R:ep.26『剣士、二週目の戦闘の間で』
アモルファスを取り逃してしまったとはいえ二週目の戦闘は続いている。
敵がいなくなって手に入れた平穏はいとも簡単に失われてしまう。
「フォラスさん。そっちに行きました!」
「わかりました」
目の前の相手と切り結んでいるユートが離れた場所にいるフォラスに声をかける。
戦っている相手は四人組のプレイヤー。
ユートが対峙しているのはその中でも近接武器を使う二名。残る二名はどちらも猟銃のような形をした武器を使っていた。その対処を担っているのが共に戦っているフォラス、それとタークだった。
アモルファス戦を経て協力関係を築いていたのだ。
四人のプレイヤーとの戦闘はアモルファス戦と比べれば多少楽に感じられていた。相手の攻撃の威力はそれほど高くもなく、動きもまだまだ熟練者とは雲泥の差があるように思えた。
「うわあっ」
矢と暗器を受けて怯むプレイヤーにむけてフォラスの更なる攻撃が繰り出される。幾度となくまともに攻撃を受けたことで猟銃を持っているプレイヤーが消滅した。
「こちらは終わりました」
「残りはユートさん、お願いします」
二人の視線がユートに向けられる。それを受けたユートは強く踏み込んで正面の相手を斬り付ける。
グンッと減るHPゲージ。
二度三度と繰り返された攻撃を受けて戦っている相手プレイヤーは消滅する。ユートはそれを見届けることなく振り返って残る一人にガンブレイズの切っ先を向けた。
「さて、残ったのは君だけだ」
自分が生き残ることよりも相手を倒すことに意味がある戦闘ではたった一人といえど逃がすうま味はないに等しい。
それでもと逃げ道を探しているプレイヤーにタークが放った投擲攻撃が命中した。短い悲鳴を上げてよろめくプレイヤーの隙を見逃さずにフォラスは力一杯引いた矢を放つ。
続け様に与えられるダメージはそのプレイヤーを敗北に導いた。
「これで話ができますね」
アモルファスと戦った場所から三人が移動した目的は落ちついて話をすること。
開始してまだそれほど時間が経過していないためか移動した先にも別のプレイヤーがいて、それとの戦闘が始まってしまったというわけだった。
戦闘を終えると近くに程よく隠れられそうな場所を見つけ三人はそこを目指して移動を始めた。
念のため、周囲に対する警戒は怠らすに。
「この辺でいいでしょう」
外からは見つからず、それでいて壊れた窓からは外の様子を窺うことができる場所。
崩れたビルの二階にある一室で三人はそれぞれ崩れた瓦礫を椅子の代わりにして腰掛けた。
「それで、どうしてタークさんがアモルファスを追っていたんですか?」
口火を切ったのはユート。
フォラスと共に調査を目的に始めたゲームで見つけられた異変。それがアモルファスだ。その討伐が異変の解決に直結しているなどと安易なことは考えてはいないが、それでも何かしらの関連性はあるとは思っていた。
だからこそ解せないのだ。ゲームには直接関係していないはずのアモルファスを追っているプレイヤーが自分達以外にもいたことが。
「それは……」
タークは思わず口を噤む。
逡巡する素振りを見せる彼女は何を話すべきか迷っているようにも見えた。
「正直に話しますと、俺達がアモルファスを追っていたのは仕事です」
「仕事? ゲームをプレイしているだけなのに?」
「ゲームを試しにプレイしてのデバッグ作業みたいなものですよ」
「デバッグって。そんなの普通はゲームをリリースする前に終わらせておくものじゃないんですか?」
ユートとフォラスの言葉を受けてタークは素直に疑問をぶつけた。
「まあ、普通はそうなんでしょうけど。今回の異変はリリースしてから現れたものらしいので」
曖昧ながらも答えたのはユートだった。
自分が知る情報で確かなものを選んでいると話せることは無くなってしまう。だからこそ確証は無くとも可能性が高いものを口にするしかなかったのだ。
語られる説明を受けてタークは一層眉間に皺を寄せてしまった。
今まで以上に迷っているような表情を浮かべるタークは僅かな沈黙の後にぽつぽつと話し出した。
「私がこのゲームを始めたのもお二人と同じ目的です」
「というと、デバッグですか?」
「あ、ちょっと違うかもです」
即座に否定するタークは少し申し訳なさそうに俯いた。
「私の目的はアモルファスなんです」
「それはどういう意味で?」
「討伐……可能なら消去するという意味です」
「そんなこと一般のプレイヤーにできることじゃないですよね」
ちらりとフォラスの顔を見るユート。そのと問い掛けにフォラスは頷て答えた。
「ええ。討伐なら可能かも知れませんけど、消去となるとゲームのシステムに作用することですから、通常は不可能です。可能なのはゲームの運営側の人間か、あるいはこの施設に関係している人間くらいのはず」
「私は後者の方です。実は、私はこのイベントを企画したチームの一人なんです」
「かといってそんな権限、一個人が持てるようなものじゃないはずです。運営の人間でもそのようなことができる人は一握りなんですよ」
「――知っています」
言い淀むタークに詰め寄るフォラス。フォラスははっきり言わないタークを見てまさかと表情を硬くする。
「ゲーム内からシステムを操作する手段があるというの?」
普段のゲームならば管理者権限があればどうにかすることもできる人がいてもおかしくはない。
しかし今回のゲームでは多少事情が異なっている。
一番大きな問題として現実で流れている時間とゲーム内で体感している時間の流れが違うことが上げられる。これにより外からの干渉は開催中は不可能に近く、その逆もまた然り。
だからユート達に与えられた仕事はあくまでも調査。そして障害となっている原因の究明だけに留まっているのだった。なのにタークは暗にそれが可能だといっているのだ。
