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ep.04 『囚われた絆を取り戻せ④』



 ドリアードという言葉には聞き覚えがあるだろう。緑生い茂る森に住まう精霊。時には人のような姿をしていたり、また時には木々そのものが意思を持っているかのように。共通しているのはそれらは全て深き森のような場所にて出現するとされていること。ドリュアスというのはドリアードの別称である。だからこそ不可解なのだ。何せここは白く冷たい雪に覆われた山のなかなのだから。


 リリィにその正体を看破され少女は咄嗟にフードを深く被り自らの袖を強く引っ張った。まるで隠れるように縮こまる少女の様子に俺は思わずリリィを抱き上げて「すまない」と呟いていた。


 少女から少し離れてしゃがみ込む。未だフードに隠れて分からないが目線の高さを合わせるためだ。



「あの、その、ごめんね」



 腕の中でリリィが誤った。心の底から反省しているらしく、ピンッと立っていた耳が折れて元気の象徴のようでもあった忙しなく動く二股の尻尾も消沈したようにだらりと下がっている。



「俺からも謝るよ。悪かった」

「あ、いえ。だいじょうぶ……です」

「そうか?」

「はい」



 慌てて少女が答える。

 両手をパタパタとさせるその様は先程まであった重く沈んだ雰囲気を感じさせない。



「あの。気持ち悪くはないの……ですか?」



 恐る恐る、それはまるで何かに怯えるような問い掛けだった。しかし、俺やリリィにとっては聞いただけではよく分からないものでしかなく、二人揃って首を傾げるのだった。



「わたしは――」

「ドリュアスなんでしょー? そんなのわかってるってば」



 あっけらかんと言ってのけるリリィに少女はフードの奥で目を丸くした。まるで信じられないものを見たかのような視線をリリィに、続けて俺に向けてくる。

 視線だけでは何を問うているのか正確なことはわからない。けれど分からないながらも俺は自然と強く頷き返していた。



「……っ」



 途端膝から崩れ落ちる少女。

 驚き手を差し伸ばすも止めてしまった。少女が声を殺して泣いていたからだ。宙に浮いたままの手を引っ込めて、少女が泣き止むのを待つことにした。とはいえ、何もしないのは若干気まずい。思わず抱きかかえていたリリィを少女の膝に置いた。すると少女はリリィを抱き寄せ声を出して泣いたのだった。

 暫く泣き止むのを待っていると程なくして少女が立ち上がった。そして意を決したように深く被っていたフードを外す。露わになった素顔は先程とは違ってどこか晴れやかそうに見える。



「行けるか?」

「はい」



 少女を引き連られて俺達は再び歩き出した。

 目的地はあれど道なき道を進むしかなかったはずなのに、どういうわけか再び歩き出してからというもの不思議と迷うことなく雪のなかを進めている気がする。

 雪が降っていないために俺達が残す足跡は消えることはない。歩幅も形も大きさも違う三種類の足跡が向かう先。そこにあったのは降り積もった大量の雪に隠された洞窟の入り口。道中、スノー・ゴーレムのようなモンスターに襲われることもなく、大した時間も掛けずに辿り着いたそこは普通に通っていたのでは見逃してしまいそうだと感じた。それだけじゃない、今俺が行っているクエストを進めていなければ発見したとしても何一つ干渉することができなかったであろうそこに俺は手を伸ばした。

 長年降り積もっていたために氷のように固まっているものだと思っていたが想像していたよりも遙かに柔らかく軽い感触に戸惑いながらも、上の方から掻き分けるように雪を退けていく。



「もうちょっと……とはいえないか」



 軽いとはいえ雪。素手で退けていくと早い段階で手が悴んでいく。両手を擦り合わせて暖を取ろうとしても残っている雪を見て無駄だと悟る。

 せめてスコップ代わりにできるような物があれば良かったのだが、今の自分はそれに該当するアイテムを持っていない。諦めて素手で雪を退かすしかないかと考えているとふと自分の腰にあるそれを思い出した。



「使えない、ことはないだろうけど……」



 いいのだろうか。罪悪感に苛まれながらも背に腹はかえられないと俺は腰のホルダーからガンブレイズを抜いた。剣形態に変えて持つそれにはスコップほどの幅はないものの素手よりは遙かにマシに思えた。



「後からちゃんと修繕するからな」



 ガンブレイズに語りかけるように呟くと俺はそれを雪のなかに突っ込んだ。

 全く言って良いほど手応えを感じずに刀身の中程まで飲み込んだ雪山。ぐっと力を込めてガンブレイズを上に持ち上げる。刀身に雪が乗ったままゆっくりと横に動かす。そして刀身を傾けて乗っている雪を落とす。



「駄目だな、これは」



 手でやったときに比べて冷たさに震えることはない。けれど、雪を退かした跡はお世辞にも綺麗とは言えず、無駄にガンブレイズを濡らしただけになってしまったような気がした。

