R:ep.27『剣士、三度相見える①』
日が傾き、二週目の戦闘も終盤を迎えた頃。ユート達三人は廃墟の中心部にある広場のような場所に立っていた。
風が吹き、巻き上がるのは無数の光の粒。
それはプレイヤーの欠片。ただしそれを作り出したのは同じプレイヤーではなく、ただ一体この場所に佇んでいる存在。
「やっと見つけた」
「二人ともここで必ずアイツを倒しますよ」
「ええ。もちろんです」
「タークさん。とどめは任せますよ」
「は、はい」
「緊張しているんですか?」
「どうして皆さんは平気なんですか? ここでアモルファスを逃してしまえば、次に探し出せる確証はないんですよ」
何処か落ち着かない様子をみせるタークがユートとフォラスに問い掛けた。
「俺たちならできると信じているからですよ」
きっぱりと言い切ったユートの視線の先でアモルファスは新たな挙動を見せた。
カクカクと頭を揺らしているアモルファスが大気に舞う光の粒を吸収していったのだ。
闇に飲み込まれて行く光。
その行く末はなんなのか。
アモルファスの変化を見守ることは最善手ではないのかもしれない。しかしその変化の果てに訪れるのがアモルファスの強化なのだとすれば阻止するべきだろう。だが、それで先程のように逃げ出さなくなるのだとしたら、完全に倒しきれる可能性が生まれるのだ。
「行きますよ」
ガンブレイズを構えて駆け出したユート。
その後を追うようにフォラスとタークが各々の武器を手に走りだした。
アモルファスは変化の只中。
体を震わせているそれにユートが先制攻撃を繰り出した。
いつものガンブレイズによる突き。
初撃に続いて刀身を寝かせた横薙ぎ。右から左へ流れる一撃がアモルファスの体を通り過ぎた。
「えっ!?」
戸惑うユートは即座に後ろに下がった。反撃の手が伸びる前に安全な距離まで戻る必要があったのだ。
ユートの後ろから二つの攻撃が行われる。
フォラスの弓によって撃ち出された矢とターク手から放たれる暗器による投擲攻撃だ。
揺れるアモルファスは二人の攻撃を避けようともしない。平然と受けたそれはアモルファスの体を何事も無かったかのように通過していた。
まるで全身が煙になってしまったかのような変化が、敢えて待っていたものだとするのなら、その決断は明らかに失敗だ。
「どうする? どうすればいい?」
アーツならば通じるだろうか。
そう思って銃形態に変えたガンブレイズでアーツ<琰砲>を発動させる。
結果は虚しくも撃ち出さた光弾がアモルファスを通り抜けたのだ。
1ポイントすらダメージを与えることのできないこの状態が何時まで続くのか。アモルファスが反撃を行わないのは何故か。考える時間は豊富に与えられていた。
いつしか三人は攻撃する手を止めていた。
三人が攻撃しようとしまいと現状は変わらない。
「何が起っているんでしょうか?」
ふとフォラスが問い掛ける。
それにユートは「わからない」と首を傾げ、タークは無言で焦燥する思いを浮かべていた。
「――?」
突然アモルファスの手が伸びる。
槍のように先が尖っているそれはどういうわけかユート達とは違う、明後日の方向に伸びていったのだ。
程なくして遠くの方で悲鳴のようなものが聞こえてきた。
そして流れ込んでくる光の粒子。
影を纏っているような体のアモルファスがいつしかその体の色を変化させていた。
影よりもより深く濃い黒。言い表すのならば闇だろうか。
夜の闇に浮かぶ星々のように吸い込まれて煌めく光の粒子。その煌めきは一瞬で直ぐに闇に呑まれてしまう。
この最後の煌めきが切っ掛けになったのか、アモルファスは更なる奇妙な挙動を見せ始めた。
まるで何体も重なり合うようにぶれるアモルファスは程なくしてその残影全てが一つに重なりだしていった。
四つが三つ。三つが二つ。二つが一つ。
重なるごとに色を濃くしていくアモルファスは遂にその全身を変貌させた。
頭部には黒一色の仮面。目や鼻の穴や凹凸すら何もないのっぺらぼうみたいなそれは頭部全てを覆い尽くしていく。
体は全身をラバースーツで覆っているかのよう。
手を変化させて武器としていたこれまでとは違い、今のアモルファスの手には装飾も何もない剥き出しの刀身が握られている。
「武器?」
タークが目に入った疑問をそのまま口に出す。
実際それまでには見られなかった変化を象徴しているのが握られている剥き出しの刀身。
まるでその姿はよりプレイヤーに近付いていったかのようで、自ずとユートはアモルファスとの距離を広げていた。
「ユート君、危ない!」
誰も手を出せずにいた状況で真っ先に動いたのはアモルファスだった。
刀を使うプレイヤーを彷彿とさせる動きだ。あるはずのない鞘に刀を収めて居合い斬りのように攻撃を行う。狙いはユート。プレイヤーよりも早い動きをみせるアモルファスにフォラスが放った矢が命中した。
「あれ? 攻撃が効いた!?」
矢を放った当人すら驚いているのはそれが通用するとは思えなかったからだろう。それでも矢を放ったのは半ば脊髄反射のようなもの。
それを防いだのもまたアモルファスの反射的な行動だった。
ユートを攻撃するために準備していた挙動を矢を弾くことに使う。正確に、それでいて即座に行われた一連の行動は防御であると同時に攻撃でもある。
流れるように繰り出される刀による一撃はユートに向けられた。
「くっ」
ガンブレイズと打ち合うアモルファスの刀。
それぞれの膂力に差があるのは明白。ユートはいとも容易く押し飛ばされてしまった。
尻餅をつかないようにガンブレイズを地面に突き刺して堪える。
そんなユートにアモルファスが追撃する。
「ちょっ、危なっ」
「二人の動きが速すぎて狙えない。フォラスさんはどうです?」
「さっきのは偶然。私もユート君を外して攻撃することは難しいかもしれません」
「どうすれば?」
「いずれチャンスがやってくるはずです。だから――」
タークとフォラスはそれぞれの武器を構えたまま、ユートとアモルファスが繰り広げる戦闘を見守り続けていた。
繰り広げられる剣戟。
徐々にではあるがユートの体にはアモルファスの刀による切り傷がつき始めていた。
ダメージにはなっていないもののそれは確かな傷だ。寧ろ何故ダメージと認識されていないのか不思議なくらいだ。
流血表現のような過度なダメージ表現は適応しないように設定しているために体の表面に見られるのはポリゴンの欠落のような簡単な傷跡だけ。
長らく斬り合っているいると遂にその均衡が破られた。
アモルファスの振るう刀がユートの太股を掠らせたのだ。
それでも本来ならばその傷は大したものじゃ無かったはず。だというのにこの僅かな傷がダメージであるとシステムに認識された途端にユートのHPゲージがみるみる減少を始めた。
「そんな、拙い、このままじゃ――やられる」
HPゲージの減少は受けた傷に比例していない。
抱く焦燥感に襲われながらも、ユートは逃げるという選択肢だけは選ばない。そう自分に誓っていた。