迷宮突破 ♯.13
「女の子!?」
一際大きなハルの声が宝箱のあった部屋に轟いた。
俺もリタもマオも驚いて口が開いたまま塞がらない。それもそのはず、今の今まで男性のキャラクターだと思っていた赤髪のプレイヤーが自分は女性なのだと言ったのだ。
思い起こせば納得できる材料は山のようにある。
男のキャラクターであるユウよりも華奢に見えるのはそのまま女性キャラクターだったから。
現実の自分と同じ声で話すのに外見と似つかわしくない高い声は男性が声変わりをしていないのではなく実際に女性の声だったから。
「だって自分のことオレって……それに名前も……」
いまだに信じられないという風にハルがワナワナと表情を引き攣らせている。
「聞いたことが無いかい? 妖刀村正の逸話、オレの名前はそこから取ったのさ」
腰から提げられた刀の柄に触れながらそう言うムラマサは自分の名前がかなり気に入っている様子だ。むしろその名前を使いたいがために自分の武器に刀を選んだともいえる。
俺やハルは自分の本名をもじってキャラクターの名前を決めた。
それは他のゲームで使っている名前と同じだったり、現実で友人に呼ばれるあだ名のような感覚に近いのかもしれない。だからといってムラマサのように別のモチーフから名前を使うこと自体は珍しい事じゃない。いつの時代、どのようなゲームでもその時はやっているマンガやアニメのキャラクターの名前は一定数存在するし、原作がある者ならばデフォルトのままという人だって少なくないだろう。
名前は所詮名前に過ぎない。
同じ名前を使っていても姿形が違えば別人であることは明白で、個人にそれぞれフレンドIDというものが割り振られている以上このゲームに関しては完全に同一人物を演じることは不可能だ。
「俺はユウ。さっきは本当に助かったよ、ありがとうなムラマサ」
気を取り直して俺は自分の名前を告げて右手を差し出し握手を求めた。
「気にしないでくれ。オレも好きでやった事だから」
そう言ってムラマサは俺の手を握り返してきた。
一撃でコボルドを葬り去っていったとは思えないくらいムラマサの手は柔らかく、通常の刀よりも刀身の長い刀を軽々と振るっている手には思えなかった。
「私はリタ。今はこのパーティのリーダーをやっているの」
「私がマオだ。普段はアクセサリを作ってるからいつか店に寄ってくれると嬉しいな」
「俺はハル。それにしてもかなり強いな、いつか戦ってみたいものだぜ」
俺の後に続くように三人も自己紹介をしていった。
コボルドの群れから助けてもらったからなのか三人とも随分と好意的にムラマサを受け入れているようだ。
「三人ともよろしくな。皆はこれからどうするとか決めているのかい」
「決めてはないけど、今日はもう町に戻りたいかな」
顔を見合わせる俺たちを代表してリタが答えた。
この部屋で巻き起こった大量のコボルドとの戦闘は予想以上に俺達の精神を疲弊させていったらしい。このまま先に進んでもたいした成果は上げられそうもない。
制限時間だって毎日全てを使い切ることが出来ればそれにこしたことはないのだろうが、その日の戦闘や探索の内容次第では早々に切り上げることも考慮すべきだ。一度のHP全損でイベントからリタイアしてしまうルールである以上無理は禁物と自分に言い聞かせた。
「いいかな?」
とリタが俺たちに確認してきた。
正直にいうと俺はまだ迷宮の探索を続けてみたかったのだが、それを言う前にハルが頷いていたのが見えて期を逃してしまっていた。
戦闘職であるハルは俺よりも胆力があると思っていた。現にいまもそれほど疲労が溜まっているようには見えない。それでもなにか思う所があってリタの意見に賛同したようには見える。パーティの戦闘指揮を担うものとしての判断なのだとしたらそれを無下にすることは避けるべきだろう。
「だったらこの先の転送ポータルまでは一緒に行けるな」
この部屋で別れるつもりだった俺にムラマサの意外な言葉が投げかけられた。
