R:ep.19『剣士、捕まえる』
「<テイム>」
切羽詰まったような城石の声がする。
これまでに幾度となくテイムを試みているものの成功する気配が無いことに精神的に追い詰められてしまっているのだ。
それもそのはず、保護区で行うモンスターのテイムはこの場所の特異性を利用して一定まで増加しているMPを使い何度も何度も試行して成功させるものなのだ。けれど現状ここに居る全てのプレイヤーのレベルは本来の値に戻ってしまっている。それ故にテイムに使用できるMPも普段とは違い少なくなってしまっていた。それだけではない。ただでさえ試行回数がより少なくなっている状況に加えて、シアンドッグを捕らえているソーンスライムにはセイグウがまるで倒さんばかりの攻撃を絶えず繰り返しているのだった。
着実に削られていくソーンスライムのHPゲージ。これはそのままこの戦闘における時間制限のようなものに思えてしまい城石を追い詰めらせる要因の一つとなっていた。
「また……また失敗してしまいました……これでは――」
意気消沈する城石だったが、彼を気遣うことができる人はここにいない。ソーンスライムを挟んで反対側にいるセイグウとユートやそこから少し離れた場所にいるフォラスとパロックからは今の城石の様子を窺い知ることが出来ても、手を出すことはおろか一際轟いている戦闘音によって遮られてしまい声を掛けることすら困難となってしまっていたのだ。
唯一とでもいうべき傍に居るマキトはマキトが攻撃を止めないことと他のプレイヤー達がそれを止める素振りもないことに憤りを感じているように見える。
「まだだっ! MPが無くなるまで何度でも試してみてください!」
「はいぃっ」
苛立ちを含んだマキトの声が飛ぶ。
思わず背筋を伸ばした城石は何度目かになる<テイム>を発動させた。
城石から光が伸びていきソーンスライムのなかにいるシアンドッグを包み込んだ。
光がシアンドッグに吸い込まれるようにして消えていく。一瞬、成功するかと思われたそれも、次の瞬間には弾け飛ぶようにしてかき消されてしまう。
失敗だったと判断するよりも先にマキトは繰り出されるソーンスライムの反撃から身を挺して城石を庇ったのだった。
「マキトさんっ!?」
「大丈夫…です。それよりも、もう一度、今度こそ成功させてください……」
そう言った途端に複数あるソーンスライムのHPゲージのうち一つが消滅した。
身を震わせてダメージを表わすソーンスライム。だが、マキトと城石もまた別の意味で戦慄を覚えていた。
「早くっ!」
セイグウ達がどういうつもりなのか分からないがこのままではソーンスライムが倒されるかもしれない。そう思った瞬間にマキトは叫んでいた。
駆り立てられるように城石は<テイム>を発動させる。
光が放たれるのを見て城石は同時に残り三割を切ってしまっている自身のMPを見るのだった。ある程度潤沢にMPを使えている普段とは違う、いくつもの制限を設けられている現状に焦るばかり。
祈るような気持ちで光の行く末を見守る。
「――っ! 危ないっ」
またしてもマキトは城石を庇うように前に出る。
ソーンスライムの振り下ろされた触手を受け止めると、減少する自身のHPは一秒後に<自動回復・HP>スキルによって回復される。
ダメージがないために優位に立ち続けられているはずだがマキトの表情は暗いまま。
この戦闘においてソーンスライムを討伐することで勝利を収めることはあまり難しくはないだろうというのがマキトの考えの根本にあった。しかしシアンドッグをテイムするという条件が加われば完全な勝利を得るのは難しく、それにあの仔猫のモンスターの保護も必要となればより困難なのはいうまでもないだろう。
「ど、どうだ?」
これまでよりも長い時間、光がシアンドッグを包み込んでいる。
息を呑んで光の行く末を見守っていること数十秒。城石から伸びる光は弾かれることなくシアンドッグの体に吸い込まれていった。
「せ、成功しました-」
顔一面に喜色を浮かべ報告した城石が振り返る。
表情を変えないまま内心ほっとしているマキトが焦ったように、
「シアンドッグを移動させてっ」
「あ、はいっ。<送還>」
ソーンスライムに捉えられたままのシアンドッグの足元に独特な魔法陣が浮かび上がる。城石の<送還>の宣言によって力を発揮した魔法陣にシアンドッグが沈んでいったのだ。
「よしっ、これで――」
シアンドッグが送還されてぽっかり消えてできた空白がソーンスライムに出来る。残されているのは仔猫のモンスターのみ。
状況が好転したことで攻勢に出るかどうか迷いが生まれたほんの僅かな空白。そこを的確に突いたように激しい攻撃がソーンスライムに反対側から繰り出されたのだった。
「な、なにが――」
「えええっ?」
シアンドッグの送還を果たしたことで目的の半分は達成されたとソーンスライムから距離を取ろうとした城石もマキトと同じようにその攻撃が発生させた風の乱舞を見て動きを止めてしまっていた。
そんな二人の視界に突然とある人物が飛び込んできた。
武器を納めたまま全力で走るユートがソーンスライムにぶつかることすら厭わずに体ごと突っ込んだのだ。
「城石さん、マキトさん、どうやらテイムに成功したみたいですね」
そう話しかけてきたのはフォラス。いつの間にか二人の近くまで移動してきていたようだ。
「フォラスさん。これは一体?」
