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ep.05 『囚われた絆を取り戻せ⑤』



 大抵のダンジョンは文字通りに迷宮の体を成している。それは天然の洞窟にできたものも同様だ。

 ならば、ここはどうだろう。クエストに関連した場所であり、探索が可能な場所とされていることは理解できる。けれども道中にモンスターが出現することもなく、なんらかのアイテムが収まった宝箱みたいなものも見つけられていない。さらに言えばこれまでずっと一本道であった。それは一般的な迷宮であればありえないこと。そのようなことを俺は洞窟の最奥地に辿り着くまで気付くことができなかった。



「また扉か」

「いやいや、ただの行き止まりだよね」

「……う」

「だって、何もないじゃない」

「そ、そんなことはないさ。な!」

「……ほんとうにぃ」



 足下から自分の呟きを訂正する声がした。言葉を詰まらせ、じとっとした視線を声の主に向ける。返ってきたのは呆れたような溜め息。

 これまでの道中のことを鑑みてか周囲に敵が出現しないと判断したリリィは忙しなく視線と二股の尻尾を動かしながら俺の傍を離れ近くを歩き回っている。

 行き止まりに辿り着くまで併走しながらも行き先を指示していたドリュアスの少女は静かに立ち尽くしたまフードの奥に隠された表情は読み取ることができないが、何か戸惑っているような雰囲気があった。



「ここに来たかったわけじゃないんだよな」



 しゃがみ少女の視線に合わせて問い掛ける。

 一瞬ビクッと体を震わせた少女は、ゆっくりと頷く。



「ということは、まだ先があるってことさ」



 確信したようにいい、見える範囲を全て見渡してみた。

 これまで俺達が進むごとに壁に備わっている松明に炎が灯り、通り過ぎることでそれは独りでに消えていた。そうすることで来た道や行く道の先を見通すことができないものの自分の近くや僅か五メートル程の先は視認することができていたのだ。

 だからというわけじゃないが、行き止まりについてから俺達がいる場所は程よい明るさに満ちていた。壁や天井の岩肌がはっきりと見えるくらいの明るさだ。全方向から照らされているためか自分の影は足下にある小さなものだけ。それは歩き回っているリリィや立ち尽くしている少女も同じだった。



「っても、さっきみたいなあからさまな扉がある感じはしないんだよな」



 壁に触れながら独り言ちる。

 扉というのは人の手によって作られたもの。つまりは人工物だ。材質が石であろうと何であろうと自然のものとは違う何かが見て分かるのだ。

 見た限りそれがない。これでは扉などはないのだと思ってしまっても仕方ないのだろう。しかし俺はこの先があることを知っている。だから何か道が続いているのだろうと確信にも近い感覚で探し続けることができていた。



「もー、ほんっと何にもないよ。ここ!」



 歩き回っても何も見つけられなかったのか。リリィがプンプンと怒りながら戻って来た。



「ねえ、どーすんのさ。戻るの? それともここに居続けるの? ユートには何か考えがあるの?」



 ぴょんっと跳び俺の肩に乗るリリィは辟易したように聞いていた。



「考えがあるってわけでもないけどさ。この先があるのは間違いなさそうなんだよ」



 そういって視線を少女に向ける。すると納得したようにリリィが「なるほどねー」と呟いた。



「だからさ。さっきみたいに何か鍵になるものがあるはずなんだよ」



 さっきみたいという自分の発言を受けて思い出した。このクエストを始める時に手に入れたアイテム。その内の二つ『錆び付いた鍵』と『錆びた儀礼剣』がここに来ることに使えたのだから残るもう一つ『朽ちたスクロール』もここで使う物なのではないかと思ったのだ。

 ストレージから取り出して実体化させたそれを持つ。

 あまりにもボロボロでここで広げることは憚れたのだが、通常スクロール系のアイテムは広げて刻まれたその掲げることで効果を発揮させる。例に倣うならばこれの使用方法も同じになるはずだが。

