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R:ep.01『剣士、依頼の説明を受ける』

今回から第十六章となります。



 テーブルの上に広げられた二冊のパンフレット。一冊は大型テーマパークの施設案内も兼ねたもの。もう一冊はVRゲーム【ARMS(アームズ)ONLINE(オンライン)】と協賛して開催されているアトラクションの説明が記されれているもの。

 テーマパークの施設案内は比較的よくあるもの。それぞれのアトラクションの説明や施設内のレストランやお土産店などの場所を記したものだからだ。

 ある意味もう一冊のほうが珍しいかもしれない。施設としては多数のプライズゲームが置かれているゲームセンターと同じ施設二階に併設されているからだ。同じ施設を使い同じゲームという題材を扱っていながらもそれぞれが醸し出している雰囲気は全く違う。一階はまさしくテーマパークの喧噪そのもの。遊びに来ている家族や友人、恋人などの楽しげな声が途切れることは無い。が、二階は違う。喧噪というよりは沈黙に包まれていて、唯一そこで働くスタップの足音だけといったような静かな様子の写真があ載せられていた。



「これは?」



 二冊のパンフレットを手に取ってさっと目を通した相馬悠斗(そうまゆうと)は視線を上げて部屋のソファのいつもの場所に座って優雅にコーヒーを飲んでいる高坏円(たかつきまどか)の顔を見る。



「見ての通り、テーマパークのパンフだ」

「それは分かりますけど、どうしてこんなものがここにある――というか、どうして俺に見せたんです?」

「簡単なことだ。そこが悠斗にやってもらう次の仕事の舞台だからだな」

「はい?」



 さも当たり前の事であるというように告げる円に悠斗は全く意味が分からないと聞き返す。



「そろそろ次の依頼に取り掛かっても良い頃だろうと思ってな。前の依頼を熟してから既に三日だ。休養

は十分だと思うが、まだ足りないか?」

「まあ、おかげさまで随分休ませてもらいましたけど……」

「なら文句はないだろう」



 カップを傾けてコーヒーを飲む円に訝しげな視線を向ける悠斗は再び視線を手元にあるパンフレットへと移した。



「また【ARMS・ONLINE】関連の仕事というわけですか」

「そうは言うがな。昨今のVR世界の根本を担っているのは元を正せばそのゲームなんだ。加えてゲーム以外の企業が使っている仮想世界のシステムもそれに倣っているわけだからな、他のVR世界よりも依頼が多いのも自然なことだと思わないか?」

「確かに。そうですね」

「とはいえ今回はそこにも書いてある通り、ゲームシステムは流用されているがサーバーは完全な独立状態。個人のセーブデータが記録されているレヴシステムも持ち寄らない限り、そこで得たものは一切自身のデータに反映されもしない。加えて通常のゲーム空間とは別の専用のエリアが用意されている」

「みたいですね」



 パンフレットの最初のページに書かれている文章に目を通りながら円の言葉に頷く。



「それに、持ち替えられるデータもアイテムなどではなく純粋な経験値。つまりそこで上昇したレベルなどが反映されるだけみたいですね」

「まあ、クリアすれば特別なアイテムを得ることもできるらしいがな」

「え? そうなんですか?」

「何だ。全部読んだのではなかったのか」

「そのつもりだったんですけど、どこに書いてあるんですか?」

「次のページの最後の方。そう、そこだ」



 パンフレットのページを捲りながら件の項目を探す悠斗は程なくしてそれを見つけることができた。



「『期間内に一定の条件をクリアした人には豪華賞品が!!』ですか。この一定の条件ってのがゲームクリアになるんですか」

「ま、何をクリアにするかは別の話になるがな」

「どういうことです?」

「そうだな。それは依頼主に直接聞いた方が早いだろ。そろそろ約束の時間になるしな。ほら、いつまでも昼飯を食べていないで来客を迎える準備をしろ」



 壁に掛けられた一昔前の振り子時計がボーンッと鳴った。

 悠斗は急いで半分ほど食べてあったホットドッグを食べきってテーブルの上に広げられている二冊のパンフレットを片付けていく。

 それから十分ほど経った頃。事務所内に来客を告げるチャイムの音が鳴り響いた。



『一時に約束をしている志穂野(しほの)という者ですが、高坏円さんはいらっしゃるでしょうか?』



 続いてインターホンの無線越しに聞こえてくる男性の声。事務所のモニターに映し出されている姿も短く切り揃えられた黒髪にパリッと糊の利いたスーツといったベタなサラリーマンの出で立ちをしている。年齢は三十代半ばだろうか。高坏円事務所を訊ねてくる人物の年齢層はバラバラだが、その中でも志穂野と名乗った男は比較的若い部類に入る。



