R:ep.23『剣士、二週目の戦いが続く』
炎に直接あたったときみたいな熱風が吹きすさび、耳をつんざく轟音が響き渡る。それも一度や二度じゃない。まるで連続花火のように絶え間なく繰り返されているのだった。
ユートはそれまでいた建物の中から飛び出した。建物の中にいるから爆撃を受けないのではない。寧ろ限られた出入り口から狙撃されるみたいに炎の魔法が飛来しており、その場所に残り続けていたのでは蒸し焼きになってしまうと思ったからだ。
けれど建物の外に出たとしても爆撃から逃れられるわけではない。せいぜい逃げる場所が増えたという程度。それでもどちらの方が安全かなんてことは誰の目にも明らかなことでしかない。
「くっ、フォラスさんは……無事なのか?」
降り注ぐ炎の魔法はなにもユート一人を狙ったものではない。それ以外にも複数の場所で大小様々な爆発が巻き起こっていた。
「これだけの規模の魔法。一体どこから――?」
爆発を必死に避けながらユートは目的の人物を探した。
魔法の発動はアーツの発動に似ている。つまり独特なライトエフェクトが伴う行動なのだ。だから起る爆発地点や撃ち出された炎の起動を辿るのではなく、不自然な発光の元を探ったほうが早いのだ。
巻き起こる爆炎に遮られて確認は難しい。炎の明かりがより小さな魔法発動のライトエフェクトを掻き消してしまうからだ。食らえて魔法を使っているプレイヤーが視認できる距離にいるという保証もない。けれどこのときのユートにはこの魔法の攻撃は遙か彼方から当てずっぽうで行われているとは思えなかった。
「そこかっ」
回避行動を最小限に抑えて多少の爆炎の影響は無視して目を凝らすと程なくして目滅を繰り返している地点を見つけた。
瞬間真剣な眼差しで駆け出すユート。
炎と煙のなかに飛び込むと人影らしきものに目掛けて手に持たれた剣形態のガンブレイズを振り抜く。
「えっ!?」
「うわああああああああああああああ」
白煙を斬り裂いた先、そこにいたのは確かに魔法を使っているであろうプレイヤーだ。しかし、それが今や無数の光の粒へと姿を変えていた。
断末魔だけを残して消えたことで振り続けていた炎の勢いが減衰した。一人が倒れたとして攻撃が止まらないということは他のプレイヤーが同じような魔法を使って攻撃を続けている証拠だ。
「一体、誰がこの人を……いや、待てよ。まさか俺が誘い込まれたのか」
ここで魔法を使っていたプレイヤ-を倒したのは自分ではない。ならば他の誰かがやったはず。突然の事態に動きを止めてしまったユートは慌てて周囲を見渡した。
しかし、未だ晴れない白煙が文字通り煙幕となってその姿を隠し続けている。
警戒心を最大にまで高めて身構える。
腰を落としていつでも攻撃ができるようにしているユートの背後で突然白煙が斬り裂かれた。
「シッ」
「うおっ」
振り抜かれる攻撃をユートはガンブレイズを使って防御する。
襲いかかる衝撃は僅かに違和感があった。正面で受け止めたはずなのに最も衝撃が強かったのは何故か側面だったのだ。
「お前が……」
白煙を斬り裂いて姿を現わしたプレイヤーの手にあった武器は巨大な鎌。シンプルな柄に三日月のように弧を描いた刀身。対象の体を斬り裂くことだけを目的とした武器を持った女が不敵に笑いユートを見つめている。
「ハッ、まるで死に神だな」
挑発するように呟くユートに女はあっけらかんとした様子で、
「そうね。あながち間違ってはないのかも。だって、ここでアナタの命を刈り取るのはミュウだもの」
「ミュウ……それがお前の名前か」
「ええ。アナタを倒すヒトの名前よ」
芝居がかった物言いをするミュウが怪しく笑っている。
ミュウの頭上に浮かぶHPゲージは全快状態を維持している。それはすなわちここに至るまで彼女が戦闘を避けていたのか、あるいは無傷で相手を葬ってきたのどちらかだ。
「シッ」
短く息を吐き出してミュウが襲いかかってきた。
軽々と持ち上げた大鎌が近くの炎を反射してオレンジ色に輝いている。
