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ep.01 『囚われた絆を取り戻せ①』

今回から新章を始めます。

更新頻度はこれまで通りですが、新章のコンセプトは『単発クエスト』でいこうと思っていますので一つ一つのクエスト話はそれほど長尺にはしないつもりです。

また長尺の話がしたくなった場合には次の章に変えると思いますので、この章は短編集的なノリでいけたらいいなあ、なんて。

では、これからも本作をどうぞよろしくお願い申し上げます。



 場所は山奥、古びたロッジ。季節は冬。しんしんと降り積もる雪が辺り一面を白銀の世界へと変えている。部屋にある火の灯った暖炉の中で薪が弾けて、不規則なパチパチという音だけが聞こえている。

 俺――相馬悠斗(そうまゆうと)こと【ユート】はそこにある赤色のソファに座り、目の前にいる存在を見つめていた。

 ピンッと立った耳。丸い瞳。小刻みに揺れる左右非対称なヒゲ。無意識なのか意識してなのか、くねくねと動く尻尾。全身黒い毛並みに覆われているなかに光る金色の瞳。何処からどう見ても見紛うことなき黒猫がそこにいる。ただし普通の黒猫と違う点が三つ。額に輝く瞳と同じ色をした宝石のようなものと背中にある半透明の翅。それと二股に分かれた尻尾。



「随分待たせたね」



 近寄ってくる黒猫にそっと手を伸ばして優しく頭を撫でる。すると仔猫が親猫に甘えるときのように俺の手に精一杯頭を擦り付けてきた。



「そんな風にしていると、本物の猫みたいだよ。――リリィ」



 本当ならばその名前は違うのかもしれない。けれど俺にはどうしてもこの黒猫にはこの名前が相応しいように思えてならなかった。



「ちょっと。ちゃんと名前を考えてあげてって言ってたじゃない。どうしてその名前なのよ」



 子供のようで、どこか大人の女性のような声がする。



「だって、リリィもそこにいるんだろ? だったらさ」

「でもでも、ここにいるのはアタシだけじゃないし――」

「だめか?」

「うー、だめじゃないけど……けどさー―」



 まるで人のように困ったという表情(かお)になる黒猫。記憶の中にあるそれとは何から何まで違うはずなのに、その様子には彼女の面影が色濃く残っているように見えた。



「やっぱり、リリィだよ。ちょっとくらい姿形が変わったとしても変わらない。君は俺の知っているリリィだ」

「ちょっとじゃないと思うんだけど……あー、もうっ。わかった。わかったから。アタシの名前は【リリィ】。それでいいわよ」



 そう。この黒猫は俺の中で眠っていた存在。原理は一切合切解らないが、以前【ユウ】と【ユート】が一つになったときに意識の中だけに現れた謂わば過去の残滓が実体を得てこうして目の前に現れたのだ。種族は【妖精猫(ようせいねこ)】。この世界で飼えるペットの一種となっているらしい。



「で、なんでこんな所で呼び出したのよ?」



 キョロキョロと周囲を見渡していったリリィはぴょんっとソファに飛び移り俺の隣に座った。

 外が吹雪く雪山のロッジ。時折ガタガタと風が窓を揺らしている。時間は朝だというのに薄暗く、明かりは暖炉の炎が揺らめき室内を照らしているだけ。これを良い雰囲気だと言う人もいれば不気味だと倦厭する人もいるだろう。あるいはどこかのミステリーの舞台のようだと喜ぶかもしれないが総じて日常からは乖離した時間と空間がある場所といえる。



「実は、ここに来たのには理由があるんだ。けど、リリィを呼び出したのは、というよりリリィのことを思い出したのはたまたまなんだよね」

「はぁ。まあそんなことだと思ってたけどさ。来た理由ってのはなんなのさ」

「これだよ」



 そういってストレージから取り出したのは手の中に収まるくらいの小さな一つのクリスタル。暖炉の炎を反射して仄かに赤く見えるそれをリリィは顔を近付けて舐め回すように見ている。



「何がいるの?」



 前置きなど何もなく、核心を突くような問い掛けに俺は目を丸くして驚いていた。



「解るのか」

「なんとなくだけど。それで、中には何がいるの? っていうか、それは何なの?」

「知らない。というか解らない。こう光を反射させると、中には人の上半身があるようにも見えるけど、こんな大きさの人はいないだろ?」

「なるほど。だからアタシを呼んだってわけね」

「ああ。妖精だったらこういう大きさもあるんじゃないかって思ってさ」

「残念だけどこれは妖精じゃないわよ。どちらかと言えば人に近いんじゃないかな」



 顔を近付けてじっと見つめていたリリィが断言した。



「そうなのか?」

「うん。それからは妖精の雰囲気は感じられないもの」

「雰囲気…ねえ」

「あ、信じていないなー。本当なんだから! そもそもどこでそんなものを手にいれたってのさ」



 不満だというように二股の尻尾でソファを叩きながら問い掛けてきた。



「何処でっていわれてもな。前に小型ゴーレムの巣の掃討クエストってのがあってさ、いい暇つぶしになるかとそれをしていたんだけどさ」

「うんうん」

「その小型ゴーレムっていうのが巣の中にたんまりと宝飾品を溜め込んでいてな。まあ、多分行商人の荷物だったり、どこかの金持ちから奪ったりしたもの何だろうけどさ。一度放棄されているからか、それがプレイヤーの報酬代わりになっているわけなんだ。で、勿論それらの多くはただの換金用のアイテムなんだけどな、中には売却不可になっているものもあってさ。これはその中の一つなんだ」

