R:ep.13『剣士、小鬼と戦う。後編』
小さな火が地面で燃え残り続けている。
パチパチと火花が弾けるような音。
足元を漂う熱気が徐々に体力を奪っているような気さえしてくる。
だが、ゴブリンメイジが放った炎がもたらした影響はそれだけに留まらない。いや、それ以上にどうにか形だけでも取れていた連携が崩れてしまっていたことが大きかった。
「くっ、これじゃあ、近付けない」
轟っと燃え上がった炎を避けるようにユートは飛び退いた。
徐々に火の勢いが増していく。
繰り返し放たれた炎が地面に残る小さな種火をより大きな火へと変化させていたのだ。
通常の火ならばより強い火がぶつかることで消えることもある。しかし、ゴブリンとはいえ放たれたのは曲がりなりにも魔法の火。常識から外れ強化魔法を重ね掛けするようにより強く燃え盛っている。
「どうなってるの。熱気のせいで矢が届かないなんて――」
フォラスが戸惑いの声を出す。
いつもと同じように放ったはずの矢があさっての方向へと消えていってしまったのだ。
「ご、ゴブリンが火の中を突っ切ってきます!」
城石が叫ぶ。
その言葉に続いていつしか自分達を包み込む檻のように燃え上がっていた炎を貫いて何体も襲いかかってきた。
弓を構えているフォラスはその格好のために望外の接近を許してしまう。反撃など到底できるはずもなく可能なのは防御だけ。それも均一化されている状態では万全の防御力を誇ることもない。決して軽くないダメージを受けてしまう。
「このお!」
近付いてくるゴブリンを屠りながらマキトがフォラスと城石のもとへと駆け寄っていく。
一体、また一体とプレイヤーの手によって倒されていくゴブリンはまたしてもその場でに起き上がると間髪入れずに襲いかかってくる。
繰り返される襲撃が続く。
「ぐおおおおおお」
次第に劣勢に追い込まれていくなか、最初に倒れたのはパロックだった。
HPはまだ残っている。だが、そこまで追い込まれてしまったパロックは地面に組み伏せられたまま微動だにしない。そんな異常事態にセイグウが目をやると這い寄るようにその後ろからゴブリンが各々の武器を掲げる。
最初の頃こそ粗末な武器であったが今では立派な剣と槍がその手に持たれている。ロールプレイングゲームの最初の町で売っているような武器どころか、中盤以降の町で売っているような代物だ。
鋭く研がれ、鉄の輝きを持つ武器。それがセイグウの背中に一斉に振り下ろされた。
「のあっ」
痛みはほぼ無く来るのは衝撃だけとはいえ受けるダメージは本物。
強引に振り返りながら乱暴に手を振り回す。
殴打されて飛ばされるゴブリン達に安堵したのも束の間、またしても背後から別のゴブリンの攻撃が加えられた。
度重なる攻撃で着実にセイグウのHPゲージは削られていく。けれど今度はただのダメージだけでは無くその攻撃を受けることで少しずつセイグウの動きに精彩が欠けていったのだ。
暫く攻撃を受け続けた結果、セイグウはダメージとは別の理由から膝を付いてしまう。
紫色に点滅したドクロマークのアイコン。毒状態を表わすそれがセイグウのHPゲージの下で主張している。
「セイグウさん! 誰か――」
と城石が辺りを見渡したその瞬間、トンッと奇妙な音が響いた。
一瞬にして掻き消える地面に残っていた炎。
それと同時にプレイヤー達全員を飲み込むくらいの幅で地面が大きく凹んだのだ。
ガクンッと視界が下にズレる。
そしてその向こうでゴブリンキングが醜悪に嘲笑っていた。
「俺が行きます!」
セイグウとパロックが戦闘不能状態にまで追い込まれたのを見てユートがゴブリンキングへと飛び出して行った。
未だ戦闘を継続しているマキトとフォラスはユートが向かったのを視認しているが、迫るゴブリン達に押され手を出すことができなかった。
斯くしてユートはゴブリンキングとの一騎打ちを強いられてしまったのだ。
巨体を誇るゴブリンキングに比べてユートの体躯はあまりにも小さい。子供が大人に挑むなどという比喩が可愛く思えるほどだ。
「っく、杖じゃなかったのかよ」
悪態を吐きつつ迫るゴブリンキングの錫杖を避ける。
バックステップした直後、鼻先を錫杖の先についた刃の部分が掠めた。
「このっ、当たるかっ」
直刀を振るい迫る錫杖を弾く。
とてつもない重量をした金属の塊を弾いたような感覚に顔を顰めながらも一瞬だけ曝された無防備な体に直刀を振り下ろす。
「よしっ、通った!」
喜色を浮かべながらゴブリンキングの腹部にできた一筋の切り傷に確かな手応えを感じていた。が、その傷は瞬く間にして修復されてしまう。それどころか与えたダメージすら徐々に回復しているようにすら見える。