 一瞬躊躇したように動きを止めた俺は意を決したようにスクロールを広げる。だが案の定、スクロールはそこに刻まれた効果を発揮する前にボロボロと崩れ始めたのだ。



「うわっ」



 驚き手を放してしまいそうになる。しかしそれをどうにか堪えて持ち続けていると俺の手に残ったのはスクロールの紙の部分を巻き付けていた支柱の部分だけ。

 巻かれていた状態では気付かなかったが、支柱は金属製だった。子供の頃に習字の授業で使っていた棒状の文鎮みたいだ。それがスクロールから出てきた支柱を見た俺の正直な感想だった。



「それ何?」

「さあ?」



 肩にいるリリィに問い掛けられ俺も分からないと答えていた。

 手の中にある支柱は銀色の輝きがまだ残っている。元が『朽ちたスクロール』とは思えないくらいの綺麗さがある。

 初めて目にするアイテムだからというわけじゃないが、手掛かりらしいものとしてあるスクロールの支柱を観察する。回してみたり、松明の炎に掲げてみたりしていると徐々に支柱が熱を帯び始めた。



「熱っ」



 最初の頃はほんわかと暖かかったそれも瞬く間に持っていられないほどになった。

 地面に落ちた支柱は赤く発熱している。



「だいじょうぶ?」

「あ、ああ。平気だよ」



 暫く落とした支柱をそのままにしていると、程なくして発熱が収まり元の銀色に戻った。ただし一度赤熱化した影響は色濃く残っているのか、支柱に見慣れない文字のようなものが赤く刻まれている。



「これは――?」



 文法や文字の形すら見たことのない、まるで小さな子供が紙に記した文字のように読み取ることのできないそれはまるで紋様であるかのように支柱の全てに広がっていく。



「……それ――」



 俯き黙り込んでいた少女が支柱に手を伸ばす。

 先程感じた熱さを思い出して制止しようとするよりも早く掴んだそれを少女はまじまじと見つめている。

 熱くないことにほっと胸を撫下ろしている俺に少女は支柱を差し出してきた。



「ここで使えってことか?」

「…はい」

「わかった」



 こうなるともはやその役割は理解していた。『朽ちたスクロール』から『銀色の支柱』へと姿を変えたそれはこの場における鍵の役割を担っているのだろう。

 問題は使い方だが、どうすればいいのだろうか。そんな俺の心配も杞憂に終わる。

 少女から手渡された支柱を握ったその瞬間、俺達は眩い銀色の光に包まれた。

 目を開けていられないほどの閃光が迸り、思わず目を閉じた俺が次に目を開けた時、そこに広がっていたのはそれまでいた洞窟とは一線を画す空間。

 冬になり大半の生命が息を潜めている雪山よりも遙かに命の息吹を感じない閑散とした場所。あるのはカラカラに乾いた剥き出しの土の地面。枯れてしまった細い枝があるだけの木。吹き抜けになっている天井には灰色の空が見える。



「なのに『常緑(じょうろく)庭園(ていえん)』か」



 呟いたその名前はこの場所に付けられたもの。

 手元に表示している簡易マップに載っているその名称はあまりにも目の前の光景とはあまりにもイメージがかけ離れている。



「……っ」



 息を呑み膝から崩れ落ちる少女。

 慌ててその体を支える俺の腕のなかで少女はその瞳から大粒の涙を流していた。



「ちょっとちょっと。だいじょうぶ?」



 俺の肩から降りたリリィは少女の顔を見上げ覗き込んで問い掛けていた。けれど返ってくるのは嗚咽ばかり。クリスタルを抱きしめたまま泣いている少女。どうするべきか悩み、ふと視線を少女から外すと視界の端で何か煌めくものがあった。