「一つってことは、他にもあるの?」

「あるにはあるけど……見てみるか?」

「うん。見たい見たい」



 好奇心に掻き立てられた顔をしているリリィを前に俺は若干後悔していた。手に入れたアイテムで件のクリスタル以外の売却不可アイテムの数はそう多くない。現状ストレージに死蔵されているそれらを取り出してみることにした。



「まずはこれだな」



 ソファの近くにある木製のテーブルにそれを置く。

 実体化されたのは一振りの剣。しかし全体的に錆び付いており、使えるものだとは到底思えなかった。



「【錆びた儀礼剣】っていうらしい」

「へえ」

「どうだ? これに何か感じるか?」

「んーん。全然」

「そっか。まあ、説明文にも『朽ち果てた』ってあるからこのままじゃ使えないのは間違いなさそうだ。一応打ち直したり、研いだりすれば使えるかも知れないけど儀礼剣ってあるように、戦闘用に作られたものじゃないんだろうさ」



 先程のクリスタルとは違い即座に興味を無くしたリリィに簡単な説明をしながら次の物を取り出す。



「これは、スクロール?」



 このゲームにおいてスクロールというのはいうならば使い捨ての魔法アイテムだ。火のスクロールならば火の魔法を、水のスクロールならば水の魔法を例え魔法を使えないプレイヤーであっても一度だけ魔法を使うことが出来るようになるというアイテムだ。価値としてはピンキリ。初級魔法が使えるスクロールならば比較的安価な物でしかないが、強力あるいは貴重な魔法を発動できるスクロールならばそれなりに高額で取引されている。妖精の代名詞である魔法に関係しているからだろうか。剣に比べて格段に興味を示したリリィに俺は苦笑しながらそれを広げて見せた。



「うっわ。なにこれ」



 全力で引くリリィ。それもそうだろう。俺が広げたスクロールは所々はおろかその殆どが朽ちて虫喰い状態だったのだから。

 スクロールの原材料は一般的には紙や羊皮紙。あるいは布。効果の高い物になればなるほど使用する素材も貴重で丈夫なものが用いられるのが通例だ。

 では俺が持つスクロールはどうか。

 おそらく効果の低いものではなかったのだろ。使用されているのは日焼けして大きな穴がいくつも出来ているものの何か特別な植物を用いて作られた紙。内容を記しているインクも普通のものではないのだろう。



「見ての通りだ。これは到底修復できるものじゃないだろうな。売却不可アイテムになっているのは使い物にならないからで、これに残された使い道は、正直俺には分からないかな」

「だったら棄てちゃいなよ」

「あー、そういう訳にもいかなさそうなんだよ」

「どういうこと?」

「これが最後の一つだ」



 取り出した三つめのアイテム。それは錆び付いた鍵だった。辛うじて原型は残っているものの使えるものではない。なにせ鍵穴に入れて回ろうとするだけでポッキリ折れてしまいそうなほど脆くなっているように見えたのだ。


 ストレージの肥やしになる予定だったのだが、偶然にも俺はこの鍵を使用する場所のヒントを得てしまった。クエストを終えて冒険者組合(ギルド)の窓口に戻って来たときのこと。いつものようにクエストの成功報酬を受け取るとカウンターの奥から別のNPCが顔を覗かせてその鍵と良く似たもう一つの鍵があることを告げたのだ。もう一つの鍵は冒険者組合に落ちていたもので今も保存されているらしい。いつからあるのか。誰のものだったのか。出自も何もかもが不明な鍵は決して廃棄されることなく忘れ物の一つとして保管され続けた。この二つの鍵は同じ物なのかも知れない。だとすればこれを落とした誰かのことが分かるかも知れないと、そのNPCは俺に確かめて見るつもりはないかと問い掛けてきた。


 それが新たなクエストの始まりだったことは言うまでも無い。俺はその場で「いいですよ」と答えると、失くさないようにと言われそのもう一つの鍵を預かったのだ。



「それがこの鍵」

「で、その鍵で開けられる扉がこのロッジのドアだったわけね」

「正解!」



 錆び付いた鍵とは違い、もう一つの鍵はその使い道が簡単に判明した。『崩山・ロッジの鍵』と記されていたからだ。これはプレイヤーが見ることのできる詳細画面を使うことで判明するもので、NPC達だけでは謎の鍵としか認識されていなかったのだろう。

 崩山というのが今いるこの雪山のことで、ロッジというもの俺達がいるこの一棟以外存在していなかった。

 そもそも雪の中長い年月放置されていた建物がここまで綺麗なままであること自体が不自然ともいえるのだが、それは何らかの保存の効果がある魔法が施されていたからなのだろうとロッジの中に入り、天井と床に刻まれた見たこともない魔法陣を見て思った。



「で、こっちの鍵はどう使うの?」

「さあ。それはまださっぱりだ」



 ロッジに来たのはいいが次に何をするべきなのか。指針になりそうなものは見つからない。だから俺は思い出したようにリリィを呼び出してみたのだった。

 などと思い出していると不意にそれまでとは違う音が聞こえてきた。



「何?」

「何か聞こえる」



 思わず俺とリリィは顔を見合わせた。

 それまで聞こえていた音は外の吹雪の音。火花弾ける暖炉の薪の音。そして俺とリリィの声。どちらかが動く度に軋むソファや、ストレージから取り出したアイテムをテーブルに置く音など、意識すれば他にも無数にあるが、環境音として即座に思いついたのは吹雪と暖炉の薪の音。

 しかし、この音はそのどれとも違う。

 規則的で、不規則なドンドンドンっという音が扉の向こうから響いてきた。




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