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ep.02 『囚われた絆を取り戻せ②』



 吹雪く風が窓を叩く音を立てる最中、俺は目の前の椅子に座る人物に注意を向けた。

 目深に被ったフード。暖かそうな毛皮の上着。防水加工が施されているであろう革の手袋とブーツ。寒冷地に暮らしている人の外出着とはこういう物なのだろうというイメージを形にしたかのような出で立ちだ。



「えっと、それでアンタはいったい何の用があってここに来たのさ?」



 黒猫リリィがテーブルの上に乗り、その顔を見上げながら問い掛けていた。フードの奥に覗く金色の瞳が一瞬だけ煌めく。すっと細められた瞳がリリィを見つめる。



「な、なによ……」

「ん? どうかしましたか」



 少しだけたじろいだリリィがテーブルの端まで後ずさる。再び瞑られた金色の瞳がまるで興味を無くしたかのようにリリィを外れ俺の方へと向けられた。



「あなたが持つそれを一度よく見せて頂けませんか?」



 この雪山のロッジを訊ねて来た時に交わした僅かな言葉。その時と同じ抑揚のない少女の声が投げかけられた。

 声の感じからして恐らく少女なのだろうと当たりを付けつつ、その少女が指差した先を見る。手袋に隠れて見えない手が指したのは俺が着ているショートコートの内ポケット。着ている感覚では何も収まっていないが俺の持つストレージと同等に見なされているようで、つまり少女が指差しているのは俺のストレージに収まっているアイテムのなにか。

 ことこのタイミングにおいて関係があると思わしきものは一つだけ。



「これ、ですか?」



 内ポケットから取り出すような仕草をすることもなく、ただ手元でコンソールを操作してストレージにあるアイテムを一つ取り出してみせた。ポンッと何もないところから突然手の中に現れたように見えたのだろう。少女は驚いたように息を呑む様子が窺えた。



「どうぞ。自由に手に取って見てくださっても大丈夫ですよ」



 石の塊から余計なものを取り除いて研磨された水晶。本来ならばそこから更にアクセサリ等に加工されるはずの原石。自分の手の中に収まる大きさをしたそれをテーブルの上に置く。

 言葉を発することもなく手を伸ばした少女はまるで触っただけで砕けてしまう繊細な硝子細工に触れるかのように慎重にクリスタルを掴む。少女はぶ厚い皮の手袋越しでありながらも微かに伝わってくる感触にどこか愛おしそうな視線を向けている。



「それはあなたの物なんですか?」



 ひと撫でひと撫で噛み締めるように触れるその様子に思わずというように訊ねていた。するとどういうわけかキョトンと金色の瞳を目一杯開いた顔をした少女がこちらを見ていた。

 思わず俺も不思議そうにその顔を見返す。

 暫しの沈黙が流れ、リリィの二股の尻尾が揺れる。



「いえ。わたしに(ゆかり)があるのは間違いありませんが、わたしのモノというわけではありません」

「どういうこと?」



 小さく淡々とした口調で答えた少女にリリィが分からないというように首を傾げた。少女はそれに答えることはしないで頭を横に振って深く息を吸ってから告げる。



「ありがとうございました」



 名残惜しそうにクリスタルをテーブルの上に置いた少女が言って、すっとこちらの方へと差し出した。

 俺は自然な素振りでそれを受け取ろうと手を伸ばして動きを止めた。何故かそのクリスタルに反射して映る暖炉の火が揺らめいて、そこに物悲しそうな()をしている少女の顔がちらついた。

 するとどうだろう。俺にはこのクリスタルが俺の元ではなくこの少女の元に居たい、そう言っているように思えたのだ。一度思ってしまうとそれを無視することなどできやしない。伸ばした手を引っ込めて真っ直ぐ少女の顔を見る。



「もし良ければ、それを受け取って貰えませんか?」



 自分にとっては当然の提案でしかないそれも聞いていた二人にとっては驚きのものだったようで、信じられないというような顔をして俺を見てきた。



「なんだ? どうしたってのさ、二人とも」



 少女と出会って間もないというのに不思議とそうすることが定められていたかのように信用していた自分に疑問を感じることもなく言ってのけた俺にリリィが「いいの?」と訊ねてきた。それに対して微塵も抵抗を見せずに頷いた俺を見て少女が更に驚いた顔をした。



「多分、それは俺が持っているよりもあなたが持っていた方がいいと思うから」



 再び自身の前に差し出されたクリスタルと少女が恐る恐るといった様子で手に取った。そしてギュッと胸の前で抱きしめると「ありがとう」と呟いていた。少女がそうしたことで完全に俺のストレージの所持アイテム一覧の中からクリスタルが消失した。



「ちょっと、ちょっと」

「ん? どした?」

「それってさ、このクエストに関連したアイテムなんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけどさ。あんな顔されたんじゃ、今更やっぱり駄目だなんて言えないよ」



