R:ep,04『剣士、笑う』
リトルトレントの討伐を続けること数十分。いつしかユートのレベルは二つ上がり12になっていた。ユートは戦闘を重ねる度に感じ始めていたアーツを使う機会の増加を理由に新たに加算されたスキルポイントを消費して≪自動回復・MP≫のスキルを習得したのだった。
未だにそこまでレベルが高くなく総HP・MPが低い現状では戦闘と戦闘の間に一定のインターバルを置くことによって全快状態を維持することが可能となったのだ。
「あと『表皮』が一つだけなのに」
順調だった素材集めが滞ってしまいぶつぶつと呟きながら歩き、辺りをキョロキョロと見回して次のリトルトレントを探してみるも残念なことにここ暫く発見することすらできていない。
道すがら拾った小石を適当にその辺の木に投げてみるも返ってくるのは乾いた音だけ。
最初の頃こそ石を投げる度に身構えたりもしていたが、今ではそんなことをする素振りすら無くなっていた。
深くなっていく森が太陽の光を遮り、時折枝葉の隙間から漏れる光だけを頼りに歩いていくも見通せていた森の奥が完全な闇に包まれていることに幾分かの不安を感じ初めていた。
風が吹き、ザワッと木々が揺れる。
舞い落ちる木の葉と舞い上がる砂埃。
不意に漂ってくる異質な臭いに表情を歪ませて咄嗟に周囲の様子を窺うもそこは変わらない景色のみ。
一度仕切り直したほうが良いのかもしれないと考えて来た道を戻ろうとしたユートだったが何故かその足は止まってしまう。
原因を考えても解らない。
けれど事実その理由なんてものは簡単なこと。
一瞬にして成長したのか、それとも移動したのか、ユートの視線の先は皆、巨大な木々によって埋め尽くされてしまっていたのだ。
「何が起ってるんだ……」
目的のないただの素材集め、モンスター討伐に来ているのとは違う。クエストというゲームに用意された短いシナリオを進めているからこそ起ったことならばそれでもいい、と考えた。しかし、初心者に毛が生えた程度のプレイヤーに向けたクエストでこのような不測の事態を引き起こすシナリオが用意されているだろうか。
浮かぶ疑問に更なる不安が募っていく。
戻ることが出来ないのならばユートが取れる手段は三つ。このまま進むか、あるいはここで止まるか、それともここからログアウトしてしまうかだ。
ログアウトすれば強制的にコブ・ソエルの町の入り口へと戻ることができる。おそらくデメリットなんてものは存在しない。集めてきたアイテムもそのままに。経験値だって減ることはない。だとしてもユートはその手段をとることを躊躇してしまっていた。逃げ出すようで格好悪いなどという感傷的な理由もあるが、何よりもユート自身がこの闇の向こうに惹かれてしまっているのだと気付くよりも前に、その足は闇を目指して動き出してしまっていた。
徐々に消えて行く音。
聞こえていた風の音も、枝葉が擦れ合う音も、果てには自分の足音さえ遠のき、声を出そうにも何故かユートはぼうっとした表情で歩くことだけに集中しているかのように、口を閉じたまま。
程なくしてユートは森の奥。闇の中にある開かれた場所に辿り着いていた。
闇の中だというのに妙に見通せる景色に浮かぶ奇妙な石碑。
絵とも文字とも取れない謎の紋様が刻まれている石碑を中心に眩い光が広がった。
青い空のような光が広がり、それをなぞるように血のように赤い光が広がっていく。二色の光は同じ形を作り上げ、重なり合うように混ざり合った。
「――ッ。何が――」
突然の光景に驚愕したことでようやく言葉が出てきた。
安心したかのように自らの喉に手をやって、それから背中の直刀を掴む。
何かに触れていることで少しだけ安心できるような気がしたからだ。
「石碑が光ってる?」
一度最大まで広がった光が石碑の元に収縮する。
刻まれた紋様に足元のそれと同じ色をした光が灯るとまたしても光が広がった。
ユートは風も揺れもなくただ光だけが広がっていくことよりも石碑の紋様に灯る光が一層強まっていることに警戒を向ける。