 雪掻きの道具はないが、ガンブレイズを手入れする道具はそれなりに揃っている。武器に付いた汚れを拭き取るための布もそれなりの数を常備している。その中の一つを取り出して刀身に付いた水分を拭き取っていく。現実だったのならばここで乾かす一手間が必要となるのだろうが、幸いにもここではその手間は省かれる。銃形態に戻したガンブレイズをホルダーに収め、俺は気持ちを新たに素手で雪を退かし始めた。



「よっし。ここからもうひと頑張り!」



 凍える手を温めることを繰り返すこと十数回。入り口の前に積もっていた雪は全て退かすことができた。

 剥き出しになっている入り口の大きさを考えれば最後のほうの雪は跨いでしまえば済んだのかもしれないが、雪を退かしている最中にはその手段に思い至らなかったのが残念でしかない。

 何がともあれ行く道を阻んでいた雪は無くなった。これで先に進むことができるだろう。



「こっちです」



 と我先にと歩き出した少女は暗い洞窟のなかだというのに危うげなく進んでいる。まるで知っている道を歩いているかのような後ろ姿に違和感を感じつつもそれは無視して追いかけた。

 外はまだ明るい。だというのに洞窟はもう暗い。薄闇に包まれているために自分の足元すらはっきりと見えはしない。僅かな段差でも躓いてしまいそうだと気を付けて進んでいると程なくして少女は歩みを止めた。それに倣い自分達も足を止める。そうした瞬間に洞窟のなかに残されていたランプに光が灯り、ぼんやりと自分達の姿を浮かび上がらせる。



「扉?」



 そっと手を伸ばして触れてみる。驚いたことに返ってきたのは冷たい石の感触ではなく、一層ひんやりとした鋼鉄の硬さ。

 見た目が岩壁だったから適当に進んでいたのでは気付けなかったかも知れない。それはこの洞窟の入り口も同じ。だとすればやはりこの扉は進むべき正しい道なのだろう。



「開かないのか?」

「みたいね」



 ぺしぺし扉を叩きながらリリィが俺の呟きに答えた。



「どうすればいいの?」

「ま、扉を開けないとどうしようもないのは間違いなさそうだけど」



 扉にはノブのようなものは見当たらない。ならば何か普通の扉とは違う開け方が設定されているはず。



「なんだ? 俺に言いたいことがあるのか?」



 扉の前に着いてからというものずっと俺に視線を向けてきている少女に問い掛けた。するとゆっくり手を動かして俺を指差した。



「……鍵」



 少女がぽつりと呟いたその様子は俺の目には異様なものに映った。戸惑い俺が聞き返すよりも早く少女の様子はそれまでのものに戻った。加えて何が起ったのか分からないというように辺りをキョロキョロと見回している。

 薄く照らされた扉の前の空間でようやく自分がいる場所を思い出したのか此方に視線を向けてきた。しかしそれは大した意味の無いただ見ているだけに過ぎないものだった。



(それにしても鍵、か。あの感じだと俺が持っているみたいだったが)



 持っている物といえばストレージに収まっているアイテムの数々が真っ先に思い浮かぶ。しかしその中で特別なものなど一つも無かったはず。



(まさか――!)



 アイテムの一覧を思い浮かべて僅かに該当するものを見つけた。すかさずストレージを開き、その中から目的のものを取り出した。



「これか?」



 取り出したのは『錆びた儀礼剣』。雪山のロッジの鍵と同じタイミングで手に入れたアイテムの一つ。

 薄闇のなか扉を注意深く観察する。そうすることで扉の岩肌のなかに浮かび上がる異物を見つけ出すことができた。

 それはほんの僅かな切れ目。筋といっても差し支えないほど薄く小さなものだ。しかしそれで十分であることを俺は理解していた。なにせここで鍵となるのが『錆びた儀礼剣』なのだろうから。


 実体化したそれを切れ目の中に差し込む。『錆びた儀礼剣』の根元まですっぽりと飲み込んだそれは当然左右には動かせず、また上方向にも動きそうはない。となれば当然のように下に動かすだろう。軽く力を込めて『錆びた儀礼剣』を下に倒すとカチッという音がした。それと同時に『錆びた儀礼剣』は持ち手と刃の部分でぽっきりと折れてしまった。自分の手の中に残った持ち手部分も程なくして砕け散った。



「開くよ」



 リリィが喜び混じりに告げる。

 重い石の扉が開く時とは違う音が響き渡る。両開きの扉が完全に開ききったその先には再び暗い道が続いている。



「この先なんだよね」

「はい。そのはずです」

「わかった。行ってみよう」



 先がある。ならば進む以外の選択肢はないと俺達は歩き出した。

 俺達がいなくなってから程なくして、扉の前の空間に灯っていた明かりが消える。そして開いた時と同じ音を立てて扉が閉じた。




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