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迷宮突破 ♯.12

 爽やかな風と共に現れたのは初めて目にするキャラクターだった。


 腰まで伸びる紅い髪。着物のようなデザインのロングコート。俺が作ったユウというキャラクターよりも痩せていて十センチほど身長が高い。腰から下げられているのは日本刀だろうか。


 スタイルの良いそのプレイヤーの細い腰から提げられた刀の鞘の先は今にも地面に付きそうなくらい長い。


 思わず見とれてしまいそうになるようなスラリと伸びた長い脚をしたそのプレイヤーはモデルのような動きでゆっくりとこの部屋に入って来る。


「来るなっ!」


 突然の出来事に目を奪われている俺の隣でハルが叫んだ。


 忘れてしまっていたがこの部屋の扉は内側から開かないのだ。今偶然にも開かれたその扉が閉まってしまえば次に開かれるのはいつになるか解からない。


「遅かった、か」


 俺の願いも空しく、開かれた扉が大きな音を立てて閉ざされてしまった。


 新たにこの部屋に現れたプレイヤーは満身創痍に近い俺たちを見て不思議そうに首を傾げてみせる。


「おい、そこのアンタ。気を付けろ、襲ってくるぞ――」


 ハルが言い終える前に複数いるコボルドの一部が俺たちからその赤髪のプレイヤーに狙いをかえてしまう。


 奇しくも俺たちと戦っていたコボルドの内の数体がこちらから離れたことで迎撃戦をしている俺たちは少なからず楽になっていた。


 でも、それはあの知らないプレイヤーを巻き込んだということに他ならない。


 自分たちが巻き込んだというのに、コボルドによって前を塞がれているから助けに行けないなどというのはただの甘えだ。


「ユウ、行けるか?」

「あ、ああ。皆を頼むぞ」


 ハルの声で俺は落ち着きを取り戻すことができた。


 ここで赤髪のプレイヤーを見棄てることなど出来ない。俺の力が足りないとしても、その僅かな力で助けになれることが少ないのだとしても、ここで行かなければ例えこの戦闘を生き残ることができたとしても後悔が残ってしまう。


 そんな俺の気持ちを汲んでくれたのだろう。


 三人は同時に攻撃を繰り出し、俺が駆け抜けるための道を作り出してくれた。


「行けっ! ユウ!」


 ハルの声を合図にして俺はこの部屋に現れた赤髪のプレイヤーの元へと駆け出した。


 剣形態の剣銃で近くにいるコボルドを斬り付け、銃形態で遠くにいるコボルドを狙い撃つ。


 全力のダッシュと全力の攻撃を繰り返すことで俺は赤髪のプレイヤーの元へと辿り着いていた。


「すまない、巻き込んだ」


 不自然なほど冷静にこの光景を見つめている赤髪のプレイヤーに向けて謝っていた。しかし、まるで俺の謝罪など必要無いとでも言うように赤髪のプレイヤーは優しく微笑んでみせてくる。


「何を……」


 俺が疑問を声に出す前に、赤髪のプレイヤーは静かに刀を抜いて、鋭い剣閃を放つ。


 それは時代劇などでよく目にする居合切りのような攻撃だった。


 閃光が瞬いた次の瞬間、赤髪のプレイヤーが刀を振り抜いた軌道を辿り、蜃気楼のような大気の歪みが出現した。


「え? そんな……」


 目の前で起こったことが信じられないという風に俺は言葉を失っていた。


 今まで俺たちは誰一人としてまともなダメージを与えることが出来なかったコボルドを一刀のもとに斬り伏せて見せたのだ。


 俺が自身に強化を施した攻撃でもハルが発動させた技でもコボルドのHPを削ることができたのはごく僅か。そのために何度も何度も攻撃を加えてようやく一体を倒せていたというのに、この赤髪のプレイヤーはたった一度刀を振り抜いただけで、いとも簡単にコボルドのHPを全て削り取ってしまった。


