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R:ep.06『剣士、刻まれる』


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 妙に冴え渡りながらもぼんやりとする頭でそのようなことを考えているユートは必死にアークの攻撃を避け続けていた。

 大鎌、その杖部分、さらにはその拳打まで。

 紙一重で避けるなんてことはこの状況では意味が無い。何せ僅かに攻撃が掠めてしまうだけで大きなダメージを受けてしまうからだ。



「はぁ、はぁ、はぁ」



 すぐ傍まで迫っている死の恐怖に神経をすり減らしてしまっているユートはいつしか荒い呼吸をするようになっていた。

 肉体的、そして精神的にも疲弊してしまっているというのに今も戦意は消えていない。それどころか徐々に高揚していく感覚に身を委ねている節もある。

 予備動作なしで振るわれるアークの大鎌。

 横薙ぎの攻撃はまだ想定しやすいものとはいえその鋭さは凄まじい。さらには縦、斜めの攻撃も織り交ぜていることもあって立体的な起動を描く攻撃となり回避の難易度を跳ね上げているのだった。

 いつもならば直刀を使い相手の攻撃に合わせることで軌道を逸らせることもできるのだろうが、今回はそれをした場合余計なダメージに繋がりかねない。それほどまでにアークの攻撃の方が威力が高いのだ。



「反撃は……無理か」



 避けてばかりいては状況は好転するはずがない。

 どうにか反撃の機会を窺っているユートであったが、苛烈を極めるアークの挙動にその隙を見つけ出すことすら出来なくなっていた。



「うおっ、危ないな。でも、ここまで来て当たってたまるか」



 独り言のような問い掛けはユートが自らに語りかける言葉となっていた。

 現状の把握。状況を打破するための手段の模索。それらを勘がるためには敢えて言葉に出すこともまた有用な手段の一つとなる。



「単純な攻撃だけだった今までとは違う。明らかに人のような動きになってきている――?」



 それも熟練したプレイヤーのそれだとユートは考える。

 さらに言えばアークの動きは大鎌の一流の使い手を模しただけというわけでもない。加えて杖術、格闘術に長けたプレイヤーの動きも混ざっているかのように感じられたのだ。



「速い!?」



 アークがユートに対して追撃を繰り出す。

 攻撃と攻撃の隙間を埋めるように使っていた杖の攻撃をさらに高速で繰り出してきた。

 反対側に大鎌の刃が備わっているからこそ杖の攻撃は基本突きだけとなる。薙ぎ払うのならば大鎌の部分を使った方がより威力が高まるのは明白だが、持ち替える時に僅かなライムラグが生じる。

 ただのモンスターならばプログラムに沿った行動を見せてくるだけなのだろうが、アークはそのラグを嫌ってか、あるいは現在最も効果的な攻撃がそれでは無いと自ら判断しているのか、決して隙の大きな薙ぎ払いに繋げるようなことはしてこなかった。



「――っ、くぅ、これで残り一つ」



 HP回復の丸薬を噛み潰してユートがいう。

 瞬時に全快するHPに安心するよりも、残る回復手段の枯渇に焦りを感じ始めていたのだ。

 そんなユートの焦りを察知したのか、アークが杖を棍棒のように振るいユートの横っ腹を思いっきり打ち付けた。



「――っ」



 悲鳴を上げるよりも早くユートの体は吹き飛ばされた。

 幾度となく地面をバウンドしながら転がったユートのHPは瞬く間に減少していく。

 システムによって軽減されているとはいえ受けた衝撃と苦痛がHP回復の丸薬の使用を阻む。

 想像していたよりも速いHPの減少速度に諦めかけたユートであったが、僅かに宙に浮きながら近付いてくるアークから感じられる圧迫感に思わずといった様子で最後の一つのHP回復の丸薬を使用した。完全に消失するギリギリで再び全快するユートのHP。

