ep.01 『危険な古代のロマン①』
地獄の釜を覗き込んだようだと誰かが言った。
ボコボコと噴き上がる溶岩の川。炎と溶岩に照らされている黒色の岩。辺り一面に充満している熱気が息を吸い込む度に喉を焦がす。
「一つ聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「それ……熱くないの?」
俺の隣を歩くハルは今や全身完全装備状態。町の中では外しているヘルムも被り常に臨戦態勢といった感じがある。しかしそれは俺の目には暑苦しい格好にしかみえない。ファンタジーな鉱石を用いたであろう鎧であっても金属製であることには変わらない。周囲の熱気に晒されて熱くなった鎧は触れれば火傷してしまうこと確実だ。
「ん? 全然平気だぞ」
硬く熱い鎧の胸を叩き答えるハルに怪訝な視線を送る。
「おまえ、信じてないな」
「や、だってさ。それ……」
「こう見えても耐熱耐寒完璧仕様の防具なんだ。それなりに強化を繰り返してきた結果だな。どーだ、凄いだろ」
「そう…だったね……」
胸を張るハルに俺は呆れたように肩を竦める。
ランクを上げてレベルも上げる。それだけが強くなる要因ではない。装備を強化することもまた主たる方法の一つなのだ。
ハルくらいの古参プレイヤーにもなれば自身が装備している防具にも特別な効果を付与しているのも自然だといえる。それが普段のエリアでは全く意味を成さない極所エリア専用の能力だったとしても。
「装備重量も関係ないんだっけか」
「そうだ。まあ、重装備を使う人にとっては比較的初期の内に獲得するスキルだけどさ」
「俺には縁遠いから忘れてたわ」
軽快な足取りで進んでいるが、決して足場がいいわけではない。寧ろ剥き出しの石の大地はデコボコしていて歩きづらいのだ。
「おれとしてはユートのほうが歩きづらくないのかなって思うけど」
などと言うハルの視線は俺の頭の上に向けられている。苦笑交じりに不思議なものを見たという顔をしているハル。
俺の頭の上に居るのは暑さでへばっている黒いもふもふ。妖精猫のリリィだ。普段はピンッと伸びている耳も二股の尻尾も、そして背中にある半透明な翅もみな同様にへたり込んでいる。
「あー、まあ、俺は平気だけど……リリィは一旦戻っているか?」
「んーん。だいじょうぶ~」
「とりあえず、冷たい水でも飲んどけよ」
「ありがと~」
ストレージから取り出した冷たい水が入った水筒を手渡す。動物の猫とは違い妖精猫のリリィは平然とそれを両手で掴み刺さっているストローを咥えた。
「生~き~か~え~る~」
「器用だな」
ごくごくと喉を鳴らして水を飲むリリィを見てハルがいった。
「で、それはさておいて、俺達はこのまま進めばいいのか?」
「のはずだぞ」
ハルが見ているのは自身のコンソールに表示させている簡易マップ。
自分達の近くとこれまで歩いてきた道が自動的に書き加えられていくそれには目的地を示した光点がある。俺達はそれを目指して歩いているというわけだが、困ったことに景色が代わり映えしないのだ。そのせいで同じ場所をぐるぐる回っているように思えてしまうのだった。
「ん? また来たみたいだぞ」
ヘルムの奥でハルが表情を険しくした。ハルが見つめる先。そこに起きた異変は溶岩の表面に出来ている泡が一気に増えたこと。それが襲撃の予兆であることは既に幾度かの戦闘を経ていた俺達にとっては分かっていたこと。
素早く背中の戦斧を抜き構えるハル。
同じようにガンブレイズを掴んだ俺の視界の奥で溶岩から三つの柱が吹き上がった。
「リリィ、振り下ろされるなよ」
「わかってるってば」
頭の上にいるリリィに告げて俺は走り出した。
手の中にあるガンブレイズは剣形態に変えてある。ここで襲撃してきた相手には銃形態で攻撃するよりも剣形態の方が戦いやすいと感じていたからだ。
細長い魚のようなシルエットのモンスター。鱗は溶岩の中を泳いでいるからだろうか異常に硬く大抵の攻撃は弾いてしまいそうだ。実際は俺やハルの近接攻撃ならば問題無く通ることが確認されている。
