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ep.06 『囚われた絆を取り戻せ⑥』



 地を這うように迫る氷の棘。二体のルー・グラースのうちの一体が放つ攻撃だ。そしてもう一体は宙に浮かべた巨大な氷柱(つらら)を大砲のようにして撃ち出して来た。突進、かみつき、ひっかき、そして全身の毛を針のようにして飛ばす攻撃がルー・グラースの基本攻撃。除く二種の攻撃がそれぞれの個体独特な攻撃のようだ。

 迫ってくる氷の棘は自分が立つ位置を変えることで回避することができるのだが、問題は大砲のように撃ち出される氷柱のほうだった。複数の氷柱がタイミングをずらしながらも断続的に撃ち出されるために回避は容易ではない。ならばどうするか。俺が実行したのは銃形態のガンブレイズによる迎撃。浮かぶ氷柱一つ一つにターゲットマーカーが浮かぶのを目にした時、できるかもしれないと直感し実行した結果、それを防ぐことに成功したのだ。



「ここっ」



 走り回りながら氷の棘を避け、宙に出現する氷柱を撃ち落とす最中、ごく僅かなチャンスを逃さずに攻撃を加える。着実にそれぞれのHPを削ってはいるものの、実際その効果は薄い。半分とまでは言わないが、ある程度HPゲージが減少した段階でラフィン・スケルトンが二体のルー・グラースのHPを回復させてしまうのだ。

 その様はさながらテイムしたモンスターを前衛に、回復手段と強力な遠距離攻撃を有するプレイヤーが後衛になって戦っているかの如く。当然テイムされたモンスターが強力であればあるほど、支援するプレイヤーのMPが多ければ多いほど、戦線の維持は確実で、相対しているプレイヤーないしモンスターはその対処に困難を極めた。



「くっ、やはり意味が無いか。それなら――」



 狙うはラフィン・スケルトン。



「<琰砲(カノン)>」



 通常攻撃よりも威力を高めるべく射撃アーツを発動させて攻撃する。

 ガンブレイズの銃口から伸びる光は真っ直ぐ違えずラフィン・スケルトンを捉えている。しかし、それは自らの身をさし出して庇ったルー・グラースによって妨げられてしまう。とはいえこの一撃でルー・グラースに容易に回復出来ないくらいのダメージを与えられればいいのだが、生憎と一回のアーツ攻撃程度では瞬く間に回復されてしまう。



「くそっ」



 ルー・グラースを倒そうとするのならば回復が間に合わないようなダメージを立て続けに与えるか、一撃がそれに匹敵するくらいの攻撃を行うか。一撃で、となると俺の手札でそれができそうなのは必殺技(エスペシャル・アーツ)くらいなものだろう。しかしそれは使用制限がある。端的に言えば乱発ができないようになっているのだ。これは全てのプレイヤーに言えることでもあり文句を言う筋合いでもないのだが、使いたくても使えない手札というものは存外ストレスを抱えさせる。

 それに加えて思うように進まない戦闘に俺はいつの間にか苛立ちを表に出してしまっていた。



『ィイーーーーヒッッッッッヒッッヒッヒッヒッヒィ』



 耳障りなラフィン・スケルトンの笑い声がする。

 眼窩に何もない目で此方を嘲るような視線を向け、声帯も何もない剥き出しの骨格ボディでカタカタと全身を震わせ笑いというモーションを表現していた。



「煩い!」



 乱雑の引き金を引く。

 撃ち出された弾丸はアーツではなく通常攻撃。威力は比べるまでも無く、ラフィン・スケルトンはルー・グラースに自身を守らせることなく平然とローブを防具として受けてみせたのだ。

 ダメージはある。だが少ない。

 一つ気になったのはラフィン・スケルトンは与えられたダメージを回復する素振りをみせなかったこと。ルー・グラースの場合は既に回復させていたはずなのに。そう思うと俺は一つの光明を見つけたような気になった。

 もしかすると回復できるのは使役しているであろうルー・グラースだけで、自分はその効果の範囲外にいるのではないだろうか。だから自らの身を差し出させてまでルー・グラースに自分を守らせたのではないだろうか。