 回復と同時に消えていく痛みに気を配る余裕もなく、ユートは不格好ながらも全力で駆け出してアークから距離を取ったのだ。



「はぁ、これで回復薬は無くなった……これ以上攻撃を受けるわけにはいかない」



 そう言いながらも、この戦闘においてこれ以降ずっと無傷のままでいられる自信などユートにはあるはずがなかった。

 攻撃を掠めるだけでもダメージを受ける。まして直撃すれば先程の二の舞。HP回復の丸薬の使用が間に合ったのはただ単に運が良かっただけなのだと自分に言い聞かせたのだ。



「くっ!!」



 ユートが起き上がったのを見計らったかのようにアークが移動速度を上げる。

 文字通り死神の鎌を振りかざしてその刃が怪しい光を帯びたのを見たその瞬間、ユートは一心不乱に攻撃範囲から離れることだけに集中した。

 瞬きもしないで大鎌の軌道を見る。そして予測する。どこに振り下ろされるのか。アークはどこを狙っているのか。脳が焼き切れそうになるほど思考を巡らせてアークの一挙一動を観察する。

 片手で軽々と持ち上げた大鎌。

 バッターボックスに立つ選手のように腰を捻り、両の足は地面から浮かんでいながらも不思議と地面を掴んでいるように思えた。

 腕だけでなく全身を使って大鎌を振り下ろしたアーク。

 不格好になりながらもどうにか回避したユートの真横を大鎌の刃が穿つ。

 強力な重機で削られた地面のように抉れたその場所は、一瞬前までユートが立っていた場所。



「――っ、はっ、はっ、はっ」



 呼吸をすることを忘れていたかのように全身を強張らせていたユートは耐えきれなくなったというように荒く息を吸い込んでいた。

 高鳴る心臓の鼓動。

 右手で掴む直刀の感触が不意にユートに冷静さを取り戻させた。



「逃げてても結局こうなってしまうってのか。――それに、逃げてばかりじゃ勝てない」



 少し前まで自分が選んでいた選択肢が誤りであったと言い渡されたかのような状況に、ユートは自分の考えを切り替えることにした。

 逃げ続けて活路を見出そうとするよりも、死地の中にこそ活路があると信じて無謀にも前に出る。けれど無策であってはならない。回復手段を失い後のない状況で闇雲な攻撃はただ自分の首を絞めるだけなのだから。


 一度深く息を吸い、全身に意識を巡らせる。爪先から頭の天辺まで、それこそ持っている直刀すら自分の体の一部であるように。

 いつしか必要のない力が入っていたことをこの時になってようやく気付いたユートは真っ直ぐアークを見つめたまま、全身の力を抜いた。

 脱力したことで隙が生じるはずなのに、不思議とアークは一定の距離を保ったまま攻撃を仕掛けてはこない。



「これが、最後だ」



 勝利か敗北か。

 結果がどっちだとしてもその言葉は真実を物語っているのだった。

 直刀を構えるユートと対峙するアークは初めて大鎌を構えてみせる。

 静かで穏やかな時間が流れる。

 ユートの呼吸する音すら聞こえない。アークからは些細な音すら聞こえてこない。

 そんな静寂を破ったのは優しく吹いたそよ風が辺りの木々を揺らす音。

 タイミングを見計らったかのように飛び出したユートとアークはほぼ同時にそれぞれの武器を突き出していた。

 それぞれの体躯と武器のリーチの違いによって先に攻撃を届かせることができたのはアークだ。大鎌の刃がユートの直刀を刈り取るべく振るわれたのだ。

 これまでと同じだったのならばユートは大鎌に絡め取られて直刀を手放させられてしまっていただろう。しかし、アークの動きにあった微妙な違和感を察知していたユートはまるで読んでいたというように自ら大鎌の刃に直刀の刃を合わせてみせる。