そうなればもはやタークが一般のプレイヤーではないことは明白。
殊更その目的に関して問い詰めないわけにはいかなくなってしまった。
「もう一度聞きます。タークさんの目的は何なんですか?」
繰り返しタークが答える。目的はアモルファスなのだと。堂々巡りを始めた応答に困ったと顔を見合わせた二人は暫しタークの言葉を待つことにした。
嫌な沈黙が流れる。
重々しい空気から逃れようと視線をガラスのない窓の向こうへと送った。
程なくしてカツカツカツっと硬い壁を指で叩く音がする。
叩いているのはタークだ。
タークは何かを言おうとして止めた。その繰り返しとこの居たたまれない空気に耐えることが苦痛になったのだろう。逃避のための所作が表に出始めていた。
「タークさん、お願いします。このままだと俺達はまたアモルファスを逃がすことになりかねない」
「だから言っているじゃないですか! 私の目的はアモルファスをどうにかすることだって!」
「なら質問を変えます。どうしてタークさんはアモルファスを狙っているんです?」
「それは……」
「誰にも口外しないから。ね」
そっとタークの肩に手を置いて優しくフォラスがいった。
「アモルファスは私の元同僚が作ったプログラムが生んだ産物なんです」
「えっ!?」
驚く二人の声が重なった。
「それってどういうことです? まさか企画した側が勝手にプログラムを追加したということですか」
ユートが驚き半分、戸惑い半分で問い詰める。
「落ちついてユート君。それでタークさんは誰がそんなことをしたのか分かっているの?」
「はい。それを行った人物は早い段階で判明しました。ただ、その人は既に会社を辞めていて、それに今は何処にいるのかも分かってはいません」
「住所とかは? 会社勤めだったのならデータが残っているんじゃないんですか?」
「電話も解約していて、住所も既に引っ越しをした後でした。引っ越し先に関しては誰も知っている人はいないみたいで。彼と仲の良かった同僚も突然のことで戸惑っていたらしいです」
「犯人に関してはこの際、後回しにするしかないでしょうね。こっちの世界から現実世界に手出しは出来ないですから」
仕方ないというように言ったフォラスにタークは神妙な面持ちのまま頷いた。
「それで、その人が追加したというのがアモルファスに関するプログラムなんですよね?」
「はい」
「そもそもアモルファスっていうのは何なんですか。どうしてゲームそのものに影響を与えるなんて言われているんです?」
「ゲームそのものに影響? いえ、アモルファスはこのゲーム内で無限に成長してプレイヤ襲う襲う敵性プログラムだったはずですよ」
「何?」
「だから私は手が付けられないほど成長する前に消去するために来たんです」
微妙に話が噛み合っていない。
その齟齬を埋めるべく、三人はより自分の知っていることを話すことにした。
「要するになんだ。アモルファスってのはその人物が作った特異なモンスターも同然で、仕様に無いから、勝手に追加したのがばれる前に消去してしまおうということになったということなのか」
「はい。隠蔽といえばそうですけど、私共はまだ運営側がそこまで重要視していないことを知ってましたから」
ユートが確認するようにフォラスの顔を見る。困ったように頷くその様子を見るからにはタークの話は大して間違ってはいないのだろう。
「随分と杜撰な管理をしてますね」
「仕方ないのよ。通常のゲームに直接関係しているのならまだしも、このイベントのためだけにスタンドアローンで稼働しているサーバまでは常時完全に把握することは運営側はしていないのよ。そもそもそういう業務も含めて開催側に委託されているのだから」
肩を竦めて説明をするフォラスにタークは大きく俯いている。
「面目ない限りです。多分今回のが終われば次の開催はないのでしょうね」
「それは、私からは何とも」
一度のミスで全てを失うこともある。それが重大なミスであればあるほど。そして些細なミスであったとしても信用に傷が付いてしまったことは事実として残る。
「いえ。分かっているんです。だとしても自分達が防げなかった事態は自分達の手で収集してみせます」
「あんまり気負わなくても、なんて気軽には言えない感じですね」
「それよりも、アモルファスがゲームにそのものに影響を与えるとはどういうことなんです?」
「私達が知る限りだとアモルファスは戦闘を繰り返す度にその能力値を高めていく」
「それは元々そういう仕様でしたから」
「その途中、アモルファスはシステムにバグを与えることがあるんです」
いまだに進行不能に陥るほどのバグはないらしい。しかし軽微なものならば人のいない町のオブジェクトに見られる歪み。獲得したケースの中身の不詳表示。シャドウの描写の崩壊。などがある。
後ろに行くにつれて徐々に影響を強めている感じがあるのだとフォラスが語った。
「プレイヤーに対しては現状何もバグが出ていませんが、これから先はわかりません。だからそれを防ぐためにもアモルファスをどうにかする必要があるんです」
この一点において両者の意見は一致した。そして、
「アモルファスの出現は今のところこの週末の戦闘が多い印象です。でも仮に普段にも出現しているのだとしたら――」
「ですね」
「タークさん」
「何ですか?」
「聞いておきたいんですけど、アモルファスの消去ってどうやってするつもりだったんですか?」
フォラスとタークの会話に入ったユートが訊ねる。
「それは、これを使うつもりです」
タークが取り出したのは小さくて無骨な短刀。
装飾もなく抜き身なそれはプレイヤーが最初から持っていた武器とは違う雰囲気を持っている。
「これは内側から消去プログラムを起動させるためのもの。私が組んだ特別なプログラムです」