 一つの疑問は現状をブレイクスルーするための要因に成り得る。それはこれまでに経験した戦闘でもいえることだった。ならば今回もその例に漏れないと考えても問題はないはず。

 この時から俺は攻撃をラフィン・スケルトンに集中させた。

 とはいえ二体のルー・グラースを無視することはできない。絶えず攻撃を仕掛けてくる二体のルー・グラースにはダメージを与えるためではなく、ただその動きを阻害するためだけに攻撃を行う。その際、射撃アーツは氷で出来たその体を破壊するために使う。具体的には足を狙い攻撃をキャンセルさせるためにだ。

 体勢を崩して倒れる二体のルー・グラース。その際にできる大きな攻撃のチャンスに俺は迷うことなくラフィン・スケルトンに接近してみせる。



「せやあっ」



 近付けば行う攻撃は剣戟。ガンブレイズを剣形態に変え至近距離から斬り付けていく。

 思った通りラフィン・スケルトン自体じゃ格闘戦闘能力が低い。ラフィン・スケルトンが反撃しようと両手を振るが、特別な武器を持っているわけでもないために、俺の攻撃のほうが強力で速い。

 返しの攻撃が命中するよりも速くその腕を斬り付け払い退けて返す刀で本体を斬り付ける。そうすることでダメージを蓄積させていくのだが、ふと吐く息が白く染まった。その違和感に気付き即座に後退してみせる。

 途端、ラフィン・スケルトンの周囲に自身を中心としたドーナツ状の目に見える冷気が漂い出した。

 二歩、三歩と後ろに下がる。

 途中ダメージを回復させた二体のルー・グラースが襲いかかって来たが俺はそれを避けながら更にラフィン・スケルトンと距離を取った。



『アッハッーーハッハハハッッハッッッハッッッッッッハァアアアア』



 何度目かになる耳障りなラフィン・スケルトンの笑い声に続き、キィインッッと特徴的な耳鳴りに良く似た音が聞こえてきた。そして一瞬にして氷で出来た針山がラフィン・スケルトンの周囲に出現した。

 瞬く間に静寂に包まれる戦場。掻き消えた音のなか、微かに聞こえて来たのは少女の啜り泣く声だけ。



「ねえ! この()、だいじょうぶなの!? さっきからすごく震えてるんだけどっ」



 物陰からリリィが叫ぶ。

 ラフィン・スケルトンの攻撃は幸いにして戦闘に一拍の間を作り出した。その合間を縫って俺はリリィ達がいる方に視線を向ける。そこにはリリィが言うように自分の体を抱きしめるように蹲り震えている少女がいた。憔悴しきっているような様子のリリィが小さな前足を少女の膝に乗せてその顔を見上げるように覗き込んでいる。



「わかってる! けど、俺にはどうすることも――」



 できないということが憚られて口を噤む。

 少女の変調は明らかにラフィン・スケルトンが出現してから。ならば原因もそうであると思うのが自然なことだろう。けれどそれが何を起因しているのか。俺は足りない時間の中このクエストのこれまでを回帰していた。

 事の起こり。そして少女との邂逅。ダンジョンと化している洞窟への侵入。そこで起ったラフィン・スケルトンとルー・グラースの出現、戦闘。全てが紐付いているのは間違い無く、ならば少女の変調もまたこのクエストの中に起るように設定されていることなのだろう。

 目の前の現実を見る当事者としての生の感覚とゲームなのだからという冷めた目線。



「鍵、儀礼剣、それにスクロール。全て使う場所があった。だったら、あのクリスタルも」



 俺は少女が抱きかかえているクリスタルに注目した。

 俺が持っていた時にはただのアイテムでしかなかったそれも、このタイミング、この状況となれば意味を変える、かも知れない。けれどそれを検証する時間などあるはずもなく、結局俺は目の前の相手と対峙することしか出来ないのかと思った刹那、まるで天恵を受けたようにそれに思い至った。