事実、ゴブリンキングの頭上に浮かぶHPゲージはゆっくりとであるが全快へと向かっていた。
「一撃やそこらで届かないのは解っていた。だから!」
自らを鼓舞するように叫んでユートは力強く一歩を踏み出した。
地面を踏み締め繰り返し直刀を振るう。
狙いは腹だけではない。手、足、時には迫る錫杖そのものや、さらにその奥にある頭部など、その時々に狙える的確な場所を穿ってみせたのだ。
「何処を狙ってもダメージは一定。つまり弱点もなければより防御の高い場所がないとも言える」
冷静に分析しながらも絶え間なく繰り出されるゴブリンキングの攻撃をユートは必死に受け流していた。そうすることで直撃を避けられるとふんだからだ。しかし、延々と繰り出される攻撃は確実にユートを捉え始めている。
何か決定的な攻撃を繰り出さなければ事態は好転することはない。そう理解しながらもユートにその手段はない。
息を呑み思考を巡らせながらもユートはその手を止めはしなかった。
「――ッ! マキトさん!?」
素早く錫杖から逃れてユートは倒れて行ったマキトが戦っていた方を見た。
HPゲージが残っているのだから消滅してはいない。けれど戦闘不能にまで追い込まれてしまっているのは間違いなかった。
「っく、コイツを倒せばどうにかなればいいんだけど……」
追い込まれていく現状にその原因となっているであろう相手を見据えながら呟いていた。
意を決して攻勢に出るもやはり一気に事態を好転させるとまではいかない。
それでも、と直刀を振り続ける。
「オオオオオオオオオッ!」
ダメージがほぼ一定ならば攻撃回数を増やすことこそが最善手だと信じて攻め続ける。
そうしているとようやく光明のようなものが見えてきた。ゴブリンキングに付けられた切り傷の回復が遅くなり始めていたのだ。
「このまま、押し切れれば……」
倒せるかもしれないとユートは直刀を握る手に力を込める。
しかし、攻撃の勢いが緩まないゴブリンキングが相手では狙いを一箇所に絞ることは難しい。出来るだけ治りきっていない場所に追撃を加えることを意識しながら戦い続けていると、突然ユートの近くに別のゴブリンが一体高いところから落ちるように倒れ込んできたのだ。
再び動き出すまでの僅かな時間にユートは倒れているゴブリンを一瞥するとその後頭部には深々と矢が突き刺さっているのを見つけた。
そのまま視線を矢を放った人の元へと送る。
僅かな視線の交わりがフォラスが放った矢が撃ち落としたのだと物語っていた。
「フォラスさん。止めは任せます!」
自分の力では足りないことを自覚しているユートはそういうと、我が身を省みること無く攻撃に集中し始めた。
自分はHPゲージがゼロになることは無いと割り切って、致命傷となる一撃以外は敢えて無視して直刀で切り付ける。
そうして重なっていく切り傷がゴブリンキングの腹部に歪な紋様を描き出した。
「い…今……です!」
肩口から体を突き破る錫杖を掴みながらユートが叫ぶ。
すると後方から一筋の流星が放たれた。
フォラスが放った弓矢の一撃だ。
なにかしらのアーツを発動したであろうそれは、無数の傷が刻まれたゴブリンキングの腹に吸い込まれるように飛んでいく。
そして件の一撃はゴブリンキングの腹に巨大な穴を開けてみせた。
「よ、よし。……これで――」
残りのゴブリン達は大人しくなってくれ。そう願いながら周囲を一瞥するユートは、最後にゴブリンキングの瞳が怪しく輝いたことに気付けなかった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』
断末魔のようなゴブリンキングの叫声が轟く。
それはまるで波紋のように広がり、戦場に立っている全ての存在へと襲いかかった。
次に城石が目を覚ました時、目に入ったのは燦々たる有様。
倒れたまま起き上がらないプレイヤー達。
残された倒されて消滅したはずのゴブリン達の死骸。死骸は全て化石のように固まってしまっている。
確かに誰一人か欠けることなく戦闘は切り抜けた。
けれどこの状況を勝利と呼べるかは誰にも解らないままだった。
ユート。レベル【12】ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫
≪錬成≫
≪始原の紋章≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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【作者からのお願い】
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