迷宮突破 ♯.9
薬草からポーションを作り出す方法は大きく分けて二種類。
一つ目は薬草を煮出してその煮汁を使うもの。これには薬草を煮る長い時間と効果が水に溶けだす種類の薬草が必要になってくる。
二つ目は薬草をすり潰しそれを目の粗い布を使ってこしていく方法。この利点は濃厚なエキスが取れる上にそれを水で薄めることで一定の量産が可能な点だ。
俺が今回選んだのは二つ目の方法。
理由はこの拠点にあるのが煮出すための竈ではなくすり潰すための鉢と棒だったこと。
直接床に座り擂り鉢を使って薬草をゴリゴリとすり潰していく。
緑色の葉がペースト状になるまで無心で棒を回した。
「こんなもんかな」
一旦手を止めて隣に布と空の容器を用意する。容器の上に広げた布の上から擂り鉢の中身を流し込む。
ドロリとした感触の中身を全て布に移した後に俺は風呂敷を包むようにして布の口を手で縛った。
ポタポタと垂れる薬草の抽出液を下の容器に溜めていく。
ギュッと思いっ切り絞れば早いのだろうがそれでは余計な成分が流れ出てしまう。
重力に従い集まっていくポーションの原液を俺はじっと眺めている。
「ユウ君、少しいい?」
壁をノックしてリタが声を掛けてきた。
「どうした?」
「はい、これ。ユウ君の防具問題なしだったよ」
綺麗に折り畳まれた俺の防具を手渡してきた。
そういえばリタに渡していたのだと今更になって思い出した。自分もみんなの武器を集め消耗度合いを確認していたこともあって気にも留めていなかったが、もしストレージに初期装備の防具が残っていなかったのならインナーだけで調薬をすることになってしまっていただろう。
何故だろう。インナーだけの恰好というのは裸よりも抵抗がある。だからといって人前で裸になりたくもないが。
「ありがとう。それでインゴット化はどんな感じだ?」
「半分くらいは終わったよ。今はちょっと休憩」
受け取った防具を直ぐにでも身に着けたいが人前で着替えをするのは憚れた。
ストレージに戻すでもなく近くの机の上に置いて再び視線を抽出中の薬草に向ける。
「ユウ君はどう? ポーション出来そう?」
「見ての通りだよ」
一滴づつ滴り落ちる薬草を磨り潰した物に少しづつ水を継ぎ足していく。
水で延ばして量産しようとしてもこの量じゃ足りないが新たに薬草を磨り潰すよりも水分を増やしたほうが時間が短縮できると思ったのだ。
「なんとか出来そうだけど、問題は味だな」
「味?」
「舐めてみろよ?」
新しい器を用意してそれまで抽出した濃縮液を溜めてた器と取り換えた。どろりとした薬草を磨り潰したものから滴り集まった濃縮液は水のようにサラサラとしている。
俺は濃縮液が溜まっている器をリタに手渡して促した。
「苦っ」
「だろ?」
小指に少しだけ付けた濃縮液を舐めたリタが思いっきり顔を顰めさせた。
「これを水で延ばすんだけど、リタはこの味で飲めると思うか?」
「悪いけど、無理ね」
「やっぱりか」
戦闘で切羽詰まった状況だとすれば多少の苦みなどは我慢できるだろう。しかしそれを常に使い続けることが出来るか、使い続けたいかと聞かれれば答えはNOだ。
「NPCショップで売ってるやつはすんなりと飲めるのにな」
ストレージにストックしてあるポーション類はとても飲みやすい爽やかなミント風味の味がした。
冷たい液体が喉を通り、鼻を抜ける爽やかな風味が戦闘中にダメージを受けHPを減らした体を文字通り癒してくれる。
「ま、色々試してみるつもりだからまかせてくれよ。絶対飲めるものにするからさ」
「そうね。期待してるわよ」
濃縮液がそれなりに溜まったことを確認して俺は絞りかすとなった薬草を横に退けた。床に濃縮液が数滴零れたが元々みんなが土足のままで行き来しているのだ、あまり気にとめないでおくとしよう。
残りの鉱石をインゴット化させるために炉のある方へ戻っていったリタを見送ると俺は器に溜まった濃縮液の詳細を表示させた。
『薬草の原液』
薬草を磨り潰して抽出した液体なのだからそのままのネーミングだ。
これを水で薄めればとりあえずはポーションとして完成するだろう。けれど問題点は改善されていない。問題点の改善は後回しにしてとりあえず一つを完成させてみることにした。
ポーション用の器として使える瓶は棚に綺麗に並んでいる。
その中の一つを取り出して濃縮液を少しだけ移してから、水を足して混ぜると低級ポーションが完成した。
