R:ep.31『剣士、三度目の戦いを経て』
人知れず終わったアモルファスとの戦闘からゲーム内の時間で一週間。最後の戦闘も終えたことで今回のゲームにおける勝敗が付いた。勝利したのは【レッドウエスト】陣営。元来このゲームのルールは三回にも及ぶ様々な戦闘の勝敗によって陣地を増やしていく、いわゆる陣取り合戦のようなもの。仮に一度目と二度目の戦闘で敗北を喫したとしても最後の三回目において大逆転を遂げる可能性は残されていた。しかしそれには最低でも大差を付けての勝利が求められることからも、事前の二度の戦いで劣勢を極めた【ブルーイースト】陣営のモチベーションはそれほど高くなく、総じて最終戦も拮抗こそしていたが、終始優勢になることなく終えてしなったというのが結末だった。
参加しているプレイヤーに遺されている時間はあと僅か。この時間はゲーム内でやり残したこと、ゲーム内だけで仲良くなった他のプレイヤーとの別れをするために与えられたもの。ユート、フォラスの両名はこのゲームで知り合ったタークと穏やかな顔をして歓談している。
「それにしてもあっけないものでしたね」
しみじみというフォラスにタークは曖昧な笑みを浮かべて返す。
「仕方ないですよ。俺達はアモルファスを倒したのではなく、消したのですから」
目を伏せてユートが言った通り、二週目の戦闘でユート達は結局アモルファスを倒すことができなかった。そもそも倒すことで解決するかもしれないなどというのは二人の希望的な観測でしかなく、実際はそのプログラムそのものを消去するしかなかったのだが。外部とコンタクトが取れない現状ではそれを証明することは、アモルファスを消去するプログラムを仕込んだ小刀を用意していたタークですら不可能なことだ。
「アモルファスを仕込んだ人はどうなるんですかね?」
何気なく呟いたフォラスにタークは、
「この前も言ったように既にその人は消息を絶っています。どうにか見つけられたとしても、このゲーム自体あと少しでイベント期間が終わりますし。それに、こんなことがあったわけですからおそらく次はないと思います」
「そう。残念ですね。アモルファス関連はともかく、ここでゲームに始めて触れる人も少なくなかったでしょうから。本来だったらいいPRになったんじゃないですか?」
「だったら良かったんですけど」
若干歯切れが悪く言い淀むタークは既にこれからのことをいくつか想像していることだろう。
「とにかく。これで今回のゲームも終わりですし、アモルファスに関してもそこまで大々的には発表されないはずです。なのでお二人には――」
「わかっています。守秘義務ってやつですね」
「ありがとうございます」
誰にも話さないと告げる二人にタークは軽く頭を下げて謝辞を現わす。
こうなると次に何を話すべきか。ゲームを楽しむためではなく、アモルファスの調査にやってきていた二人とアモルファスを消すことを最終手段として携えていた一人。奇しくもこの三人が手を組んだのはその異変があってこそで、それがなくなれば再びこの世界で会うこともないであろうこと確信していたのだ。
無言のまま穏やかな時間が流れる。
風がないのに雲が晴れていき、程なくして晴天の空が広がった。
「綺麗な空ですね」
太陽は晴天の空に爛々と輝いている。それ故にフォラスの呟きは至極真っ当なものに思えるが、この仮想世界、この瞬間に限ってはその青空は微細な描写がなくなっていったのと等しい。
「そりゃあ、まだ現実ではお昼くらいでしょうから」
などと情緒も何もない返答をするユートに二人は示し合わせたように溜め息を吐いていた。
「なんですか?」
「いえね。フォラスさんはそういうことを言ったんじゃないと思いますよ」
「いいんですよ。ユート君にそういう情緒みたいなものは期待してませんから」
呆れたものだと視線を向ける二人。ユートは素知らぬ顔で空を見上げて胸の内で「俺だってわかっていますよ」と呟いていた。
空から雲が消えた。いつかは世界の外側から消えて行くことだろう。そしていずれ自分達の目に見える範囲にまで及び、そして最後には自分達が立っているこの場所すらも。
その前にプレイヤーはこの世界から居なくなる。それこそ順々に。
この時もこの世界から離れていく人はいる。現実に戻り、それぞれが思い思いの感想を友人や恋人、家族などと楽しく話していることだろう。
「……あ」
三人のなかで真っ先に現実に戻ったのはタークだった。
タークは体が消える寸前に「ありがとうございました」と告げ手を振った。同じように手を振ってタークを見送った二人はそれから程なくして同じようにこの世界から消えていった。
感覚はいつものログアウトの時と変わらない。見える世界が闇に覆われ、目を開けるとそれまでとは全く違う光景が。
「――っ」
悠斗は独りでに開かれた専用のポッド型のシートの中で背伸びをする。
ゲーム内の時間では三週間でも、現実では二時間程度。映画一本分の時間しか経過していない。とはいえその間ずっと座ったままだった。体は多少強張っているようでポキポキと小気味良い音が聞こえてきた。
「お疲れ様です」
係員の一人が悠斗の顔を覗き込みながら言った。
そのまま促されるように立ち上がり、テーマパークにあるゲームコーナーとなっている建物の外に出る。
想像していた通り、空は青く澄み渡っている。時間は昼の12時を過ぎた頃。朝からテーマパークに来ていた客が園内のレストランに向かっていたり、早めに昼食を終えた客が比較的空いているであろうアトラクションに向かったりしている。その他にも新たにここを訪れたと思わしき客達など次第に増えていく人影を見る。
その中の幾人かはゲームコーナーに真っ直ぐ歩いている。おそらくこれから始まるゲームに参加しようとしているのだろう。
「お待たせしました」
建物の中から烏島謡が姿を現わした。彼女はフォラスというプレイヤーの現実で悠斗と共にここを訪れゲームに参加した人物だ。
「あれで良かったんでしょうか」
アモルファスの消去は自分達の仕事の領域を逸脱していたのではないか。今更ながらそのようなことが気になってくる。
「他にやりようがなかった、と思いますよ」
「そう…でしょうか」
「そうですよ」
はっきりと言い切った謡に悠斗は少しだけ「かもしれない」と思うことができた。
「これから、どうしますか?」
「……はい?」
「折角のテーマパークなんです。遊んでいってもいいと思いませんか?」
そういう謡は最初に会ったときに比べて砕けた印象があった。
仮想世界での三週間という時間は悠斗と謡にそれなりの打ち解ける時間を与えていたのだ。
「あー、烏島さんが遊びたいなら、どうぞ」
「悠斗君?」
「俺は……その、えっと……実は………」
視線を逸らして言い澱む悠斗は小さくこう言った。
「絶叫系が苦手なんです」
よほど意外な一言だったのだろう。謡は大きく声を出して笑うと「それなら少しだけ見て回りましょうよ」と言って悠斗の手を引いてテーマパークの中を歩きだした。