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R:ep.15『剣士、暫しのインターバルにて』



 乾いた銃声が轟き一瞬の閃光が瞬いた後、ユートの周りには一時の静寂が訪れた。

 攻撃を受けた二人のプレイヤーは各々自分のHPゲージを全損させて体を消滅させている。戦闘で死亡したとしても即時にリスポーンされているはず。しかし、この時の死は敗北を意味しており、再び同じ戦場に戻ってくることはできないようになっていた。


 手の中にあるガンブレイズを腰のホルダーに戻すことなく持ったまま当たりを見回す。

 探すのは共に戦っているタークの姿。

 近接武器を使っていたプレイヤーの対処をユートが担当したように、タークは遠距離から矢を放ってきたプレイヤーと魔法を使ってきたプレイヤーと対峙していたのだ。ただし、タークと相対する二人が使う武器では射程距離に違いがありすぎる。反撃の手が届かないプレイヤ-が相手では一方的な展開になることもままあることだが、何故かこの時のタークは姿を消しており何時まで経っても矢も魔法も飛んでくることはなかった。



「合流しようにも…何処にいるんだ?」



 ポツリと呟く。

 思い出したように視界の左端にある自分のHPゲージをみる。受けたダメージは決して少なくはないが≪自動回復・HP≫と≪自動回復・MP≫という二つのスキルの効果によって徐々に回復していった。



「こんなことならパーティを組んでおけば良かったかな」



 パーティを組めばメンバーのHPゲージは自身のHPゲージの下部に小さく付随して表示される。それにより受けているダメージを視認することができるし、同時に見える多種多様なアイコンは受けている状態異常の種類を示すものでもあった。

 ユートのHPゲージの下にあるのは共に行動することが多くなるだろうという理由からパーティを組んだフォラスのものだけがあった。戦闘中はそこまで注意を向けることが出来ていなかったとはいえ一時ではあるが余裕の生まれた状況にいるからこそ、それを注視することが出来ていた。

 幸いフォラスのHPゲージは著しく減少しているわけではなかった。状態異常を表わすアイコンも表示されてなかった。


 二人のプレイヤーを迎撃しているはずのタークとは違い、フォラスはそもそも何処にいるのかさえ分からない。

 自分と同じようにこの戦場の何処かに転送されているのは間違い無いだろうが、その足取りを辿る手段を持ち合わせてはいなかった。

 周囲を警戒しながらも手持ち無沙汰になり立ち尽くしているのでは格好の的になってしまう。本来ならば直ぐにでも身を隠せるような場所に移動するべきなのだろうが、曲がりなりにも共闘する形になったタークを残して別の場所に赴くわけにはいかず、これからどうするべきか自問自答するのだった。



「――ん?」



 不意に頬を何かが濡らした。

 その何かに指で触れてみるとそれは無色透明な液体でさらりとした感触。まるで流した涙に触れているよう、そんな風に思った矢先、別の水滴が手に付いた。

 何気なく空を見上げる。

 雲一つなかった晴天の空にいつの間にか澱んだ灰色の雲が広がっており、それから程なくして大粒の雨が降り注いだ。

 傘などはないが、近くには雨宿りできそうな建物は数多く存在する。ここから少し移動するだけで雨を避けることが出来るのだが、この時のユートはそうすることを躊躇してしまっていた。

 徐々に勢いを増していく雨はいつしかバケツを引っ繰り返したかのような水量になっていた。

 石の地面に当たり跳ね返った雨粒が足に当たる。

 ここが現実だったのならば風邪を引かないようにと一目散に雨宿りしただろうが、ここは仮想の世界。風邪の心配は『衰弱』というバッドステータスが発生しないかという別のものになってしまっている。



「これじゃあ、なにも見えない」



 さらに強くなる雨の勢いはついにユートの視界を奪うまでになっていた。

 同時にザアッと凄まじい音が聞こえてきた。ここで会話をしようものならばその話し声すら掻き消してしまうほどの雨音。

 体を打ち付ける雨粒。

 近くすら見えないのでは遠くを見通すことなどできやしない。

 降り注ぐ雨粒が視界を奪い、雨音が大抵の音を遮ってしまう。

 突然訪れた得意な状況にユートはいつしか恐怖を感じ始めていた。



「……さん。………ートさん。………………ユート、さん!」

「――っ!?」



 不意に肩を掴まれ、体を揺らされた。



「わたしです!」



 声を張り上げたとてユートの元に届くのは微かなもののみ。

 雨に遮られ近付いて来ていることすら気付かなかったために驚き身を竦め咄嗟に銃口を向けそうになったユートに、件の人物は傍から見れば常識外れなほどに顔を寄せてきた。



「ターク、さん?」



 思わず溢れた言葉は小さなもの。しかし接近されていたことにより雨音に掻き消されることなく届き、タークは、



「はい」



 と笑顔を返した。



「良かった! 無事だったんですね!」



 声を張り上げながら話すの勢いが弱まる気配のない雨が邪魔をする。

 するとタークは近くの廃墟を指差して移動することを提案してきた。当然拒否する理由も無くなったユートは駆け足で窓が割れて無くなっている小さなビルの物陰に入っていった。

 雨粒がコンクリートを打ち付ける音がする。

 それと同時に雨独特の匂いが漂ってきた。



「タークさんが戦っていた二人はどうなったんです?」

「倒しましたよ。ユートさんだってそうでしょ?」

「どうやって……は聞かない方が良いんですよね」



 暗器のような武器をどう使えば遠距離武器や魔法を相手に危うげなく勝利を収めることができるのか。やはり特殊な攻撃方法を会得しているのだろうと思いながらもその方法を問いただすことに正当性を見出せず、タークの曖昧な笑みに納得するしかなかった。

 小さなビルの物陰で雨が止むのを雨宿りしながら待つ。

 不規則な雨音をBGMに遠くを見つめるユートが何気なく問い掛ける。



「この雨だと一旦戦闘は中断するんですかね」



 それに返ってきたのはタークの言葉ではなく雨の中微かに見えた明かりだった。オレンジ色に近い赤色の光が暗い雨の中で揺らめいている。



「どうやらそういうわけでは無いみたいですよ」



 冷静にそう告げたタークの横でユートは目を細めて明かりの方を見た。



「誰かが戦っているのか」

「雨は奇襲するには良い目眩ましになりそうですものね」



 その言葉は先程タークの接近に気付けなかった身としては説得力がある。そう苦笑して頷いたユートはハッとしたように振り返ったりきょろきょろと辺りを見渡したりした。



「だいじょうぶです。ここに近付いてくる他のプレイヤーはいないはずですから。それに――」



 含みのある物言いをするタークが告げた言葉にユートは驚いてしまう。

 それはまるで予言のようであり、はたまた悪夢のような現象。



「そろそろ雨が吹き出すかもしれませんよ」



 ギョッとするユートの視線の向こう。対峙するタークの背後で地面に亀裂が入りその隙間から汚れた土色の水が間欠泉のように噴き出したのだ。




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