R:ep.14『剣士、乱戦に身を投じる』
自分の意思で飛び込んだ戦場はまさに混乱の極といった様相だった。
それまで何処に隠れていたのか不思議に思えるほどの数のプレイヤーが一様に目の前の相手に向かって攻撃を仕掛けている。
ある者は武器を振るい、またある者は魔法を放つことで対峙している相手を倒そうとしているのだ。
「――っ! 気付かれた!? この距離で!?」
突然足元に飛来した矢の形状を模した魔法が弾ける。
咄嗟に足を上げたことで直撃は免れたが、困ったことにどこから攻撃されたのか相手の位置を掴むことができていない。これでは一方的に攻撃されてしまう。
危機感を抱きユートは走りながらも身を隠せる場所を探した。瓦礫が廊下のあらゆる所に転がっており、崩壊している壁など隠れられる場所ならどこにでもあるように見える廃ビルなのにユートは自分が身を隠せる場所を見つけ出すことが出来ずにいた。
「タークさんは――?」
自分と同じように魔法で狙撃されているタークに視線を向ける。
そこには器用に着弾点をずらしながら走るタークの姿があった。矢の魔法が弾ける度にビクッと体を竦ませてしまいそうになる自分とは雲泥の差がある堂々とした走りに感心したのと同時にユートは一層気を引き締めた。
集中して攻撃してきている相手の位置を探る。
決して四方八方から魔法が降り注いでいるわけではない。あくまでも狙撃されているだけなのだ。その精度だってライフルを用いたものとは比べものにならないくらいに低い。幾度となく攻撃が繰り返されているというのに未だに一撃すら命中していないのがいい証拠だろう。
「足止めにすらなっていないのに、狙撃が止む気配はない……何故だ?」
浮かぶ疑問を口にしながら考えを纏めようと努める。
敢えて狙撃手を探すことを諦めてそれの目的を知ることにだけに集中する。すると乱戦の中から自分達のいる方に向かってくる人影を見つけた。
「二人……いや、三人か。だとすればどこかのパーティが俺達を狙って来ているってことか」
近くを走るタークに目配せをする。それだけでユートの意図が伝わったようでタークの手の中に微かに煌めく何かを見つけた。
「来る!」
最初に飛んできたのは矢の魔法だが、次の一手は本物の矢による狙撃だった。
魔法よりかは遅い弾速だがその精密さは実物の方が高いらしい。それを証明するかのようにユートの体を正確に捉えた狙撃が繰り出された。
ユートは即座に着弾地点にガンブレイズを構えることで防いでみせる。露出した刀身に当たり弾ける矢が一瞬にして消える。現実のように撃ち出した弾丸が永遠に消えず残ることはないのと同じように、弓を離れ放たれた矢もまたその役割を終えたことで消え去ったのだ。
「ハアッ!」
「そりゃあ!」
タークを無視してユート一人に攻撃が集中した。
迎撃するつもり満々だったのだろう。呆気にとられたように自分の横を通り過ぎていったプレイヤー達にタークは「え?」っと目を丸くして急ブレーキをかけたように立ち止まった。
「おっと」
左右から迫る攻撃をユートは回避した。
基本的に武器が壊れることはないが、その形状で得手不得手が存在する。弓で剣と打ち合うことが困難なように、巨大なハンマーの一撃は片手剣で受けるには些か重過ぎる。それにその傍らから迫る突撃槍の一撃は片手剣の突きよりも遙かに高い威力を秘めている。
だからこその回避。そもそも盾のような防具を装備していないユートは基本的に身を守る手段として防御を選ぶ事は少ない。矢を弾いた時のように己の武器であるガンブレイズや自分の体で守れる時に限りそれを行っているのだが、防御したとしても微量のダメージを受けることがあるというのもまた防御より回避を選ぶようになった一因でもあった。
「――ッ」
目の前に巨大なハンマーが振り下ろされる。バックステップしてそれを避けたユートのもとに突撃槍の穂先が迫る。