「はい。承っております。どうぞ、お越し下さい」



 インターホンを通して返事をすると程なくして事務所のドアが開かれた。



「お待ちしておりました。私が高坏円です」



 立ち上がり志穂野を招き入れた円はそのまま応接用のソファを勧める。



「では、失礼します」



 と志穂野がソファに腰掛け、続いて円が先程悠斗と見ていたパンフレットを持って座る。それから一拍遅れて悠斗が人数分のお茶を持って現われそのまま円の隣に座る。



「今回のご依頼についてもう一度お話を聞かせて頂けますか?」



 慣れた様子で円が話を切り出した。



「あ、はい。えっと、今回こちらに依頼したいのは――あれ? どこに――」



 それに比べて志穂野は若干慣れていない様子がある。今も持ってきている鞄の中を漁りながら何かを探しているが、一向に見つかる気配がない。



「パンフレットでしたら用意してありますが」

「あ、そうなんですか。でも、その、それじゃなくて、えっと――」



 痺れを切らしたように手元のパンフレットを差し出した円であったが、志穂野は別の物を探しているようだった。それを察した円はパンフレットをテーブルの上に置き、志穂野の探しものが終わるのを待つことにした。



「あ、あった。ありました」



 喜色一杯に笑顔を浮かべて志穂野が鞄から取り出したのは大型のクリップで纏められている書類の束。



「これを見ていただけますか?」

「わかりました」



 差し出された書類の束を受け取って、一枚一枚をしっかり、それでいて素早く目を通していく円。ものの一分足らずで全ての書類を確認した円はそのままそれを悠斗へと手渡して、目線だけで「読め」と伝えてきた。



「その資料は今開催されている【ARMS・ONLINE】のコラボイベントの内容です」



 そう前置きしてから内容の説明が行われた。

 まず、客は自身のセーブデータかこのアトラクション専用に用意されたアカウントを選んでプレイすることができる。この際、どちらかに有利不利が出てはならないと専用アカウントは既存のゲームデータとしてレベル50、ランク1程度の能力値を与えられているとのことだった。そして持ち込めるアイテムはなし。専用武器以外は使用している防具すらもリセットされた状態で始めるようになっていることも記されていた。



「これは当社のホームページにも記されてますし、パンフレットや専用サイトでも告知されています」



 先程円と見ていたパンフレットにも記されている内容だっただけに悠斗は引っかかることもなく読み進めることができていた。



「そして次ですが、今回のアトラクションではゲーム内の体感時間はかなり拡張されます。具体的には現実の三時間でゲーム内では三ヶ月に相当します。これは体感時間の引き延ばしの上限ではありませんが、製作側からも安全な範囲内の時間であることは度重なるモニター実験で証明されていますのでご安心を」



 この特殊なシステムもパンフレットには記されている。VRゲームを扱った施設だからだろうか。パンフレットの最初のページは概要の説明などではなく、安全性の保証や注釈が子供でも読みやすい文字の大きさとフォントで記されているのだった。



「今回のゲームの概要は、限られた期間、限られたエリア内で行われる二つの国の勢力争いになります。今回のエリアにはNPCが設置されていません。各店舗の店員は現実のネットショップを想像して頂けると分かるかと思います」

「勢力争いですか」

「な、何か?」

「いえ、アトラクションだというのに随分と物々しいものにしたのですね」

「実は、当初社内でもそういう意見はありまして、一度ゲーム内でスローライフをするという内容でもテストされたこともあったのです。ただ、何と言いますか、あまり好評ではなくてですね。反対にこの戦闘の要素を前面に押し出したものがウケたのです」

「それは、意外ですね」

「元々戦闘を好んでいたのは男性プレイヤーが多いと思っていたのですが、案外この企画は男女共々好評でして、テストに参加してもらった方にアンケートをとってみるとスローライフは最初の頃は楽しいが途中で飽きるという意見が多く、反対に戦闘を重視した内容の時には各能力のバランス調整に対する意見が多く、最後まで試行錯誤して勝利を得ようとする人が多かった印象です。どうやらスポーツの試合のような感覚を覚えた人も少なくないようで、そういう雰囲気を強調して血生臭い戦争ではないような感じにしていったのが開催されているゲームなんです」



 円が志穂野の説明に相槌を打ちながら時に質問を挟んで会話を進めている。その横で悠斗は渡された資料の束に目を通すので精一杯になってしまっていた。



「基本的に対人戦になるのですよね?」

「はい。今回のゲームでは敵対するモンスターは出現しません。その為にモンスターを使役するような能力を使うプレイヤーには不便を強いてしまっているのですが」

「まあ、全てをフォローするのは難しいですから」

「そう言って貰えると助かります。それで、このゲームのプレイヤーの目的なんですが、基本的に自陣の勢力圏を全体の七割程度まで広げることになります。それがクリアの条件といっても間違い無いですね。とはいえ未だに期間内にそれが達成されることは少ないのですが」