「いいのか?」
「なにがだい?」
「ムラマサは俺たちと一緒に戻る必要はないだろ」
「ああ、そういうことか。気にしなくてもいいよ。一緒にポータルまでは行くけどオレはそのまま下の階層に進むつもりだから」
この階層で今日の探索を終えようとしている俺達とは違いムラマサは先の階層に進むことを決めているようだ。
「ムラマサの仲間は放っていても大丈夫なの?」
「大丈夫。オレはこのイベントにソロで参加しているからね」
「え?」
俺も最初ハルにやリタ達にパーティを組むことを断られてしまった場合一人でも参加するつもりだった。しかしこうして三人と同じパーティを組んでみて分かる。この迷宮攻略はとてもソロではやっていけない。この先、そう、ずっと先に俺の言う理想のソロプレイヤーになれたのなら問題はないのかもしれない。回復薬や装備の修理や調整に強化が一人ですべて賄える様になったのなら出来ないことはないだろう。しかし現状は無理だと言わざる得ない。
何より先程のような戦闘をたった一人で切り抜けられる自信などない。
仲間がいてはじめて、まともな戦闘になったと俺は感じているのだから。
「ムラマサって凄いのね。でも、装備の耐久度はどうやって回復させているの?」
防具屋の血が騒いだのだろうか。気になった事をそのまま口に出したリタに他意など無いことは俺にはよく分かる。けれどまだ知り合ってそれほど時間がたっていないムラマサからすれば自分のソロ活動の秘密を探られているのと同じだった。
「えーと、それは……」
「ゴメン。答え難いなら答えなくもいいから」
どう答えるか悩んでいる素振りをみせるムラマサにようやく自分が軽率な質問をしたと気付いたのか、リタは即座に謝って新たな言葉を付け加えていた。
「悪いね」
生産職の技術や戦闘職のスキルの組み合わせのように自分で見つけた情報は個人の財産といっても過言ではない。ソロで活動するプレイヤーからしたら自分の活動に役立てている人や施設は技術以上に隠しておきたいものなのだろう。
寧ろそれらを他人に教えることで賞賛を得ようとするプレイヤーがいるようにそれを秘匿して自分だけのキャラクターという意味を色濃くさせるプレイヤーも同程度いることも事実。初心者には技術を広めようとするプレイヤーが有り難く感じるが、いざ自分が同じような立場になったとして同じことが出来るかと言われればそれは分からないと答える人が大半を占めていた。
「それじゃあ行こうか」
先陣を切って歩き出したムラマサの後を追って俺達四人もこの部屋をあとにした。
四人全員が部屋から出ていくと開かれていた宝箱の蓋が独りでに閉じられ、扉がゆっくりと閉まっていった。
おそらく俺達の次にこの部屋を訪れたプレイヤーも同じようにコボルドの大群との戦闘になってしまうのだろう。もしかすると宝箱に興味がなく無視して部屋から出ていってしまうかもしれないが、そうでないのなら無事にコボルドとの戦闘を切り抜けられるようにと心の中で小さく祈っておくことにした。
マップを確認しながら進む俺たちは不思議と一度も迷うことなく迷宮を進んでいく。
暗く何も映っていなかったマップに真っ直ぐ階段に続く一本道が刻まれていくようだ。
自信あり気に先を行くムラマサは俺たちより先にこの階層に到達し中を探索していたのだろう。だから階段にまで続く道を知っている。けれどそれならばどうして俺達がいた小部屋に現れたのか。俺が予想出来るのはムラマサは一階層ごとにマップを埋めてから次に進んでいるのかもしれないということ。だとするのなら限られた時間でここまで来たこと自体驚くべきことのように思える。
俺たちだって無駄に時間を過ごしてきたつもりはない。
それでも全員が最後まで生き残れるように最低限の安全は自分たちで保障したい。そう思って素材を集め連携も高めてきた。ムラマサはソロだから連携を高める必要が無いのだとしてもその分安全性は損なわれているということだ。