「下がっていな」


 声変わりをしていない少年のような声を発する赤髪のプレイヤーが自然体のまま刀を構えて走り出していた。


 視線の先ではハル達が今も戦いを繰り広げている。


 驚いたことに赤髪のプレイヤーは倒したコボルドが復活する前に別のコボルドを倒していったのだった。


「熱っ」

「寒っ」


 同じ場所にいるはずなのにハルとマオはそれぞれ真逆の感想を口にしている。


「うわっ」


 二人に続き、リタが突風に煽られた時のように手で顔を覆っていた。


 赤髪のプレイヤーが刀を振るう度に消滅していくコボルドを見つめ、三人は自然と身を寄せ合うようにして壁際に集まってきていた。


「君達、無事かい?」

「え、あの……」

「もう少し辛抱してくれよ」


 それからも赤髪のプレイヤーは同じように二度三度と刀を振るうだけでここにいるコボルドをあらかた倒してしまっていた。


 残るのは戦闘の中心地から外れ隊列に加わることの出来なかった個体だけ。それも赤髪のプレイヤーは凄まじい速さで走って近付き次々と簡単に片付けていってしまう。


 赤髪のプレイヤーが全てのコボルドを瞬く間に討伐してしまうと、俺の耳に大袈裟なファンファーレが聞こえてきた。


 普段の戦闘ではけっして聞こえてこないもの。それが聞こえてきたということはこの戦闘は迷宮攻略イベントのなかで起こる小規模なイベント戦闘だったということか。


「ふう、こんなものかな」


 刀を鞘に納め、ハル達のいる場所に戻ってくる。


 呆然と赤髪のプレイヤーの戦いに見惚れていた俺も慌てて三人に合流した。


「うん。どうやら怪我はしていないようだね」


 芝居がかっているというのだろうか、仰々しい物言いをする赤髪のプレイヤーは妙にそれが様になっているように見えた。


「あの……ありがとうございます。助かりました」


 パーティを代表してリタが礼を言う。


 その後に続いて俺たちが軽く会釈してみせた。


「ん、気にしないでくれ。このくらいオレにはなんでもないからさ」


 俺たちが手こずったコボルドもこの赤髪のプレイヤーにとってはそこらにいる雑魚モンスターと同じだといっているようだ。


 普段なら自分たちの実力が足りていないのだと言われているようで頭にきそうなものだが、この赤髪のプレイヤーに言われると不思議と文句も出てこない。


 最初に圧倒的な実力差を見せつけられたせいなのか、それともこのプレイヤーの人柄なのか、どちらにしても助けられた形になった俺たちはただ純粋に感謝するべきなのだろう。


「ところで、あの宝箱はなんなんだい?」


 蓋が開かれてもなお光り輝いている宝箱を指差して尋ねてきた。


「あれは……」

「さっきのモンスターはあの箱を開けたことで現れたんだと思う。だから中身は確かめてないんだ」

「だったら、ほら早く手に入れようじゃないか」

「いや、俺たちは遠慮するよ。君が入手してくれ」


 言い淀むリタに代わりハルが説明した。


 ここでの戦闘のMVPは間違いなく赤髪のプレイヤーだ。


 俺たちが先にここにやって来ていたとしても、生き残らなければその宝箱の中身を手にすることはなかっただろう。それを分かっているからこそこの宝箱の中身を手にする権利は赤髪のプレイヤーにあると俺たちは考えていた。


「どうしてだい? 君達の方が早くここに来ていただろう?」

「でも、君が来なきゃどうしようもなかったから……」

「そんなこと気にしないで。早く中身を確かめに行こうよ」


 頑なに動こうとしない俺達に赤髪のプレイヤーが告げた。


「そうだね。行こう」


 いつまでも断り続けるのも失礼だ。それに中身が何なのか気になっているのは俺達も同じだった。


 赤髪のプレイヤーに続いて宝箱の前まで来た俺たちは揃って箱の中を覗き込んだ。


「これは……何だ?」


 箱の中身を取り出した赤髪のプレイヤーが良く分からないという顔をして呟いた。


 赤髪のプレイヤーが持つそれは俺が見る限り何かの宝玉のように見える。


 記憶の中で一番近しいのは霊石だろうか。だがそれよりも光沢感を持ち綺麗な円形を描くこの宝玉はみているだけで何か特別な存在感を醸し出しているかのようだ。


「それは『風獣の宝玉』だね。かなりレアな強化素材だよ!」


 四人の中で唯一鑑定スキルをもつマオが興奮を隠しきれない様子で答えた。


「どんな効果があるんだ?」

「えっと、確か風系のあらゆる攻撃に対する耐性と自分の風系のスキルの効果上昇だったと思うよ」


 特定のモンスターに対する特効効果は俺もオーガと戦うときに必要となったこともあって馴染み深くなっているだが、この場合の効果範囲は特定の属性全般に影響すると考えるべき。


 通常プレイヤーは自身が習得したスキルで得意な属性と不得意な属性が出てくるもの。俺が知るなかではライラが一番イメージしやすいだろうか。ライラは以前、自分が氷の魔法を使うが故に得意な属性と苦手な属性があるのだと話していた。このアイテムを使えばその得意な属性をスキルを習得することもなく作り出すことが出来るということだ。


