迷宮突破 ♯.14
迷宮の入り口に戻って来た俺たちは安心したのか全身にドッと疲れが出たように項垂れた。
「もう拠点まで戻るのすらしんどいかも」
迷宮の中にいる時はそれなりに気を張っていたのだろう、リタは近くにいるマオの身体を抱くようにだらけている。
「ちょっと、リタ。しゃんとしてよ。ログアウトするなら拠点でって決めたでしょ」
「えー」
「えー、じゃない。ほら手を引いてあげるから行くよ」
「はーい」
なんか珍しい物を見た気がする。
これが二人でいる時の普段のリタの姿なのだろう。
「俺たちも戻ろう」
マオに引っ張られて拠点に戻っていくリタについて行くように俺とハルもゆっくりと歩き出した。
イベントを開始してから一日が過ぎ迷宮の前で他のプレイヤーを待ち構えているような人はいなくなっている。それは掲示板を見れば他の参加者の書き込みを見ることもできるし、町にいれば嫌でも誰かの話声が聞こえてくる。わざわざ知らない人に声を掛けずとも欲しい情報の大半が手に入れることができるようになっているからだった。
「ふぃー疲れたぁー」
「もう、だらしないなあ」
拠点の一階にある工房の椅子にもたれかかるリタを腰に手を当ててマオが困った表情をして見つめている。
「……悪い。俺、今日はもう落ちるわ」
たった一人で俺たち全員への戦闘の指示を担っていただけにハルが背負っていたプレッシャーというものは俺の想像以上だったのだろう。目に見えて疲弊しているハルを呼び止めようとする人はここにはいない。
俺たちにそう告げた一瞬の後にログアウトしていくハルと、そこに漂う青い残光が消えていくのを黙って見送った。
「私も落ちようかな」
ぼそっと呟くリタはここに残されることとなる俺とマオのことを気遣っているように見える。
リタもまたパーティリーダーとしてのプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのかもしれない。さらには平穏無事な迷宮の探索ならまだしも過酷な戦闘になってしまったという事実がリタを追い詰めているのかもしれない。
「ダメ?」
「ううん、いいよ。お疲れさま」
「ありがと。二人とも先に休ませてもらうね」
一安心した顔をしてログアウトしていったリタを見送って俺は工房に置かれた椅子の一つに腰掛けて大きく息を吐き出した。
「これからどうする?」
俺と同じようにここに残ったマオが尋ねてきた。
「そうだな。時間は、あと一時間半ってところか」
砂時計の砂が半分以上落ちたままで停止している。
物理法則など無視したその砂時計はやはり迷宮に挑める制限時間を示しているもののようだ。
「また迷宮に行くの?」
「まあな」
正直、俺はまだ物足りなく感じていた。
迷宮の攻略も、モンスターとの戦闘も全て中途半端になってしまった感が否めない。
ムラマサに助けられたこと自体に文句をつけるつもりはないが、それでも自分たちの力でどうにか切り抜けたかった言う気持ちが無かったかと問われれば答えは自ずと違ってくるのも事実。
「なら、私も一緒に行く」
「は?」
「私だって、なんか納得出来ないもん」
驚いたことにマオも俺と似たような感覚に苛まれていたらしい。
「そっか。よし! だったら、あと一時間半。二人で迷宮を攻略してみるか」
「目標は?」
「勝手に先に進むと煩そうだからな。四階層を探索してみるくらいでいいんじゃないか」
「それもそうだね。マップだって、ほら。まだ真っ黒」
「だったらいっそ踏破するつもりでもいいかもな」
ニヤリと笑う俺につられるようにマオもまた同じような笑みを見せた。
それから直ぐに移動を始めた俺たちは五分と経たずに迷宮の入り口付近にある無数の転送ポータルの内の一つの前に立っていた。
慣れた様子で手をかざすと二人の身体を転送時特有の青い光が包み込む。
次の瞬間、俺たちは先程までいた迷宮の第五階層と第四階層を繋ぐ階段の中腹にまで戻って来ていた。
「それじゃ、行ってみよー」
意気揚々歩き出したマオはムラマサの後ろを着いて歩いてきた道を逆に進み始める。
迷宮を進む時の目標は下の階層に続く階段を見つけることだ。けれど今回は既にその階段は見つけられていて俺たちはそれを逆流して進むという一風変わったことをしていた。
コボルドとの戦闘になった時のことを鑑みて道中にある小部屋や宝箱は極力近付かないようにすることにしていた。二人しかいない上にその二人に相談一つしないで勝手に迷宮に戻って来ているのだ。ここで俺たちがリタイアするなどというのは最もしてはいけないことだ。
「んー、もしかして、ユウと二人っきりっていうのは初めてじゃない?」
「そうか?」
「そうだよ。だっていつもは隣にリタがいたじゃない」
確かに記憶のなかの俺がマオと会う時はいつもその隣にリタがいたような気がする。
