R:ep.03『剣士、最初の戦闘に望む』
見渡す限りの高層ビル街。まさしくコンクリートジャングルという言葉が似つかわしいその場所でユートはビルの屋上に立っていた。
そこには自らの意思で訪れたわけではない。最初に転送されてきた地点がここであったというだけの話だ。
周囲が異様なまでの静けさに包まれている。人の気配などまるで感じられずゴーストタウンと化してしまっているこの場所に立ち思うことは一つ。共に参加したはずのプレイヤーはいずこに行ってしまったのだろうかということ。決して少なくはない人数だったはずだ。少なくとも同じ施設でログインした人の数だけでもそれなりだったのだ。なのに人影一つ見つけられない。
屋上の手すりに身を乗り出してみてもやはり何の意味もなかった。
「どうなっているんだ?」
などと独り言ちながら誤って落ちてしまわないように手すりから離れビル内部へと続く階段の近くへと歩いて行く。
閉ざされている扉のノブに手を伸ばしたその瞬間。まるで見計らっていたかのように突然手元にコンソールが出現したのだ。
表示されているのはこの辺り一帯の簡易マップ。その下部には三百秒から減り続けているデジタル時計。
「この青い光点。いくつか動いてるのもあるし、これは、自分か? だとすれば近くに誰かいることになるんだけど」
顎に手をやり考え込む。
光点の色が陣営を示しているのならば味方ということになるのだが、生憎と顔も知らない相手であることは間違い無い。突然出て行ったからとすぐに連携が取れるかは怪しい。ならば現状無理に合流することなく別行動を取るべきなのだろう。
その場から動かずにじっとカウントダウンがゼロになるのを待つ。そしてその瞬間が訪れた途端、連続する爆発音を伴って街の至る所から黒煙が立ち上がったのだった。
「始まった!」
これから繰り広げられるのは同じ数のプレイヤーによるPVP。今もなお一定の人気を誇るバトルロイヤルゲームと似たようなルールで行われる対人戦である。
マップを見る限り開幕直後となく今回の戦闘では八対八で行われるようだ。とはいえ自陣のプレイヤー以外は表示されていないことからも、直接相手を視認しない限り表示されない仕組みなのだろう。
つまり終了時間まで隠れ続け見つからなければ生き残ることも可能となるはずだ。
「ま、そんなつまらないことはしないけどさ」
浮かんでくる選択肢の一つを即座に自分で否定する。
まずは人が集まってくる可能性が高い黒煙が上る地点を目指すことにしたのだった。
ビルの階段を駆け下りて外に出るとそのまま別のビルの影に隠れるようにして移動する。程なくして目的の地点へ辿り着くと炎が僅かに残る爆発の跡らしきものが目に入った。
「人影は」
そう呟きながら辺りを見渡す。
右手はガンブレイズの柄に添えながら、身を屈めていると次第に炎が消えてそこにある何かが見えてきた。
旅行用のキャリーケースくらいの大きさをした金属製の箱。周囲の様子を見る限り突然現れたというよりも遙かに高い場所から降下してきたというのが正しいように思える。
「お決まりなら回復アイテムとかが入っているんだろうけど、安易に飛び出すのはな」
どうするべきか思案していると自分よりも早く行動に移した人が居た。
抜き身の剣を構えたプレイヤーと片手銃を構えたプレイヤーの二人組だ。
先に出たのは剣を構えたプレイヤーで、それから少し離れて片手銃を持ったプレイヤーが周囲の警戒を担っているように見える。
マップを見るとその二人を示す光点の色は赤。つまり相手側のプレイヤーだということになる。
このまま飛び出せば戦闘になることは必至。二人が持つ武器のデザインは共通であることからも用意されたアカウントを使っているプレイヤーであることは推察できた。二人組のプレイヤーの即興の連携がどの程度のものなのか分からない状況では人数的不利に自ら飛び出すことは不利でしかない。しかし、専用武器以外の装備が均一化され、なおかつアイテムも所持していないことからすれば、確実にアイテムを手に入れられる機会を逃すべきではないことも理解していた。
「どうする?」
と迷うユートの目の前で突然剣を構えるプレイヤーが膝を付いた。
「何だ!?」
咄嗟に目を凝らす。
すると剣を持っているプレイヤーの左肩に小さな鉛筆くらいの鉄の棒が突き刺さっていたのだ。投擲武器の一種ではあるみたいだがそれが何なのかはっきりとは分からなかった。
続け様に片手銃を構えるプレイヤーにも同じものが投げつけられる。しかし完全な奇襲となった初撃とは違い、二度目以降の攻撃は命中することはなかった。
パンッパンッと乾いた銃声が二度轟く。
当てずっぽうに撃っているというわけではなく、投擲武器が飛んできた方向に銃口を向けていることからも片手銃を構えたプレイヤーが全くの素人ではないことも判明したのだった。
「無事か?」
「ああ。ダメージはそんなでもない。けど…」
「毒か……」
「麻痺毒だと思う。しばらくはこっちの手は使えないと思ってくれ」
