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ep.02 『危険な古代のロマン②』



 場違いだ。真紅に彩られたマグマ溜まりの傍に立つその人を見て最初に思ったことがそれだった。

 立ち込める熱気に煽られて揺れるマグマ溜まりよりも紅く、ルビーのように輝いている髪。纏っているのはどこかの夜会で着るようなドレス。背中の殆どが露出している髪の色とは違う雰囲気がある紅いドレスだ。

 ピンッと背筋が伸びて凜と立つその人はゆっくりと振り返った。

 切れ長の目の中にある黒曜石のような瞳が二人の姿を映す。

 精巧なビスクドールのような美貌はこの熱気に包まれた場所にいながらも独特な冷たさを感じさせた。

 まるで蛇に睨まれたカエルのように身を竦ませる俺達は思わず息を呑んで言葉を発することすら忘れてしまう。



「ふむ」



 何かを思案するように腕を組む美女は(おもむろ)に近付いてくる。

 いつもならばそれに対して警戒したことだろう。しかしこの時の俺はどういうわけかその歩みを止める言葉すら出せなかった。

 隣に立つハルも似たような状態のようで、両手をだらりと垂らしたまま直立して動かない。



「其方ら。少し良いか?」



 淀み一つ無い、ガラスのベルみたいに済んで通る声がした。

 黒曜石のような瞳の中に微かに見える一筋の赤。特徴的な瞳に見つめられ、俺はただ頷くことしか出来ない。



「そう緊張しなくともよい。ん、ああ。まずはこちらから名乗るのが礼儀だったの。我は『ローズ』と言う。気軽に呼び捨てにしてくれて構わんぞ」



 どことなく上から告げられたのだが、この人物はそれが当然であるように思えてしまったから不思議だ。ローズが自らの名を告げた瞬間に俺とハルの硬直が解かれ、僅かに前に倒れそうになったのを咄嗟に堪えていた。



「おれはハル。で、こっちが――」

「ユートです」

「わたしはリリィ」



 几帳面に頭の上にいるリリィも自身の名を告げていた。この時何故かリリィの緊張が解けていないのが気になったりもしたが、それよりも何故こんな場所に、そんなに相応しくない格好をした女性がいるのかが不思議でならなかった。

 注意深くその身形をみると俺のガンブレイズのような武器のようなものは持っていないようだ。



「おれたちはここに古代竜の痕跡を探しに来たんです。あなたはどうしてここに?」

「ふむ。古代竜とな。確かにこの山には古代竜はいる、とされているな」

「知っているのですか!?」

「ああ、こう見えてこの辺りに関しては少しだけ詳しくてな。とはいえ過去に古代竜が目撃されたのは今より十何年と前だったと思うが……」

「実は――」



 と切り出してハルがストレージから古代竜の甲殻を取り出して見せる。



「別のダンジョンを踏破した時にこれを手に入れまして」

「ほう――」



 興味深そうに身を乗り出してきたローズがハルの手の中にある古代竜の甲殻をまじまじと見つめる。



「確かにこれは古代竜と呼ばれている類のもののようだな。しかも随分と真新しいもののようだ」

「新しい、ですか?」

「うむ。通常、竜の甲殻は年月を経るごとにその性質を変えるものでな。これはその変遷が少ないようにみえる。つまりまだ新しいものというわけだな」



 自分達では気付くことのできなかった事実を告げられ驚き俺とハルが互いに顔を見合わせた。



「時に、其方らは件の古代竜を見つけて如何にするつもりなのだ?」



 再び俺とハルは顔を見合わせた。

 これまでこの山を進んで来たのは単純にクエストの指示に従っていたに過ぎない。今は確認していないが、先程までの目的は火山探索となっていた。それから変化を起こしていなければまだ探索を続けるつもりだが、変化しているとすれば。どちらにしてもクエストの指示に従う。それが当然だとばかり思っていた。けれどこの問いはさらにその先のことを聞いている。もし、古代竜を見つけられたとしたら。そこで何かが起ったら。

