R:ep.20『剣士、己と向き合う・前編』
一瞬にして削り取られてしまったHPは回復する間もなくゼロになった。
腕や足だけじゃない。腹や胸、頭までもがソーンスライムの棘によって貫かれたのだ。この結果も当然だと納得することができる。しかし、それで悔しさが全く無いかといえば答えはまた別。
ほんの数秒前まであった腕の中の重みと温かみ。それが無いことに一抹の寂しさと後悔が滲み出てくる。
「はぁ。最後の最後で油断した」
仔猫のモンスターを掴み抱えてソーンスライムの檻から飛び出したことで逃げ延びることができたと思ってしまったことが失敗だった。
急場とはいえ練られた自分達の計画。仔猫のモンスターを救出するところまでは成功した。だからその直後の気の緩みは自分の責任。それがこの状況を生み出した原因なのだと、今になって思い起こせば理解できる。
とはいえ後悔先に立たずとはよく言ったものでまさに現状はその通り。
がくりと肩を落としその場でしゃがみ込む。
深く息を吸い込んで吐き出す。そうすることで少しだけ気持ちを切り替えることができた。
「さて、これからどうなるか」
通常HPを全損した場合は所定のリスポーン地点で復帰する。その際多少のデスペナルティがあるが、それはこの数年のうち徐々に変わっていった。
ペナルティが解除されるまでの時間の短縮。反面ペナルティの内容はより大きいパラメータの減少、一定のスキル及びアーツの使用不可というものに。
とはいえこの場所についてだが、どこかのリスポーン地点では無いだろう。
見慣れない空と見慣れない大地。
それは果てのない白い空間。
見慣れてなくとも見覚えのあるここは、ユートというキャラクターを作成したときに来た空間によく似ているのだ。
「それに――」
と自分の手を見る。
自分の意思で動くそれはある意味で最も慣れ親しんだ手であった。
手の甲にある子供の頃、誤って彫刻刀で切ってできた傷の痕。
本当ならばそれはないはずだった。
だって、そういう風に作っていないから。そもそも傷跡なんて項目、キャラクタークリエイトの時には存在していないのだから。
なのにどういうわけか今の自分の手の甲にはそれがある。
それはすなわち、この手が仮装の自分の手ではなく現実の自分の手である証拠であるように思えた。
「ここは――どこだ?」
目線を自分の手から周囲へと移す。
ここが限られた空間なのかどうかも不明。声を出したときに反響があるからこそある種の閉鎖空間であるのは間違いなさそうだが、どうにも見た目とのギャップが拭えない。
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。
声と同じように足音が反響する。自分一人だけの虚しいその音が暫く続いた後に止んだ。歩くのを止めたからだ。
突然目の前に出現したよく分からない幾何学模様の絵画。そこに描かれているものをよく見れば現実離れした風景画だった。
「………」
何処かに掛けられているというわけでもなく浮かぶ一枚の絵画に目を奪われた。
いくつもの氷河の中に浮かぶ石碑。知らないはずのそれがどうにも気になって仕方ない。
美術館ならばタブーでもここなら問題の無い行為。件の絵画に触れようとして導かれるように手を伸ばした。
「――っ!?」
突然静電気のようなものが走って咄嗟に手を引く。
触れようとした指先に残る痺れ。そして僅かな光。まるで絵画に自分が反応したかのように思えてしまい、一歩後ずさると絵画に訝しげな視線を向けた。
「――誰だッ!」
不意に感じた存在感に勢いよく振り返る。
すると自分から1メートルも離れていない場所に絵画に描かれていた石碑と同じものが出現していた。
「いつの間に――」
今度は慎重に決して安易に触れようとはしないでおこうと心に決めながらも、何故か強く惹かれるそれは自分の視線を捉えて離さない。
ゴゴゴゴゴッ
腹の底に響く重い地鳴りを上げながら目の前の石版が肥大していく。
だというのに地面は一切揺れていない。
肥大を続け元の大きさの倍以上になった石版は次に刻まれている謎の紋様が光を帯び始めた。光が石版を全て包み込んだ途端、眩いばかりの閃光が迸る。
咄嗟に目を庇いながら閃光を受けた後、景色が一変した。
殺風景な白一色の景色なのは同じ。けれどそれ以上に無数の武器が地面に突き刺さっていたのだ。
「壊れた武器…か」
地面に突き刺さっている無数の武器の多くは大なり小なり損傷していた。剣ならば刃が欠けたり刀身半ばで折れたり、槍ならば柄の部分に大きな亀裂が入っていたり、それぞれの武器によって違う損傷が修復されないまま残されていた。
『こちらへ』
どこからともなく声が聞こえてきた。
声の主を探してみるもその姿は捉えられず、けれどその声が示した場所はここなのだと告げる強い光が差し込んできたのだ。
光を辿り歩いて行く。
すると地面の武器は疎らになり、その代わりにいくつかの石像が姿を現わした。
『おまちしていました』
再び声がする。
今度はその声の主が自らの姿を曝して。
「君は、誰?」
『わたしになまえはありません』
「だったら、ここは何処なんだ?」
『ここは『記憶の断片』せかいからきえたきおくがねむるばしょ』
声の主の姿が次第にはっきりとしていく。
目も鼻も無い子供のマネキンのような体躯。全身が光に覆われぼんやりとした影みたいに見える。
光によって形作られた存在。まるで光そのものであるかのようなこの存在は感情のない声と感情のない視線を向けてきていた。
「どうして俺はここにいるんだ?」
『あなたにちからをとりもどしてもらうため』
「力、だって? 何で?」
『せかいのゆがみをただすため』
「歪み?」
光の存在の漠然とした答えに戸惑いながら、何故かその言葉に嘘は無いと感じていた。
だからこそ分からない。
何故、自分なのだろう。
当然浮かんでくる疑問に答えが見つかったのは光の存在の傍によく似た二体の石像が鎮座していたからだ。
この二体の石像。どことなく見覚えがある。そう、これは、
現在の自分と過去の自分だ。
ユート
レベル【12】ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫
≪錬成≫
≪始原の紋章≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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【作者からのお願い】
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