R:ep.10『剣士、確認される』
保護区に生い茂る木々の合間から絶え間なく姿を現わす無数の小鬼――ゴブリン達。
人の腰程までしかない身長に対して自らの欲望を剥き出しにしたかのような顔。それはこれまでにこのゲームに出現していたゴブリンとはかけ離れている外見にこの場にいるプレイヤー達は一瞬怯みをみせていた。
けれどもそこは熟練のプレイヤー達。一瞬にして戦闘に突入したことを察しすぐに自分に襲いかかってくるゴブリンを迎撃し始めていたのだ。
「アーツ、<薙ぎ払い>!」
オレンジ色をした装備が目立つマキトは自分の専用武器である大剣を振り回して近くにいるゴブリンを掃討する攻撃を放っていた。
刀身に宿った光がアーチのような軌跡を描き、近付いてきているゴブリンは尽く屠られる――はずだった。
予想されていた未来は現実にはならず、せいぜい大剣の直撃を受けた二体が消滅しただけ。
その傍では穂先の鋭い槍を構えたセイグウがその槍でゴブリンを一体貫いていた。僅かな間だけ槍に貫かれたまま足掻いているもすぐに動かなくなり光の粒子へとその身を変えていた。
「何かがおかしい……?」
だが、セイグウもマキトと同じように釈然としない表情を浮かべている。
「……ふっ、はっ、やっ」
この二人から少し離れた場所でパロックが孤軍奮闘していた。
その手にある得物は小型の両手銃によく似た武器。ボウガンという種の武器で撃ち出すのは銃弾ではなく専用の矢。遠距離武器であり、普通の銃とは違う装填方法を要する武器であるボウガンであるにも関わらずパロックは突然接近してきたゴブリンを素手で押し退けて距離のできた個体の眉間を的確に撃ち抜いていく。
剣や槍とは違い、攻撃の際に返ってくる手応えはまったく無かった。矢を撃ち出す時の反動がせいぜいだ。
だというのにパロックは矢が命中したときの僅かな矢の挙動の違いで眉間に皺を寄せていた。知識の中にあるゴブリンと目の前のゴブリンの差異に気付いたのだ。
「城石さんは下がっていてください!」
「すみません。宜しくお願いします」
「――もうっ、自分で戦えるようになってくださいって前々からお願いしていたはずです」
「何度も試みたんですけどね。いやはや、やはり性に合わず上手くなれないんですよ。それに実力も無い私がお手伝いした所で――」
「そうですね。足手纏いでしたね」
「面目ない」
唯一戦闘員ではない城石は戦っているプレイヤー達の中心で忙しなく辺りを見回している。一瞬一瞬、自分が邪魔にならない立ち位置を見つけ出し移動している城石のすぐ傍では弓を構えたフォラスがマキト達三人の攻撃を抜けて飛び出してきたゴブリンを撃ち抜いていた。
さらにそこから離れた場所でユートは直刀を振るいゴブリンと対峙している。但し他の四名とは違い一体を倒すのには数回直刀による攻撃を当てる必要があった。それでも反撃を受ける前に倒しきれているあたりがユート個人の技量の高さを物語っている。
この戦闘、協力して戦ったプレイヤーはいなかった。同じ組織に属しているといっても初対面であるマキトとセイグウは近くで戦いながらも互いが互いの戦闘の邪魔にならないような位置を維持して戦っていた。
パロックは一人で戦っていた。本来ならば一歩下がった場所で後衛気味に戦う方が適しているのだろうが、この状況で前衛を務めてくれるような人はおらず、また即席の息の合わないコンビネーションしかできないのであれば一人で戦った方がマシだと判断したからだ。
フォラスは城石を守りながら、漏れて飛び出だしてきた個体だけを倒すだけ。
ユートは他の三人とはまた違う方角で一人戦い、他に比べればそれなりに手こずりながらもダメージらしいダメージを受けること無く戦闘を終えていた。
「終わった…のか」
見える範囲のゴブリンが居なくなってから暫く、次の個体が現われなくなった頃合いを見計らってユートが独り言ちる。
この場にいるプレイヤー全員で倒したゴブリンの総数はおよそ五十体。単純計算一人で倒したのが十体だ。しかし、非戦闘員の城石と護衛に回っていたフォラスのことを考慮すれば、それぞれが倒した数は増減する。これが多いか少ないか。ゴブリンの大量発生に出くわしたと考えれば決して多くない数であるが、この保護区という特殊な場所を考慮すれば異常な事態にまみえたといっても過言ではない戦闘だった。
「無事ですか?」
城石のもとへと集まってすぐにマキトが問い掛ける。