「他には何か入っていないのか?」


 赤髪のプレイヤーが取り出した風獣の宝玉以外には宝箱になにか残されてないものかとハルが覗き込んだ。


「……無い」


 ハルと同じように宝箱を覗き込んでいるマオが残念そうに言った。


 この部屋の宝箱にある宝はこの宝玉ただ一つ。これでは一人で見つけたりしない限り誰が取得するかで揉めてしまうパーティも出てくるだろう。


「これが欲しいの?」

「……え」

「オレには必要無いからあげようか」


 風獣の宝玉を鷲掴みにする赤髪のプレイヤーがそのアイテムには全く興味が無いというような顔をして言ってきた。


 装備に追加効果を与える素材というのは例外なくレアなものになっている。通常の採集では入手確率が限りなく低くなっていて、基本的な入手方法はクエストのクリア報酬か、ボスモンスター討伐のドロップアイテムに限られている。


「いいの!?」


 キラキラと目と輝かせるマオが風獣の宝玉を差し出す赤髪のプレイヤーの手を取った。


「モチロンだよ」

「ありがとう!」


 爽やかな笑顔を見せる赤髪のプレイヤーはまさしく好青年といった感じだ。


 宝玉を光に照らし見つめているマオが満面の笑みを見せると、赤髪のプレイヤーはそれを見れただけで満足という風に大きく頷いている。


「本当に良かったのか? ここにあるアイテムは多分アレだけだぞ」


 マオの手に宝玉が渡ったことで宝箱の光は自然と消えていった。


 コボルドとの戦闘で走りまわったせいでこの部屋の中は殆ど見て回ったと言っていいだろう。残念なことにこの部屋には採取が出来るような場所も、何かのアイテムが隠されていそうな場所も見付からなかった。


 宝箱からアイテムを得ることのできるのはひとつのパーティに一つだけ。赤髪のプレイヤーが俺達の戦闘に途中から参加してきたためにシステムには同一のパーティと認識されたのかもしれない。


 尤もそれではパーティを構成する際の制限人数は超過してしまうのだが。


「いいんだよ。何度も言うけど、オレには使い道がないから。ああやって喜んでもらえれば本望さ」


 赤髪のプレイヤーは折角戦闘に参加したというのになんの成果も得られなくなってしまうハルは気にしているようだ。けれどあのように喜んでいるマオを見てしまえば宝玉を返したくても返せない。


 どうしたものかと困った顔をするハルに赤髪のプレイヤーは苦笑して、


「それならポーションを一つくれないか? 今の戦闘で受けたダメージを回復出来ればそれでいいからさ」


 赤髪のプレイヤーはコボルドの戦闘でダメージを受けたようには見えなかった。


 コボルドの攻撃が命中するよりも早く刀がコボルドを切り裂いていくことで反撃の隙を与えなかったはずだ。


 ハルも俺と同じ光景を目にしたのだから赤髪のプレイヤーが要求したそれが社交辞令のようなものだということは気付いているのだろう。それでもなにか代わりになるものを渡せるのならばとハルはストレージから自分が所有しているポーションを一つ取り出し手渡した。


 赤髪のプレイヤーは受けとった瓶の栓を開け、風呂上がりに飲む水のように一気に飲み干した。


 ここに来るまでの間にもいくつか戦闘を経験していたのか少しはHPが回復したようにも見える。


 美麗な動作でポーションを飲んだ赤髪のプレイヤーに見惚れているとふと気になった事があった。ハルが手渡したポーションはNPCショップで売っているものとは違ったような、そう、まるで昨日俺が作って各自に渡るように机の上に置いておいたやつのような。


「ありがとう」


 空になった瓶を振って見せるとそこには俺が昨日試作に使った瓶に付けたマークと同じものが描かれている。


 間違い無い。


 ハルが渡したポーションは俺が作ったものだ。


 咄嗟に振り返りハルに視線を送るとどういうわけかウインクをしてきた。俺が作った方がNPCショップ

で売っているやつよりも効果が高いと思ったのだろうか。けれど実際は味が違うだけで効果は殆ど同じなのだ。


 俺に何も言わず渡したハルを責めたくなる衝動に駆られもしたが、ここで何か言ってそれが不良品だと思われる方が困る。


 効果自体も変わらないと自負しているからこそ黙っていようと心に決めた。


「それじゃ、オレは行くよ」

「ちょっと待って」


 長いコートを翻し部屋から出ていこうとする赤髪のプレイヤーをリタが呼び止めた。


「なんだい?」

「あなたの名前を教えて欲しいの。次に会った時ちゃんとお礼出来るように」

「オレとしてはさっきのポーションで十分なんだけど……」


 改めて礼をする必要はないと言いたげな赤髪のプレイヤーは真摯な眼差しを向けるリタの視線を正面から受けている。


「分かったよ。オレの名前はムラマサ。見ての通り長い刀を提げた剣士の女の子だよ」



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