斜め上からの切り落し。続いて斬り上げ、切り払い。流れるような一連の攻撃は一切淀みなく繰り出された。
「うわっ、くっ、このっ」
避けて、避けて、避ける。
先程とは違い受けることはしない。
相手の武器が大鎌だと知って受けることは不利に働くと考えたのだ。
そういう意味では先程防御できたのは幸運だったと言える。
「まだまだ、こんなもんじゃないよ」
体操選手がフープを自在に操るようにミュウが大鎌を振り回す。その都度ユートを鋭い斬撃が襲う。
「みたいだな。けど……そろそろ目が慣れてきたぞ」
「嘘ね」
「どうだかな」
体を軸に回転する大鎌は不規則ながらも正確な攻撃を繰り出している。だからこそ読みやすい。全ての軌道を読むことが困難ならば自分に当たる直前だけでも見切ればいい。
相殺できないような攻撃は避けて、それ以外の攻撃のうち狙いの甘いものを的確に穿つ。
「どうだっ」
「ありえない」
ガンブレイズに弾かれて軌道を逸らした大鎌が打ち上げられる。しかしそれすら自らの加速に変えてミュウは大鎌を振り回してみせた。
「防いだって無駄。そのくらいじゃ止まらないわ」
一層勢いを増す大鎌の攻撃は遂にその刀身に輝きを宿らせた。
「アーツか!」
「狂い咲きなさい! <乱れ桜>!」
その名が示すように刀身に宿る光の色は薄桃色。その効果は純粋な威力の増加だけではないはずと冷静に見極めるべくユートは一歩後ろに下がる。
「逃がさない!」
あまり移動することはなく一点に停止して大鎌を振るうのがミュウの戦闘スタイルだとばかり思っていたユートはその突然の挙動の変化に戸惑いを覚えた。
絶えず大鎌を動かしているのは変わらない。だが突然の加速を伴う突進は桜色の軌跡を描きながらユートに詰め寄ってきたのだ。
「<光刃>!」
アーツに対抗するのはアーツが適当だ。すかさず使い慣れた斬撃アーツを発動させたユートは光を伴うガンブレイズで大鎌と打ち合った。
「ぐおっ」
「そんなっ――」
アーツ同士の打ち合いは互いに大きく体を仰け反らす引き分けに終わった。
瞬間的な発動をするユートのアーツに比べて大鎌を振り回すことで一層威力を高めているミュウのアーツとでは再現性が大きく異なる。再び発動させることで同威力まで即座に持っていくことのできるユートに比べて予備動作が必要となるミュウとでは次の行動に大きな差が出てしまうのだ。
本来ならば即座に追撃したいはずだがミュウは仰け反り状態から早く復帰するためなのか大鎌の柄を地面に突き立てている。
「これで――って、何ぃ!?」
再びアーツを発動させようと意気込んだ途端、ユートの目の前が激しく爆発した。
「ちっ、はずした……」
「これも攻撃なのか!?」
「地雷を作り出すアーツ、<血染機雷>よ」
丁寧に自身のアーツの名称を宣言するミュウは再び大鎌の石突きで地面を叩く。
ユートとミュウの立っている狭間に点々と十センチくらいの丸い光が灯り、次の瞬間それが爆発する。発動から爆発まで一連の動きに要する時間は僅か五秒程度。その特性を認知した後も前も余程気を配らなければ張り巡らされた罠に掛かる獲物のように追い詰められていくことだろう。
「地雷ならこうすればいいさ」
ガンブレイズを銃形態に変えて、僅かに色の違う地面を撃つ。
引き金を引く度に巻き起こる爆発は誰にも命中することなく地面を破壊するだけだった。
「もうっ、生意気ね」
「見えてる地雷を踏むヤツはいないってことだな」
「きーーーーーー」
ニヤリと笑って見せるユートにミュウは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「それも何かのアーツって可能性はあるか」
「ちっ」
大鎌の石突きで地面を付くことで地雷を作り出すことが出来るのなら自分の足でも同様だろう。事実舌打ちをして大鎌を構え直したミュウは目に見える悔しさなど何処に行ったのか。平然とした様子で正面のユートを見た。
「小手先の小細工は十分見せて貰ったよ」
「そうね。アンタは正面から斬り伏せてあげるわ」
一拍の間を置いて再開した大鎌とガンブレイズによる打ち合い。
