R:ep.17『剣士、雷雨の戦闘にて』
どれほどの時間が経ったのだろう。
黒雲厚く降り止むことを知らない雨、時折走る稲妻。そしてなによりも何時始まると知れない戦闘に対する緊張感。それら全てがユートに時間の感覚を失わせていた。
いつしかタークとははぐれてしまっていた。しかし合流を望むも叶わない。雨のなか絶えず巻き起こる戦闘が自ずとユートをその場に縛り続けているのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。――っ、これで、どうにかなったか……?」
今も襲いかかって来たプレイヤーを倒しユートは肩で息をしながらだらんっとガンブレイズを持つ手を下げた。
もはや頬を伝う雨を拭おうともしない。
髪から落ちる水滴すら気にする余裕などないほどの連戦が繰り広げられていたのだ。
ユートは周囲を見渡し、新たなプレイヤーの接近を窺う。
気を張りつめて足音や戦闘音、あるいは誰かの話し声がしないかを探る。激しい雨音に遮られてそれらがはっきりと聞こえてくることはない。だがプレイヤーという存在が在り続ける以上、どこかで微かにでもそれらを察知することは困難とはいえ可能でもあった。
「誰も来ない。だったら今のうちに」
武器を仕舞わずユートはこの場から離れようと駆けだした。
近くの瓦礫の影に隠れるように身を屈めての移動は普通に走るよりも遙かに遅い。それでいて暗い中に瞬いた閃光がある方向を避けながらの移動であったために尚更である。
「とりあえずここなら暫くは大丈夫かな」
そう言ってユートは近くの壁に体を預けて座り込んだ。
逃げ込んだ場所はやはり崩壊の進んだ建物、コンクリート製の家屋のような場所だった。元は二階建てだったのだろうが二階の部分は全て崩壊していたために本来二階の床であった部分が天井の役割を担っている。一階も壁の一面が完全に無くなっていた。野晒しになってしまっているそこには横殴りの雨が入り込んでおり、一階の床の大半を濡らしてしまっている。
いつもなら濡れた床になど座ることは憚れるが今の自分は全身ずぶ濡れ。乾く気配もないこと、汚れることも今更危惧する必要も無いこと。そして全身を襲う疲労感がこの場に座り込ませたのだった。
「にしても、俺はどれくらい倒したんだ?」
全てのプレイヤーが参加しているとはいえここまでの戦闘の遭遇率は異常だ。普段のゲームではあり得ないほどのエンカウント率であるともいえる。
半世紀以上前の歩く度にモンスターとの戦闘が巻き起こるという若干の不評を買ったゲームのことを思い出していた。ユートは遊んだことは無いがそういうものがあったとゲーム誌のレトロゲーム特集で見たことがあったのだ。
当然この同時に大勢のプレイヤーが参加している状況と比べるようなものではないが、僅か二度の被弾が直接敗北に繋がるという状況も横スクロールアクションのレトロゲームにありがちな設定であるようにも思えた。
「あとどのくらい残っているんだ?」
またしても返事のない問いを口にする。
残っている、というのは残りのプレイヤーの数であり、この戦闘の残り時間のことでもある。
明るい内から黒雲に遮られて闇に包まれたことで周囲の明かりで時間の経過を量ることは出来なくなっていた。コンソールを呼びだして、そこに表示されている時計を見れば残りの時間を知ることはできる。
呟きながらユートは実際にコンソールを使い時間を確認した。しかしそれでは残りのプレイヤー人数を知ることはできない。
制限時間を過ぎること。それもまたこの戦闘が終わる条件の一つだろう。とはいえそれよりもプレイヤーの残り人数が減り戦闘が終わることのほうがメインとされているはずだ。だからこそのHPの簡略化とも言える固定化がなされたのだろうし、平時よりも頻繁な戦闘の発生率にも繋がっているはずだ。
不意にカンッと甲高い音がした。
目線を音の方に向けると脆くなっていた壁に小さな窪みができているではないか。
「来たか!」
次なる襲撃にユートは素早く立ち上がり銃形態に変えたガンブレイズの銃口を向けた。
このゲームの特性によるものなのか、本来のゲームに比べて遠距離攻撃を使うプレイヤーは多い。無論近接攻撃を行うプレイヤーもそれなりに存在しているのだが、割合という観点から見ればそれは明らかな差異だ。
などと考えている最中もカンッという音は聞こえ続けている。壁に出来た窪みの数も増え続けている。だというのにそれを撃ち出している人の姿は闇の中。
銃口を向けてもターゲットマーカーすら出現することはなかった。
「どっせっいっ」
野太い声と共に天井が崩れ、そのなかから大剣の刃を下に向けたまま落下してくる男がいた。
粉砕された瓦礫が飛礫となって降り注ぐ。
崩され開かれた天井から雨が降り注いできた。
再び体を濡らすユートの前に大剣を持った男が降り立ち、そのまま大剣を振り上げた。
「覚悟!」
「――っ、させるかっ」
振り上げられた大剣はその勢いを残したまま、今度は振り下ろされる。
ユートは素早く横に飛び回避するとガンブレイズを剣形態に変えて突きを放つ。
体の横を過ぎる大剣は轟音を立てながら床に巨大な蜘蛛の巣状の亀裂を刻み付ける。足場が崩れ不安定になりながらも放たれた突きは男の喉元を捉えた――はずだった。
ガキンっと一際大きな音が轟いた。
ユートの突きを防いだのは不可視の盾。
「何っ!?」