元々マオとはリタの紹介で出会ったのだからそうおかしいことではないのだろうが、初めて会った時の印象からすればこうして二人っきりで迷宮の攻略に乗り出すなんてことは想像もしていなかったことだ。
「で、どうなのよ。空白の指輪に着けられそうな宝石は出来たの?」
昨日の採集で俺が宝石の原石を手に入れたことはマオも知っている。だからこそ自分の渡した指輪がどのような形になったのか気になるのだろう。
「まだだな。宝石の削り出しなんてそんなに経験ないから、別の鉱石で練習してから取りかかるつもりなんだよ」
一つしかない原石を自分の不注意で壊してしまうのは嫌だ。失敗するのなら別のもっとランクの低い石のほうがいい。
「私がやろうか? 削り出し。アクセサリ造りの基本だもん。結構得意だよ」
「あー、やめとく。自分が出来るようにならなきゃ意味が無いからさ」
正直かなり魅力的な提案だったことは否めない。
それでも断ったのは俺の腕とセンスを信じて渡してくれた皆の期待に応えたいと思ったから。ここでマオに頼ってしまっては本末転倒もいいとこだろう。
「わかった。頑張ってね。んで、出来たらぜったい見せて」
「もちろん。完成したら一番最初にマオに見せるって約束するよ」
他愛もない会話をして進んでいると俺たちの進行上に一つ上の階層でも戦ったモンスターのドードーが二体、姿を現した。
「マオが前衛、俺が後方から銃撃でいいか?」
近接武器と遠距離武器を持つ二人パーティの最も基本的なフォーメーション。
俺がそれを提案するとマオは少し考えた上で首を横に振って見せた。
「ドードーが相手なら二人で突っ込もうよ。絶対そのほうが速いからさ」
マオの言い分も分かる。
コボルドとは違いドードーは比較的倒しやすいモンスターだったこともあってわざわざフォーメーションを組むよりも二人で全力攻撃を仕掛けた方が早く、確実に倒すことができるだろう。
この戦闘で俺とマオの二人の場合の連携パターンというものをいくつか試してみたかったのだが、どうやらこの攻撃に重きを置いたものがマオとのタッグの場合の基本的な陣形になりそうだ。
「わかった。それじゃ、行くぞ」
どちらからというわけでもなく俺たちは片方のドードーに向けて走り出した。
目標にしたドードーの近くに他の個体の姿を見かけたがあまり気にしないでもいいはず。
そう思っていた俺をこの階層のドードーは意外な動きで予想を裏切ってきた。上の階層ではこちらが攻撃を仕掛けない限り、例えすぐ隣で戦っていたとしてもほとんどの場合戦闘に参加してくることはなかった。それは素材集めをする生産職のプレイヤーに向けた措置なのか元々持っている特性なのか分からないがドードーというモンスターはそういうのもなんだと無意識に決めつけていたところもあったのだろう。
だからこうして一斉に襲いかかってくるドードーを目の当たりにして一瞬動きを止めてしまったのだ。
「ユウ! ぼーっとしない!」
マオに言われ俺は剣銃で近付いてくるドードーから狙い撃っていく。
一斉に襲いかかってくるといっても所詮はドードー。俺の撃ち出した銃弾が二発命中しただけでその体を光の粒へと変えていった。
何回かリロードをして銃撃を繰り返している俺の隣でマオは持っているハンマーを振り回して強烈な打撃を加えていった。
瞬く間に全滅するドードーに俺は仄かな安心感を得ていた。
この階層にいるモンスターが全てコボルドのような強さを持っているわけではない。上の階層にもいたモンスターだから特例なのだと言われると納得してしまいそうにもなるが、俺の懸念を振り払うにはさらに別のモンスターと戦ってみればいいだけだ。
都合のいいことにドードーの向こうから別種のモンスターが近付いてきているのが見えた。
「あれは……」
近づいてくるモンスターは初めて見る種類だった。
その名前を『ダンジョン・エイプ』。全長に比べ腕が異様に長い外見をした猿型のモンスターだ。ダンジョンと名が付いていることからこのイベント用に用意されたモンスターだと予想できる。むしろそうだとするのならなにも冠詞が着けられてなかったあのコボルドは通常のゲームでもいつかは戦うことになるモンスターだということだろうか。
「来るぞ!」
既に戦闘状態に入っていたのか、こちらが攻撃を加える前にダンジョン・エイプはその長い手を活かして壁を伝い近づいてきた。
「ATKブースト!」
咄嗟に赤い光を全身に宿らせる。
三次元的な動きを見せるダンジョン・エイプは思ったよりも素早く、狙いを定めることが出来ない。
銃形態で狙い撃つことを早々に諦め、剣銃の形態を剣へと変形させると俺は先に駆け出していたマオの後を追った。