「回復量が少ないな」
俺が作り出した低級ポーションはNPCショップで売っているポーションの半分程度しか効果が無い。
自分で作り出せたとはいえ、これでは味以前の問題だ。
回復量が少なければ自分製のポーションを使う必要がない。本当の本当に最後の手段。所持しているポーションを使い果たしてもなお回復を必要とした時にしか使うことはないだろう。
「味も……苦っ」
水を入れたことでそれなりに薄まってはいるが、それでも舌を抉る苦味は消えていない。とてもじゃないが無理矢理苦みを我慢したとしてもある程度の覚悟をしないと使えない代物だ。
効果が低いのは混ぜた濃縮液の量が関係してくるのではと配合量を変えて三本ほどポーションを作ってみたが結果はどれも大して変わらない。一番多く濃縮液を使ったものが唯一回復量でNPCショップで売っているポーションの七割にまで届いたが、結局一つとして低級から抜け出すことが出来なかった。
「根本的な問題があるのか?」
濃縮液を作り出す手順が間違っていたのだろうか。
それとも俺の≪調薬≫スキルのレベルが低いだけなのか。
もう一度ストレージから薬草を取り出し擂り鉢で潰すところから試してみることにした。
一度目との違いを出すために今度は別の薬草も同時にすり潰してみようか。薬草がHP回復に効果があるのは分かっている。試すべき素材はその回復効果を強めるためのものであるはず。採集で手に入れた薬草類の中で使えそうなものはと探していると『強壮草』という名前のアイテムを見つけた。
強壮草の詳細を確かめてみるとそこには俺の望んでいたもの、同時に調合したアイテムの効果を高めることが出来ると記されているではないか。
「まずは薬草を入れて、でもって次は強壮草も入れて……」
二種類の植物系素材を同時にをゴリゴリと潰し始める。
調薬も二度目になればそれなりにこなれてきた感がある。薬草を潰す手腕もスムーズなものだ。先程より多く水分が滲み出てきたのか、すり鉢の下に溜まる緑色をした水を見ても分かる。
同じように布でこしてみると滴り落ちる水滴も多いように感じる。
「それにしても、随分と早く出来たな」
布の下にある器に溜まった濃縮液は一度目の物と違い薄く透明度のある緑色をしている。それに気のせいだろうか、混ざっている不純物も限りなく少ないように思える。
棚から別のポーション用の空瓶を三本取り出しそれぞれに別々の量を入れていく。
この三本の瓶の中身が同量になるように水を足してから軽く振ると透明な薄い緑色の液体が出来あがった。
「やっと普通のポーションが出来たな」
三本全てのポーションを確認するとようやく名前の頭から低級の文字が消えた。
効果もNPCが売っているポーションと変わらない。
その中でも一本だけ効果がより高いポーションが存在した。瓶に付けられた印を見る限り濃縮液は瓶の三分の一程度が最も適しているらしい。
「あとは味だ」
一番効果の高かったポーションを除いた二本の内の一本を軽く口に含んでみると残念ながら味自体の変化は見られなかった。
舌に残る苦味を取る為に近くのまっさらな水を飲む。
「俺は慣れてきたけど、やっぱこのままじゃ使い難いよな」
出来あがったポーションをハルたちに使ってくれと渡すのならこのままでは駄目だ。
もっと使いやすくしなければ。
「そうだ。試しにこれを使ってみるか」
薬草を採取した時に見つけた小さな青い木の実。名称は『爽快の実』。使い方は口に含めば超低確率で自分に掛かった状態異常をなんでも治してくれるというもの。
そしてその味は酸味の強い果物によく似ている、らしい。
らしいというのは直接食べてみたわけではなく説明文に書かれていることを読んだだけだから知らないということだ。
「とりあえず、一粒」
百聞は一見にしかず。切りとった枝に無数になっている実を一つ口に放り込んだ。
この実は説明文通り強い酸味を感じさせるが、薬草の苦みほど嫌な感じはしない。その実、生のレモンを丸齧りした程度だ。
さて、この木の実をポーションに混ぜる方法はなんなのだろう。調薬スキルの詳細の中から木の実の加工の仕方を探しだしたところ煮出すのが一番いいらしいがここにはその道具がない。
仕方なく薬草と同じように磨り潰してみたが皮と種が同時に磨り潰されてしまい酸味がより強調されるだけで、失敗に終わった。
「それにしても、お腹を壊さないのはゲームの利点だな」
