R:ep.21『剣士、インターバルで強化を試みる』
特殊ルールの下行われた戦闘が終わってゲーム内で既に五日もの時間が経過していた。つまり二回目の特殊戦闘が始まるまでもうあと二日もないということになる。
あの戦闘の結果は【レッドウエスト】側の勝利になっていた。理由はユート達がいた戦場とは違う場所で繰り広げられていた戦闘に件の勢力が大勝したかららしい。驚くことに勃発した戦闘に参加したレッドウエスト側のプレイヤーの半数以上が生き残り、反対に【ブルーイースト】側のプレイヤーの八割以上が倒されてしまったのだという。
その戦闘の結果、ゲームエリアの占有率を示した特殊マップには赤い箇所が増えた。とはいえまだ最初の戦闘。ゲームの進行に対してそれほど大きな影響がもたらされたわけでもなく、負けたブルーイースト側のプレイヤーは次こそと自身の強化に邁進するようになっていた。
ユートもその一人だ。尤もその理由は少しだけ他のプレイヤーとは違っているのだが。
「よしっ、倒した!」
目の前にいるシャドウに向かってガンブレイズを振り抜いた。袈裟斬りの一撃を受けて霧散したその足元には無骨な金属製の小さいケースが転がっている。
「何か良いもの入っているといいけど」
時間が経過したからか最近はエリアの探索でケースを見つけることは少なくなっていた。それでも一定の確率で見つけることはできたし、完全に手に入らなくなったというわけではないのだが、そこから手に入るアイテムが現在の自分達にそぐわないものが増えてきたように感じていたのだった。
それならばと普段のゲームでいうモンスターに該当するシャドウを倒すことでドロップアイテム代わりのケースの収集に臨んでいるというわけだ。ケースから得られるものもエリアの探索に比べて当たり外れが大きいもののまだ使えるものが手に入るとされているからだ。
「どうでした?」
弓を携えたフォラスが駆け寄って聞いてきた。
ユートはケースのロックを外し蓋を開けると、
「駄目ですね。回復ポーションは入ってましたけど、当たりとまでは――」
この状況で当たりに該当するのは装備品だった。それも防具ではなく追加で装備することのできるアクセサリ系。あとは武器や現在の装備を強化するための素材。回復ポーションなどは使用頻度は高いものの希少価値があるかと問われれば首を傾げたくなる代物であることは否めなかった。
「よし。次を探してみましょう」
フォラスのキャラクターに無いと思っていたほど前向きに言ってくる彼女の姿に苦笑しながらもユートは頷き別のシャドウを探して遠くを見るのだった。
現在、エリアでのケースの収集確率の低下に反比例するようにシャドウの出没率は上昇していた。さすがに適当に歩いて繰り返しエンカウントするなんてことはないが、プレイヤーが隠れられそうな場所には比較的高い確率でシャドウが潜んでいることが多くなっていたのだ。
このプレイヤーが隠れられそうな場所というのが妙で、下手に無警戒に進めば他のプレイヤーと鉢合わせすることも珍しくない。二つの陣営に分かれてプレイしているとはいえ基本的には個人戦の色を強く残すゲームだ。違う陣営のプレイヤーならば大して忌避感を抱くことなく、同じ陣営のプレイヤーであっても気にせずに戦闘に突入することもあった。これが最終週だったのならば話が違っていたのかもしれないが、一度目の特殊戦闘だけでは完全にリタイアするプレイヤーはおらず、総プレイ人口はまったくと言っていいほど減少していなかった。
何より一度倒されていたとしてもまだもう一回は問題無いと考える人も多いようで、一度の敗北のリスクを負ったとしても自身の強化を図るプレイヤーも一定数存在しているのだ。残念なことにそういうプレイヤーにはこつこつとエリアを捜索したり、シャドウを倒したりといった地道な努力をすることよりも、ある程度アイテムを持ったプレイヤーを倒した方が楽という考えが蔓延しているのも事実なようだった。
「見つけた。あの建物の影。周囲に他のプレイヤーはなし……どうします?」
「勿論倒しましょう。即時戦闘、即時討伐、即時離脱が今の私達の作戦ですから!」
そう言ってフォラスは弓を構える。いつの間にか矢が装填されており、これでいつでも戦闘を始められると言っているみたいだ。
「わかりました。フォラスさんいつものように先制攻撃お願いします」
「任せて!」
言うや否やフォラスは矢を放つ。
放物線を描くことなく真っ直ぐ飛んでいく矢は無言で佇んでいるシャドウの体に命中して確かなダメージを与えるのだった。
「先制攻撃、成功!」
「行きますっ」
次の矢を掴むフォラスをおいてユートは駆けだしてガンブレイズの銃口を向けた。刹那こちらを向き臨戦態勢をとるシャドウは両手を変化させて盾と斧槍を構えた。
「重騎士タイプか。防御力は高いし、攻撃力もそこそこ、だが――速度が圧倒的に足りない!」
シャドウはそれが使う武器によって系統が分かたれていることが多い。それもまたプレイヤーをトレースしていると言えばその通りなのだが、リーチのある武器と盾を持った個体は両手武器を持った個体と同じく機動性を犠牲に攻撃力や防御力を高めた特性を持っていることが多かった。
