R:ep.22『剣士、歪みを正す』
突如現われたユートが振るう武器が描く剣閃はまさに流星の如く。
体力の残量を示すHPゲージが全て削り取ったというのに変わらず存在し続けている異常なモンスター、ソーンスライム。それとマキト達との間に彼が出現した瞬間に理解したであろう現状は、凄惨とまではいかないまでも、ある種の絶望が漂い始めていたように感じられていた。
本来HPを全て奪えば戦闘は終わり勝者と敗者が決まる。プレイヤーが勝てば経験値と何らかのドロップアイテムを得ることができ、モンスターが勝った場合はなにも得られない。それどころかデスペナルティが架せられて暫くのプレイに制約がもたらされるのだ。
しかし終わることのない戦闘で、かつ終わらせ方の分からない戦闘というものでは唯一プレイヤーの敗北だけが収束の手段のようにも思えてくるものだ。
負けが確定しているイベント戦というものがある。なんらかの明確な理由があり、それをプレイヤーは後に知らされることになる戦闘が存在するが、確実に言えることはこの状況、この瞬間においてはそうではないことが確定していること。
だからこそマキトは懸命に立ち向かったし、フォラスもそれを援護した。
反対側にいるであろうセイグウやパロックも同様に戦闘を終わらせるべく、勝利を収めるべく戦ったのだ。
だが結果は停滞。
ソーンスライムは健在のまま、自分達の所持している回復アイテムの数がゆっくりと減少を続けていたのだった。
「あの……彼は?」
「ユート君です。理由は分からないけど、突然現われてソーンスライムと戦い始めた……」
話しかけてきた城石にマキトはただ目の前の光景と先程ユートと話した時のことを告げた。
「『自分なら勝てる』ってどういうことです?」
「さあ? ただ、彼の攻撃はソーンスライムに通用している。それは自分達とは違います」
その原理がなんなのか、理解しないままマキトはいった。
ソーンスライムのHPゲージが残されていたときはマキト達の攻撃は通用した。むしろ効率的にそのHPを減らすことが出来ていたと言ってもいいくらいだ。けれどHPゲージが消失してからは自分達の攻撃はまるで実体の無い幽霊を攻撃しているかのように空を切ったり、命中するはずの一撃が透過したりしだしたのだ。
なのにソーンスライムの攻撃は自分達には有効。触手による打撃はいとも簡単に自分達を吹き飛ばすし、ソーンスライムが使い始めた気味の悪い溶解液のようなブレス攻撃は自分達が立っている地面すらも溶かしてみせた。
「マキトさん!」
駆け寄ってくるフォラスは自分が手を出すべきかどうか迷っているのか弓に矢をつがえたまま。鏃を下げているのは誤射を防ぐためだろう。
「あれは、ユートさんなのですか? 彼は先程助け出したモンスターと共に貫かれてしまったはずですよね?」
「蘇生アイテムでも持っていたんじゃないのですか?」
意外なほど声を張ってパロックがフォラスの問い掛けに続いた。
「でも、あの人。レベルは低く、ランクもゼロだって言ってははずです。蘇生アイテムは低ランクのプレイヤーが購入出来るほど安いアイテムじゃ無かったはずです」
セイグウがぶつぶつと呟きながら合流すると、
「それに何かちょっと雰囲気が変わってません?」
ちらりとソーンスライムと戦っているユートを見ていった。
他の四人の視線がユートへと集まる。
彼らが知るユートの姿と今の姿では確かに違いがあった。先ず目に入るのは彼が纏っている防具。先程までのそれは明らかに低レベル帯のプレイヤーが装備する質の悪いものと言っても過言ではなかったのだが、現在の装備はそれよりも遙かに質の良い、はっきり言うのなら性能が良い装備を身に纏っているように思えるのだ。施された銀の装飾は余す所なく何かの効果を発揮していることが分かる。
「それに、使ってる武器も違う」
「え?」
パロックの言葉に、セイグウは驚いたように声を出した。