「リリィ!」

「はへ、な、何っ!?」

「その子が持っているクリスタルに触ってみてくれ」

「いいけど、どうして!?」

「説明している暇はない!」



 そう言ったように、ラフィン・スケルトンが作り出したインターバルは終わりを迎えており、既に二体のルー・グラースによる攻撃が再開していたのだ。



「どうだ?」

「どうだって、なにが!?」

「触ってみた感触。何かあるだろ。硬いとか、柔らかいとか。中に何か見えるとか」

「そりゃあクリスタルだから硬いよ。でも中身は見えない! あ、でも、冷たい!」



 思い出したようにつけ加えられたリリィの一個に俺は目を見開いた。



「それだ!」

「へ!? なにが?」

「ラフィン・スケルトンだけが意味不明だったんだ。スノー・ゴーレムとかルー・グラースはエリアに属したモンスターだってのは分かる。けどラフィン・スケルトンはその体や攻撃手段こそこの場所に相応しいように思えるけど、少しだけ異質な気がしてたんだ。スケルトンってのはアンデッド系のモンスターの代名詞。だったら本来はもっと陰鬱とした場所に出てくるはず。なのにこの場所の名前は『常緑の庭園』今は雪に覆われた山の中でも春になればその名前もおかしくない。でも――」



 この雪山エリアはその名が示す通り一年を通して雪に覆われている場所。ゲームだからエリアの環境が固定化されていることはままあれど、だとすればそこに似つかわしくない名を持つエリアは作られない。だとすれば、ここが『常緑の庭園』と言う名に相応しい時もあるはず。それがこのクエストをクリアした暁なのか、それともまた別のタイミングなのか。俺は最初前者なのだと思っていた。けれど此処を訪れることになったアイテムが一つとして無駄になっていないのならば、残された最後の一つにも意味が与えられているはず。



「おい!」



 視線を向けることなく少女を呼んだ。未だ名前は分からない。プレイヤーのように頭上に表示されていないからだ。それでもと俺は少女を呼んだ。見られないからどんな反応をしたのか、はたまた届いていないのか確かめることはない。ただ届いたと信じて言葉を続ける。



「このラフィン・スケルトンってのが『常緑の庭園』をこんな風にした張本人なんだろ! そして、そのクリスタルもコイツが何かした結果なんだろ!」



 確証はない。確かめる術もない。ただの妄想。そうなのかも知れないという当てずっぽうな物語。



「コイツを倒せば全てが戻るのかはわからない。けど、そのクリスタルが今もアンタの手の中にあるってこと、この場所は変わらず『常緑の庭園』という名を持っていること。それはここがまだ終わっていないっていうことじゃないのか。なのにアンタはそうやって絶望したみたいに蹲っているのか?」



 支離滅裂。俺が少女にぶつけたのは何の根拠もない思いつきのようなものだった。

 少女を元気づけるため。そう言えば聞こえがいいのかもしれない。けれどそれは純粋に塞ぎ込んでしまった当人を外側から無理矢理、その意思を無視して立ち上がらせるようなものだ。自分が少女の立場だったら余計なお世話もいいとこだろう。けれどこの時の俺は心の内から溢れてくる言葉を紡ぐことしかできなかった。



「立ち上がれとは言わない。けど、俺を見ろ。顔を上げるんだ。下を見ていたって何も変わりはしない」



 我ながら無責任な言葉だ。相手がNPCであることをいいことに言いたいことを言っているだけ。自分に対して嫌気がさすも俺は二体のルー・グラースと戦いながら叫んでいた。



「俺がコイツ等を倒す。だから――」



 降り注ぐ氷柱を切り払いながら前に出る。地面を走る氷の棘がたった今俺が立っている場所目掛けて迫ってくる。力一杯に地面を蹴って横に跳び、氷の棘を避けるとその勢いを生かして一体のルー・グラースの横に滑りこむ。強く地面を踏み締めて思いっきり蹴りを放つ。

 ドンッと大きな音を立てて命中した蹴りはルー・グラースに少なくないダメージを刻み込んだ。

 横っ腹に蜘蛛の巣状の亀裂が入る。

 離れていたもう一体のルー・グラースの元にまで飛ばされるルー・グラース。二体の狼型の氷像は激突して重なり合うようにして動きを止めた。



「諦めるな!」



 俺は思いっきり叫んでいた。

 刹那、少女は顔を上げた。泣き腫らした目で、恐怖に引き攣るその顔で、ユートが戦っている後ろ姿を見るのだった。

 視線を感じたなんてことは言わない。けれどこの時の俺は何故か少女が前を向いた。そう言い切れる確信があった。



「何だ?」



 不意に変化が起った。

 ラフィン・スケルトンの体に何処からか現れた樹の蔓のようなものが巻き付き始めたのだ。青く黒いその体を覆い尽くさんとする緑色。それはいつしか重なり倒れ込んでいる二体のルー・グラースにまでも広がっていた。