「この――ッ!」
ガンブレイズで突撃槍を思いっきり打ち払う。ガンッと金属同士がぶつかる甲高い音が木霊した。真横から与えられた衝撃は突撃槍の突進の向きを変える。打ち払った時の反動を利用して今度は右側へと大きく跳躍してみせた。
「後の二人は――」
自分に迫る攻撃をいなしたユートは次に矢を放ってきたプレイヤーを探す。
相変わらず矢の魔法を放ってきたプレイヤーは姿形すら見つけられていないが、実物の矢を放ってきたプレイヤーはここに至ってようやく微かにその姿を覗かせていた。
「任せてください!」
そう言葉が投げかけられるといつの間にかタークが独特な構えをとりながら矢を放ってきたプレイヤーに接近していった。
暗器のような武器と弓では射程に差がある。より距離を取って攻撃できるのは当然弓の方。しかし自身のスキルによって攻撃の飛距離や命中率を上げることのできるゲームという舞台であるからこそ、タークはユートが思っていたよりも近付く必要はないらしい。
一定の距離まで近付いて行ったタークは慣れた素振りで暗器である手の平に収まるくらいの大きさをした杭を投擲した。
風を切り飛んでいくそれは物理の法則を無視して慣性などないように真っ直ぐ飛んでいった。想定外なほど正確な投擲だったのだろう。反撃として放たれた矢はあらぬ方向へと飛んでいってしまう。
「頼もしいな――だったら、俺はこの二人を倒す」
対峙している二人にも聞こえるようにわざと声を張って告げる。
ユートの狙い通り、突撃槍を持つプレイヤーと巨大なハンマーを構えるプレイヤーはユート一人に集中したかのようにタークに注意を向けることを止めていた。それはある意味弓を持つプレイヤーと魔法を使うプレイヤーを信頼しているとも言えるのだろうが、状況としてはその意味合いが違っていても問題はないとユートは気にしないことにした。とはいえだ。
「――ん?」
この時になって気付いたことが一つある。
敵対し相対しているプレイヤー達の頭上にHPゲージは浮かんで見えているものの、その名前は表示されていない。
平時ならば問題無く表示されていたことを思い出すと、これはこの戦闘における特別な措置になるのだろう。対人戦において相手を知るのは大事だ。けれどそのパーソナルな部分を知ると攻撃を躊躇してしまう人もいるのだろう。相手の名前を知るということはその第一歩として最も分かりやすいことだと考えられているのかもしれない。加えてあくまでも戦闘を前提としたゲームであるからこそそれを躊躇する要因は出来る限り排除しようとしているのだろう。
「せやあ」
間合いを計ろうとして停滞した空気を破るように巨大なハンマーを掲げたプレイヤーが飛び掛かってきた。
振り上げられたハンマーの先が不意に肥大化したように見えた。いや、見えただけではない。その下に伸びる影にも一層巨大になった部分が反映されている。
「なるほど。気のせいなんかじゃないってことか。なら――」
ギリギリで回避するには突如肥大化したことで間合いを計り損ねる危険性が残る。カウンター攻撃をすることを諦め大きく飛び巨大なハンマーの振り下ろし攻撃を避けることにした。
ドンッ。
それまでユートが立っていた場所を巨大なハンマーが打ち付けた。
放射線状に広がる衝撃の跡。そして僅かに凹んだ床。
「そーりゃあ!」
攻撃の跡が残るそこを一瞥しながら緊張感を高めたユートに突撃槍の突進が迫る。
だが先を肥大化させて攻撃してきたハンマーとは違い、突撃槍の攻撃は先程見たものと大して違いはない。勢いこそ凄まじいものがあれど、軌道は直線的で比較的見切りやすい部類の攻撃だ。
「させるか!」
「なにぃ!?」
突撃槍の穂先にガンブレイズの刀身を当てて軌道を逸らすとそのまま滑らせるようにして斬り付ける。