それもそのはず専用武器というのは本来、特別な手順を踏まなければ強化することができない。具体的に言えば剣や槍などは町の鍛冶屋にて素材を渡し強化してもらうのが一般的なやり方だ。その際武器の強化が一定の水準を超えていた場合にようやく武器そのものが姿を変えることがあるとされているのだった。
事実ここに居るプレイヤーの多くは最初に手にした専用武器を長いプレイ期間の中でそれぞれが扱いやすいように長さや形状を変化させていた。唯一ランクがないフォラスですら使っている弓をより扱いやすいように変化させているくらいだ。
しかし、それがランクがゼロでレベルも低いプレイヤーが行えるかどうかとなれば話は別。専用武器の変化まで辿り着けているのだとすれば、まず強化を繰り返している間に熟した戦闘でもっとレベルが上がっているはずで、そうでないならば誰かに素材を譲ってもらったとも考えられるが、そうして強化を施し変化をもたらせたとしても、あのように手足の如く扱えることはない。
総じてユートの身に起きた変化は彼らにとっては理解の範疇にはないことだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
背中に皆の視線を感じながらも集中力を高め目の前の敵に集中し続けた。
敵の名はソーンスライム。
一度は自分を倒し、それでいて皆に倒されたはずのモンスターである。
「――おっと」
ソーンスライムが触手を使って横薙ぎの一撃を繰り出してきた。
その瞬間に見えてくる触手に浮かぶターゲットマーカー。それは攻撃可能なことを表わした遠距離系武器特有の攻撃のガイドラインである。
手早くガンブレイズを変形させる。
ユートとして使っていた直刀の刀身の長さを維持したまま、過去ユウとして使っていたガン・ブレイズのように銃としても剣としても使える特殊な片手武器と同化したことによって獲得した新たなる専用武器の姿だ。
刀身の幅が一回り以上大きくなったそれがグリップ部である剣の柄が移動した瞬間に刀身のちょうど半分くらいの位置でスライド展開すると、その内部に収まっていた銃身が露出した。銃身といってもその実ライフリングがあるわけでもなく、ただ砲身としては奇妙な筒が備わっているだけだった。筒の先にあるのは半透明な青色をした結晶があり、それは剣の形態の時に刀身にある溝に走る光と同じ色を発している。
「ふっ」
ターゲットマーカーに銃口を向けてグリップに備わっているトリガーを引く。
撃ち出されたのは銃弾ではなく光弾。所謂魔法の一種だった。
付与された属性は『無し』。MPを消費することで放たれる純粋な魔力弾という扱いだ。
銃声もなく放たれた光弾は違わずにソーンスライムの触手を貫く。パンッと弾けるように粉砕されたソーンスライムの触手の攻撃はその長さが足りず自分に届くことはない。
攻撃が空振ったことに躍起になったのか、ソーンスライムはその後も数回繰り返し触手を振りかぶってきた。
基本は一本ずつ。時には複数の触手で攻撃を仕掛けてくるも、それら全てに見えるターゲットマーカーをその都度的確に撃ち抜いていく。
射撃の際に消費したMPは≪自動回復・MP≫のスキルによって時間を空けることで回復させることができた。
「ん? 攻撃のパターンを変えるつもりか」
触手の攻撃の勢いが弱まった途端、ソーンスライムはその身を震わせ始めた。それを次なる攻撃の予兆だと判断するやいなや、迫られる選択は二つとなった。
本体に攻撃するか、それとも様子を見るか。
攻勢が弱まり好機であるようにも見える。けれど、これがソーンスライムの罠であった場合、痛手を負うのは自分だ。
「気をつけて! ブレスを使ってきます!」
後方からフォラスさんの声がした。
ハッとしたようにソーンスライムを見ると、その透明な体内に澱んだ何かがグルグルと渦巻いているのが見えた。
「助かります!」
一言フォラスに礼を言って俺は自分に接近していない触手を全て撃ち抜いてみせた。
そのまま銃口をソーンスライムの本体に向けると、
「<琰砲>!!」
新たに習得した射撃アーツを発動させる。