満ちていく光は遂に溢れんばかりに強くなった。
「――ッ!」
眩いばかりの閃光が迸り、ユートは咄嗟に左手で目を覆った。
一秒にも満たない閃光が収まり、足元に広がっていた光までもが忽然と消失してしまっている。
その代わりとでもいうべきだろうか。
石碑が置かれていた場所には正体不明の立方体が浮かんでいる。
表面は鏡のように辺りの景色を反射しているが、正面に居るはずのユートの姿はそこにない。まるでプレイヤーだけを拒絶しているかのような印象にユートは言葉を失ってしまっていた。
突然、立方体が奇妙な挙動を取り始めた。
綺麗な菱形のようだったそれが指輪に取り付けられたダイヤモンドのようになって、今度は針のように細く、続いて栗のように無数の棘が広がり、最後には歪みのない球体へと。
球体が歪み、歪な楕円形へと変わると捩れるように蠢き、そして――
「うわっ」
またしても閃光が迸った。
石碑だったものは今や球体でも形を変える立方体でもなくなっていた。
それを一言で言い表すのならば人。それも子供が作った粘土細工のような体がありそれに手足が取り付けられて頭が乗せられているだけといった不格好な人だ。
腕と足がそれぞれ上下に分割することで関節ができると、重力を感じさせない動きで地面に降り立った。
「『アーク』」
現われた存在に名付けられた名前。頭上に浮かぶHPゲージと共に見えたそれを思わず声に出して読み上げていた。
このユートの言葉を合図にアークは更なる変化をみせる。
子供の粘土細工のようだった体にはっきりとしたメリハリが付き、手足の長い異形へと姿を変えた。
手には一本の長杖。背には光で出来たマント。全身を染め上げているのは鏡のように輝いた黒。そこにもやはりユートの姿は映らない。
「――なっ」
突如アークは長杖を掲げた。
戦場に掲げる御旗のように広がった光の刀身。マントやその体に流れる血管のような光のラインと同じ色をした刀身が長杖の先から伸びるそのさまはさながら死神が持つ大鎌のよう。
フードを被った骸骨のように、闇の中に隠れる眼窩に光が灯る。
怪しげな光が尾を引いてユートに迫る。
苛烈を極めることになる戦闘はアークの一歩から始まったのだ。
大鎌の長杖が横一線に振り抜かれる。
風を切る音が先に届き、次に衝撃が。素早くバックステップすることで直撃を免れたユートだったが、後に襲ってきた衝撃によってバランスを崩されてしまう。
「くそっ」
地面を転がるユートをアークは持つ大鎌ではなく空の右手による拳打によって追撃した。
生い茂った苔や背の低い草が覆い尽くす地面が次々と無残な剥き出しの土へと返られていく。
拳、というにはあまりにも巨大なクレーターが作られていくその光景にユートは無意識のうちに息を呑んでいた。
思い浮かべるはそれが自分を穿った光景。
初期装備から返られていない防具では容易く貫かれてしまうだろう。だとすれば強化していない直刀では攻撃力が足りないのは明らかだ。
「せやっ」
転がりながら一定の距離を取ったユートは素早く立ち上がり、地面から僅かに浮かんだアークの足に向かって直刀を振り抜いた。
「<一閃>」
普通の攻撃では意味が無いことなど解っている。だからこそ初撃からユートが使える最大の攻撃を繰り出したのだ。
剣閃をなぞるように光が走る。
リトルトレントに致命傷を与えていたその一撃はアークに届く前で止められてしまう。
「何ッ!?」
驚愕するユートの手に返ってきた感触は何とも不思議なものだった。
硬い装甲に阻まれたのとは違う。敢えていうのなら水の塊に刃を立てたかのような。それでいて常識外の弾力が刃の侵入を拒んでいる。
防御されたわけでもなく攻撃を防いだアークの近くで動きを止めてしまったユートに大鎌の刃が迫る。
ユートは咄嗟に直刀を引き抜き回避した。目の前を通り抜けた刃を見送って、今度は突きを放つ。
だがアーツを発動させていない攻撃が通るはずもなく、またしても謎の障壁よって防がれてしまった。
「くっ、ダメか」
