R:ep.11『剣士、夜は眠るもの』
アモルファスという未知の敵との邂逅を経てから四日という時間が経過していた。その間のユート達はある意味で平和な時間を過ごしていた。二人が行っていたのは基本的にはシャドウの討伐。そしてそこで得られるケースを使っての装備の充実だ。
得た硬貨を使って回復ポーションだけではなく必要となるアイテムを買い揃えた。
それも全て、明日行われる最初の本格的なプレイヤー同士の戦闘のため。
「今回はどういう風に戦うつもりなんですか?」
拠点としている一軒家のリビングでユートが徐に問い掛けた。視線の先には窓際の椅子に腰掛け弓を磨いているフォラスがいる。
フォラスは少しばかり考え込む素振りを見せて弓を磨く手を止めると顔を上げて、
「基本的には最初と同じです。ケースを回収しながら出会った相手を倒していきます」
「プレイヤー戦の今回はシャドウは出現しないんですよね」
「そのはずです。ただ……」
「アモルファス、ですか」
「はい」
表情を曇らせて頷くフォラス。
実際に戦ったのはあの一度きり。しかしその時の自分の感覚を信じるのならばアモルファスは通常のシャドウとは違う存在であるように思えた。何がどう違うのかはっきりとは分からないがそれとは明らかに異質な存在であると感じていたのだ。
「正直に言えば今回の戦闘にアモルファスが出現しないという保証はありませんし、仮に現れるとしてもそれが私達の傍だとも限らない。もし別のプレイヤーの元に出現したのならば何らかの騒ぎになるとは思いますが、それは運営側からすれば避けたいことのはず。でなければユート君に依頼がいくことはありませんからね」
「でしょうね」
「それに複数回このゲームに参加しているプレイヤーからすればあのアモルファスが異質であることは一目瞭然というわけです」
神妙な面持ちでフォラスが言い切る。
「だとすれば俺達の目的はアモルファスの出現に備えた探索ってことになるんですか?」
「あくまでも普通にゲームを熟しながらという形になりそうですが」
日が落ちて誰もが寝静まる時間。
それでも街のなかには一定の活気があった。
大勢のプレイヤーが行き交い、会話をし、また戦場へと向かっていく。
昼間であろうが、夜であろうが変わらない光景が繰り広げられている。建物の中に居たとしても微かに聞こえてくる声や音、窓の外に覗く人々の影。
二人の間に沈黙が流れる。
いつしかさらに夜は深くなり、絶えず聞こえていた街の喧騒も徐々に小さくなっていった。
「そろそろ私は休みますね」
「はい。わかりました」
「ユート君はどうします?」
「俺はもう少し起きてますよ。明日に影響は出さないつもりですから俺のことは気にしないでください」
「そうですか。では、お休みなさい。ユート君」
「フォラスさんもお休みなさい」
椅子から立ち上がって告げたフォラスを見送る。
拠点となるこの一軒家では共同で使用している一階の他に個人用の部屋がある二階がある。個人のプライベート空間である二階の部屋をユートは眠る目的以外では使っていない。これも現実と仮想の違いの一つ。端的に言えば残念なことにそれ以外の使用方法を思いつかなかったのだ。
リビングを離れて階段を上っていくフォラスの姿が完全に見えなくなった頃、ユートは深く椅子に腰掛けてぼーっと天井を見上げた。
深く深呼吸して目を瞑る。
「それにしても、アモルファスって何なんだ?」
何もない天井に目掛けて独り言ちる。
アモルファスのことは何度思い出してもシャドウとは一線を画する強さを持っていた。あの時は倒しきることが出来ずに逃がしてしまったと思っていたが、今では実際に見逃されたのは自分の方だったのかもしれないとすら思えてきた。
何故逃げ出したのか、なにが切っ掛けだったのかはわからない。偶然の一言で済ますわけにはいかないが、それ以外に理由らしいものは見当たらなかった。しかしこれではもし再度戦うようなことがあれば自分が生き残れるかどうかは怪しくなってくる。
せめて一定のダメージを与えたから、というのが理由ならば再現することも難しくはないだろう。だが、それ以外の、それこそ自分の行動以外の何かがアモルファス撤退の切っ掛けとなっていたとすれば、自分は最後まで戦う覚悟をする必要が出てきてしまう。
「他のプレイヤーとも戦うとなれば、回復ポーションはいくつあっても足りないような気がする」
どんなに万全な数を揃えたと思っていても足りなくなってしまうのは良くあること。
今回のゲーム専用のストレージには所持できる回復ポーションの数は決まっていて、どんなに多く手に入れてもストレージに入れて全てを持ち歩くことはできないようになっていた。ストレージには入れずに持ち歩くにしても精々数本が限界。とはいえ戦闘するとなれば手で持ち歩くことは不可能に近い。HP用の回復ポーション以外にも状態異常を治すためのものや、MPを回復するためのものを含めるとより現実味は無くなってしまう。
「武器の強化も今はこれが限界か……」
街にある鍛冶屋の建物。専用武器の強化や防具の製作に使う施設だ。シャドウを倒したりフィールドで入手した強化素材を用いてそれらは行えるが、ゲーム本編には反映されない。しかしだからこそ強化に失敗する可能性は本編のそれよりも遙かに低く設定されていた。
ただ、NPCが存在しないために強化を行うにはプレイヤーが自らの手で行う必要があるかと謂われレば答えは否。素材を使用することで自動的に武器を強化することの出来る魔法道具が鍛冶屋に設置されているからだ。
ユートもフォラスもそれぞれ自分の武器を強化していた。ここで一度でも武器を強化していれば本来の武器のスペックを記したコンソール画面とは別の画面が出現するようになった。上昇させることが出来るのは物理攻撃力を表わす【ATK】と物理防御力を表わす【DEF】、なかには魔法攻撃力を表す【INT】や魔法防御力【MIND】の他にも命中率の【DEX】やクリティカル率の【AGI】の数値をプレイヤーが自由に伸ばすことができる。
二人はユートが≪錬成≫スキルを使うことが出来ることで強化を自らの手で行えることもあって鍛冶屋の施設を借りて持っていた全ての強化素材を使い武器を強化したのだった。
「何もしていない時よりはかなり強くできたとは思うんだけど……」
どうにも不安が拭えないとユートはガンブレイズを近くのテーブルの上に置いた。
ユートが行った武器の強化はユートもフォラスも同じ項目、【ATK】と【DEX】を基本にして伸ばすことにしたのだ。
「防具も現時点でもそれなりのものなった」
二人が装備している防具のデザインはそれまでと全く同じ。一からの作成ではなく武器と同じように強化を施すことにした。但し防具というだけあって【ATK】や【INT】は現時点ではまだ強化することは出来なかったのだが。
出来る準備は全て行った。後はどーんと構えていれば問題無いはずなのに、いくつもの不安が過ぎってきてしまう。
「寝て気分が紛れれば良いんだけど」
生憎と今回のゲームでプレイヤーが眠ったとしても体感ではものの数秒で目を覚ましてしまう。現実の睡眠とここでの睡眠とでは根本的に違っているのだ。
ここでの睡眠は時間経過を促す行為であり、減少していたHPやMPを全快させるための手段でしかない。
そうだと知りつつも、このまま夢想に耽っていても何も変わらない。
ぶっつけ本番となったとしても実際にその場に立った方が肝も据わるかもしれないと自室にしている部屋に向かい、備え付けのベッドで眠ることにした。
そして体感十秒足らずで目を覚まし、その頃には既に朝日は昇っていたのだった。