 そこまで考えてふと顔を上げた。

 俺を見ているローズの瞳が迷っている自分の心すら見通しているように思えたからだ。

 ヘルムの奥に隠されているハルはどういった表情(かお)をしているのだろうか。自分と同じように迷っているのだろうか。それとも。



「おれたちに攻撃してきたらその時は応戦しなければならない」



 小さく、それでいてしっかりと答えたハルの言葉に俺は何の反応もみせることもできなかった。強いていうなら戸惑っている反応をした、とでも言えばいいのだろうか。

 そんな二人の反応にローズは一度考え込む素振りを見せて、それから得心したように頷いた。



「違いない」

「けど、今はまだ戦いになるかは分からない。おれ達はここに戦いに来たんじゃない。ただ古代竜の甲殻を手に入れたから確かめに来ただけだから」

「何を?」

「古代竜が本当にいるのかどうか」

「ならばここで我が断言しよう。古代竜は確かにいる。それもこの火山にな」



 はっきりと告げられたそれが真実かどうか判断する証拠は何もない。だというのに俺はローズが嘘を言っているようには見えなかった。



「これで目的は果たしただろう」



 悪戯っぽく言ったローズにハルは口を噤んでしまう。



「次は何だ。実際に見てみないとわからないとでも言うつもりか。見た後は戦ってみなければ分からぬとでも?」

「あ、いや……」



 ハルは何か否定しようとして上手く言葉に出来ていないようだ。



「随分と意地の悪い言い方をするんですね」

「ふむ。そうかのう?」

「違いますか? 確かに俺達がここに来た目的は火山の探索です。その果てに戦闘が起るのならばそれもまた自然なことじゃないんですか? 実際ここに来るまでに俺達は何度もラヴァ・リザードの襲撃にあい、それを退けて来ているんですから」

「なんと。あの蜥蜴共の襲撃にとのう」



 語気を強めに言った俺の言葉のなかの一つにローズは引っかかりを覚えたようだ。スゥッと目を細めてから再び思案するようにそのまま目を瞑った。



「なればこれも自然というわけか」



 音に出すかどうかギリギリくらいの小さな呟きが聞こえてきた。もしかするとヘルムに遮られハルには届いていないのかもしれない。

 カッとローズの目が開かれる。何か決意に満ちたその瞳はしっかりと正面に立つ俺達を捉えている。



「其方らがこの先に進むつもりならば、我を同行させてもらえぬか?」



 不意に投げかけられた提案に俺は戸惑うことしかできなかった。



「少しハルと相談してもいいですか?」

「ふむ。構わんぞ」

「ありがとうございます」



 礼を言って俺はハルの手を掴みローズから離れた。

 腕を組んだまま悠然と立つローズが視界の端に入る場所でローズに背を向けて立つ。



「なあ、ハル。あのローズって人はさ、NPCだよね?」



 真っ先に俺がハルに聞いたのはこの確認だった。

 ローズの頭上には俺やハルのように名前とHPゲージが見える。しかしそれが見えるようになったのはローズが自分の名前を俺達に告げてからのこと。この反応はローズがプレイヤーであるならばあり得ない。だからNPCである。そう思ったのだ。



「間違いないだろ。ここで偶然、火山や古代竜に詳しいプレイヤーと会ったなんて方があり得ないからな」

「ってことはさ、これもクエストの関連しているってことなの?」

「それは――」



 ハルがコンソールを呼び出してクエストの内容と進捗状況を確認した。



「あー、変わってないか」

「でもさ、全く無関係とは思えないよね」

「そりゃあな」

「どうするつもりなんだ?」

「何一つ確証が持てないからな。ここで断ることは避けるべきだろうさ」

「そっか。わかった」

「ユートはそれでいいのか?」

「まあ、これが何かの罠だったとしてだよ。何の罠だっていうのさ」

「確かにな」

「だろー」



 短い話し合いで違いの意思は確認できた。二人に異存は無いとしてその旨をローズに告げた。すると、



「うむ。よしなに頼むぞ。ハルにユートや。それとリリィもだな」



 この瞬間、俺達のパーティにローズが加わった。



「さて、先に進むとするかの。この火山を探索するにしても、古代竜の元に辿り着くにしてもまだ先があるからのう」



 ドレスと同じように真っ赤なヒールを履いたローズが率先して歩き出した。



「どうかしたのか、二人とも。早う付いてまいれ」

「あ、ああ」

「はいっ」



 俺とハルは慌ててその背中を追い掛ける。

 この時の俺は気付いていなかった。頭の上にいるリリィが口を噤み疑いの視線を絶えずローズに向けていたことに。






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