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R:ep.18『剣士、雷雨の戦場で……』

(注)急ですが、本日8/13の更新は作者急用のためお休みさせて頂きます。

次回更新は来週8/20日になります。

本作を読んで下さっている皆様には大変申し訳ございませんが、どうかご理解の程よろしくお願いします。



 この戦闘は繰り広げられている激しい剣戟に対して驚くほどに静かな様相を呈していた。

 ――何故か。

 単純だ。普段の戦闘よりもその一撃が与えるダメージの意味が大きいから。

 ユートも相対する大剣を振るう男も向けられる攻撃を防御するのではなく回避に努めている。時には大きく体を反らして、また時には鼻先ギリギリで回避する。その最中に隙を見つけては攻撃を試みるも意味を成していない。



「……しぶとい」

「くそっ、なんでだ。どうして倒しきれない」



 互いに独り言ちる。

 一対一の戦闘が始まってから悔過した時間はまだ僅か五分程度にすぎない。しかしこの時のユートの体感でいうならばもっと時間が経ったようにすら思えていた。

 次第に募らせていく精神的な疲労。

 手元が狂えば、回避に失敗すれば、そう思えば思うほど手元が狂いそうになってしまう。次第に高まっていく緊張感が否が応にも重くその両肩にのし掛かる。



「俺を倒すんじゃ無かったのか」



 挑発するように告げるユートに男は表情を歪ませる。しかしそれもすぐに切り替わり鋭い視線をユートに向けた。



「お前こそ、さっきまでの余裕はどうしたんだ」

「さあね」



 指摘されたからこそ敢えてユートは余裕のある笑みを浮かべた。

 会話とは到底呼べないような短い邂逅を挟んで互いに一歩後ろに跳ぶ。

 まるで鏡合わせのように切っ先を下に向けて腰を下ろす構えを取る二人。次の瞬間、お互いに強く地面を蹴り前に出た。

 体で雨粒を弾きながら思いっきりそれぞれの武器を振り抜く。



「せいやっ」

「くおっ」



 バンッと衝撃波が迸る。

 体を仰け反らせたのは意外なことに大剣を振るう男の方。振り下ろされた大剣が天を向く。

 ユートは無防備を曝す男に斬り上げたガンブレイズの勢いを利用した回転斬りを放つ。

 完璧に隙を突いたはずだった。しかし、右足を軸にして独楽のように回転したユートを待っていたのは男の不敵な笑み。



(まさかっ――誘われた!?)



 声には出さず心の中だけで呟いた。

 しかし一度繰り出した攻撃はそう易々と止められない。

 打ち上げられた大剣の柄を両手で掴み強引に振り下ろす。大剣自体の重さと振り下ろす勢いまでもを合わせた剛剣が眼前に迫る。



「――取った」

「まだっ」



 攻撃を中断することも回避することもできない。だからこそユートは覚悟を決めてガンブレイズの軌道を無理矢理変えて大剣に打ち付けた。

 先程とは違い今度の打ち合い、不利になったのはユートだった。

 片手剣と変わらぬ剣形態のガンブレイズでは全体重を乗せた大剣の一撃を完全に御することができなかったのだ。

 足を止め、強引に膝を付けさせられたユートはガンブレイズの刀身の腹を手で支える。



「このっ」

「くくっ、このまま斬り裂いてくれる――」

「――っ」



 自分の優勢を疑ってすらいないのか男は薄気味悪い笑みを崩さない。

 雷鳴が轟き、閃光が迸る。

 誰の目にも明らかなほど優劣は決した。そう思わせるほどこの状況はユートにとって絶望的になってしまっていた。



「どうだ? 追い詰めたぞ」



 ニイっと男の口角が上がる。

 何度目かの雷鳴が轟く。一瞬の明滅を切っ掛けに降り続けている雨が勢いを増した。

 痛いくらいに打ち付ける大粒の雨が鍔迫り合いを続ける大剣とガンブレイズの切っ先から滴り落ちる。

 現実だったならば雨に濡れて体温が奪われてしまっていたことだろう。けれどこの世界ならば手が滑って武器を落とすことも、寒さに凍えることも無い。ただ水に濡れる不快感はさほど大差ないが。



(一撃を受けることは覚悟するとしても、この体勢だとすぐに二撃目がくる。それにこれだけの時間戦っているとなれば、いつ他のプレイヤーがここに来てもおかしくは無い。だとすれば――)



 このまま押し合いを続けていると危険に晒されるのは間違い無い。けれどそれが唯一この状況を変える可能性を秘めていた。

 未来に一縷の望みを掛けてじっと耐えること数十秒。



「――っ、何だっ!!」



 大剣を持つ男が虚を突かれたように目を丸くする。

 ユートが待ち望んでいた何かが起ったのだ。

 それは一陣の光。

 流星の如く差し込んできたそれは男のすぐ上を通り過ぎる。その光は男の背後の壁に当たり打ち上げ花火のように弾け飛んだ。



(――どっちだ?)