放たれるのは光弾ではなく、光線。真紅に輝く一陣の光がソーンスライムの胴体を射貫いた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!』
声にならないソーンスライムの絶叫が轟く。
胴体にできた穴から溜め込んでいた淀みが噴出する。
煙のように黙々と立ち込める淀みは本来ブレスとして放たれるはずだったもの。つまりはそれそのものに攻撃性がある物質だったというわけだ。
ブレスとしてではなく、貫かれたことで出来た穴から強制的に体外に放出させられたことで、淀みが焦がしたのはソーンスライム自身。
本来毒を持つ生物が己の毒によって自ら影響を受けないように抗体を持つ場合が殆どだが、このソーンスライムはそうではなかったらしい。いや、体内で生成していたことやブレスとして吐きだそうとしていたことを考慮すると、本来の使い方であれば淀みの影響を受けないのかもしれない。それが強制的に本来の場所ではない、傷口から放出させられたことで想定外の影響を受けてしまったのだろう。
「直接浴びたりしなければ影響はそれほどでも無いのか」
ソーンスライムの体表を伝い地面に付いた淀みはそこにヘドロのような水溜まりを作っていた。しかしそれが広がることはなく、またその淀みが地面に吸収されることもなかった。
シュウウっと胴体の穴から出ているのと同じ煙が立ち上がると程なくしてその水溜まりは消滅し、水疱が消えた後の小さなクレーターがそこに残されるだけとなった。
「だったら――! <琰砲>ッ」
胴体に出来た穴に触手を突っ込み強引に掻き出すことで淀みを全て体外に放出したことでソーンスライムの自傷は止まっていた。
射撃アーツによって出来た穴も次第に小さくなり、自己修復が行われているのは明らか。だからこそもう一度射撃アーツを放った。今度はその内部にある小さな塊目掛けて。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
先程よりも大きな悲鳴が響く。
超高音の硝子を掻き鳴らしたかのような不快な音に似た悲鳴だ。
スライムのような不定形のモンスターの大半はその身に核を宿す。打撃や効果のある属性以外の攻撃に対する耐性が高いのは核以外は全て人でいう爪のようなものであるからだという。全く痛覚が無いわけではないが、生命活動に直接影響を及ぼすほどでないもの。それがスライムの体なのだ。
ソーンスライムもその例に漏れず核がある。そう思ったのは最初にソーンスライムと対峙した時のこと。半透明な体は注意深く観察することで核を見つけ出すことが出来ると思っていた。しかし、この感じを思うに今の今まで核に攻撃を加えることは無かったようだ。
圧倒的な能力差があり、効果の薄いとされている体に対する攻撃でもソーンスライムのHPを削れていたことによる弊害とでもいうべきか。そして絶えず僅かな淀みが胴体の中に渦巻いていたことも確認し辛くする要因であったらしい。
総じてHPゲージを消失した後も無傷だった核に今、始めてダメージが通った。
「核に対する攻撃なら通ったのか?」
マキトさんが小さく呟いたのが聞こえた。
その可能性はあると思う。けれど、それもあくまでHPゲージがある段階の話だとも思った。
核はスライム等の弱点。本来の効果は与えられるダメージの増加など。つまりシステムを逸脱している現状では弱点として存在しているものの、それだけということには変わらない。
「全く。何でまたこんなことが起きているんだよ」
何気なく空を見上げて独り言ちた。
返ってくるのは言葉では無く、風によってざわめく木々の揺らぎだけ。
自嘲するように笑った俺は再び視線をソーンスライムへと向けた。
「とにかく、歪みはここで正してやるさ」
今の自分になる切っ掛けの場所で出会った光の存在の言葉をなぞるように呟く。
ガンブレイズを剣形態へと変えると俺は左手を前に、武器を持つ右手を下げて後ろにして身を屈めた。無意識のうちに取っていたのは懐かしいガン・ブレイズを使っていた時の構えだ。