突撃槍を持つプレイヤーは自身の動きを阻害しないようにするためか、纏っている防具は小手と具足だけが金属製で他は一般的な服を用いた防具と変わらないものだ。
「――ぐっ」
身を反らしてガンブレイズの刃から逃れようとするも突進の勢いを殺しきれずに腕を斬り付けられた。
実際に痛みが再現されるわけではないし、血が流れるわけでもない。ただHPゲージに微量のダメージが与えられただけ。しかし突撃槍を持つプレイヤーはがむしゃらに突撃槍を振り回して傍に居るユートを追い払おうとしたのだった。
「おっと」
がむしゃらな攻撃は近付かなければ当たることは無い。素早くその場から移動して巨大なハンマーを構えるプレイヤーに切っ先を向けた。
ちらりと後ろの様子を窺うと必至に回復を試みている突撃槍のプレイヤーがいた。混乱したように武器を振り回しているわけではないのだから落ち着きを取り戻したようにも見えるが、あんな僅かなダメージを必至に回復させようとしている様子は些か異様に映る。
「どうしたっていうんだ?」
疑問を口に出すも答えは返ってこない。
その代わりとでもいうのだろうか。元の大きさに戻ったハンマーによる連続攻撃が襲いかかってきた。
「セヤッ、セヤッ、そらっ」
攻撃の度に短い掛け声を出しながら攻撃してくるのだから、ユートにとって回避はそれほど難しいものではなかった。その掛け声がある意味で攻撃と回避のタイミングを計ることに一役買っていたからだ。
危うげなく攻撃を回避しながら、その合間に生じる僅かな隙を狙いガンブレイズを突き出した。
巨大なハンマーを使うプレイヤーは何かの獣の毛皮で作られたような防具を纏っている。おそらくはモンスターの素材なのだろう。つまりこのハンマーを持つプレイヤーは自分と同様にゲーム本編のキャラクターデータを用いている参加者であるということだ。
突撃槍のプレイヤーの防具がこのゲームでも装備可能なものであったためにその違いは一段と際立っているように思えた。
「ぐぅ、この――避けるなっ」
時折苦悶の声を漏らすハンマーを持つプレイヤーは徐々にユートの反撃を受けてダメージを積み重ねていった。
ハンマーの効果的な攻撃はそれほど多くない。自重を活かした振り下ろしか野球のパッティングのような横薙ぎか。
一撃の威力は申し分ないとはいえ、当たらないのなら意味は無い。
巧者になれば的確に攻撃を当てたり、絶妙に攻撃のタイミングを変えたりして回避させないようにすると聞いていたが、目の前のプレイヤーは未だその域にまでは達していないようだ。
「あたれえ!」
「させるかっ!」
気合い一擲。ハンマーを振り下ろしたプレイヤーにユートは素早く反撃を行った。
「<光刃>!」
アーツを発動させた一撃はハンマーを持つプレイヤーに大きなダメージを与えることに成功した。
それでも倒しきるまでには至らない。しかし相手を怯ませるには十分なダメージだともいえる。出来ることならばここで追撃して確実に目の前の相手を仕留めたかったのだが、それは背後から迫る突撃槍の一撃によって阻害された。
「くっ」
突撃槍を避けて再び横っ腹を切り付ける。
アーツを使っていないとはいえ確実にダメージを与えれる攻撃を受けた突撃槍のプレイヤーはまたしても顔を青くしていた。
しかし今度は直ぐに回復しようとはしない。ハンマーを持つプレイヤーが受けたダメージが大きいと理解していてその回復の時間を稼ごうとしているのだろう。
「回復されるのは厄介か。とはいえ、強引な手に出る必要は感じられないな」
無理をするような場面ではない。
二対一で自分有利に戦闘を進められていることからも余裕が生まれているのもまた事実。
冷静に状況を見極めるべく武器を構える。
程なくして回復ポーションを取り出すプレイヤーの姿が見えた。