 この光は自分の味方なのか。それとも――

 答えは直ぐに出た。二発目の光が放たれたからだ。それも大剣を持つ男に目掛けて。



「くそっ」



 男からすれば勝利目前だったのにといった感じなのだろう。それが突然の襲撃によって邪魔された。加えてユートが想定以上に粘ったことも苛立ちを募らせる要因となっていた。



(味方……と判断するにはまだ――)



 確証が無い。そう考えるユートの視界の端に三度目となる光を見つけた。最初こそ小さかったそれも次第に大きくなっていく。

 一瞬たりとも油断できない状況のなか鍔迫り合いを続けるユートと大剣の男は目の前の相手から注意を外すことなく視界の隅で光の主を監察し続けた。

 ここで大事なのはただ一つ、光を放ってきたのがどういう存在なのか。ユートにとって味方なのか敵なのか。敵ならば大剣の男の仲間なのか、それとも別のパーティの誰かなのか。



「ユート君。無事ですかー」



 雨音に混じり聞こえてきたその一言にユートは即座に視線を目の前の相手だけに集中させた。

 そのユートの変化を目の当たりにして男は顔を顰める。近付いてくる人が自分を味方する存在ではないと感付いたからだ。男は数的不利に追い込まれたことに舌打ちをしていた。



「フォラスさんか。良かった。これなら――」



 聞き覚えのある声と見慣れた姿を見たユートは駆け付けた存在が疑う余地なく味方であることを知った。そして好機が訪れたと判断したユートはわざと体勢を崩して一段大剣を自分の体に近付けたのだ。大剣の刀身が体に触れるかというギリギリでユートはガンブレイズの刃で大剣を滑らせる。ユートの体勢が低くなったことで前のめりになった男はさらに大剣を滑らせたことによる急激な体勢の変化に対応しきれずバランスを崩してしまう。



(今だっ!)



 自ら尻餅を付くような体勢になったユートはそのまま自分と男の間に利き足である右脚を滑り込ませた。



「う、おおおおおおっ!」



 気合いと力を精一杯込めて男を蹴り飛ばす。



「ぐ、この…小癪な……」



 腹部に感じる圧力とバランスが崩されていたことが合わさって男は簡単に後ろに追いやられてしまう。そうして出来た空間を利用してアクロバティックな動きで立ち上がった。



「合わせるか……いや、今度は俺が追い込む番だ」



 ちらりとフォラスの方を見るも即座に視点を正面に切り替えた。

 蹴り飛ばされたとはいえダメージにはなっていない。ふらりと揺れて倒れそうになるも倒れてはいない。男は即座に体勢を整えて大剣を構えようとする。だがそれよりも速くユートはガンブレイズを振り抜いてみせる。



「ぐっ……」



 この戦闘において初めて明確なダメージが入った瞬間だった。

 男の体を覆っている光の膜が弾け飛ぶ。それが現在のダメージ表現だった。



「このまま押し切る!」

「させるかぁー」



 大剣を持つ男が咆吼する。

 ダメージを受けたといっても現実にその影響が出ることは無い。あくまで二つあるHPのうち一つが破壊されてしまったというだけだ。

 故に即座に体勢を整えることができる。斜めに振り下ろされるガンブレイズの刃を受け止めようと男は大剣を構えた。

 ガンッと何度目かになる武器同士の衝突が起る。



「どうした? 俺はまだ生きてるぞォ」



 男がそう吠えるもユートは冷静な視線で返した。

 一度決された優劣を覆したという意味を理解しない男では無いだろう。だからこそ威圧するように吠えたのだ。



「いいのか?」

「何?」

「俺だけに集中していてもいいのかって言っているのさ」



 ハッとしたように男がフォラスの方を見た。

 弓を構え今にも射貫こうとしている様はそれだけで十分に脅威に映ったことだろう。確実に男の集中が削がれた。



「<光刃(セイヴァー)>」



 アーツの光を伴った斬撃が男を捕らえる。



「しまっ――」



 射程距離延長効果を持つ射撃アーツとは違い斬撃アーツは純粋に威力強化の意味合いが強い。この状況では必要の無いアーツの発動であることは明白。なのに発動した目的はそのアーツの能力云々とは別にあった。

 アーツ全般に共通する発光現象。それが豪雨の中、闇に包まれている状況では強烈な目眩ましになる。



「くそが……」



 雷鳴とは違う一瞬の閃光によって視界を奪われた男の防御が薄い場所を的確に捉えた斬撃が残る最後の一つを打ち砕いた。

 全身を細かな光の粒子に変えてこの場から消えて行く大剣の男。

 残されたユートは近付いてくるフォラスに安堵の表情を浮かべ、ガンブレイズを腰のホルダーに戻したのだった。





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