「わかった」
二人組のプレイヤーはケースに向かうことを中断し集まり周囲に警戒を向けている。
二度の銃声の後戦闘らしい戦闘は起きていないために二人の会話は微かながらも聞こえてきた。
バッドステータスが付与されたことで単純な人数の優位性は軽減された。攻め時は今。
「誰だか知らないけど離れて行ってないみたいだし……行くか」
無理をするつもりはないが、互いにアイテムなどの手札が足りていない状況。要求されるのは純粋なプレイヤースキルだけ。
意を決してユートはビルの影から飛び出した。
即座に抜いたガンブレイズを銃形態に変えて狙いは麻痺の残る剣を持ったプレイヤー。
「誰だっ!?」
「敵だ!」
二人組のプレイヤーが異口同音にユートの存在を認識した。
ユートを迎え撃つべくそれぞれの武器を構える。しかし、麻痺を受けた剣を持ったプレイヤーだけが僅かに挙動を鈍らせている。
パンッと片手銃の銃声が轟く。
ダンッと銃形態のガンブレイズの銃声が響く。
銃声の違いは経口の違いもあるがそれぞれが撃ち出している銃弾の違いによるものが大きい。MPを撃ち出すユートに対し片手銃は火薬を用い鉛の弾を打ち出す現実の銃と同じ構造をしているようだ。
「チッ」
片手銃のプレイヤーは舌打ちをして再び照準を定めるとまたしても引き金を引いた。だが走っているユートには当たらない。ユートも狙いを外してしまいそれぞれの射撃は残念ながらも目標を捉えることはなかった。
「照準が甘い? 専用武器の能力は再現されているはずなのに?」
いつもの自分ならば外すことはない距離の射撃なのにと冷静を装いながらも首を捻る。しかし何度引き金を引いても撃ち出した弾丸が相手に命中することはなかった。
理解不能な現状に戸惑っているのは片手銃のプレイヤーも同じようで、弾倉に込められていた銃弾を全て撃ち尽くして新たに装填している最中も納得出来ていないような憤然とした表情を浮かべているのだった。
「どういうことだ?」
自動的にMPを消費して次弾が装填されるユートは弾込めの手間が要らない分、思考を巡らせていた。
全てがいつもと同じ状況だとは言わない。寧ろいつもと違う事の方が多いくらいだ。けれどそれが著しい命中率の低下を招いているとは思えなかった。というよりはこの一連の射撃は命中率以前の話に思えてならないのだ。
「当たらないのがパラメータとか装備のせいじゃないとすれば――まさか、システムアシストが機能していない?」
思考の末、思い当たったのは一つの懸念。
VRゲームで射撃系の武器、それ以外にも大半の武器を扱うときにはシステム的なアシストが働くことが基本とされていた。それもそうだろう。誰が現実で殺傷力のある刃物をそれこそ動き回り反撃すらしてくる生物に対して使ったことがあるというのか。
子供の頃の真似事などではない。れっきとした戦う技術が要求されるのだ。それでいて現実で使い物になってはならない。このゲームで剣技を学んだからといって現実でも同じように武器を振るう技術となってはならない。
あくまでもゲームの中だけ通用する戦闘術。せいぜい現実に落とし込めるのは戦いの場における心構えだけ。けれどそれも本物の武道家にすれば俄もいいとこだ。
その為に用いられているのがシステムアシスト。開始当初こそオンオフできた機能であったが今では自然と適用されるものとなっている。それが芝居における殺陣のように戦闘を繰り広げることに一役買っているのだ。
「なら、剣で確かめてみるか」
走りながらガンブレイズを剣形態へと変える。
急旋回してユートは二人組に背金するとそのまま銃を構えたプレイヤーに向かってガンブレイズを振り上げたのだった。
「――ぐっ」
武器に対する重さなど気にしたことはない。両手用の武器ではなく片手用の武器を使っているのだから尚更だ。しかし思いっきりガンブレイズを振り上げたことで確信した。普段なら気にするまでもない重さによる感覚のズレを確かに感じたのだから。
「くそっ」
ガンブレイズを振り下ろすも普段のようには決まらない。
虚しく空を切ったそれを強引に動かし、ユートは二人組のプレイヤーから離れケースを挟んだ向こう側で立っている。
「どうする? どうすればいい?」
意気揚々と戦闘を仕掛けたが、感じるいくつもの感覚のズレにユートは戦闘の続行は困難だと判断し始めていた。となれば次にすべきはこの場からの離脱。だが、この状況で簡単に逃げおおせるとは到底思えなかった。
「こっちです!」
突然別の誰かの声がした。
そして時を同じくしてユートからみて前方。二人組のプレイヤーの背後で一際大きな爆発が起こった。
爆風が黒煙を巻き上げ襲い来る。
狙ってかあるいは偶然か。黒煙は煙幕の役割を果たし、ユートと二人組のプレイヤーの両方を飲み込んだのだ。
「ケースは諦めて! 逃げて!」
またしても同じ声。
するとユートは反転して走りだしていた。
その向かう先が声のした方なのは自然なことだろう。
手近なビルに飛び込み、抜けて、別のビルを通り抜けながら走って行く。