自分一人を敵と捉えたソーンスライムはがむしゃらに触手を振り回してきた。
接近する触手を切り払いながら接近していく。
<琰砲>によって穿たれた胴体の穴はいつしか完全に塞がっていた。その奥では核を覆い隠すかのようにゆっくりと淀みが渦巻き初めている。
「だが、まだ遅い! <光刃>!」
淀みが溜まりきる前のソーンスライムの体に新しい斬撃アーツが直撃する。
ガンブレイズの刀身を覆う光が伸びて一回り大きくなったそれで斬り裂く一撃。それがアーツ<光刃>だ。
パッカリ斬り裂かれたソーンスライムの体を三度自らの淀みが焼き付けた。
「まだまだァ!」
<光刃>は一撃毎に発動させる類のアーツではない。一定時間。体感だと十秒。光の刃が発現するものだった。つまり光が出ている間に繰り出す攻撃は連撃とも範囲攻撃ともなり得るものだ。
光が消えるまでの間、立ち止まり襲い来る触手共々ソーンスライムを切り刻む。
感覚で光が消えたのがわかった瞬間、後ろに下がりソーンスライムと距離を作る。
「これでも倒しきれないか」
などと言いながらもどこかそうだろうとも思った。
強力になった通常のアーツは確かに使える。けれどソーンスライムという歪みを断ち切るまでには至っていない。そういう風に感じていたのだ。
繰り返し攻撃を受けて身を震わせるソーンスライムは一回り体を小さくさせることで強引に傷口を塞いでみせる。そして小さくなったからこそ十全に体内に淀みを発生させることが可能となり、限界以上にまで蓄え始めるのだった。
「最後の攻撃――いや、自爆か!」
体内に力を溜め込んだモンスターが取る行動は限られている。
その力を取り込んで次なる形態に自己進化するか、あるいは、だ。
常軌から逸脱したソーンスライムであるからこそ、システムに載った自己進化はありえない。ならば欄外の進化をするかとなればその可能性は限りなく低い。それよりも遙かに高い可能性が死して此方を倒そうとする攻撃。つまり自爆しか考えられない。
小さな風船に容量以上の空気が蓄えられているかのように下手な攻撃では弾けて淀みが撒き散らされるだろう。それでは自爆されるのと何ら変わらない。
だとすれば自分が取るべき行動は一つ。
瞬時にガンブレイズを銃形態へと変形させた。
「<ブレイジング・ノヴァ>!!」
発動させるのは銃形態でのみ発動させることのできる必殺技。
赤と黒の閃光が銃身に集約されていく。
トリガーを引く。
銃口の周囲に円形の光が広がり、その中を赤と黒の閃光を纏った光線が通り抜けた。
凄まじい熱量。
凄まじい圧量。
それこそ先程<琰砲>など比べるまでも無い光線だ。
ソーンスライムの体の一部を貫いただけのそれに対して今度はソーンスライムを全て覆い尽くした。
光の中、ソーンスライムはその身を爆発させる。しかしその爆風も体内に溜め込んだ淀みすら光によって消滅させられていた。
「ふぃ」
光が掻き消え、ガンブレイズを下ろす。
緊張を吐き出すかのように声にだして息を吹き、全身から力を抜く。
いつしか全身の防具に施された銀の装飾に満ちていた光が消えていた。それがこの戦闘の終わりを告げたかのようで、俺はガンブレイズを腰のホルダーに戻したのだった。
ユート
レベル【12】ランク【2】
所持スキル
≪ガンブレイズ≫
≪錬成≫
≪竜精の刻印≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪状態異常耐性・全≫
≪HP強化≫
≪MP強化≫
≪ATK強化≫
≪DEF強化≫
≪INT強化≫
≪MIND強化≫
≪DEX強化≫
≪AGI強化≫
≪SPEED強化≫
残スキルポイント【0】
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【作者からのお願い】
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