先程と違うのはユートが回避することなくその攻撃を的確に打ち払っていることだろう。
永遠に続くと思われた拮抗した攻防は不意の炎の襲来によって遮られた。
「あー、もうっ、鬱陶しい!」
大鎌を使って炎を振り払うミュウがいった。
新体操のバトンのように回転させながらのその動きは完璧に炎を防御している。
ユートは炎を避けている。
自分に当たりそうなものだけを見極めて避けて、それ以外は無視。自分の後方や数メートル離れた場所に落ちる炎が地面を焦がし、白煙を立ち込ませ続けて未だこの近くの視界は悪いまま。
とはいえ二人共々近くに居すぎるせいか、煙で身を隠すことはできていない。自分達の意に反して作られ続けている煙幕は二人にとってはただただ邪魔なものでしかなかった。
「せやッ」
炎を払う隙を突いてガンブレイズを突き出す。
「痛っ」
ミュウの肩を掠めるガンブレイズ。
ダメージとしては微々たるものだった。けれどこれまで無傷を貫いてきたミュウにとっては到底看過できないダメージであった。
「よくも――」
一転、それまでには見せなかった明確な敵意がミュウの瞳に満ちていく。
余裕が無くなったのではなく目の前にいるユートに集中した。そう判断できるほど、ミュウが振るう大鎌が曲線的な動きから直線的な動きへと変わっていた。
しかし動きを変えたことはユートにとって有利に働いた。
いまひとつ捉え切れていなかったのはあの巧妙な曲線的な動きだ。大鎌という武器の特性を余すことなく発揮したとすら思えた攻撃も直線的になれば意味はない。せいぜい穂先が変わった槍を相手取っている程度でしかない。
器用に刀身を避けながら接近していくユートは自身の間合いに入った瞬間に躊躇することなくガンブレイズで斬り付けた。
「えっ、なんで――」
拮抗していたはずが徐々に追い詰められていく様にミュウは信じられないと言葉を漏らす。
反面ユートは細々としたものではあるがダメージを蓄積させていく。
「これで、決める――!」
気合い一閃。ミュウの肩口から腹部に掛けて上から下へ真っ直ぐ斬り付けた。
何度目かになる炎が地面で爆発する。
舞い上がる白煙を斬り裂いた一撃がミュウのHPを大きく減らした。
「ま、まだ……回復すれば」
ぎりぎり一割未満を残して耐えたミュウは辿々しい動きで回復ポーションを取り出して使おうとした。が、これまた炎による爆発の衝撃を受けて取り落としてしまっていた。
虚しく地面を転がる回復ポーション。
頑丈な瓶に入っていることで中身が溢れることはなかったが、これが決定的な要因となったことは言うまでも無い。
ユートはアーツを発動させることもなく残るミュウのHPを奪った――はずだった。
「――っ、今回は出現が早すぎるだろ」
最後の一撃を繰り出そうとしたその刹那。それまで聞こえ続けていた炎による爆発が止んだ。それと同時に自分の足元の影がいきなり巨大な杭となって出現したのだ。
それがミュウの攻撃ではないことは明白。それまで使用していた攻撃の雰囲気と明らかに異なっていたからだ。そして自分の攻撃でもない。このようなことができるアーツをユートは持っていないのだから。
ならば何者による攻撃なのか。
それを考えるまでもなく、何故か視界の先にはっきりと映るその存在はバグったゲームのキャラクターのように体を震わせていた。
「あ、ああ……」
ユートによる攻撃ではない攻撃で残るHPを全損させたミュウがその体を光の粒子へと変える。
静かになった戦場でユートは一度息を整えると出現したソレに向き合う。
「見つけたーーーーーーーーーーーー」
一触即発といった雰囲気を破るように、別の誰かの絶叫が木霊する。
ユートの後方。
ソレとは反対側に現れたのは、
「えっ、タークさん!?」
見覚えのあるプレイヤーがソレを指差して宣言する。
「探し続けてようやく見つけることができた。だから! ここで倒させてもらいます。アモルファス!」
毎回少しずつ姿を変えているソレをタークは迷うことなく【アモルファス】と呼んだ。