いくつかのビルを抜けた頃には風によって黒煙は流されて元いたケースの付近には二人組のプレイヤーが残されているだけとなった。
「はぁはぁはぁ」
息を整えながら別のビルに入る。
「さっきのは、誰だったんだ?」
聞こえて来た声を思い出しながら呟くユートは近くの壁に体を預けて座り込んだ。
「にしても、システムアシストが働いていないのは問題なんじゃないか?」
自然と声に出たそれは冷静になればなるほど問題であるように思えてきた。
普段のゲームよりもライトなプレイヤーが集まることを想定するのならば、戦闘をメインに添えたゲームであるのならば、それにストレスを感じさせることはマイナスの要因でしかない。それと同時にこれまでそのようなクレームが出てこなかったことも思い出していた。
「もしかして今回のゲームからの新要素? な……わけないか。ってことがこれも不正アカウントの仕業だとするのが自然か? でも何のために?」
いくつもの疑問が溢れだしていく。
けれどそれに答える人は誰も居ない。
息を整え立ち上がろうとしたその時、不意にコツンコツンっと人一人分の足音が響いた。
体を起こしてしゃがみ込むとガンブレイズを握る。
じっと足音が大きくなっているのを聞きながら音のする方を睨み付ける。
「警戒しないでください。敵じゃありません」
両手を挙げながら姿を現わしたのはユートと同じくらいの背丈をした人物。
水色のショートカットの髪に中性的な顔立ち。華奢な体格からはこの人が男性なのか女性なのかもわからない。
「君は?」
「わたしはターク。さっき貴方を助けたのはわたしです」
上げられたままの手のひらに突然金属製の杭が出現した。鉛筆みたいなそれは確かに最初に剣を持ったプレイヤーに麻痺を与えた武器と同じ形状をしていた。
「声もどうですか?」
目の前の人物の口から発せられる声は先程自分を逃がす切っ掛けとなった声だった。つまり嘘は言っていない。マップを見てもここにいるのは同陣営のプレイヤーだけであることは疑いようがなかった。
「確かに聞き覚えがあります。俺を逃がしてくれたことには感謝します。ただ、どうして俺にコンタクトしてきたんのかは話してもらえますか?」
「そうですね。一旦手を組みませんか、という提案です。どうやら今回のゲームはいつもと何か調子が違う感じがするんですよね」
そう言ったタークは手を動かさないまま杭を仕舞った。まるで手品師のような動きにユートが目を丸くしていると、
「これも普段ならできないことなんですよね」
訝しむように言った。
「ということはそれは貴方の現実の技術だと?」
「タークと呼んで下さいよ」
「は、はあ」
「それで先程の質問ですけど、YESです。わたしの現実の趣味の一つが手品なんです。けれどこういった技術は色々悪用もできると想定されているんでしょう。そのせいでこういった挙動の大半は再現が難しいんですよ」
苦笑交じりに告げる。
「この初回の戦闘も普段ならばもっと基本的なゲームのルールを通知するためのものなんです。つまりチュートリアルですね。なのに――」
「普段とは違っている、と?」
「はい」
きっぱりとタークが断言した。
「タークさんは今回が初めてじゃないんですか?」
「実はこれが三回目です。いやあ、はまっちゃいまして」
はははと笑うタークにいよいよユートは毒気が抜かれたように警戒を解いていた。
「そういうわけで、どうです? わたしと手を組みませんか?」
暫し考えてからユートは差し出されたタークの手を握る。
「分かりました。俺はユート。ここには知人と来ていて出来れば合流したいんですが」
「なるほど。とはいえフィールドは広大ですし、今のように戦闘が始まってしまうと別の戦場にいるかもしれない人との合流は困難なんですよねえ」
「そう、ですよね」
「というわけでまずはこの戦闘を生き残りましょう。その為には」
「ためには?」
「物資の確保は欠かせません。フィールドに隠されているアイテムとかさっきのようなケースを探しに行きましょう!」
慣れた様子で提案してくるタークに、ユートはこれといった反論もなく移動することを決めた。
ユート
レベル【14】ランク【2】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫
≪錬成≫
≪竜精の刻印≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪状態異常耐性・全≫
≪HP強化≫
≪MP強化≫
≪ATK強化≫
≪DEF強化≫
≪INT強化≫
≪MIND強化≫
≪DEX強化≫
≪AGI強化≫
≪SPEED強化≫
残スキルポイント【6】
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【作者からのお願い】
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