「おや? そうなんですか」

「実は開催されたゲームの回数全体の二割にも満たないと思います。高ランク帯の現役プレイヤーが参加した勢力は有利に進めるようにお思いでしょうが、実際はそれほど有利には働くことはないのです。案外専用武器以外のアイテムが使えないという制約は大きいようで、専用のアカウントを使用して効率的に強化していったプレイヤーのほうが強いということも珍しくないのですよ」

「とはいえ、スキルのことを考えるとやはり有利になりそうなものですが」

「そうですね。確かにそういう一面もあります。ただ、このゲームは多人数対多人数の大規模戦闘がメインになります。どれだけ個人が強力でも一人で軍勢圧倒できるほど強いプレイヤーは未だ参加されていないので何とも言えないことでもありますが、専用アカウントの能力がある程度高めに設定されていることもあって一人で無双することは中々難しいのではないか、というのが今のところの共通見解なんです」



 円が抱いた懸念に対して真摯に答えていく志穂野。

 ふと気になったのか、今度は悠斗が志穂野に質問を投げかけた。



「あの、クリアするには戦闘に勝って勢力圏を広げることだけなんですか?」

「基本的には。一応最後まで生き残ったらクリアとも言われてますし、その場合の報酬も用意されていますが」

「生き残ったらということは、倒された場合はリタイアになるんですか?」

「プレイヤーには三回のコンティニュー権が与えられています。つまりは四回倒されたら終わりというような感じですね。このゲームには設定されている期間というものがあるので、同ゲーム内でプレイヤーの数が増えることはありませんので、各個撃破されることが続けば自ずと自陣が不利になっていくことになります」

「成る程」



 志穂野の言葉に納得して再び資料に視線を落とす。

 悠斗が資料を読み込んでいくのを隣で見ている円が言葉を続けた。



「ゲームの概要は大体わかりました。私には順調に運営されているように思えるのですが、今回の依頼の内容は『ゲーム内のバグの調査』とあります。しかし問題無く可動しているゲーム内で重大なバグが発見されたとなれば、数回のゲームを中止してメンテナンスをするのが普通だと思うのですが」

「それが、今回見つかったバグというのがゲーム開催中でしか確認されていないらしく」

「なら、ゲームを稼働したままバグの調査と対応をすれば良いのでは?」

「あ、いえ、その……」



 思わず言い淀む志穂野。その様子を見て悠斗は首を傾げている。



「大丈夫。私共がここで得た何かを外部に漏らすことはありませんのでご安心なさってください。それで、本当の依頼の内容は?」

「じ、実は……件のゲーム内で正体不明なアカウントが確認されたんです」

「ほう」

「それが誰なのか、確認しようにもどこか外部から不正に侵入しているらしく、またゲームを無闇に荒らしたりすることもなく、当初は普通にプレイしているように見られていたのですが、次第にその活動の影響が出始めているみたいなんです」

「具体的にお聞きしても?」

「そのアカウントが参加している側の勢力が勝率を上げているのです」

「それは、単純にゲームに慣れたプレイヤーが多く参加していただけなのでは?」

「一度や二度なら偶然が重なったと言えるのでしょうが、ここ一週間その傾向が強いゲームが毎日確認されているのです。全ゲームではないのは此方の目を掻い潜ろうと考えているのかは分かりませんが、このままでは公正なゲームとは言えなくなってしまいます。それに、正体不明のアカウントの侵入を許し続けていると何時その事実が広まるか。広まってしまえば今後同じコンセプトのイベントの開催自体が危ぶめられます」

「確かに。わかりました。その調査、我々が行いましょう」

「ほ、本当ですか!」

「ええ。幸いにも彼は件のゲームに慣れた熟練のプレイヤーですので」



 円の満面の営業スマイルが悠斗に向けられた。




ユート

レベル【14】ランク【2】

所持スキル

≪ガンブレイズ≫

≪錬成≫

≪竜精の刻印≫

≪自動回復・HP≫

≪自動回復・MP≫

≪状態異常耐性・全≫

≪HP強化≫

≪MP強化≫

≪ATK強化≫

≪DEF強化≫

≪INT強化≫

≪MIND強化≫

≪DEX強化≫

≪AGI強化≫

≪SPEED強化≫

残スキルポイント【6】



――――――――――



【作者からのお願い】

製作の励みになりますですので本作をちょっとでも良いと思って下さったのなら評価・ブックマークをお願いします。



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