甘んじて回復されるのを受け入れる。戦闘は仕切り直しされた――ように見える。だが現実は違う。一度大きなダメージを受けたプレイヤーは警戒心を高めるし、攻撃を与えたプレイヤーには心身共に余裕が生まれる。
その違いが戦闘における優位を決める要員になるのは言わずもがな。
例えHPが回復しようとも目に見えない所に生まれたものはそう易々と覆されたりはしないものだ。
「まだ続けるか?」
倒しきっていないのにそうユートが問い掛けた理由は正直なところ倒しきるのは大変かもしれないと感じ初めていたからだった。
アーツを発動させて攻撃を加えれば大きなダメージを与えることが出来る。しかし一撃で倒しきれるわけではない。与えたダメージ量から推測するに少なくとも三回、攻撃を加える必要があるのだ。一対一の戦闘だったのならばそれでも問題無い。むしろ完全に自分が優位になったとすら言えるだろう。しかし相手にはもう一人別のプレイヤーがいる。それが倒しきる前にフォローに回ることで回復の隙を作り出してしまう。それを防ぐには強引な攻撃をする必要がある。
幸い魔法も矢も此方には放たれてきていない。どうやらタークも優勢に戦闘を進めているようだ。
目の前の二人のプレイヤーが互いに目配せをする。
継続して戦闘するかどうか迷っているように見えた。
「どうする?」
「ここで逃げるわけにはいかないだろ!」
「でも、二人とも戻って来てないし…」
「だからこそだ!」
武器の先をユートに向けたまま話をした二人は結局戦闘の継続を選択した。
逃げても事態は好転しないと考えたのだろう。実際それはそうだろうとユートも思っていた。続けたくはなくても続けるしか無い。そんな状況に追い込まれたことに苦虫を噛み潰したような顔をする二人のプレイヤー。
その前でユートもまた違う意味で同じような顔をしていた。
「仕方ない。一気に決めさせて貰うぞ!」
突撃槍を持つプレイヤーに狙いを定めてガンブレイズの引き金を引いた。
これまでずっと剣形態で戦っていたために射撃が出来るとは思ってもみなかったのだろう。虚を突かれたように撃ち抜かれた二人は唖然とした顔で立ち尽くしている。
「<琰砲>!」
射撃アーツを放つ。
赤い光線がハンマーを持つプレイヤーの腕を貫いた。
部位欠損まではいかなくともアーツを伴った攻撃だ。与えるダメージは通常攻撃の比では無い。
「うあっ」
思わず武器を話して蹲る。
そんなプレイヤーを庇うように突撃槍のプレイヤーが前にでた。
突撃槍を横に持ち防御の構えを取るも、撃ち出されるのはMPを消費して放たれる弾丸。ダメージ判定が有効となる範囲は剣形態の時のものよりも遙かに小さい。それでいて威力に大した差は無いのだから相手からすると厄介なことこの上ないだろう。
連続して弾丸がプレイヤーを打ち抜いていく。
一発ごとにHPが減らされていく突撃槍のプレイヤー。それを庇うように前に出たハンマーを使うプレイヤー。代わる代わるに前に出て庇うように立つ二人だが、アイテムを使用した回復のペースよりも攻撃を受けてダメージを積み重ねている速度の方が上まり始めていた。その要因は射撃に織り交ぜられたアーツ攻撃。
二人のプレイヤーは甘んじて攻撃を受け続けているだけではない。絶えず反撃のチャンスを窺い、的確に反撃を行っているのだ。しかしお互いの攻撃の手が届く範囲に差がありすぎた。
終始攻撃を受け続け、いよいよアーツ攻撃を一度でも受けるだけで全損してしまうまでに追い込まれてしまった。
「ここまでだ」
「――くそっ」
「<琰砲>」
最後通告のように呟く。
肩を落として膝を付く突撃槍のプレイヤー。ハンマーを持つプレイヤーは最後まで抵抗を試みたが、その為にいち早く全損に追い込まれてしまっていた。
空を見上げ、目を瞑る。
まるで覚悟を決めたかのような素振りをする突撃槍のプレイヤーにユートは最後の弾丸を撃ち込んだ。