「それよりも何故攻撃を続けているのですか? そのせいでこっちは――」
マキトが思わず恨み言を溢しかけた時、
「攻撃の判断は四人の総意です。ソーンスライムのHPを減らすことでテイムの成功率が上がればいいと考えたのと、無傷なままだと反撃が厳しそうでテイムの邪魔になるかと思ったというわけです。それにこちら側にヘイトを集中させることができれば多少安全に行動できるのではとも」
「そ、そうだったのですね」
「……」
フォラスの説明を受けて納得しそうになる城石と今ひとつ釈然としない様子のマキト。
この三人の視線の先にいるユートはシアンドッグ分空いたスペースに手を伸ばしている。
ユートの後ろを少し距離を作り追いかけているセイグウが走る速度に緩急を付けながらソーンスライムの触手を打ち払っていく。
「そ、こ、だぁっー!」
ユートが叫んでソーンスライムの鉄格子のような腹部を掴み無理矢理人一人通れるだけ広げると、強引に頭から転がり込んだ。
「――っつ、なんとか入り込めたみたいだな」
素早く身を起こして辺りを見渡す。
即座に微動だにしない仔猫を見つけ駆け寄るとその無事を確かめるためにもそっと触れてみるのだった。
「……良かった」
仔猫の腹部が微かに上下しているのが分かる。
指先から伝わってくる仄かな体温は未だ暖かく生きていることは間違いなさそうだ。
「――痛っ」
目を覚まし起きた仔猫のモンスターがユートの手を引っ掻いた。
現在のレベルが低いために仔猫の引っ掻きであってもユートにとっては見た目以上のダメージを受けてしまう。
シャーっと威嚇している仔猫と向き合い僅かに躊躇していると、周囲がドクンッと脈打ちどこからともなく伸びてきた触手が仔猫に突き刺さるとそこから光を吸い上げたのだ。
触手が突き刺さっていると言っても血が流れるわけでもなく、ぺたりと吸い付いているだけのようにも見えるそれをユートは掴んだ。
ぐにゅっとした気味の悪い感触に表情を歪めたユートは手に力を込めて触手を引き抜こうと試みる。
「ぐっ、硬い…だと……」
予想外の手応えに戸惑うユート。
光を吸い取られて衰弱しかけている仔猫は再び体をぺたりと横たえるが、触手を掴むユートを視界の端に捉えた途端に素早くその手の甲を引っ掻いたのだ。
「痛っ……大丈夫だ。じっとしてろって」
優しく仔猫に話しかける。すると警戒心が緩んだのか、あるいは光を吸い取られてしまったことで体力が無くなったのか、仔猫は動かなくなってしまった。
「これ以上は――吸い取らせるかぁ!」
一層力を込めて触手を仔猫の体から引き抜いた。
グンッと減少する仔猫の頭上に浮かぶ一本のHPゲージを見てユートは慌てて自身のストレージからHP回復用のポーションを取り出して仔猫の体に振りかけたのだった。
モンスターにポーションが正しく作用するかどうか確信はなかったが、ユートが持つHPを回復させる手段はこれだけなのだと、効果が正しく発揮されると信じて使用したのだ。結果、願いは叶った。仔猫のHPゲージは万全な領域にまで回復し、それを見届けたユートは二度の引っ掻きによって減ったHPを同じポーションを使って回復するのだった。
「俺にはその引っ掻きも十分にダメージが通るんだからさ、これ以上攻撃しないでくれよ。頼むからな」
仔猫に話しかける。するとユートに敵意がないことが伝わったのかゆっくりと手を下ろした。大事そうに仔猫を抱きかかえるとユートはそのまま入って来た辺りを見据えて再び手を伸ばす。
外からも内部の状況は見えているだろう。仔猫の保護に成功したことで止んでいた味方の攻撃が再開されたのだ。
「ぐ…ぐぅぅ」
外からとは違っていて手を突っ込もうとするも何故か返ってくる感触は硬い石壁のようなもの。スライムのような柔らかそうな生物の内部とは到底思えないとうなそれに驚きつつもユートは即座に意識を変えて、背中から直刀を引き抜くと刃を上に向けて全力を以て突き立てたのだ。
全体重を掛けることで切っ先がめり込んでいく。
「せやっ」
刀身の先が深く突き刺さったのを見計らい直刀の峰の方を蹴り上げたのだった。
切り開かれて生まれた出入り口は端の方からゆっくりと再生していく。
程なくして出入り口が消えてしまうと察したユートは仔猫を抱えたままそこから勢いよく飛び出した。
「ふぃ。助けられた」
喜び仔猫を見るユートの顔は朗らかだ。
このまま走って安全圏まで逃げれば後はマキト達がソーンスライムを倒してくれる。それだけの実力を持ったプレイヤー達だ。
安心して少しだけ気を抜いたその瞬間、ユートは唐突な衝撃を感じた。
「ひっ」
フォラスの短い悲鳴が聞こえる。
この場にいる全員のプレイヤーの視線が集まった先、ソーンスライムから逃げ出した直後のユートの体を無数の触手が無数の棘となって貫いていたのだ。
ユート
レベル【12】ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫
≪錬成≫
≪始原の紋章≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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【作者からのお願い】
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