「何が起った?」



 思わず振り返った。

 そこには俺と同じように驚いた顔をしている少女がいる。少女の腕の中。そこにあるクリスタルが淀みの無い緑色に輝いている。目を覆いたくなるほど眩い光というわけじゃない。どちらかといえば木漏れ日のよう。暖かく、どこか懐かしい光が少女を中心に広がっていく。

 光が強くなるにつれてラフィン・スケルトンやルー・グラースを捉えている蔦が太く、長く丈夫なものへとなっていく。最初こそそれぞれの四肢を絡め取っただけという見た目だったそれも今や全身を飲み込むように拡大していた。

 ついに二体のルー・グラースはその形を覆うように蔦に呑まれていた。その様はさながら狼型の素体に麻紐を巻き付けた何かの工芸品のよう。ラフィン・スケルトンは四肢を完全に蔦のなかに沈め空中に磔刑(はけい)にされているかのようだ。



「ユート! 今っ!」



 リリィが叫ぶ。

 ハッとしたように俺はその声を合図にして駆け出していた。



「分かってる! 一気に行くぞっ」



 迷う必要など無い。

 このタイミングで使うべきはただ一つ。



「<ブレイジング・エッジ>!!!」



 使用回数が限られている必殺技(エスペシャル・アーツ)を発動させた。

 それは剣形態の時に使える必殺技。いつもの斬撃アーツ<光刃(セイヴァー)>を何倍にも拡張したように、真紅の斬撃が放たれる。

 並ぶ二体のルー・グラースをも飲み込む真紅の斬撃。それは二体が立っている地面にすら大きな傷跡を刻み込む超威力の一撃だった。

 一瞬にしてHPゲージを消滅させる二体のルー・グラース。しかしその体が消えるまでには僅かなタイムラグがある。ラフィン・スケルトンが動けたのならばこのタイミングで蘇生される可能性も残っていた。けれど今のラフィン・スケルトンは磔刑にされ、動けないも同然。

 一際大きくパキンッっと硝子が砕けるような音を伴ってその体を無数の光の粒子へと変えた。



「さあ、これでトドメだ」



 ラフィン・スケルトンにあった四本ものHPゲージ。通常攻撃を繰り返したことでその内の一本を消滅させ、二本目も半分以上削っていた。けれどまだ半分以上残っている。だから戦闘は終わらない。普通ならばそうだろう。しかし蔦によって磔刑されたことで複数残っていたHPが掻き消え、残り一本。それも現在進行形の半分程度残っているものだけになってしまっていた。

 加えて使役していたルー・グラースが二体とも倒されたことが影響したのか更にそこから大きくHPを減らしてしまっている。

 蔦に覆われていない頭部と胸部の骨の内部で蠢く黒い何かが激しく動き回る。まるで首元に刃を突きつけられ初めて自身の死の恐怖に戦いているかのよう。



『ッアッハッーーハッハハハッッハッッッハッッッッッッアッハッーーハッハハハッッハッッッハッッッッッッ』



 狂ったように笑い出すラフィン・スケルトン。笑い声が大きくなるごとに骨の内部にある黒い何かが溢れ出した。



「いい加減、五月蠅いよ。<ブレイジング・ノヴァ>!!」



 俺が使える必殺技は二種類。剣形態でのみ放つことのできる<ブレイジング・エッジ>と銃形態の時にだけ使える<ブレイジング・ノヴァ>だ。

 複数種の必殺技を使うプレイヤーは俺以外にもいる。一つしか使えないプレイヤーよりも選択肢が増えるために有用とされているが、総じてデメリットは存在する。それは使える必殺技の数が増えるごとに再使用可能となるまでのリキャストタイムが伸びること。一種類しか使えず高レベル、高ランクのプレイヤ-ならばリキャストタイムは3時間程度。それが再使用に対して短いと取るか長いと取るかは個々人に任されるだろうが、俺の場合は倍の6時間がリキャストタイムとして設定されていた。