誰もフォローしてくれないのだから自分のミスはそのまま自分に返ってくる。常に自分に責任を持ちつつけなければならないのはパーティを組んでいても一緒だが、ソロの場合はそのプレッシャーすら感じていられる暇はない。ほとんどの戦闘が自分一人対多数のモンスターになるのだから、純粋な戦闘力はかなり高くないとやってられないのだろう。
そういう意味ではムラマサはまさにソロプレイヤーとしての実力は十分にあると言える。
俺たちに見せたあの強さはこれまでその重圧を撥ね退けてきたからこそ身に付いた努力の賜物とするのなら、いつか俺も同じ領域まで辿り着くことは出来るだろうか。
「どうしたのさ、じっとオレの顔なんか見て。ゴミでも付いているのか」
「あ、いや。ムラマサの強さはどこから来たんだろうなって思ってさ」
「オレの強さ?」
「な、何でもない。忘れてくれ」
迷宮を進む限りモンスターとの戦闘は常に付き纏う。
今だって近くを通り過ぎるモンスターがこちらを見つけて襲いかかって来たのだ。
しかし俺たちが戦闘態勢をとる前にムラマサが閃光のような居合いを放ち切り捨ててしまう。俺が剣銃を抜き構えをとったその瞬間に襲いかかってきたモンスターは光の粒となって霧散していく。
一緒に行動しているとはいえどムラマサは同じパーティではない。その為にモンスターを倒したとしても経験値が俺たちに入ることはない。四人での戦闘なら自分以外の誰かがモンスターを倒したとしてもほんとうに微々たるものだが経験値は入る。自分が行動をしなければ貯まっていかないスキルレベルアップのための熟練度ではなく、モンスターを倒したり生産をしたりする度に貯まっていくキャラクターレベルを上げるための経験値は自分のレベルが低ければ低いほど共に戦う仲間から受けられる恩恵は大きくなる。
それはβ版当時、寄生と呼ばれるプレイヤーが出現する切っ掛けになったシステムでもあったのだが、初心者救済のためのシステムとして今も残っている。当時と違うのはある一定のレベルに到達した瞬間、手に入る経験値が怖ろしく低くなるということとそれだけではレベルが上がらないようになっているということ。
仲間と一緒の戦闘で手に入る経験値がレベルアップに必要な分だけ貯まろうとも最後の一ポイントは自分で手に入れなければならない。どんなに弱いモンスターでも構わないが自分の手で倒し経験値を得なければレベルが上がることは無いというようになっているのだ。
「ここでお別れだね」
いつの間にか俺達は第四階層と第五階層を繋ぐ階段の中腹にあるポータルの前にまで来ていた。
「みんなとの話、楽しかったよ」
ここに来るまで幾度となく戦闘になったりしたもののそれらはムラマサが瞬時に倒していってしまった。そのおかげもあってか俺達はこのモンスターの巣窟でもピクニックのような気楽さで世間話などをして進むことができた。
特に同じ女性だと分かったこともあってリタとマオはムラマサと他愛もない会話に花を咲かしているようだった。
「また会えるといいね」
「私ももっとムラマサちゃんと話したいよ」
仲良くなることは好ましいことだが、マオがムラマサを呼ぶ時にちゃん付けする度に笑いそうになってしまっていたのはこの先も秘密にしていることだろう。
「広いようで狭い迷宮の中だ。いつかまた会うことだったあるだろうさ」
「目指すゴールは一緒だからな」
俺たちとムラマサはプレイスタイルの差こそあれどこのイベントに参加した目的は同じ、迷宮をクリアすることだ。
この先、双方が生き残り続けている限り、迷宮のどこかで俺たちが再び出会う可能性は高いだろう。
「そうだな。それじゃ、オレは先に行って皆を待っていることにするよ」
着物のようなコートを翻しムラマサは階段を下りていくその背中が見えなくなるまで俺たちはここに残って、その後ポータルを使って迷宮の入り口へと戻っていった。