 アイテムでも落ちているのだろうか。そんなことをぼんやりと考え、後から拾ってみるかと思ったその刹那。俺は力一杯に少女を抱き起こし、大きく後ろに跳んだ。

 突然の俺の行動だったが、リリィは素早くそれを察知して俺に続く。

 それまで俺達が居た場所には見慣れない何かが蠢いている。



「『ルー・グラース』」



 目に見えるその名前を読み上げる。意味は氷の狼。見た目もまたその名前通り、狼型をした氷像、あるいは体が氷で出来た狼そのもの。

 低く唸りを上げて此方を威嚇しているルー・グラース。それが二体。並んで身を屈めていると一度遠吠えのように吠えてその場で宙返りをした。

 それがただの戦闘が始める時に見せるお決まりの動きだったならばどんなに良かっただろうか。現実はルー・グラースの攻撃。全身に逆立てた氷の棘をミサイルのように撃ち出してきたのだ。



「くっ。リリィ、下がって!」



 咄嗟にそう叫ぶと俺はガンブレイズを抜き、剣形態に変えながらその刀身を盾のように構えた。

 突然の攻撃だとしても回避することはそう難しくない攻撃だった。けれどこの時の俺は少女を抱き寄せたまま。俊敏な動きをすることができず、敢えてその身を晒して庇うことしかできなかった。



「くぅうう」



 全身を打ち付ける氷の棘。幸いなのは俺の着ている防具を突き破るほどの威力が無かったこと。俺の体に当たり砕け散るそれが空中で煌めく。先程見つけた光はこれだったのかも知れないと、ルー・グラースの攻撃を耐えながら考えていた。



「おい! しっかりしろ!」



 氷の棘の勢いが弱まった頃、俺は腕の中にいる少女に声を掛けた。

 茫然自失としたまま涙を流していた少女も語気を強めた俺の声に気付き、加えて二体のルー・グラースの存在を認知したことで現実に引き戻されたのか、先程とは違う意味で息を呑んだ音が聞こえた。



「ルー・グラースは俺がどうにかする。だから君はリリィと一緒に隠れているんだ。いいね」



 強く有無を言わさないように告げる。少女はコクコクと頷くと俺の腕の中から飛び出し、先に物陰に隠れているリリィのもとへと駆けて行った。

 先程の攻撃で俺が受けたダメージは少なくはないが、二体の攻撃が直撃したと思えば軽いもの。回復ポーションを使って回復するほどでもないと判断して即座にガンブレイズを銃形態に変えた。そのままルー・グラースの片方に狙いを定めると躊躇うこと無く引き金を引いた。

 撃ち出される光弾がルー・グラースに命中する。

 光が弾け、同時に氷の粒が宙を舞った。

 ルー・グラースの体に出来た亀裂は瞬く間に修復されるその様は到底生物の反応であるようには思えなかった。その様子を見て思い浮かべたのはスノー・ゴーレムというモンスター。モンスターでありながら人工物のようでもあるそれも生物とは違うダメージ表現があった。雪の塊を壊した時のようにボトボトと地面に落ちていく体の欠片。多くのゴーレム種に見られる表現が何故かルー・グラースにも見られたのだ。



「氷の狼じゃなくて、狼型の氷像っていう方が正解みたいだな」



 繰り返し引き金を引きながら断定する。

 生物とゴーレム種の違いは部位破壊による影響の差だろうか。前者が攻撃に使っている部位だけを失うことに対して、後者は体の一部を失うことが多い。

 いつしかルー・グラースもその足の一つが砕け吹き飛んでいた。



「そこまで強くはない……いや、あの回復速度は異常だな」



 吹き飛んだはずの足も瞬く間に再生した。

 ここが洞窟の外だったのなら、近くにある雪を吸収して再生させたと思っただろう。しかし現在の『常緑の庭園』は乾いた土と枯れた木以外ないもない。何もないからこそ何処から体を再生させているのかが不思議で仕方なかった。他の部位の容積を削り再生させているようには見えない。ならばどこから体を構成している要素を集めているのか。ルー・グラースが狼型の氷像をモチーフにしているのならばその材質は氷、延いては水。



