ep.07 『囚われた絆を取り戻せ⑦』
長いお休みも明け、本日からまた更新を再開致します。
色々と足りない所もあるかと思いますが、これからも拙作をよろしくお願い申し上げます。
「それで?」
大きな体を全身金属の鎧で覆った男がまるで万華鏡を覗き込んでいる子供のように好奇心を露わにした顔で訊ねてくる。
喧騒から離れた裏路地にある店。昼は喫茶店で夜は酒場。元々それほどはやっていないのか他の客は見当たらない。加えて外から見られないようにと壁際の席を選んでいたために大きなガラス窓から店内を覗き込んでも客数は限りなく少ないように見えることだろう。
「それでって何が?」
「だから、おまえが例のクリスタルに封じられていた人を解放してから何が起ったのかだよ」
若干声を荒らげながらも静かに手元のカップをテーブルの上に置いた。俺は自分用に注文したコーヒーを一口含む。
「残念だけど、ハルが考えているような特別なことは何もなかったよ」
俺の目の前に座る人物。それは子供の頃からの友人である玖珂春樹のゲームキャラクターである『ハル』。鈍い金色の鎧は歴戦の重みを感じさせる。俺は久方ぶりに再会したハルに件の雪山でのクエストのことを話していたのだった。
何もなかったといった俺の前でハルがあからさまに肩を落としてみせる。
「というか、ハルはこれ以上に何か起ったって思っていたのか?」
「そりゃあそうだろ。なんてったって聞いたこともないクエストなんだからな」
「聞いたこともない?」
ハルの言葉をオウム返しして呟く俺に今度はハルがキョトンッとした顔を向けてきた。
「まあな。おれが全てのクエストを知っているわけじゃないけどさ、それでも初めて聞く珍しい珍しいクエストだぞ」
「そうなんだ」
「なんだ? あまり驚いてないみたいだけど」
「だってさ、俺にとっては大抵のクエストが珍しいクエストってやつだからな。それに周回するようなクエストってのはあまり聞かないけど」
「確かに。そういうのは少ないな。せいぜい素材アイテム収集系くらいか」
「あー、だな」
談笑しながら俺は記憶を呼び起こしていた。想起するのはかの景色。ラフィン・スケルトンを討伐したことで緑が溢れた洞窟。そこでの親子の再会。だがそこまでだ。その後俺は温かい光に包まれ洞窟の外、雪山へと戻されたいた。それまでと違ったのは天候。常に吹雪いていたそれまでとは違い今や静かなもの。ぶ厚い雪雲が晴れ青空が見えていた。洞窟の入り口は忽然と消失し、クエストに挑む前に獲得していた関連したアイテムは総じて無くなっていた。全て正しく使えたのなら役目を終えたのだろうとそれに対して思うことはない。
ただしこのクエストで俺が得ることが出来たのは経験値だけというのは如何なものだろうか。クエストを終えたことでレベルが上がったのだから経験値稼ぎのためのクエストだったと思えば悪くないのだろうが、それでもちょっとだけ納得出来ないものがある。
などと文句を言っても仕方が無いので、気分転換にハルと話をしているというわけだ。
「にしても、随分と変わったな。ユウ、あ、いや、ユートだっけか」
テーブル越しに全身に視線を送ってきたハルが感慨深くいった。
「そうか? ……そうだな」
俺も自分を見た。目の前に座るハルは良くも悪くも過去の印象が残っている。恐らく性能は比べものにならないのだろうが、その鎧も、今は仕舞われている戦斧も。それに対して俺は。
「ま、それでもおまえらしいっちゃそうなんだけどよ」
しみじみとつけ加えられた一言に思わず顔を上げてハルの顔を正面から見た。
「使っている武器も結局前と同じ感じっぽいし、防具だって、そのデザインおまえの好みそのままじゃないか。キャラクターを作り直したっていうからどんなもんかと思ってみたのにさ」
暗にもっと奇抜なものを想像していたといってくるハルに俺は苦笑を返す。
「ま、そんなことよりもだ」
カップに残っていたコーヒーを飲み干してハルがニヤリと笑った。そしてそのままストレージのなかから何かを探す素振りを見せる。
「今度はおれの話を聞いてくれるか?」
「……いいけど」
俺が話したかったことは例のクエストの思い出話。一人で完遂させたクエストがあったのだと、誰かに伝えたくなったのだ。そんな俺の話をハルは聞いてくれた。ならば次はハルの話を聞くのも当然のこと。
「これを見てくれ」
「鱗、いや、それよりも硬そうだな。ってことは何かの甲殻か」
「そうだ!」
ハルがストレージから取り出したのは一枚の甲殻。燃えるような真紅に染まったそれからは仄かな熱が伝わってくる。それを見せて来た意図が読み切れず戸惑う俺を前にハルがテーブルを叩いて身を乗り出してきた。
「驚くなよ。これは竜の甲殻なんだ」
自慢げに見せ付けてくるハルのテンションについて行けない。
「どした? 何故無言?」
「いや、ドラゴンくらいいるだろ。確か討伐クエストもいくつか出ているはずだろ」
「ふっふーん。ただの竜じゃないんだな、これは」
ハルが甲殻の情報を可視化させて見せてくる。
「えっと……『古代竜の甲殻』………古代竜?」
「今は絶滅したとされる竜種さ!」
「や、ここに甲殻があるんだから絶滅していないってことだろ? というかハルが倒したからコレを持っているんじゃないのか?」
「俺がこれを手に入れたのはとあるダンジョンの踏破報酬さ」
「だったら絶滅したってのもあながち嘘じゃないんじゃないか?」
「そう思うだろ。そう思うよな」
「あ、ああ」
「ところがだ! 見ろ、これを!」
今度はコンソールに移した別の画面を見せてきた。
「地図?」
「この甲殻を手に入れてから簡易マップに表示されるようになったんだ」
「へえ」
「んで、おれの勘だけどな。この地図の場所にこの古代竜がいる!」
自信満々にいうハルに俺は否定的な言葉を言うことが憚られた。
「ユート。俺と一緒に行ってみないか?」
ハルが立ち上がり手を差し出してくる。
湧き上がってくる好奇心には勝てず、俺はその手を掴んだ。
「もちろん!」