「――ぐっ」



 大鎌の重さと勢いで直刀を持っている右手ごと持って行かれそうになるが強く柄を握ることでどうにか堪えた。



「おぉおおおおっ」



 左手でも直刀を掴み全身を使って大鎌を抑え付ける。

 自分の全体重を乗せた次の瞬間、アークの大鎌の刃は地面に突き刺さって止まった。

 動きを止めたアーク目掛けてユートは素早く切り返した直刀を向ける。



「<一閃>」



 発動されるアーツの光が刀身を包み込む。

 白く発光した刀身がアークの胴体を捉える。

 全身全霊を掛けた一撃はアークに確かな傷が刻まれた。

 硬い鎧のような体をしたアークに付けられた傷は回復することなく、残っている。しかし見た目からしても大きなダメージに直結しているであろう傷を受けたというのにアークの頭上のHPゲージは殆ど動いていない。

 傷を受けたのにダメージになっていないという不可思議な状況に目を細めるユートであったが、それが確実な悪手となってしまったのは言うまでも無い。

 攻撃するために抑え付けていた直刀を放したことで自由になった大鎌がユートの背中をばっさり斬り裂いたのだ。



「うわああああああ」



 打撃を受けた時にはシステムがその痛みと衝撃を軽減してくれる。それに対して斬撃などより強い痛みを感じるであろう攻撃を受けた時はより大きく痛みを軽減するようになっている。具体的に言えば切り付けた場所は力の込め具合を間違えたマッサージのように強く押されたように感じるようになってのだ。それは切った痛みが本物に近かったら現実の体に影響が出るとまことしやかに噂されているからだ。

 当然そのようなことはないのだが、誰も耐えられないような痛みを感じてまで遊ぼうとしないだろうと切られたり貫かれたりする時、それこそ軽度な打撃を受けたとき以外は全て痛みと衝撃は軽減されるようになっていた。


 だというのにユートは背中に鋭い痛みが走ったかのような錯覚を覚えた。

 そう、錯覚だ。

 実際には血が舞い散ることも、堪えられないような痛みを感じることもない。見た目には大きなダメージを受けたことを表わす傷のエフェクトが生じるだけ。それも暫くすれば自然に消えてしまうし、回復アイテムを使えば瞬時に消すこともできる。

 プレイヤーによってはそもそもそのようなエフェクトが発生しないように設定することも可能で、未成年は皆その設定が強制的にオンにされているのだった。



「しまっ――」



 直撃を受けてしまったことでユートは諦めの表情を浮かべた。

 回復アイテムを使い切り、受けるべきではない攻撃を受けた事実に全身から力が抜ける。

 否応なしに視界に入る自身のHPゲージがそれまでにない勢いで消失していく。半分を切って黄色に。残り一割を切って赤く変化したそれは何故か一ミリにも満たない幅で止まった。



「何?」



 数字で表わすのならば残り1だろうか。

 HP全快状態で致死の攻撃を受けても1だけ残るようになるスキル≪根性≫というものは存在しているが、それはあまり有用とされてはいなかった。まず、実力が拮抗している者同士の戦いでは一度の攻撃でHPを全損させることは不可能。自分よりも高いパラメータを持つ相手との戦闘であっても全ての攻撃が一撃死に繋がる攻撃であるはずもない。仮にそのような状況の戦闘を強いられているのならば、それは挑んだことそのものが間違いだ。それに僅か1だけ残ったとしてもそれで相手の攻撃が止むわけではない。ほぼ確実に追撃が待っているのだ。辿り着く場所は同じ。だから意味が無い。そう言われているスキルが≪根性≫なのだ。


 自分が生き残ったことを喜ぶよりもそんなスキルを習得していないユートは自分の今の状況を説明する言葉を持たない。

 偶然と呼ぶにはあまりに現実離れした現状にユートは険しい表情を浮かべた。



「まさか…これはお前の仕業だってのか?」



 問い掛けるように呟いたその視線の先にいるのは当然アーク。

 感情のない瞳で見返してくるアークは大鎌を戦旗のように掲げたまま動かない。



「何のつもりだ! お前は遊んでいただけだっていうのか!?」



 激昂したユートは自分の状態などお構いなしに叫んだ。

 ゲームなのだから遊んで当然。けれどそれはプレイヤーの事情。この世界に生きるモンスターはその存在を賭けて戦っている、そう思っていたからこそ、敢えてギリギリで生き残らせるような攻撃だったそれにこの戦闘そのものを嘲笑されている気分になったのだ。