そもそも生食用かどうかも分からない、用途不明の草木を試食してみても町にいる限りHPに影響はなく状態異常に掛かることも無い。
記憶に残った酸味と苦みに顔を顰めながら俺はポーションを入れる瓶が置いてある棚の中を物色し始めた。
目的は木の実を煮出すための道具。
火は炉から調達すればいいし、水は水瓶に溜め込んである物を使えばいい。煮出すために足りないのは鍋だけだ。
持ち手のついている鍋かそれに似た何かがあればそれでいいのだと棚の隅々まで探した結果、小さい持ち手の付いた金属製のコップを見つけることが出来た。
コップの側面と底面と内側を確認すると錆び一つ付いてなくてまるで新品のよう。これを少し加工すれば小さな鍋として使えるかも知れない。
リタに一言断りを入れてから俺はコップの加工に取りかかった。といっても実際の行程はそう多くない。持ち手を切り離してから真っ直ぐに延ばし、木製の持ち手を付ける。それを本体と溶接すれば簡易鍋の出来上がりだ。
続いて炉の中の火を手頃な長さの薪に移す。
予め耐火性の高い石を積み上げて簡易版の竈を作りそこで薪を組み、その中に火の灯っている薪を混ぜるた後、水を入れた手製の鍋を火にかけて、その水が沸騰してきた頃に爽快の実をまとめて数粒鍋の中に入れてみた。
実を入れてから数分で沸騰した水が青く染まったことで爽快の実の成分が流れ出したことを確認出来る。
手製の鍋を火から外し、冷ました後に最初に作っていた低級ポーションの瓶に数滴混ぜてみた。
緑色の液体に青色の液体を混ぜたことでより深い緑色の液体が出来あがった。
「これなら飲めそう、か?」
匂いを嗅いでみるとそれまであった草臭さが消え、仄かな果物の香りがする。
おそるおそる飲んでみるとそれまであった苦みは薄まり、微かな酸味が果汁100%のレモンジュースを彷彿させた。
「回復量は変化なしか。これなら使えるかもな」
今度は低級の付いていないポーションに青色の液体を混ぜてみた。
低級ポーションの時と同様、鮮やかな緑色になったポーションを飲んでみた。味は先に混ぜてみた低級ポーションと同じで飲みやすくなっている。
「うん。今はこんなところかな」
NPCショップのポーションを作り出せたと判断すれば、手製のポーションの味と回復量は大体及第点と言っていいだろう。
次は増産だ。
ストレージにある薬草を全て強壮草と混ぜ磨り潰していく。割合は先程と同じだ。爽快の実も全て同じように煮出して青い液体を作っていく。
二つの液体を混ぜて出来た完成品のポーションをまとめて机の上に置いた。
「全部で16本。まあまあの出来じゃないか」
自画自賛して出来あがったポーションを眺めていると不意にストレージに残ってしまった上薬草のことを思い出していた。
上と付いているだけにその効果は通常の薬草より強いのだと想像出来る。同じ手順でポーションを作ろうとしてもそこは配合の割合が変わってしまうはずだ。
慣れてきたポーション作成は通常の薬草を用いたもの。さらに言えば、複数量産が出来たことから次からも失敗する事はあり得ないだろう。
「試しに作るだけ作ってみるかな」
上薬草をすり潰し、そこに強壮草を通常の薬草の時と同じ分だけ混ぜてみる。
潰され混ざった2種の薬草はさっきよりも水分が少ないように見える。この感じだと上薬草の時は強壮草の量も増やす必要がありそうだ。さらにもう一束強壮草を混ぜて潰していくとようやく見覚えのある感じになった。
布を使って抽出した液体を指に付けて舐めてみると苦みは通常の薬草よりも少なく感じた。どうやら薬草から感じる苦味はその素材の質が上がることで緩和されていくようだ。
残っている爽快の実で作り出した青い液体と水と抽出液の三種類を混ぜてポーションを一つ作ってみる。
出来あがったのは『下級ハイポーション』。下級なのか質が良いのかいまいち解り難い名前だ。
これまでに俺が作ったポーションよりは高い回復量を持っているが、それでも未だ下級の域を出ないことには落胆を隠せない。
「これは皆には渡せないよなあ」
高い回復量を持つが故に独占したいのではなく、完成していないアイテムだから胸を張って渡せないだけなのだと誰にいうでもなく言い訳をしてみる。
今はストレージの肥やしにしかならないなと思いながらも俺はリタとマオにこの日の別れと明日のログイン時間を知らせて、一人で二階に上がりログアウトした。




