R:ep05『剣士、戦う』
ユートが気持ちを切り替えてから繰り広げられる戦闘は時に苛烈に、時に静かなものとなっていた。
しかしこれまで互いの攻撃がクリーンヒットすることはない。
直撃を受ければ即死に繋がると感じて攻撃よりも回避に集中することが多くなっているユートは勿論のこと、痩身になったアークもまた攻撃と回避を的確に繰り出してきているのだ。
ユートの直刀がアークの傍を通り抜ければ、その背後をアークの大鎌が掠める。
この時、ユートはもう一歩深く踏み込むことで前に出て回避することが出来たのだが、それはそのまま追撃の機会を失うことに直結してしまっているのだった。
「くそっ、嫌な距離を保たれてるな。でも……」
追撃出来ないのならばとさらにもう一歩前に出て自分に有利な距離を作ろうとするもそんなユートの考えを読んだアークもまた同様に自らが有利となる距離を保ち続けている。
それぞれの体の大きさ。それぞれの武器が最も得意とする距離は違う。
人よりも明らかな巨体を誇るアーク。直刀よりもリーチの長い大鎌。
本来距離が出来て有利となるのはアークのほう。けれど、ユートは回避に使える猶予を生み出すために敢えてこの距離を選んでいたのだ。
「ずっとこの距離ならジリ貧。だから……前に出ろ!」
直刀を構えアークの一挙一動を見る。
呼吸を深く、意識を集中させてユートは駆け出した。
迎撃するために振り抜かれる大鎌を受けるのではなく避けて、伸ばされた腕の下、脇腹を狙い直刀を突き出す。
表面を削るように滑る刀身。
前のめりになってしまいそうになる体を強引に起こしてスライディングするように背後に抜けた。
地面に手を付くユート目掛けて大鎌の刃が振り下ろされる。
「危なっ!? うおっ、まだ来るかっ!?」
その一撃を前転することでどうにか避けたユートを追いかけるように繰り返し穿ってくる大鎌の刃を横目に連続して転がり続けることで回避する。
「――ぐっ」
この連撃のなかの一つがユートの片腕を掠める。
声を出したのはその際に受けた痛みや衝撃よりも全く間に減少をみせた自身のHPゲージに驚いたからだ。
すかさずユートはストレージを開きHP回復の丸薬を取り出して使用した。一粒取り出して噛み砕くと口腔内にミントの爽やかな香りが広がる。
一瞬にして回復したHPはほぼ全快状態に戻った。
「ふう…って、一息吐く暇も無いな」
回復した瞬間にアークの振るう大鎌がユートに迫る。
立ち上がり構えを取るよりも早く後ろに下がり回避するとそのまま横を通り抜けるように駆け出した。
大鎌を持っているのは左手で右側には武器がない。反撃を受ける危険性が低く、また攻撃を加えるのに適しているのも同じく右側だ。
硬い鎧のようなアークの体に阻まれ直刀はその表面を削るだけ。
火花を散らしながら阻まれた直刀が予想外の方向へと跳ね上がる勢いを利用して移動するユートは程なくして独楽のように右足を軸にして数回回転して止まった。
「おっと」
バランスを崩しそうになるのを堪えているユートにアークが大鎌ではなくその拳を突き出した。
大鎌を避けるには後ろに下がったりして刃の届かない距離に移ればよかった。言うなれば横の攻撃だ。比べて拳を突き出した拳打は直進的なもの。それまでの大鎌一辺倒の攻撃に慣れてしまっていたのか回避が一拍遅れてしまう。
それでも直撃だけは避けようと直刀の刃を寝かせて身構えた。
「のわっ、重っ……」
直刀の上から受け止めたアークの拳の重圧に奥歯を噛み締めながら耐えていると不意にユートは表情を曇らせる。
ほんの一瞬視線を左に動かしたのを合図に後ろに跳んだユートは自らアークの拳の勢いに身を任せることにしたのだ。
「拙い、まずい、マズい」
地面に付くことなく吹き飛ばされているユートはみるみるうちに減少していく自身のHPゲージを見て戦慄した。直刀を使いガードしたために一瞬にしての消失は免れているものの、このままでは確実にHPがゼロになってしまう。
手元を素早く動かして丸薬を取り出して口に含むと強く噛み締めた。
「あだっ」
HPが回復したのと同じ瞬間に地面にぶつかった。
勢いを殺すために転がるユートは左手で地面を掴みブレーキを掛けるとそのまま顔を上げる。