「何とか言えよっ!」



 物言わぬアークに対して意味の無い言葉だということはユートも自覚していた。それでも言わずにはいわれなかったのだ。

 不意にアークが両手を広げる。

 瞳に奇妙な光が灯り、大鎌が地面に突き立てられた。



「――!?」



 驚くユートにアークが掴みかかってきた。



「ぐはっ」



 大きな両手がユートの両腕を掴み地面に押し倒される。

 この行動は攻撃と認識されなかったのか、僅かに1だけ残されているユートのHPが全損することはなかった。



「ぐっ、動けない……」



 押さえ付けられている両腕は別にしても何故か両足までもが地面に縫い付けられているかのように動かない。

 唯一動かせるのは首から上だけ。それも言葉を発するとか、辺りに視線を巡らせるとかができるだけに過ぎず、現状を打破するのに役立つとは到底思えなかった。



『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』



 突然、高いソプラノ声の叫声が響き渡った。

 耳を塞ごうにも手は動かせず、ユートは顔を顰めるだけ。



「煩い――ッ!?」



 文句を言い終えるよりも先にアークの左手がユートの胸を貫いた。

 それでもダメージ判定はされていない。



「ーーーーーーーーーーー!!」



 痛みでもなく感じるのは拭えない不快感。

 まるで体を中から弄られるような感覚にユートは動かない体をジタバタと捩らせた。

 どのくらいの時間が流れただろう。

 いつしかアークの右手がユートの腹部にめり込んでいる。けれどダメージはなく、奇妙な熱が込められていくのを感じるだけ。

 さらに時間が流れる。

 視線の先のアーク越しに見える空はまるで映像を早回したかのように特徴的な模様を描いていた。



『アー、アアー、アアアー、ア、アー、ラ、ラ、ラー、ラ、ララー、ラー』



 叫声は歌声のようになり、そのリズムに呼応してアークの腕を通して伝わってくる熱がユートの体の中を駆け巡った。

 目を開き、口を開け、身を捩らせるも、涙が溢れ、声も出せず、体も動かせない。

 数秒にも、あるいは数十分にも感じられるそれが止んだ瞬間、アークは満足したかのように、ユートの体から両手を引き抜き、地面に突き立てていた大鎌を掴む。


 ゆらりアークが離れるのに合わせて、ユートは糸を引っ張られた操り人形のように立ち上がった。



「――っ、あっ」



 ガクンッと崩れそうになるも無意識の反応で堪える。

 その時、僅かながらも全身に力が入ったのだろう。それは起った。

 防具に隠された胸と腹から血のように赤い線が全身へと広がっていく。螺旋を描くように伸びていく線がユートの腕に独特な紋様が描かれていく。右手と左手で違う紋様が刻まれるとそれは首にまで伸びて止まったのだ。

 ユートの体を駆け巡った不快な熱の蠢きが鎮静した瞬間、アークが大鎌を振り上げた。

 そしてそのまま、勢いよく振り下ろされる。


 ユートの残り僅かなHPは容易く刈り取られた。




ユート現在レベル【12】・ランク【0】

所持スキル

≪直刀・Ⅹ≫

≪錬成≫

≪始原の紋章≫NEW

≪自動回復・HP≫

≪自動回復・MP≫

≪HP上昇≫

≪MP上昇≫

≪ATK上昇≫

≪DEF上昇≫

≪INT上昇≫

≪MIND上昇≫

≪DEX上昇≫

≪AGI上昇≫

≪SPEED上昇≫

≪LUCK上昇≫

残スキルポイント【0】






―――――――――――






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