舌打ちをするユートにまたしても大鎌が迫る。ただし、今度は刃ではなく杖の部分だ。
鈍器のように振り回された大鎌がユートの体を打ち付ける。
みるみるうちに減少するHP。このままではいけないと再び<一閃>を発動させるも狙いも何もないがむしゃらな一撃は虚しく空を切るだけ。
直刀を振り抜いたことで無防備になった胴体に長杖の先が突き刺さる。
「ぐあっ」
腹部に衝撃が走り蹲りそうになるのを必至に堪えユートは素早く後ろに下がった。
グンッと減ったHPゲージは既に半分近く減らされてしまっていた。≪自動回復・HP≫スキルを持っているとはいえ、この状況ではそこまで当てに出来ない。受けるダメージの方があからさまに回復量を上回っているのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………ふぅ」
どうしようもないほど不利な状況。
戦うこと自体が誤りかのようなこの瞬間に、ユートは不意に笑みを浮かべた。
二年もの時間で忘れてしまっていた、命を削り合う戦場の緊張感と高揚感。直ぐ後ろに迫っている死神の存在。
荒くなっていた息が自然と整っていくのが解る。
視界がクリアになり、集中力が増していく。
「全部が足りないことは解っている。けど、その中で現在必要なのは何だ? 負けないための防御力? 逃げ出すための回避力? 違う。俺が欲しいのは…必要なのは――勝つための攻撃力」
素早くコンソールを出現させる。
アークから視線を外さないまま目的の項目を探し出すと迷わずに実行した。
スキルにはレベルが存在する。スキルの習得と同じようにスキルポイントを消費して上げられるそれがもたらすのは純粋なパラメータの数値向上とはわけが違う。
生産系ならば作り出せるアイテムの種類が増えたり扱える素材が増えたりアイテムの出来映えが良くなったり等々。では戦闘系のスキルならばどうだろうか。使えるアーツの種類が増えることもあるだろう。攻撃に何らかの付加が付くこともあるだろう。しかしその最たるものは違う。必殺の一撃であるアーツをより強力なものへと引き上げることが可能なのだ。
アーツの威力上昇。言葉にしてしまえば簡単なそれは装備を強くしただけでは叶わない。装備を強くすることで上がるのはあくまでも本人の能力でアーツの威力とは違っているからだ。
過去には攻撃の威力と一纏めにしてしまった場合どちらでも良いように思われていたが本来は使用者とアーツの両方を高めていくことで真に威力を上げることができるのだ。
この時にユートが上昇させたスキルは自身の専用スキルである≪直刀≫。残存する全てのスキルポイントを一気に消費して≪直刀≫スキルを≪直刀・Ⅹ≫にまで引き上げたこと持っている手札が変化した。
そう、変化しただけだ。増えたわけじゃない。
元々狙っていたのは使えるアーツが増えること。そういう意味では失敗したといえる。だが、秘伝と言われていた<一閃>が通用しない相手に生半可なアーツが通用するはずもないと思えば、これで良かったのかもしれないと即座に切り替えることができた。
ここで<一閃>に起きた変化は大きく分けて二つ。一つは純粋に威力の増加。もう一つは発動時間。
素早く変化を確認したユートは再び意識の全てをアークへと向ける。
スキルを確認している間もアークの攻撃は続いていた。だが、ユートが攻撃を中断して回避に専念していたために直撃は免れられていたのだ。
直刀を構え直し改めてアークと向かい合う。
「さあ、戦おうか」
微かに笑みを浮かべながら告げた。
ユート現在レベル【12】・ランク【0】
所持スキル
≪直刀・Ⅹ≫UP
≪錬成≫
≪自動回復・HP≫
≪自動回復・MP≫NEW
≪HP上昇≫
≪MP上昇≫
≪ATK上昇≫
≪DEF上昇≫
≪INT上昇≫
≪MIND上昇≫
≪DEX上昇≫
≪AGI上昇≫
≪SPEED上昇≫
≪LUCK上昇≫
残スキルポイント【0】
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