R:ep.28『剣士、三度相見える②』
一言。
今回も分割。そして短いです。
ヒリつくような緊張感を堪えられずに笑みが零れそうになった。
ガンブレイズを握る手に力が籠もる。
いつしかユートの集中は目の前のアモルファスのみに向けられていく。
(初めてだ)
思わず胸のなかで独り言ちる。
それもそうだろう。
いつも仲間と共に戦い、常に仲間のことを意識の中に入れていたユートがこの時になって初めて共に戦っている二人のことが意識から抜け落ちていたのだから。
ユートの目に映る世界が様相を変えていく。
黒と灰色に満ちた廃墟然とした景色が真珠のような白色に染め上げられていく。ただし、目に見える全ての建造物の形はそのまま。ただ色が失われていくだけだった。
(音が遠のいていく)
アモルファスの手の武器とガンブレイズが打ち合う音が消えていく。
地面を踏み締める靴の音。
自分の息。
相手の動く音。
何もかもありとあらゆる音が世界から消えていくようだ。
「せやあっ」
攻撃を繰り出すときに気合いを込めたユートの声が轟く。
自分の声が聞こえたことに驚いてしまう。今も変わらずアモルファスと打ち合う時の音が聞こえていないからだ。
無音のなか、自分の声だけが聞こえてくる。
何故かそれが煩わしく、いつしかユートは声を出さずに息だけを吐き出すようになっていた。
(右、上、また右)
アモルファスの攻撃を一つずつ見極めながらユートはガンブレイズで捌いていく。
ときには払い退け、ときには打ち上げて攻撃を防ぐ。
(これを打ち返せば、よし、思った通り隙ができた)
武器を返されて体勢を崩したアモルファスの開いた腹を目掛けてガンブレイズを振り抜いた。
その一撃はこれまでよりも鋭さが増している。
横っ腹を切り裂き、明確なダメージを与えることができたようだ。見えているアモルファスのHPゲージがはっきりと削れていた。
この一連の攻防が終わった時、ユートを包んでいた白の世界は瞬く間に消滅してしまった。
再び色付いていく世界。
聞こえだす様々な音。
いつの間にか意識の外に追いやられてしまっていた仲間の存在をもう一度感じられるようになった。
「ユートさん!?」
「へっ!? あ、はい。何ですか?」
突然挙動を変えたユートの名前をフォラスが戸惑いつつも呼ぶ。
ユートはあやふやな空返事をすると急遽タークがその腕を掴んだ。
「何ですかじゃないですよ」
「しっかりしてください!」
そのまま引き摺るようにユートをアモルファスから遠ざけると、タークは声を荒らげてその無事を確かめるように体を揺さぶる。
その間ずっとフォラスが矢を放ちアモルファスの注意を引き付け続けていた。
「や、俺は何ともないですから。それよりもアモルファスは」
タークを押し退けてユート弓による攻撃を受け続けているアモルファスの方を見る。
アモルファスが繰り広げているその動きはまさにプレイヤー、それもかなり熟練のそれを思い出させた。
迫る複数の矢をアモルファスは持っている剥き出しの刀身という武器を使い打ち払っていく。
不意に襲われる既視感の正体に気付いたのはそれが自分の動きと良く似ていたから。そしてタークがそれに気付けたのは隣にいるユートの戦闘を間近で見たことがあったから。
「もしかして、あの動きは……」
「どうやらそうみたいですね」
アモルファスはプレイヤーの挙動を学習しているのだろう。そしてこの時、アモルファスが学んだのはユートの剣技。
「だったら尚更俺が行きます」
「ちょっと待って……」
タークの制止を振り切ってユートは駆けだしていた。
見知った軌道を描き振るわれる剥き出しの刀身。
その中に混ざる知らない技、誰かの攻撃の癖。
複数のプレイヤーの挙動が雑多に混ぜられた作りかけの格闘ゲームのキャラクターを相手にしているかのよう。
それに加えて繰り出される剣では到底しないような動き。おそらく槍や斧といった別の武器を使うプレイヤーの技術がトレースされているのだろう。
「フォラスさん、一度退いてください。コイツは俺が抑えます」
「わかりました」
徐々に距離が近くなっていることに気付いていないわけではないが引くことも出来ないと戦い続けていたフォラスは素直に弓を下げて後ろに下がった。
入れ替わるようにアモルファスの前に立つユート。
しかし僅か数分前とは違い、この時のユートはアモルファスの動きを正確に見極めることができずにいた。
集中しきれていないというべきか。かといって気が散っているわけでもない。あくまでも平時に戻っただけに過ぎないのだが、不思議と自分の動きに精細さが欠けているような気がしてしまっているのだ。
「くっ、ダメージが」
思えば先程受けたいくつかのダメージを回復していなかった。その為に蓄積していたダメージに新たなダメージが積み重なっていく。
ジリジリと減り続けている自身のHPゲージにいつからか不安を感じだしていた。
勇猛果敢に攻め立てるべきだと頭では解っているのに、無意識のうちに前に出ることを躊躇してしまっている。
それでもとアモルファスと打ち合う。
攻めきれないことに焦りを感じ出していたユートはついその攻撃を荒くしてしまった。
「危ないっ!」
フォラスとタークが声を合わせて叫ぶ。
二人の目の前でユートの胸にアモルファスの持つ剥き出しの刀身が突き立てられた。