
「そうか。だがの――」
ちらりと視線を腕のなかのリリィに落とすローズ。リリィは一瞬信じられないという顔をしたかと思うと勢いよく顔を横に振ってイヤイヤした。
「嫌がっているみたいだが」
「リリィ。それだったら送還するか?」
「それもヤなの-」
「でも、戦闘に巻き込むわけにはいかないからさ」
「うー、なら、わたしはここで待っているの!」
「でもさ、別のモンスターが出てくるかもしれないだろ」
「それはそうだけど-」
「ならばやはり我の腕のなかに居た方が安全だのう」
「う、うう」
「なんでそんなに嫌がるのさ?」
「だって、だって――」
ちらりちらちとローズを見るリリィの顔には困惑と恐怖が窺える。
「そう心配するでない。我は其方を取って食ったりはしないからの」
「…ほんと?」
「本当じゃ」
「わかった。わたし待ってるから」
意を決したように告げるリリィの頭を一撫でして俺はハルの隣に並ぶ。
「行くか?」
「ああ」
アイコンタクトで合図を送り俺とハルは同時に駆け出した。
暗かったそれまでとは違い空の下に出ると程よく自然光に満ちている。灰色の地面と岩壁に包まれた場所の入り口から離れるべく急加速で駆け抜けていく。
「ハル! それで、古代竜ってのはどこにいるんだ?」
「驚いた。まだ分かっていなかったのか」
「どういう意味だよ、それ」
「こういう意味だよっと」
駆ける最中ハルは転がっている小さな石を拾い上げてすかさず投げつけていた。目標は山側の岩壁。地面と同じ灰色のそれは案の定とでもいうべくカツンっと音を立てて小石を弾き飛ばしていた。
「いったい何のつもり――」
「ユート、止まれ!」
俺の言葉を遮るようにハルの声が轟く。
慌てて立ち止まった俺達を先程よりも大きな揺れが襲う。
「注意しろ。出てくるぞ」
戦斧を構えて注意を周囲に向けるハルが真剣な口調で告げる。
俺も黙って同じように周囲を警戒してみることにした。すると揺れの起点がはっきりと見えたのだ。
「なっ」
「あれが……古代竜」
突然などという言葉は相応しくないだろう。なにせあれを呼び起こしたのは他ならぬ自分達自身なのだから。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』
最初に頭。それで首。腕が伸び、背中が隆起し腹が覗く。両足が地面を踏み締め、翼が広がる。最後に尾が大地を叩きつける。
大気を震わせる咆吼が轟き、その全貌が明らかになる。
「古代竜というのはあくまでも通り名」
小さく呟かれた言葉にリリィがその顔を上に向けた。リリィは人のように話し、人のような感情を持っているように見えるとはいえ、炎の如く揺らめく瞳に込められた感情の真意を読み取ることはまだ出来ない。
「あれの本性は溶岩竜。火山を統べ、大地を統べる……皇」
「皇?」
「故に唯の竜と同じように考えていたのでは――」
すうっとローズの眼が細められる。
ハッとしたようにリリィがその視線を二人が戦っている場に戻すと、驚愕のあまり言葉を失ってしまう。
「――そうなってしまう」
灰色の地面の上に倒れ込む二人の姿。その正面には古代竜改め溶岩竜。
目を伏せてリリィを強く抱き寄せるローズ。抱えられる腕から心配する思いが伝わってくるような気がしてリリィはその瞳を潤ませていた。
「ほう」
ローズが僅かに喜色を滲ませた声を上げた。
「言うだけのことはある、か」
溶岩竜を前に二人は微塵も闘志を鈍らせることなく再び立ち上がっていたのだ。
そんな二人の胸の内など露知らず、俺は自分の目に映る古代竜の名称を睨み付けていた。
「『溶岩竜』ね。確かに火山にいる竜には相応しい名前だね」
受けたダメージは決して少なくはない。けれどHP回復ポーションを使えば問題無く即時回復できる程度だ。
「ハル!」
「問題無い。このくらい慣れたもんさ」
「頼もしいな」
ヘルムの口元にあるスリットから器用にポーションを流し込んだハルは既に受けたダメージを回復して果敢に溶岩竜へと向かって行っている。
「<爆斧>!!」
消費MPも少なく、最も使い慣れているであろうアーツを発動させて幾度も斬り付ける。
潤沢にあるMPを惜しみなく使い攻撃することで与えるダメージも通常より多い。加えてその熟練した戦い方は攻撃を外すことの方が少ない。その二つが相まって善戦できているはずなのに、どういうわけか自分達が追い詰められているように思えてくる。
「反撃は手足を使った単純なもの。攻撃は尻尾の振り回しとか体当たりばかり……溶岩竜の特性を生かした攻撃はまだ、か」
自分達が侮られているのか、それとも溶岩竜にとっては未だ戦闘ですらないのか。
火山の外に出ているはずなのに、今は内部を探索しているときよりも闇の中にいるような気分になってしまった。
「何かが――来る!」
ハルが叫ぶ。
同時に溶岩竜が咆吼を上げる。
次の瞬間、地面をも溶かす閃光が俺の視界を埋め尽くした。