 リリィと小声で話す俺が見た先の少女は顔の半分以上がフードに隠されたままだったものの、僅かに覗く素顔の部分からは喜色に満ちたものが見えた。それにこうすることが正しいクエストの進行手順であるようにも思えてしまったのだから仕方ない。

 大事そうにクリスタルを抱える少女を見ているとそれは突然に起った。



「何!? 何なの!?」



 耳と尻尾をピンッと立ててリリィが叫ぶ。



「外か!」



 俺は咄嗟に近くの窓にまで駆け寄り、白く曇ったそれを乱暴に手で拭った。



「あれは――」



 いつの間にか吹雪が止み、夜の闇の中、白銀の世界で蠢く影がある。

 頭が大きく三頭身。指は無いが大きな手。それはまるで雪だるまが付けた子供用の手袋のよう。



「こっちに向かって来ている。それに一体や二体どころじゃなさそうだ」



 窓の傍から離れリリィを見る。



「リリィはここでその少女と一緒に居てくれ。多分、ロッジの中までは侵入してこないはずだから」

「そうなの?」

「確証はないし、俺がここに居たら別だろうけどさ」

「ええー」

「大丈夫。俺、頑張るからさ」



 今の自分ならば大抵の相手に遅れをとることはないだろう。それは上昇したパラメータや習得しているスキルからも自信がある。気になるのは雪山という戦い慣れないフィールドの影響だろうか。残るはこの寒さによる影響。どちらにしても一度戦ってみないことには確かなことは何も言えない。



「とにかく、行ってくるよ」



 クリスタルを抱きかかえたまま動かない少女を一瞥して俺はロッジの外に出た。

 今や吹雪は止んで静かなもの。その代わりとでもいうように積もった雪のなかからロッジの中で見た何かが生まれていっている。



「『スノー・ゴーレム』か。まさにって感じだな」



 完全に姿を現わした一体の頭上に見える名称を読み上げながら呟いた。

 敵意を向けてくるその存在は何処から取り出したのか、大きなスコップのようなものを武器として持っている。そしてまず三体が此方に向かってスコップを振り上げて襲いかかって来た。



「さて、戦闘開始だ」



 即座にガンブレイズを抜き、剣形態へと変えて構える。

 全身真っ白で雪の塊のように見えてもその体はしっかりと硬質的。石の塊どころか鋼鉄の塊のようなそれがまるで生物的な動きで振るわれた。



「危なっ」



 目の前を通り過ぎて振り下ろされるスノー・ゴーレムの腕、そしてスコップ。元が雪だったかとは思えないほど硬い音を立てて地面と激突したそれは周囲に雪の冠を広げた。



「斬り裂く。<光刃(セイヴァー)>!」



 横一文字に刻まれる光の軌跡が吹き上がった雪ごとスノー・ゴーレムを斬り付けた。

 ドサッと大きな音を立てて落ちる雪。しかしその向こうにいるスノー・ゴーレムは体の表面に一筋の切り傷が残るだけで次なる攻撃には大した影響は出なかった。



「うわっ」



 咄嗟に下がり、眼前を通り過ぎるスノー・ゴーレムの腕を避ける。

 武器を持たない左手で地面を掴もうとして積もった雪の中に飲み込まれてしまい体勢を崩してしまった。



「くそっ。耐えろ、俺!」



 頭から雪の中に沈みそうになるのを必至に堪えるも、膝から崩れることでしか耐えられなかった。

 膝の上まで雪に塗れるもそれはスノー・ゴーレムには関係のないこと。それどころか不用意に隙を晒してしまった俺に別の二体のスノー・ゴーレムが揃ってスコップを振り抜いた。



「ぐあっ」



 両端から迫るスコップを避けきれなかった俺はガンブレイズを体の前に横にして構えその攻撃を受ける。

 幸か不幸か、寧ろその威力に驚嘆すべきか。スノー・ゴーレムの攻撃は俺を軽く吹き飛ばした。下は雪で天然のマットが敷かれているも同然で吹き飛び地面に激突する際のダメージは無いに等しい。そして転がるようにしてダメージを最小限に抑えた俺は体に付いた雪を払う余裕もなく、更に迫る攻撃に身構えた。

 ガギンッとガンブレイズとスノー・ゴーレムの持つスコップが激突する。



「くっ、<光刃(セイヴァー)>」



 強引に押し退けて横一文字に振るう一撃にアーツを乗せて放つ。今度はスノー・ゴーレムの防御が間に合わず、深々と胴体に一筋の切断跡が刻まれた。

 まともに受けた一撃でそのHPゲージの半分近くを減らすスノー・ゴーレム。どうやら耐久力はそれほど高く無いらしい。

 先程受けたダメージも一撃と考えれば許容範囲に収まる程度。

 戦闘を始めるまでは一人では無謀だったかも知れないと思いもしたが、今では自分一人でもどうにかなるかもしれないと感じ初めていた。




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