頷いたり、微笑んだりする他のプレイヤー達の顔を見渡してほっと胸を撫で下ろすも次に出した声は厳しさを含んだものとなる。
「説明してください。何故、自分達がモンスターに襲われるんですか? いや、そもそもあのゴブリンは何なんですか? それに――」
最後の方でマキトは言葉を濁した。
安心したのも束の間、次の瞬間には厳しい視線を城石とフォラスへと向けていた。
戦闘が続いた時間はそれほど長くはなかった。
集まっているプレイヤーに対してゴブリンが弱いモンスターであるのは事実。だが、この場に揃ったプレイヤーのレベルや装備では本来もっと早くに討伐できていた程度でしかないのもまた事実。そのことに気付いたのはマキトだけではない。同じように違和感を感じていたセイグウとパロックもまた同様に厳しい視線を二人へと向けていた。
ユートも違和感を感じてはいたがそれは他の三人とは違うようだ。城石とフォラスのいる方ではなく、先程ゴブリンが飛び出してきた場所を凝視しているのだ。
「城石さん、何かあるなら話してくれ」
「パロックさんまで」
三人の視線に曝されたことで観念したというように城石が大きく息を吐き出した。
「わかりました。と言っても私も全てを把握しているわけじゃないんですが」
そう前置きして城石はちらりと横にいるフォラスを見る。小さな頷きを以て了承を得たと判断した城石はそのまま言葉を続ける。
「先程のゴブリンは確かにこの保護区の中に生息しているモンスターであると記憶しています。ただ…」
「ただ?」
「その生息域はもっと奥。さらにいえばそれほど好戦的な性格のモンスターでは無かったはずです」
コンソールを呼びだして見せた画像は先程戦ったゴブリンとは似ても似つかない風貌をしている。小さな鬼の姿をしたモンスターであることは変わらないが、その表情などは雲泥の差がある。城石が見せてきた画像にあるゴブリンは小鬼というよりも小人のようであったのだ。
「確かに。全然違いますね」
「というか全くの別物なんじゃないんですか」
マキトとセイグウが画像を見ながらそれぞれ感想を漏らしている。
「ここのゴブリン達は我々の施設を手伝って貰うためにテイムすることもありますから。あ、そうした場合はこのような姿になるんですけど」
「嘘だろ。服を着てるぞ」
「驚きました?」
呆然として呟いたセイグウが言うようにテイムされたゴブリンはそれぞれハロウィンの仮装のような格好をしていた。お伽噺にでてくる妖精が着ている物のような服は存外このゴブリンに似合っていた。
「他のエリアに出てくるゴブリンとこの保護区に生息しているテイムしていないゴブリンに大差ないのは確かなはずですが、先程のゴブリンとは明確に様子が違っていたはずです」
「ええ。確かに違っていたと思います」
「それに、自分達もいつもと感覚が違っていた」
城石の言葉を肯定するセイグウの傍でマキトが意を決したように断言した。
「おそらく全員が感じているだろうが、自分達は明らかに弱くなっていた。その理由は分かっているんですか?」
「弱く、ですか?」
「戦闘をしない城石さんには分からなかったかもしれませんが、確かに弓の威力が下がっていました。これは私も把握していない事象です。説明を望みますが」
暗に「可能ですか」とフォラスが問い掛ける。
城石は目を伏せて首を横に振ると、
「申し訳ありませんが、説明することはできません。ただ、あのゴブリンの襲撃は普段の保護区ではあり得ないことだったということだけは断言できます」
はっきり告げた城石にユート達は目を丸くした。
「ここで何かが起っているのは確かなようです。新種のモンスターの捕獲だけではすまないかもしれません。けれど私はこの保護区の調査を行う責任があります。ですが、皆さんにはそれはない。そこで今一度訊ねさせて貰います。何より保護区での戦闘では皆さんに何も与えることはありません。それでも力を貸して頂けますか?」
一拍の間が置かれ、ユート達は深く頷いてみせた。
ユート。レベル【12】ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫
≪錬成≫
≪始原の紋章≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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