見開いた瞳に飛び込んできたのは大鎌の杖部分。凄まじい速度で突き出されたそれがユートの顔を掠めた。
「危ないな」
杖部分を直刀で弾き返して切り返す。
大鎌を掴んだその手を切り付けるも指先まで余すところなく覆う装甲が直刀の刃を阻んでいる。
「けど、全く無傷ってわけにはいかないみたいだな」
切り付けた場所にできる僅かな傷を見てユートがいった。
続けて他の場所も切り付ける。
手を腕へと遡って攻撃していくも相も変わらず刻めているのは小さな傷だけ。その頭上に浮かぶアークのHPゲージにも目に見えるほどの変化は訪れていなかった。
「ったく、これじゃ先が見えない。硬すぎるだろ」
吐き捨てるように言ったユートの言葉を聞いているのか、アークは見せびらかすようにその腕を動かして直刀を弾いてみせた。
大きく仰け反り腹部の無防備を曝したユートにアークは鋭い突きを放った。
「ぐふっ」
強制的に肺から空気が押し出される。
腹を押さえ蹲りそうになるもユートは意思の力でHP回復の丸薬を取り出して口の中に放り込んだ。
交互に行われる一瞬の減少と一瞬の回復。微塵も戦意を鈍らせていないユートにアークの大鎌による追撃が迫る。
「しまっ――」
HP的には問題がなくとも腹部に受けた攻撃による影響で簡単に避けることはできない。
横から受けた衝撃がユートをいとも容易く吹き飛ばしてしまう。
それでも即座にHP回復の丸薬を使用することでダメージは相殺されるが攻撃そのものまで無かったことにはできない。
何度も転がり、何度も立ち上がりながらも戦闘を継続させているがそれがいつまでも続くとは限らない。奇跡的に耐えられている攻撃も一撃で葬られるようになってしまうかもしれない。それよりも回復に使っている『HP回復の丸薬』が先になくなってしまうほうが早いだろう。ストレージから取り出したまま左手で握っているそれも今や残り半分を切っているのだから。
ユートは受けた攻撃を利用してどうにか状況を仕切り直すべく距離を取る。
「くっ」
込み上げてくる悔しさに唇を噛み締める。
見つめる先のアークは悠々と大鎌を携えて浮かんでいる。
一定の距離が生まれた時アークはユートに攻撃を仕掛けてくることはなかった。ただし、それはユートに戦闘の意が残っている場合だ。仮にその距離を利用して逃げだそうとしたならば、背後から大鎌でバッサリ斬り伏せられてしまうことだろう。そんな風な想像と絶えず漂っている緊張感はある意味逃げ道を封じられてしまっているも同然だった。
「勝つしかない」
自分に言い聞かすように呟いたユートは直刀を持ち直した。
鍔がないのに何故か鳴った鍔鳴りを合図にアークが大鎌を構えて飛び込んできた。
振り上げた大鎌の刃が怪しい光を放つ。
それまでどうにか回避の出来た大鎌の攻撃は全て刃を使ったものばかり。防御越しにとはいえ直撃を受けたのは全て杖部分による攻撃だった。まるで自分に対する手加減であるような攻撃の切り替えだったそれも、このタイミングで無くなったように確実にユートを狙い避けられない軌道を描いて繰り出されたのだ。
「くっ、ここからが本気ってことか」
打ち合わせるように直刀を差し出したユートは受ける衝撃に全身を使って抗った。
それでも先程までとは違う鋭さを有するアークの攻撃にユートの体は徐々に傷つき始め、そのHPを減らしていった。
最大値の半分。それを目安にしてHP回復の丸薬を使用するも既に圧倒され初めているユートはそのうちの二つを消費してしまっている。残るHP回復の丸薬は二つ。確実に勝てると言いきれるまでの戦闘を繰り広げるには十分とは言い難い数だ。
「与えられたダメージは軽微。だとすればこの変化の引き金は時間か? だとしたら……俺は――」
口から出そうになる言葉を強引に飲み込む。
ただ、この時のユートの顔は極限の戦闘に高揚しながらも僅かに陰ってしまっていた。
ユート現在レベル【12】・ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫
≪錬成≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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大変作者が喜びますので。