マオの持つハンマーは俺の剣銃よりもかなり近づかなければ攻撃を当てることが出来ない。上空から襲いかかってくるダンジョン・エイプの攻撃を避けながら行う攻撃は自然とカウンターが中心になっているようだ。
「このっ、止まりなさいよっ」
僅かなタイミングを狙ってハンマーを振り降ろそうとするが片手で壁を掴み、もう片方の腕で攻撃をしてくるダンジョン・エイプの動きを捉えきれていない。
何度も空振りをして、その度に僅かながらもダメージを負っていく。
「マオ、しゃがめ!」
このままでは埒が明かないと走る勢いをそのままに俺は叫んだ。
「え、なに?」
「早くっ!」
強い口調で叫ぶ俺につられるようにマオは体を屈めた。
「ちょっ……」
文句は後で聞くと俺は屈んだマオの背中を足場にして跳び上がり、普段の到達点より高い場所であるダンジョン・エイプが掴んでいる壁に目掛けて剣銃を振り上げた。
自由に上空から攻撃出来るといってもそれは空を飛べる鳥のように宙を舞っているわけではない。片手で掴んでいる壁という一点を起点にして動き回っているに過ぎないのだ。つまり唯一自由に動けない場所を狙うことさえできればいとも簡単に攻撃を当てることができる。
今回問題だったのはそれが通常の攻撃範囲外だったということと、剣銃で狙うには的が小さすぎるということだった。
足場がなければ作ればいい。咄嗟に思いついたのがマオの背中を使ってさらに高く飛ぶという方法だったのはあんまりだったのかもしれないが、幸いにも俺の考えは的を射ていたようで、腕を切られたダンジョン・エイプは壁を掴む力を失い、飛び上がった俺を見上げていたマオの目の前に落ちてきた。
「止めを刺せ。マオ!」
俺に言われるまでも無いとありったけの力を込めた渾身の一撃が地面に激突した衝撃でのびたダンジョン・エイプの頭に命中した。
「さすがの威力だな」
打撃武器は剣系の武器と比べて与えるダメージが多い。
弱点に命中したりクリティカルヒットしても大してダメージ量が増加しない代わりに、全ての攻撃が高いダメージを与えることができるということがハンマー最大の特徴だ。
光の粒となって消滅したダンジョン・エイプが居た場所には見覚えのある宝箱が出現していた。
「これは……まさか、な」
自然と頬が引き攣る。
こういう形をした宝箱を開けたことで先程俺たちはコボルドの群れに襲われてしまったのだ。
例えその材質が古い木材になったとしてもおいそれと開けようとは思えなかった。
「やっぱり開けた方がいいのよね?」
「いや、このまま放置してもいいんじゃないか?」
極力危ないことはしたくない。というよりは宝箱を開けることに対して若干のトラウマが発生しているようだ。
近くを通り過ぎる他のプレイヤーが木の宝箱を前にして二の足を踏んでいる俺たちを怪訝そうな目で見てくる。
その向けられる視線に耐えきれなくなったかのようにマオが言った。
「開けるしかなさそうだね」
「……だな」
ここで放置していくと俺たちの行動が変なふうに掲示板に書かれてしまうかもしれない。
意を決し、俺とマオは宝箱の両端をそれぞれ持って同時に宝箱を開けてみることにした。
「いい? せーのでいくよ」
「ああ、わかってるって」
「せーのっ」
勢い良く開けられた宝箱の中には既に生成されたインゴットが一つ入っているだけだった。
材質は鉄。俺やリタがインゴットの中で一番見慣れている『鉄のインゴット』というアイテムと何も違いが無さそうだ。
「えーと、マオ。これは何か特別ななにかがあるのか?」
「一応武器作成補助って書いてあるけど、これは特殊効果じゃないみたいだね」
「だったら何なんだ?」
「そのままだよ。武器を作る時に使用すれば普通の鉄のインゴットよりもいい出来になるってことみたい」
それは鍛冶師の腕が良ければなにも意味がないと言っているのと同じような気がした。
現にマオはそれを見ても微妙な表情をするだけで、喜んでいる様子はない。
「ねえ。ユウはこれを使って私のハンマーを強化出来る?」
「出来るけど、どう強化したいんだ」
「持ち手をもっと長くしたいの。それこそハルが使っている斧みたいに」
ハルが使っている斧はいまや斧というよりもハルバードと呼ばれる別種の武器のような形をしていた。槍のように長い柄と三分割した刀身。最初の頃の木こりの斧はもはや影も形も無い。
マオのハンマーも同じように柄を長くするのなら今手に入れたインゴットの他にも拠点にあるインゴットもいくつか使用する必要がありそうだが、その強化自体は一日で出来ないことはないだろう。
「それなら早く戻ろう。それで直ぐに強化に取りかかろう」
出来ると頷いた俺を見てマオが言う。
迷宮に挑める制限時間も残り十五分程度になっていて、迷宮探索を切り上げるには丁度いい切っ掛けだったのかもしれない。
来た道を辿り俺たちは三度ポータルを使って迷宮前の町にまで戻っていった。