トカゲのように生えた水掻きの付いた短い手足でしっかりと地面を踏み締めて吠えるモンスターの名は『ラヴァ・リザード』文字通り溶岩に生息する蜥蜴だ。
「どっせい!」
気合いを込めてハルが戦斧を振り下ろす。
襲撃してきた三体ものラヴァ・リザードの内の一体に命中した一撃はそのHPゲージを大きく削り後方へとノックバックさせている。
「さすが。俺も負けてられないな」
飛び掛かり攻撃してくるラヴァ・リザードに対してカウンターのようにガンブレイズを振り抜く。体の横に一文字に刻まれる斬撃。ハルほどじゃないがしっかりとダメージを与えることができていた。
「お見事!」
器用に戦斧を振り回して石突きで近くのラヴァ・リザードを弾き飛ばす。
一歩飛んで下がり俺の隣に並ぶハル。
「さっきまでの攻撃パターンを思えば――」
「次の攻撃は火球だ!」
「散開!」
俺の言葉を証明するように三体のラヴァ・リザードは全く別の方向から同時に火球を吐き出した。飛礫となって迫るそれはいつもなら銃形態で迎撃したことだろう。実際最初の襲撃の時はそうした。しかしその結果は決していいものじゃなかった。火球に見えるそれの正体は言うなればドロドロの溶岩の塊。途中で撃ち落とされたそれは弾けて無数の溶岩の破片となって周辺に散らばったのだ。威力が落ちるとはいえどその破片に触れただけだとしてもダメージ判定があったのだ。
「あっぶな」
壁や地面に辺った火球は途中で迎撃したときとは違い1箇所を焦がすだけに留まった。じゅうううっと音を立てて出来た複数のクレーター。瞬時に冷え固まった火球の跡は触れてもダメージはないのは確認済みだ。
火球攻撃が止みできた空白に俺とハルは飛び出していた。
格好の攻撃の機会だとそれぞれがそれぞれの武器を振るう。
無防備を晒すラヴァ・リザードをハルの戦斧が連続して叩きつけてそのHPゲージを削り取る。俺は目の前にいるラヴァ・リザードを繰り返し斬り付けた。
似たタイミングで二体のラヴァ・リザードが光の粒子へと変わっていく。
残るは一体。とはいえその一体は無傷に近い状態だ。
「ユート、タイミングを合わせろ!」
「わかった」
ちょっと怯えたように後ずさるラヴァ・リザードを挟み込むように立つ。それから躊躇することもなく互いに威力を高めたアーツを放ったのだ。
「<光刃>」
「<大爆斧>」
左右から放たれる質の違う一撃。
一つは純然たる高威力の斬撃。もう一つは周囲の赤さに負けないくらいの爆炎と爆発を伴った一撃。二つの攻撃に潰されたラヴァ・リザードがその身を光の粒へと変えた。
「お疲れさん」
「ハルこそ。相変わらず凄い威力だね」
ハルが放ったアーツが地形に残した傷跡が十秒ほどで消え去った。とはいえその威力の高さを実感するにはその十秒で十分。
感心しながらガンブレイズをホルダーに戻して辺りの様子を窺う。すると程なくしてそれまで見えていなかった先に続く道を見つけることができた。
「あっちみたいだな」
「だね」
「よっし、行こうか」
ハルが歩を向けた先はこの時に見つけた新たな道。
ここに出現する雑魚モンスターの一種であるラヴァ・リザードの襲撃を退けたことがトリガーとなっているようで、ここに至るまでにも道が隠されていたことが何回かあった。時折すんなりと先に続く道を発見することができていたこともあって、じっと襲撃を待っているだけというわけにはいかないようだ。
探索と進行を繰り返して俺達はマップに見える光点を目指して火山を登っていく。
『火山探索』
これがハルに誘われて俺が始めたクエストのタイトル。内容はそのタイトルのまま、火山にて探索すること。目的は件の『古代竜の甲殻』の痕跡探し。クエストを始めたばかりの目的が訪れる火山の入り口に到着することだったことを鑑みると、どうやらこれはプレイヤーの進行度によって目的が変化していく類のクエストのようだ。