「まさか――」



 ここで氷を直接吸収することはできないだろう。けれど水ならできる。何処だろうと大気には微細な水分が含まれているからだ。それにこの『常緑の庭園』の外には大量の雪がある。枯渇することもなく供給され続ける水分がその再生に一役買っているのならば、その果てがないも同然。再生の度にルー・グラースのHPゲージが回復するために持久戦で不利になるのは自分の方だろう。



「再生スピードが速いのならば、それ以上の速度で、威力で、撃つ! <琰砲(カノン)>!!」



 宣言しながら連続して射撃して、その締めにと射撃アーツを放つ。複数の光弾がルー・グラースを打ち付け、その後ろから高威力の高熱線が伸びる。

 倒しきれなくともそれだけの攻撃を受ければルー・グラースといえど再生には手間取るだろう。

 続け様に剣形態に変えて接近する俺は攻撃を受けたルー・グラースに向けてガンブレイズを振り上げた。



「せやっ」



 気合い一閃振り下ろされた斬撃をもう一体のルー・グラースが身を挺して庇った。そのせいで最初に攻撃を受けていたルー・グラースが体を再生させてしまった。



「けど、ダメージは回復しきっていない!」



 連動していると思っていた体の再生とHPゲージの回復はそれぞれ別離していることがわかった。受けたダメージの半分程度しか回復していない個体目掛けて攻撃を仕掛ける。身を挺して庇ったルー・グラースは未だに体勢を崩したまま救援に向かう素振りはない。



「仕留めた!」



 そう確信したその瞬間、二体のルー・グラースとは違う方向から一本の氷柱が飛んできた。

 氷柱は俺と二体のルー・グラースの間に突き刺さる。無色透明で澄んだ氷で出来ているはずのそれにはどこか禍々しいオーラが纏わり付いている。



「くっ、これは何処からの攻撃だ?」



 俺は素早く氷柱を放ってきた存在を探した。しかし本来ならばこのタイミングでもダメージを受けているルー・グラースに追撃を行うべきだった。この場には大気中にある水分よりも遙かに媒体として適している氷柱がある。それはルー・グラースの体の再生に加えてHPゲージの回復に大きく役立っていた。



「はっ、しまった!」



 時既に遅し。みるみる小さくなっていく氷柱と比例してHPと回復させる二体のルー・グラース。自分の失敗に気付き後悔抱きながらも気持ちを切り替えて、こうなればと強制的に戦闘を仕切り直して来た存在を探す。



「そこかっ!」



 何処かにあるはずの違和感。それを探し見つけたのは壁際にある悠久の時を経て朽ちた祭壇の上。どうにか形を保っていた祭壇から伸びる影が歪む。



『ィイーヒッッヒッヒッヒッヒッッッッッッッッッッッッ』



 形態を切り替えてガンブレイズの銃口を向けるとまるでその行動を嘲笑うかのように気味の悪い笑い声が響いた。



「誰だ!」



 声を荒らげて叫ぶ。しかし返ってきたのは今度もまた気味の悪い笑い声。



『アッハッーーハッハハハッッハッッッハッッッッッッハッハッハ』



 一頻り笑い声が轟いた後、それは姿を現わした。

 景色を歪めるような量の氷の粒が渦を巻き、徐々にその体を形成していく。肉体はなく剥き出しの骨格だけ。それらは全て透明な氷で出来ているみたいだが、その中には黒いオーラのようなものが血のように循環している。

 不規則にカタカタと揺れるその体に漆黒のローブが纏わられた。



「いやあああああああああああああ」



 後ろで少女の悲鳴が轟く。

 思わず振り返り、そして再び正面を見た俺の目に見えたその名前は『ラフィン・スケルトン』。これまた名が体を現わした存在だった。

 眼窩に怪しい光が灯る。

 その頭上には四本ものHPゲージ。

 これがこのクエストのボスなのだろう。気持ちを引き締め直して俺は二体のルー・グラース、そして一体のラフィン・スケルトンと向かい合うのだった。




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