R:ep.15『剣士、洞窟の奥で……』
「やっぱりというか何というか、この洞窟のなかも明るいんですね」
手を伸ばしても届かない高さの天井を見上げながらセイグウが呟いた。
保護区にある洞窟は一般のエリアにあるダンジョンのように足元が見えるくらいの強い明かりが灯されている。
通路の幅もそれなりに広く、ここでの戦闘すら可能に思えるほどだった。
細心の注意を払いつつ進んでいると程なくして少しだけ開けた場所にでた。
「休憩所なわけないですよね」
不安そうに問い掛けた城石に全員の何とも言えない視線が集まる。
「どうして城石さんが知らないんですか?」
「あ、いや、私もここまで来ることはあまり無いことですし、それに『シアンドッグ』の存在が発見されてからここに入ったのも初めてのことですから」
「つまり、普段とは様子が違っているってことですか」
「そうですね。普段はこんなに明るくなくてもっと普通の洞窟っぽい感じです」
戸惑い交じりに答えた城石はキョロキョロと洞窟のなかを見渡した。
「もう少しジメジメしてたりするのですけれどね。特に隅の方なんかは常に濡れていたり、変な苔みたいなやつが生えてたり」
光に照らされて見える壁の一部を指差して城石が言う。
その言葉に出てくる様子を想像した面々は一様に表情を変えた。ユートは緊張したように、マキトは警戒心を露わに、セイグウはどこか好奇心を滲ませたように、フォラスは気味の悪いものを目の当たりにしたような表情に、パロックだけは何も変わらず厳しいまま。
一瞬にして緊張を孕んだ空気に変わったことに記憶にある洞窟の様子を口にしただけだと思っていた城石はキョトンとした顔になっていた。
「ど、どうかしたのですか?」
「いや、なんでもないです」
余程じっと見ていたのだろう。何気なく訊ねられたユートは慌てて首を横に振ったのだった。
「にしても随分と奥があるんですね」
疲れを滲ませたセイグウの呟きが聞こえてくる。
実際、これまで簡単に話をしながら歩いていた速度は普通の三歩などとは違う。慎重に、それでいて出来るだけ早く目的の場所に着けるようにと走るまではいかなくともそれなりの速度で行進してきた。けれど、どれだけ様変わりしない景色ばかりだったとしても自分達が歩いてきた距離くらいは把握している。セイグウの呟きはそこからくる違和感が出た言葉だったのだろう。
「それに、ここは傾斜になっているようだ」
近くにある丸い小石を掴み投げたパロックがそれまでと変わらない口調でいった。
小石は重力に従ってコロコロと洞窟の先の方へと転がっていく。
「あ、本当ですね」
「じゃあ、私達はずっと下に向かって歩いていたってことなのですか」
驚いたように声を漏らしたユートとフォラス。
大凡の予想が付いていたのか、この事に対しては何も言わない城石の表情はどことなくそれまでとは違う印象を与えていた。
「それにこの壁の際。自分達は真っ直ぐ歩いてきたつもりだったが、どうやら緩やかに湾曲しているようだ」
「ええっ? つまり回廊になっているってことですか?」
なおも続けるパロックの言葉にセイグウが存外に驚いてみせる。
「そのようだ。それに、城石さんはこのことを知っていましたね」
うっすらと開かれた鋭い眼光が城石を貫く。
瞬間「え?」と違う意味を持つ同じ音がそれぞれの口から発せられた。
「何故黙っているんですか? 自分達は貴方の依頼でここに来ているのですよ」
語気を強めるパロック。
立ち止まり全員の視線と疑念を一身に浴びる城石は観念したように溜め息を吐いて、
「私は何も隠したりしていませんよ」
「ですが、全てを語っているわけでもないでしょう」
「というのは、正確ではないんですが」
「どういう意味ですか?」
「私達が『シアンドッグ』の出現を知ったのは先に言った通りです。ここがこのように変貌していたことも知らなかったのは真実です」
「なら、ここが回廊になっているのは元からということですか」
「うーん、そのことなんですけどね。確かにここが回廊となっているのは元からです。しかし、本来その終着点は先程通ったあの開けた場所だったのです。『シアンドッグ』の出現地点も同様だったはずなのです」
城石が語ったのは本来の洞窟の状態だった。
見て解る外観の変化以外にもその構造までも変わっているなどと想像していなかったのだろう。しかもその道中でモンスターの襲撃はなく安全に歩を進められてしまったことで、どこかめぼしい場所に着くまではいいだろうという緩みが生じてしまったのだという。
未知の階層というものは本来ならば普段以上の警戒を必要とすることだ。しかし平穏であればあるほどそれは忘れられてしまう。
「もしかすれば『シアンドッグ』の出現で地形が変わったのかもしれないと考えていたのですが」
「確証の無いことなので、それについては責めたりするつもりはありませんが、せめて一言くらいあってもよかったとは思いますが」
「す、すいません」
穏やかながらも芯のある言葉を口にしたフォラスを前に城石はシュンとして肩を落としてしまった。
「ま、まあまあ。それで確認なんですけど『シアンドッグ』はこの先に居るんですね」
「そのはずです。別の場所での発見情報はありませんし、この洞窟自体は根本的には同じだと思うので」
曖昧な答えだったが進む以外方法は無いと言外に言って退けた城石。
「わかりました。取りあえず行ける所まで行ってみましょう」
先を見据えてマキトが告げる。
やはりというべきか、そこに辿り着くまでモンスターの襲撃はおろかその影すら見ることは無かった。その代わりとでもいうのだろうか。目の前にはその果てすら見えない程に高い扉がある。