故に重騎士タイプと呼称したのはユート。
これまでに見たシャドウの中にはフォラスのように弓を使う銃士タイプがいた。弓を使うならば弓士タイプではないのかとフォラスに言われたこともあったが、弓を使うシャドウの挙動と銃やボウガンを使うシャドウの挙動に共通点が多く見られたことから銃士タイプと呼ぶと説明したら納得されたのだった。
杖を構え魔法を使う個体もいてそれらは術士タイプと。他には盾を持たずに片手用の素早く振れる武器を持った個体を戦士タイプと呼ぶようになっていた。
牽制の意を込めて引き金を引く。案の定撃ち出された弾丸はその盾に阻まれ直撃することは無かったがただでさえ足の遅い個体だ。さほど難しくもなくその場に押しとどめることに成功していた。
ユートの頭上を越えて一陣の光が重騎士シャドウへと飛んでいく。それはフォラスの二射目であり、先程よりも丁寧に狙いを定めた一撃だった。
放たれた矢は重騎士シャドウの防御の隙を突いて肩に命中する。
光を伴っているということは通常の一撃とは異なっている、所謂アーツを発動させたものだったのだろう。与えるダメージも衝撃も比べものにならないくらいに高く、それを受けた重騎士シャドウは大きく体を仰け反らせていた。
「今っ」
相手の動きの速度は予測が付いていた。ユートはガンブレイズを剣形態へと変えて、無防備を晒している背後へと回り連続した斬撃を与える。
ガンガンガンっと二人の攻撃が命中する度に重騎士シャドウの頭上に浮かぶHPゲージは減っていく。
近くに居るユートの方が攻撃が届くと判断した重騎士シャドウは振り返りダメージを受けながらも斧槍を振り上げる。しかし、それを好機とみたフォラスが再びアーツを発動させて大きなダメージと衝撃を与えてその動きを阻害してみせた。
「これで、とどめっ、<光刃>」
再び重騎士シャドウの背後に回ったユートは得意の斬撃アーツを放つ。
横一文字に刻まれた傷跡が見えたのも束の間。HPを全損させた重騎士シャドウは無数の光の粒子となって弾け消えた。
「お疲れ様」
「お疲れさまです」
軽快な足取りで駆け寄ってくるフォラスに応え、ユートは地面に転がっているケースを拾う。
「今度は良いものがあるといいですね」
慣れた手付きでケースを開けると中に入っていたのはシンプルなデザインをした金属製の腕輪だった。それはアクセサリ制作スキルの練習で作るような代物で、お世辞にも高い性能を有しているとは思えないものでしかない。
「うーん、これは……」
微妙な表情を浮かべるユートの手元を覗き込むフォラスもケースの中にる腕輪を見て同じような表情になった。
「外れ…とは言い切れないですけど……」
当たりではないと断言できる。
現状アクセサリの絶対数が少なく使えないと言い切れるほどでは無いとはいえ、これから先同じようなものが出てくることは容易に想像ができたからだ。
「どうします? マーケットに流してみますか?」
先の特殊戦闘が終わってから解禁されたものがある。それがマーケットという簡単に言えば個人がが要らないものを金額を指定して全プレイヤーが利用出来る店に出すといったものだ。
基本的に売られているものは余ったもの。つまり余剰となった回復ポーションや、自身の武器には使えない強化素材など。ときには使えそうな装備品が出ることもあるが、その金額はおおよそ自分で探し回った方が良いとすら思えるほどだった。
「買い手いますかね?」
「値段によるんじゃないですか? 正直私達が持っていても使う事は無いと思いますし」
そう言ったフォラスの腕には既に左右別々の腕輪が装備されている。ケースを持つユートも同様だ。
特殊戦闘が終わってから今日に至るまで二人はアモルファスを相手にするには自分達の実力不足を痛感し、出来うる限りの強化を図っていたのだ。シャドウを討伐してのアクセサリ収集もその一環、というよりは回復ポーション等の消費アイテムはある程度備蓄することが出来ており、既にそれこそが現在の目的となっているのだった。
「そうですね。マーケットに出してみましょうか」
本来何も躊躇する必要が無いはずの出品という行為であるが、これには実に巧妙なところがあり、出品も購入も全てのプレイヤーが同じマーケットで行えるという事実だ。つまり売りに出されているものはどの陣営のプレイヤーが出しているのかわからず、また自分が出品したアイテムも相手側のプレイヤーが購入する可能性があるというわけだ。
下手なものを出品すれば相手を強くしてしまう。ならば持ち続ければいいだけだが、個人のストレージには限界が設定されている。その場に棄ててしまうことも出来なくはないが、棄てたアイテムは基本的にゲーム内の時間で一日消えることなく残り続けるという検証も過去にされていた。棄てたアイテムを拾うのは誰になるかわからない。出品の手間を面倒くさがって何も得られないよりはマーケットに出した方がいいというのもまた事実であった。
手に入れた腕輪をストレージに収め、二人はまた別のシャドウを求めて歩き出した。
それは二度目の特殊戦闘の幕開けまで続く強行軍だったのは言うまでも無い。