 だから不用意に使うわけにはいかない。けれど使う時には使わないと意味が無い。それが例え一つの戦闘に集中したとしても。


 銃形態となったガンブレイズの銃口から放たれる真紅の光。銃口の前には二つに重なる光輪が広がっている。光の輪を貫いて放たれる光線がラフィン・スケルトンを貫く。

 ほどなくして光が消え、人でいう心臓のある部分から上を綺麗に消失したラフィン・スケルトンが無言で佇む。そして次の瞬間、ラフィン・スケルトンの全身を黒い炎が飲み込んだ。この炎は俺が使う<ブレイジング・ノヴァ>によるものじゃない。体を掴み捉えていた蔦は無傷であることからもラフィン・スケルトン自身から迸っているようだ。



「・・・・・・」

「……」

「……っ」



 三者三様無言でその様を見つめている。最後少女が息を呑んだ。黒い炎が消えてその跡にはもう何も遺されていなかったのだ。

 後続が現れる気配がないことに俺は銃口を下げた。ガンブレイズをホルダーに戻さなかったのはまだリザルト画面が表示されていないからだ。

 とはいえこれ以上戦闘が続くとは思えない。ならば何が待っているのか。そんなことをぼんやりと考えつつリリィ達と合流する。



「――あっ」



 小さく少女が声を出す。

 腕の中にあるクリスタルが独りでに浮かび上がり、この場所の中心へと移動したのだ。

 慌ててクリスタルを追い掛ける少女。その後を追う俺とリリィ。

 三人がクリスタルの前に並ぶとクリスタルは更に強く光を放つ。

 心臓の鼓動のように脈打つ光。光は徐々に緑色を帯びていき波動となってこの場所一杯に広がっていく。



「ほぉうー。あったかいねー」



 目を細め心地よさそうにいうリリィ。その横で少女が、「懐かしい」と呟いていた。

 緑色の光はこの空間を変貌させていく。

 命の気配など微塵もなかったこの場所の地面は剥き出しの土や石だけだったのに対して今や緑溢れる草原もかくやといった様相を呈している。それだけじゃない。石の壁でしかなかったはずのそこにはいくつもの巨大な樹木が。たった今出来たばかりのはずなのに、樹齢何千年もの大樹が並ぶ自然溢れる場所へとなっていたのだ。

 クリスタルが移動した場所には更に巨大な大樹がある。天井いっぱいに枝葉を伸ばしているというのに不思議と光は遮られることなく十全に降り注いでいる。

 ふいに少女が中心にある大樹へとそっと手を伸ばした。細く白い指先が大樹の幹に触れるかどうかといった刹那、再びクリスタルが現れた。



「……あっ」



 クリスタルを見て少女は何とも言えない表情になった。泣きそうで、それでいて何かほっとしたかのような顔をする少女はゆっくりその手を下ろした。



「――っ!?」



 口を閉じたままじっと事の成り行きを見守っていると再びクリスタルから光が放たれた。

 強い光に目を閉じて、光が収まったのを見計らって目を開ける。するとそこには初めて目にする女性が一人微笑んで立っていたのだ。

 腰まで伸びた髪。陶磁器のように透き通った白い肌。すらっとした手足。それでいてシンプルなワンピースタイプのドレス。穏やかに微笑(わら)い、慈愛の視線を向ける先にいるのは目を丸くして固まってしまっている少女。

 ゆっくりと女性が手を広げる。瞬間、少女は思いっきり駆け出していた。

 強く、決して離さないとでもいうように抱き合う女性と少女。

 俺は突然の光景に戸惑いながらも、笑みを溢していた。

 なんといっても聞こえたからだ。堪えることができずに大粒の涙を流しながらも少女が口にしたその言葉。



「おかあさん」と。




今回の話は残すところエピローグ的なものが一つだけとなりました。

しかし、次回更新をいつものスケジュール通りにすると大晦日当日。流石に作者も家のことをしたりと忙しくなっているやもしれません。加えて1月1週目の金曜日もお正月の終わりと、もしかすると次の更新がかなり遅れるかもです。


二週間も開くと本作を見て下さる人はいるのかしら。などとぽつりと呟いたり。

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