扉には様々な動植物がモチーフの彫刻が施され、それらは一様に同じ苦悶の表情を浮かべているようにも見えた。
「随分と薄気味悪い扉ですね」
余程彫刻が不気味だったのか、扉には触れようとせずに見上げながらフォラスがいった。
それに続いてセイグウが扉を見渡しながら、
「これ、どうやって開けるんです? 持ち手みたいなの見当たらないんですけど」
「というか、この大きさの扉は人の手で開けられるような代物ではないですよ」
呆れたようにユートが言うと意外なことにマキトが、
「いや、この位ならなんとかいける気がする」
などと言って退けたのだ。
驚きマキトを見ると、当のマキトは扉へと両手を伸ばして「せいやーーーー」っと力一杯に押し始めたのだ。
力押しでどうこうできるような扉には見えずに大半の者が呆れ返っていると、暫くしてゴゴゴッと石と石が擦れ合うような音が聞こえてきた。
「嘘ぉ!!」
思わず声に出したフォラスの近くでユートは口を開けたまま固まってしまっていた。
「手伝おう」
パロックがそう言ってマキトの隣に並び、同じように渾身の力を込めて扉を押し始めた。
「お、俺も……」
セイグウがパロックの隣に立って扉を押し始める。
「俺も手伝います。あ、フォラスさんは城石さんと一緒に居てください。もし扉が開いた瞬間に何かが襲ってきたりしたら守ってくださいね」
「え、ええ。任せて」
「では」
ユートがマキトの横に並ぶ。
四人のプレイヤー達が力を合わせて常識の範囲外にある巨大で重い扉を押し始めた。
人の手で開くはずの無いと思われていた扉はたった四人のプレイヤーの手によってゆっくりと開かれていく。
「これ以上は……無理………だッ」
四人が揃って壁に沿って前のめりになって倒れた。
当然のようにダメージを受けることも肉体的な疲労を負うこともなかったのだが、巨大な扉を開くという行為は案外精神的な疲労をもたらしたようで、四人は荒い息を吐き出しているのだった。
それでも全開させるまでには至らず、せいぜい人が一人が通れるくらいの隙間を作るに終わる。
「一人ずつなら通れるはずです。まずは自分が行きますから皆さんは後から続いて入って来て下さい」
素早く息を整えてマキトがいった。
そのまま誰の返事を待つことも無くマキトは僅かに開かれた扉の隙間を通ってその先へと進む。
残されたユート達はそれぞれ入る順番を相談した結果、次にパロック、その次がセイグウ。城石がその後に続いてフォラスが入り、ユートが最後に入ることになった。
唯一の懸念材料であった何時扉が閉まってしまうか解らないということも、ユートが奥に入るまで閉まる気配がなく杞憂に終わったのだった。
「――暗いな。皆は――」
最後に扉の奥へとユートが入った瞬間、重く巨大な扉は独りでにしまった。
ガタンッと大きな音に振り返るもそれまでと違って明かりの無いこの場所では扉の隙間から差し込んでいた光の筋が細く短くなったことで完全な暗闇に包まれてしまっているのだ。
動くべきか、留まるべきか、ユートが悩んでいると一斉に壁際に設置されているであろう松明に炎が灯された。
「――ッ」
一瞬にして光に包まれて目が眩みながらもユートは辺りの状況を確認するのだった。
次第に焦点が定まっていく視界のなかにマキト達の姿を捉えた。そしてそれ以外にも三つ、別の存在の姿があった。
「あれは――」
思わず声に出したユートに城石が答える。
「あのラピスラズリのような毛並みをした狼が『シアンドッグ』です。その隣にいる仔猫に関しては情報が無いので分かりませんが、奥にいるのは『ソーンスライム』。スライムの希少種です」
シアンドッグは保護区に入る目的だったモンスター、仔猫は何か巻き込まれてしまったのだろうと湯ユートは判断した。
となれば問題になるのはソーンスライムの存在。明らかに敵意をプレイヤー達に向けて来ている上にシアンドッグと仔猫は捉えられている状態に近い。
「あのスライムを倒してシアンドッグを助け出せばいいんですね」
『駄目です!」
戦意を漲らせるユートをフォラスが止める。
「どうしてですか?」
「気付かないんですか? ここでは力が戻ってしまっているんです」
思えば何故城石はユートの近くにいるのだろう。ユートの近くということは即ち入り口のすぐ傍ということだ。
それに反してマキトとセイグウ、パロックは前に出てそれぞれの武器を構えている。フォラスはそんな二つの間で弓を構えて立っている。
「何故かここは保護区のルールが適応されていないんです」
城石が信じられないというように告げた。
「私は、おそらくユートさんも事ここに至っては戦力にはならない」
咄嗟にユートはコンソールを呼びだして自身のパラメータを確認する。
そこにあったのは先程までの一定のレベル帯に強引に引き上げられていた数値ではなく、素の本来のユートのパラメータそのものだった。
ユート
レベル【12】ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫
≪錬成≫
≪始原の紋章≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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【作者からのお願い】
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