「ふんっ」
虚を突かれたように動きを止めたユートに男の大剣が迫る。
「くそっ」
身を反らしギリギリで大剣を避ける。
体勢を崩しながらの回避だ。反撃を行うことはできていない。
体を起こすよりも重力に従ってその場で倒れるように両足から力を抜いた。地面に背中を打ち付ける刹那、空の左手で地面を掌打してその反動を利用して転がるようにその場から離れた。
「逃げるな!」
「逃げないよっ」
地団駄を踏むようにして転がるユートを追撃する男が叫び、ユートは即座にそれに返答していた。
力を込めて地面を踏み抜こうとする男よりも転がり勢いを増していくユートの方が移動速度は速い。ごろごろと転がり一定の距離が生まれた瞬間、ユートは体を起こしガンブレイズを銃形態へと変形させた。
ダンダンッと連続して二回の銃声が轟く。
ガンブレイズから放たれた弾丸は的確に男の体を撃ち抜くかと思われたのだが、それも再び先程と同じ不可視の盾によって防がれた。
二度の直撃で敗北が決定するこのルール。それから逃れるためにプレイヤーが取る選択は大きく分けて三つ。一つは攻撃を受けるよりも速く相手を倒すこと。二つ目は回避、そして三つ目が防御。システムに直撃したと認識されなければHPが減ることはないというのを逆手に取って本来ならば多少の超過ダメージを受ける危険性がある攻撃すらも防御することを可能としていたのだ。
「効かんなあ」
「みたいだね。でも――」
余裕を見せる男にユートは関係ないというように引き金を引き続けた。
防御している間は攻撃することができないのか、大剣の切っ先は下げられたまま。
無意味と思っている行動を繰り返されるのは存外苛立ちを募らせるもの。次第に目見に得て表情を歪める男はちらりと視線をユートから逸らして彼方を見た。
するとまたしてもユートに向かって何かが飛来してきた。だが狙いは荒いようでユートから数歩離れた場所に着弾したのだ。出来た窪みの中には何もない。相も変わらず何を放っているのか不明な攻撃だった。
(やはり仲間か。けど今は目の前のコイツに集中するほうがよさそうだ)
声に出さず胸の中で呟くとユートは堅い守りをみせている男を注意深く観察することにした。
回避も防御もどちらにしても直撃の危険は変わらない。だというのに余裕な態度を崩さないのは余程守りに自信があるのか、それとも――
「うざったいっ、いい加減にしろ!」
「そう言われて止めるわけがないだろう」
苛立つ男にユートは敢えて挑発するように笑いかける。
平常心を失い防御する手が狂えば僥倖、この拮抗した状態を維持できればいい。そう考えながらユートは僅かに移動しながら撃ち続けた。
どれほど命中率に難があったとしても一箇所に留まっているのではいつか命中してしまうだろう。それならば多少であっても移動を続ければ照準の補正も難しいはず。
(全方向をカバーする防御ってわけじゃなさそうだけど、体の向きを変えられたら意味は無い、か)
冷静に分析しながら射撃を続ける。
一度だけ何かによる攻撃がユートの身を掠りそうになったがそれ以外はさっぱりだ。狙撃の練度が低いのかあるいは本来は別の武器を用いているのか、どちらにしてもやはり脅威度は目の前の男の方が上だ。
「まるで亀みたいなやつだな」
わざと声を張り上げて男に告げる。
鉄壁の防御だからこその亀という表現ならだ男だってそう嫌がったりはしないだろう。しかしこの時のユートが告げた嘲笑の意味合いが強い。守ってばかりで攻撃をしてこない臆病者を言い換えたかのようなニュアンスを感じ取ったのか男は目に見えて表情を歪めた。
「俺を怒らせようとしても無駄だ。お前の攻撃が効いていないのは事実なのだからな」
自分を宥めるためか、そう言った男にユートは、
「かもね」
平然とした様子で応えた。
「でも、おかげで何となくわかったことがあるさ」
「何だと?」
訝しそうに聞き返してきた男にユートは余裕のある笑みを返す。そしてこれまで撃ち続けていたガンブレイズの銃口をあらぬ方向に向けたのだ。
ユートの行動の意味を理解しない男ではない。ハッとしたような顔になり、焦り銃口が向けられている先を見た。男の動きでユートは確信を得た。この先に何かを打ちだしている仲間がいると。
「<琰砲>!」
おそらく通常の射撃では命中率が怪しい距離にいるのだろう。でなければ此方に対する命中率の低さの理由にはならない。
だからこそアーツを使った。
銃口から放たれる閃光は通常の弾丸の何倍ものスピードで飛んでいき、狙っていた人物を撃ち抜いたようだ。
「お、お前!」
「当たったみたいだな。それに、どうやらHPを回復することが出来ていなかったのか」
「くっ」
二つある内の一つを削りこの場から離れさせることが出来ればよいと考えて繰り出した一撃だったが、男の様子を見る限りこの一撃は自分の予想以上の効果をもたらしてくれたらしい。
「これで正真正銘タイマンだ」
「――殺してやる」
「できるかな」
もう一人に攻撃を向けたことで防御する必要が無くなった男は即座に守りを解いて攻勢に出る。
男が大剣を振り上げる。
刹那、雷鳴が轟き、閃光が迸る。
光によって浮き彫りになった男の更に向こう。誰の目にも入らない戦場の最奥にて、まるで誰かの墓標のような石碑に雷が落ちた。
青白い閃光は地面に広がり、石碑の真下で何かの瞳に光が宿る。
だが、それを知る人はまだいない。